★使命覚醒で叶える“私だけの天職”  天職と人生・ライフキャリアを再設計する -7ページ目

★使命覚醒で叶える“私だけの天職”  天職と人生・ライフキャリアを再設計する

潜在意識を書き換える
朝の習慣=モーニング・リチュアルで
最高の自分と天職を実現する!

魂ベースでの「本当にやりたいこと」願いや望み、夢を叶える



こんにちは。
天職実現マスターマインド
コーチの鈴木みつこです。

 

今日は

「私だけが頑張ってる?」──
夫の発達障害と
“カサンドラ症候群"の真実

 

というテーマでお話します。

 

◆ 昨日までのお話


 

ここまで読んでくださっているあなたへ
本当にありがとうございます。

 

前回は── 娘の手術や生まれつきの疾患、
第二子の出産、そして子宮の全摘手術という
目まぐるしくも濃い時間の中で、

 

初めて「この人から本気で学びたい」
と思える 魂のメンターとの出会いがあったこと。

 

子育てと仕事の両立に奮闘しながら、
自分自身をもう一度育て直していく道のりを、
少しだけお話しました。

 

そして今回のテーマは──

「夫の発達障害と向き合い、
わたしが見つけた“ほんとうの希望"とは?」

 

この家族のテーマは
一度では語りきれないほど深く、

 

私自身の「魂の学び」でもあったので、

【本日:前編】
【明日:後編】の2回に分けて、

 

お届けさせていただきますね。

 

(4) 日本に帰国、再出発、そして再婚、発達障害


◆ 息子の診断をきっかけに


 

わが家で最初に診断を受けたのは、
息子が3歳のときのことでした。

 

「自閉症スペクトラム(ASD)」
という言葉が、

 

初めてわたしたちの人生に
入ってきた瞬間でした。

 

その後、娘が小学5年生のときに、
そして約5年前に、夫にも正式な診断が。
いまでは3人とも、手帳を取得しています。

 

最初に息子の診断が
降りたときのことは、
今でも忘れられません。

 

まるで、霧の中に
差し込む一筋の光のように──
“見えなかった何か"に名前がつき、

 

やっと輪郭が浮かび上がってきた。
そんな感覚でもありました。

 

そして、その光が差したことで
わたしたち夫婦も、ある疑問に
気づきはじめました。

 

「もしかして…夫も?」

 

これまでなんとなく
抱えていた違和感。

 

夫の中にも、
息子と似た特性があるのではないか──と。

 

思い返せば、
再婚してからの20年間、
わたしはずっと問いかけていました。

 

「どうしてこの人は、こうなんだろう?」

 

どれだけ話しても、
なぜか通じ合わない感覚。

 

思いやりがないわけじゃ
ないはずなのに、

 

わたしの気持ちが届かない──
そんなことの連続でした。

 

夫は、頭の回転が速く、論理的で、
責任感も強く、黙々と仕事に
打ち込む職人気質。

 

ITや電気のことにもとても詳しく、
会社員として長く
プログラマを続けてきました。

 

でも、家庭においては
なぜか、根本的に“噛み合わない"。

 

日本人同士なのに、
わたしはまるで文化の違う相手と
暮らしているような感覚に
なることさえありました。

 

なぜなら、
わたしにとっての
「当たり前」や「普通」が、
次々と否定されていったからです。

 

心を通わせたいのに、
その“心"が、うまく届かない。

 

夫婦げんかのときでさえ、
「直す気があるの?」と
一方的に責められるばかりで、

 

すり合わせや歩み寄りの
余地が見えなかった。

 

わたしは直感型なので、
「何かがおかしい」とは感じても、

 

それを言葉にするのが
とても難しかった。

 

でも夫は、理詰めの人。

 

いざ話し合いになれば、
論理で徹底的に攻めてくる。

 

そして、わたしが
一番傷つくような
言葉や態度で、黙らせようとしてくる──

 

結果、わたしの気持ちは
いつも奥に押し込められ、
ただ耐えるしかなかったのです。

 

……けれど。

 

いま振り返ると、
そうした日々の積み重ねの中に、

 

“わたしたち家族の物語"が
静かに息づいていました。

 

そして、気づいたのです。

 

わたしが抱えていた苦しみは、
決して「わたしだけの問題」ではなかったのだと。

 

◆ 離婚の危機──「通じないつらさ」と向き合った日々


 

