広島の事を、最初に「広島」と呼んだ人は、
瀬戸内海に浮かぶ無数の島の中の、
どこかの「島」の出身だったんだろうなぁ。
何百もの島が浮かぶ瀬戸内の島で生まれ、
対岸へ渡ってみたら、島。
その対岸へ渡っても、島。
飛び石で跳ねても、島、島、島。
そして、ある対岸へ渡った時に、
「この島はなかなか、広い島だなぁ。」と思ったのだろう。
いつでも、基準は「わたし」の居た場所。
「わたし」の価値観。
「わたし」の常識。
「わたし」の思い込み。
そこからしか、思考は出来ないから。言葉は出ないから。
知らないことを、どうやって「想え」ようか。
知らないことは、知らないのだ。
知らないモノは、知れないのだ。
「島」しか知らない人が、どうやってここを「大陸」だと思えただろうか。
「大陸」やら「本州」なんて知らないのだから、
自分の中の固定観念である「島」という概念を基準として、
「ソレ」を捉えることしか出来まい。
ここは、広い島。
うん。
いい名前を、付けたね。
打ち上げで連れて行ってもらった、
お好み焼き屋さんが美味しかった。
昨日行った広島の神社も、
瀬戸内に浮かぶ無数の島のように、
岩座(いわくら)が、点点としていた。
一番中心の大きな磐座には、アマテラスさんと命名されてたな。
この天孫降臨の神社については、
また別の記事で。
三日間ありがとう、広い島さん。
☆奉奏ボイトレLIVEin伊勢!☆
☆7月7日(土)は東京で七夕キャンプ!!☆
↓なんで、「広島」なのかなぁ、と。
ここ、島じゃないけど?
と。
で、瀬戸内の無数の島を感じて、分かった。
ここを「広島」と名付けた人は、
「島」から渡ってきた人たちだ、って。
これは、民俗学上も重要な示唆かもしれない。
民族移動の歴史。
朝鮮半島から渡ってきた日本人と、
沖縄やアイヌ系の、島から渡ってきた縄文人。
広島が、「広島」と呼ばれているからには、
最初の入植者たちは、大陸(本州)から来た人じゃない。
大陸から南下して来たなら、ここを「島」とは呼ばないはず。
瀬戸内の「島」から来た人なら、そう呼びそうな予感。
天孫降臨伝説は、高千穂にも、沖縄にも、鹿児島にも。
そして、ここ広島にも。
ぜーんぶ、陸路じゃなく、海路だったという共通点が。
それなら、「天孫降臨が広島で起きた」って木内さんの話しも、
なんとなく、納得できるような。
まぁとにかく、最初の発見者は、
いつでもパイオニアで、勇者。
「広島」の命名者は、どこまでも未知を訪ねて、
切り拓き。
広島を、奥へ、奥へと進んで行き、
ある日。
「あ。これは島というモノではない!」と、
自分の小さな思い込みさえも、超えた事だろう。
未知を拓いた、その人のように。
自分の限界の先を、切り拓いて行こうぞ!
皆の衆!!!
「お前、誰なんだよ。」。
↓今日は、下の二つのボタンを押す祭、
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