何度も、家庭内別居になりました。

 

子どもを連れて実家に帰ったことも、
何度もあります。

 

離婚を本気で考えたことも、
何度もありました。

 

気づけば、わたしは
知らないうちに──
「カサンドラ症候群」と呼ばれる状態に
陥っていたのです。

 

もしかしたら、
この文章を読んでいるあなたも、
すべてではなくても、
似たような苦しさや戸惑いを
感じたことがあるかもしれません。

 

たとえば──

 

* どんなに伝えても、気持ちが届かない

* 共感してほしいだけなのに、理屈で返されて傷つく

* 感情のキャッチボールができず、自分ばかりが我慢している

* 「私が頑張れば…」と、つい自分を責めてしまう

 

周りからは
「優しそうなご主人ですね」と言われるけれど、

 

家の中ではまったく別の顔に感じてしまう──

 

それはもしかしたら、
「カサンドラ症候群」かもしれません。

 

◆ カサンドラ症候群とは?


 

パートナーにアスペルガー(ASD)傾向があると、
その“コミュニケーションのすれ違い"によって、
もう一方のパートナー(多くは妻)が、
深い孤独や疲弊を抱えてしまう──
それが「カサンドラ症候群」です。

 

私自身も、長いあいだ
こう感じていました。

 

「どうして、こんなに通じないんだろう…」
「わたしが悪いのかな…?」

 

わたしが実際に体験した 「カサンドラのリアル」

 

今は、かなり改善されたのですが
かつての夫は、こんな感じでした。

 

その一部をご紹介します。

 

・「ありがとう」や「あいさつ」など、
日常のやりとりを拒まれる
言わなくていいと言われる。

 

・思いやりが感じられず、否定や無言で
突き放されることが多かった

 

・感覚過敏(音、匂い、光など)からくる
こだわりで家の中が常にピリピリしていた

 

・子どもの行事ごとを嫌がり、
まったく参加してくれなかった
(不特定多数の大勢の人が苦手)

 

・子どもの学校関係・病院・親戚対応まで、
すべてわたし一人で担っていた

 

・夜遅く帰ってくる夫のために 作った食事を、
陶器製の器ごと、ゴミ箱に(それも燃えるゴミに!)
捨てられることがよくありました。

 

朝イチにそれを見て  ゴミの仕分けをするのは
私のメンタルがかなりやられました。

 

(食べられないから、器や箸を捨てれば
もう作らないと思ったそうです)

 

・「いってらっしゃい」「おかえり」などの
声かけを嫌がられた。  帰宅した時、玄関に
こうこうと  明かりがついているのも嫌がった。

 

・かんしゃくやパニックをよく起こした。
急に私の実家に泊まることになったとき
それを拒否して、夜中に4時間かけて、
私の実家から自宅まで 歩いて
帰ってしまったこともあった。

 

こんな日常の積み重ねの中で、
わたしの心は、すり減っていきました。

 

◆「わたし、こんなにも無理してたんだ」──小さな一言がくれた気づき


 

ある日、ビジネス仲間の友人が
ふとこんな言葉をかけてくれました。

 

「みつこさん、だいぶ旦那さんにエネルギー取られてない?」

 

──その瞬間、胸にスッと何かが刺さるような感覚がありました。

 

「あれ? もしかして、私……ずっと無理してきたんじゃない?」

 

そんな気づきが、じわじわと心に広がっていったのです。

 

そして初めて、「これって“カサンドラ症候群"かもしれない」
そう思うようになりました。

 

それから、子どもがお世話になっていた福祉の先生に
そっと相談してみたんです。

 

すると──
「私が悪いわけじゃなかったんだ」
「私だけじゃなかったんだ」

その言葉に、ふっと心がゆるみました。

 

少しずつ、張り詰めていた感情に風が通り、
俯瞰して自分の気持ちを見られるようになりました。

 

「私はおかしくなんかない」
「ちゃんと限界もある」

 

そうやって、自分を責め続けていた思考から、
一歩、外に出られるようになったんです。

 

長くなりますので
続きは明日書きますね。

 

★【明日の記事のお知らせ】


明日は後編として、以下の内容をお届けします:

・カサンドラ症候群を越えて見えてきた「理解と希望」
・命の危機から始まった、新しい家族の在り方
・そして「すべての出来事には意味がある」と思える今へ

 

続きは明日の記事で、丁寧にお届けします。

あなたの心に、少しでもあたたかい光が届きますように。
また明日、お会いしましょう!

 

みつこ

 
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こんにちは。
天職実現マスターマインド
コーチの鈴木みつこです。

今日は

息子の出産、子宮の喪失──
自閉症の診断と向き合いながら、
私が出会った“使命"と“天職"

 

メンターとの出会いが開いた、魂の道。
すべてを受け入れ、天職へと続く人生の再出発。

 

というテーマでお話します。

 

◆昨日までのお話


 

「本当の私として、生き直したい」

 

フレデリックの死を経て
日本に帰国した私は、

 

社会の空気、母との関係、
そして自分自身の“思い込み"に
深く向き合うことになります。

 

子宮がんの告知、再婚、流産、
そして障害をもって
生まれてきた娘との出会い──

 

命の重みを前に、
ただ自分の最善を尽くす
しかなかったあの時間が、

 

かえって「本当の私を生きる」
という魂の覚悟を、
育ててくれたのかもしれません。

 

痛みも、迷いも、すべてが
“魂の軌道"を生き直すために
与えられたギフトだった。

 

そんな「再出発」の物語を、
昨日の記事でお届けしました。

https://mitsuko8888jibun.com/2025/06/09/blog-20250609/

 

でも── そこからが、
また新たな人生のステージの始まりでした。

 

出産を経て、次々と訪れた現実。

 

娘の障害、
息子の自閉症の診断、
夫のアスペルガーの特性……

 

今日の記事では、
当時の想いを綴ったエッセイとともに、

 

「リョウちゃんのひとりごと」を
お届けします。

 

(4) 日本に帰国、再出発、そして再婚


◆子どもを育てながら、“私"も育て直していった時間


 



 

その後も、現実は、本当に容赦なく、
次々と想像を超える出来事が
起こっていきました。

 

娘は、先天性の心臓病の経過観察を経て、
幸い手術を受けずにすむことがわかり、

 

生まれつきの直腸奇形(鎖肛)の手術も
無事成功し、少しずつ回復へと向かいました。

 

おむつも予定より早く外れ、
保育園に元気いっぱい
通えるようになったころ──

 

私は、第二子となる
息子を出産しました。

 



 

その前後、わたしは
娘が2歳半を過ぎたころ、

 

本格的に
「自宅で仕事を始める」
という新たな挑戦に踏み出します。

 

◆人生初のメンターにつく


 

当時、そうした学びと
実践 仕事の日々の中で

 

ご縁をいただいたのが──

アメリカ・シカゴ在住の、
今もなお圧倒的なカリスマ性を放つ
日本人女性の起業家の方でした。

 

人生で初めて
「この人から学びたい」と思える、
魂からのメンターとの出会いでした。

 

週に2回、夜10時から深夜まで──

 

日本とアメリカをつなぐ
“電話会議室システム"を使い、

 

音声のみで参加するオンライン勉強会に、
私は欠かさず参加していました。

 

(当時はまだZoomもSkypeもない時代。
画面共有もビデオ通話もなく、
パソコン上で音声だけのやりとりでした)

 

子どもたちをなんとか
寝かしつけたあと、

 

暗い部屋でパソコンの前に座り
イヤホンを耳をさし、

 

全力で集中して学び発言する
魂に火を灯すような時間を過ごしていたのを、
今でもよく覚えています。

 

そこには、全国・海外から、
同じように「自分の人生を生きたい」と願う
志の高い仲間たちが集まっていました。

 


◆今の私の土台になっている日々


 

「出す80%、入れる20%。
アウトプット力が人生を変える」

 

「人生で何が起きるかは重要でない
どう対処するかが問題だ」

 

メンターからの
数々の学びは、

 

当時の私の心に、
深く深く刻まれました。

 

本当の自分を生きるとは、
飾らずに、自分の言葉で
想いを差し出すこと。

 

その覚悟と実践力を、
私はあの頃、日々の挑戦の中で、
何度も叩き込まれるようにして
学んでいきました。

 

もし今の私に、
「伝える力」や「行動する力」が
少しでもあるとしたら──

 

その土台は、まちがいなく、
20年前の
あの時代に築かれたものです。

 



 

もちろん、最初から
できていたわけではありません。

 

むしろ私は、知識ばかり増えて、
動けないタイプ。

 

石橋を叩いて、叩きすぎて
壊してしまうような、

 

そんな“頭でっかちの自分"に、
何度も悩んできました。

 

だからこそ、あの実践の日々が、
私の魂に火を灯してくれたのです。

 

◆活動から離れて


 

やがて私は、
そのメンターや活動の場を離れ

 

自分自身の足で、少しずつ
「私の道」を歩きはじめました。

 

でも──
あの時間がなければ、今の私はいない。

 

それだけ、あの日々は
私の“魂の土台"をつくってくれた、
大切な時間でした。

 

魂の使命を生きるための在り方。

 

“最高の自分"として、
誰かの力になっていくための
基礎、土台、体力のようなもの。

 

あのときがあったからこそ、
今の私があり、
“魂の声"と一致した
ビジネスを生きる今があります。

 

それが、まさに私の──
使命と天職実現、
そして“魂のビジネス"の原点となっています。

 


◆息子を出産する前に届いた──高次からのメッセージ


 

息子を出産した当時、

 

私はすでに
「この仕事=志事(しごと)」に
取り組みはじめていました。

 

それは、人を元気にし、
癒し、導く“魂の志事"。

 

自分自身が
“最高の自分"を生きながら、

 

その背中で、
誰かの可能性をそっと拓いていく──

 

そんな在り方を大切にする、
私の使命そのものでした。

 

ちょうどその頃、
ある特別な出来事がありました。

 

メンターの友人で、
アメリカのサイキックの方に、
魂のリーディングをしていただく
機会が何度かあったのです。

 

そしてある日──
日本に一時帰国していたメンターが、
どこか嬉しそうに、私にこう話してくれました。

 

「この前ね、〇〇から
(アメリカのあのサイキックの男性)、
こんなことを言われたの」

 

「最近、まわりに赤ちゃんが
生まれそうな人っていない?」

 

「もし思い当たる人がいたら、伝えてあげてほしいんだ」

 

「すごーーーく“いい子"が生まれるよ」と

 

「こっちの世界(高次元)ではね、
本当にみんな、心から喜んでる」

 

「その子の魂は、もう自分にとっての必要な学びは
すべて終えていて」

 

「今回は、自分のためじゃなくて、
“お母さんを助けに行く"ために
生まれてくるんだよ」

 

そう言っていたよ、と、
メンターは笑顔で嬉しそうに
私に伝えてくださったのです。

 

「これはね、
ミツコさんのこと
だと思ったの」

 

そしてその言葉は──
まさに、その通りになったのです。

 



 

その後
息子を出産したときも、
私はまた、命の淵を
さまようことになりました。

 

胎盤が自然には出てこず、
体内に残ったまま、
感染症を引き起こしかけていたのです。

 

高熱にうなされ、意識が遠のきながら、
身体は敗血症寸前の状態に
追い込まれていました。

 

そして最終的に──
私は「子宮を全摘出する」という決断を、
緊急で下すことになったのです。

 

◆「診断」という名前がつくまでの、長い時間


 

息子は3歳のときに
自閉症スペクトラム(ASD)と
軽度の知的障害と診断されました。

 

でも── 最初からそのことが、
はっきりとわかっていたわけ
ではありません。

 

生まれたときから、足がとても細く、
首が座るのも遅くて……

 

ハイハイを一度もしないまま、
ようやく歩けるようになったのは、
1歳10カ月のころでした。

 



 

上の娘は、生後11カ月で立ち上がり、
1歳のお祝いには、紅白のお餅を
背負って歩いていたので、
その違いは歴然としていました。

 

最初の2年間は、
小児神経科に通いながら、
MRIなど大きな検査も受けました。

 

でも、その時点では、
はっきりした原因はわからず、

 

「経過観察」という言葉とともに、
私たちはただ、静かに様子を
見守ることしかできなかったのです。

 

そして──
ようやく名前がついたのは、

 

経過観察も終わりに
差しかかろうとしていた、
そんな時期でした。

 

◆「やっぱり、何かがおかしい」


 

「やっぱり、これはおかしいかもしれない」
「もう一度、病院に行かなくては」

 

そんなふうに、息子の異変に
本格的に気づいたのは、

 

保育園の3歳未満児クラスで行われた、
12月の発表会のときでした。

 

保育園の広い板の間に設けられた
小さなステージの上。

 

他の子たちは、
緊張しながらも嬉しそうに前を向いて、

 

先生の指示に従い、歌や劇に
一生懸命取り組んでいました。

 

けれど──
息子だけが、最初から最後まで
“能面"のような無表情で、

 

ずっと真横を向いたまま、
ピクリとも動かなかったのです。

 

さらにその少し前、秋の運動会でも
かけっこの順番が回ってきても
「競争」の意識がまるでなく、

 

そもそも最後まで
走り切ることができない場面がありました。

 

その姿に、私は心のどこかで感じていました。

 

「何かが違う。これは、
ただの個性ではない」と。

 

その後、私は再び
大きな病院を受診することに。

 

そして──
診察室に入るなり、
まだ、助詞などを入れた
まとまった話し言葉で
会話ができなかった息子が、

 

突然、大好きな
アンパンマンのセリフを
機関銃のようにまくし立てるように
喋りはじめたのです。

 

止まらない独り言。

 

それを見た医師は、
私に向き直り、静かにこう告げました。

 

「簡単に言ってしまえば──自閉症です。
いまは“発達障害"という言い方もされますが……」

 

 

◆「診断」された日


 



その瞬間、時間が
ふっと止まったように感じました。

 

胸の奥に、ずしりと重たい現実が
落ちてきたのを、はっきりと覚えています。

 

そして同時に、私は怒りで震えていました。

 

「そんな大事なことを、
そんなふうに“簡単に"言わないでほしい」

 

医師の淡々とした口調が、
私の心に鋭く突き刺さりました。

 

こうして──
息子は3歳で、
「自閉症」と正式に診断を受けました。

 



その帰り道。

 

小1の娘と
3歳の息子を連れて向かった、
病院の広い駐車場。

 

私はそこで、
息子のことで初めて、
涙を流しました。

 

娘が「ママどうしたの?」
と心配するほど、

 

ただ運転席に座って
ぽろぽろと
声もなく泣いていた私。

 

でも──
息子の障害のことで
泣いたのは、その一度きりです。

 

私はその瞬間、心の奥で静かに決めたのです。

 

「私は、すべてを受け入れて、
この子たちとともに歩いていこう」

 

そして、奮い立たせるように、
自分自身に火を灯しました。

 

 

当時記したエッセイを
あなたにも、シェアさせてください。

 

私が大切にしている想いが
今この文章を読んで
くださっているあなたの心に、
そっと届くものでありますように──。

 

*********************

◆『リョウちゃんの ひとりごと』


 



『リョウちゃんの ひとりごと』

 

もうじき ほいくえんで
ひとつ うえの
あひるぐみ さん という

 

おにいさんクラスに なれるのを
こころまちにしている
リョウちゃんは

 

さっき のんだばかりの
とうにゅうで おなかが
たぽたぽして いたけれど

 

まだ90センチに
みたいない せたけで
せかいを ながめながら
おもった

 

じんせいで
なにが おきるかは
じゅうよう でない

 

それに どう
たいしょ するかが
もんだいだ って

 

ママは ぼくを うんだとき
たいばんが でてこなくて
ひどい かんせんしょうになり

 

このままだと
しんでしまうかも
しれないと いわれた

 

もともとが
ナチュラル しこう だったので

 

できることは
ぜんぶやった みたいだけど
だめ だったらしい

 

そして なんにちか たったあと
おいしゃさんから

 

もう まてない
きんきゅう しゅじゅつをして

しきゅうを ぜんぶ とらないと
いのちに かかわると つげられた

 

そのばん しょうとうご
にゅういん ちゅうの
ベッドのうえで ママは
すこしだけ ないた

 

でも こう おもって
ふんきし
よみがえった

 

 

なにがあっても
アタシの たましいは
ぜったい だいじょうぶ

 

じんせいで
なにが おきるかは
じゅうよう でない

 

それに どう
たいしょ するか が
もんだいだ って

 

いま この しゅうかんにも
おなじ びょうとうで

 

おさない こ たちを かかえながら
しの やまいと たたかっている

おかあさんも いるかもしれない

 

 

そのひとの こころの いたみや
がんばりに くらべたら
なんの これしき

 

 

いま ここで
このしゅんかん
わたしは わたしにできる

 

さいだいげんのことを かんがえ
そく こうどうする

 

 

ただ それだけ


 

 

つぎのあさ
ママの ようだいは よくなくて

 

しゅじゅつの
じかんが はやまった

 

パパは しごとで
これないのは
さいしょから わかってたけど

 

たのみに していた
ばあちゃんたちは

 

すこし とおくに すんでたから
しゅじゅつ かいしに
まに あわなかったんだ

 

でもね
こころある かんごふさんが

 

そっと ぼくを

しんせいじ しつから
だっこして

 

ママのびょうしつに
つれてってくれたの

 

だから ぼくは ひとりだけ
エレベーターのむこうに きえる

 

ママを みおくることが
できたんだよ

 



 

それから
ぼくが すこし まえまで いた

 

ママの しきゅうは
おいしゃさんのてで
きりとられ

 

さきに てんごくへ
たび だった

 

ママは しきゅう という
そうぞうせいを つかさどり

 

いのちを うみだす
ぞうき ひとつぶん だけ

 

さきに てんごくへ おくったけど

 

でもね いまでも
むこうと こっちで
ピコピコ つうしん してるんだって

 

ひとは みな
じぶんの じんせいに
おきた できごとを

 

まいにち ホンヤク しながら
いきている

 

それは きっと
うちゅうが よういしてくれた

 

げんざいりょうを ホンヤクし

 

じぶんのことばで
ものがたりを かきつづり

 

いま ここに ある じぶんを
まいふん まいびょう

 

つくりあげて ひょうげんしてる
ってこと なのかもしれない

 

げんさくしゃの いとを
どう くみとり
かんじ

 

どのように ホンヤクし
じぶんなりの ものがたりを
かきつづるかは

 

じゆう なんだ

しあわせって べつに
どこかへ いって
なるもん じゃない でしょ?

 

この しゅんかん しゅんかん
「かんじる」 こと

 

そして
その かんじかたは

 

みな ひとりひとりが もつ
たましいの きんせんが

 

どのように
ふるえるかに よって
ちがう

 

でも
すべての こたえは

 

そと じゃない
うちがわに あるから

 

ただ それを
おもいだせば いいんだよ

 

ミツコ (2010/02/23)

 



*********************************

 

◆最後に──あなたへ


 

ここまで読んでくださって、
本当にありがとうございます。

 

私が当時綴った
『リョウちゃんのひとりごと』は、

 

ある意味で、私自身が
“自分の魂と対話しながら書いた手紙"
のようなものでした。

 

子宮という
「命を宿す場所」を失うことは、
女性として、母として、

 

ひとつの終わりのように
感じた瞬間でもありました。

 

でも──
そこから私は、自分の内なる“創造性"を、
もう一度信じ直す旅に出ました。

 

それは、何かを「生み出す」ためではなく、
“どう生きるか"を、
自分で選び直す旅だったのです。

 

人生に、正解も不正解もありません。

あるのはただ、
「あなたにしか歩けない道」があるということ。

 

大切なのは、
何が起きたかではなく、

 

それを“どう受け止めるか"で、
人生はまったく違うものになる──ということ。

 

どんなに大きな喪失や、
痛みの中にあっても、

 

人はいつからでも、
どこからでも、自分の魂の声に還り、
“本当の人生"を生き直すことができるのです。

 

私がそれを体験してきたように──
あなたにも、きっとできると信じています。

 

だから、どうかあなたにも、
今ここから、静かに問いかけてみてください。

 

「私は、本当はどんな人生を生きたい?」

 

「私は、どんな自分として、
どんな仲間たちと
誰とともに、
どんなふうに 命を使いたい?」

 

「自分の使命、天職を生きたい?」

 

その答えは、
どこか遠くに探しに行かなくても、

 

あなたの“魂の奥"に、
もうちゃんとあるはずです。

 

どうかその声を、聞き逃さずに。

 

あなたの人生は、いつからでも
最高の人生のストーリーを書き直せる。
そのことを、どうか忘れないでくださいね。



私は、あなたの中にある光を、
心から信じています。

 

応援しています!

 

鈴木みつこ

 

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こんにちは。
天職実現マスターマインド
コーチの鈴木みつこです。

 

今日は

「本当の自分を生きたい…」
流産・子宮がん・障害のある娘の出産を経て
見えた天命を生きる道──

 

使命と天職を見つけた
私の再出発の物語

 

というテーマでお話します。

 

◆昨日までのお話


 

昨日の記事では、

【人は人を変えることはできない】
【変えられるのは、自分だけ】

 

──そんな魂の真理を、
私自身の体験を通してお話ししました。

 

それは、かつて私が
亡き前夫・フレデリックの
がん闘病を見守ったときのことです。

 

医師から「余命半年」と告げられながらも、
彼は通常の医療をすべて拒否し、
【自分の信念に従って生きる】道を選びました。

 

私は、妻として、
そして一人の人間として──

 

どうにか彼を助けたいと願い、
病院での再受診や手術を促し、
自然療法やマクロビ、祈りやヒーリングなど
できる限りの方法を尽くしました。

 

でもその中で、私は悟ったのです。

 

【たとえ配偶者であっても、
その人の人生はその人だけのもの】

【人は人を変えることはできない】と。

 

だから私は、
恐れや不安ではなく、
彼の“魂の選択"を尊重し、

 

愛をもって静かに
見守ることを選びました。

 

彼は、自分の信念のもと、
告知から1年1か月──
力強く生き抜きました。



そして私は、
あの別れを通して
もうひとつの
真実に出会いました。

 

──それは、

【命は有限、でも人の“想い"は永遠】ということ。

 

25年以上経った今も、
彼はなつかしい
人生の戦友、
魂の伴侶として

 

彼のまなざしは、
あの時のまま 私の心に、
静かに生き続けています。

 

 

(4) 日本に帰国、再出発、そして再婚


◆帰国直後の逆カルチャーショック


 

NYでフレデリックを見送り、
32歳で日本に帰国した私は──

しばらく会社員として、
4年間働いていました。

 

けれども実は、
帰国直後の私は

思いがけない
「逆カルチャーショック」に
戸惑っていました。

 

自由でフラットなNYの空気の中で
ひょうひょうと生きている
“そのままの私"を
肯定されながら生きていたぶん、

 

日本社会の常識、

「空気を読む」
「和を乱さない」

という無言のルールが、
ときに息苦しく感じたのです。

 

◆“母との関係"の見直し


 

帰国してしばらく経った頃、
私は自分の母との関係に、

これまで気づかなかった
“ズレ"を感じ始めていました。

 

何か自分の意見を
伝えようとすると──

 

「おまえはアメリカ生活が長かったから、
少しかぶれている」

「だから日本社会のことがわかっていない」

 

そんなふうに言われることが、
何度もありました。

 

そのたびに、私は心の奥で
強い違和感と、
理不尽さを感じていました。

 

私は母のことを、
子どもの頃からずっと
尊敬していました。



実父亡き後は
専業主婦から、
結婚前の仕事に戻り
バリバリこなす、頼れる母。

 

「母なら、間違ったことは言わない」
そう信じて疑わなかったし、

 

母と私は“友達親子"
のような関係だと
どこかで思っていました。

 

でも、どこかでやっぱり、
なにかが
【かみ合っていなかった】のです。

 

それを明確に言葉にしてくれたのは、
再婚後の夫でした。

 

「なんか、おかしい」

「親分・子分の関係。自立していない」

 

「お母さんが親分で、
みつこが子分みたいな感じ」──と。

 

そのとき初めて、私は
ずっと“当たり前"だと思っていた
母との関係に

 

無意識の【支配構造】が
あったことに気づいたのです。

 

母は、今では年老いて、
昔ほど強くはありません。

 

しかし当時は
強くて、頼れて、

 

同時に、何ごとも
自分で仕切らないと
気がすまないタイプでした。

 

もちろん、
それは母自身の気質や、
時代背景もあってのことだと思います。

 

でも──
私には、もう
【違う生き方】が必要だった。

 

自分の考えを、
ちゃんと自分の言葉で語れること。

 

他者の意見を受け止めながらも、
自分の魂の声を信じて歩むこと。

 

誰かの期待や価値観の中で

いい人、いい子を
生きるのではなく──

 

【私は、私として、私の人生を生きる】

その覚悟を、私は少しずつ育てていったのです。

 



 

◆思い込みの枠を超えた「新しい人生」の始まり


 

やがてご縁があって、
私は再婚しました。

 

なぜかわからないのですが、
ライフステージが変わった──

 

そんな感覚が自分の中に
強く、確かに
湧き上がってきたのです。

 

当時の私は、
これは生涯、
絶対にできないだろうと
思い込んでいた

 

“人生の思い込み"が、
3つありました。

 

(内心は、憧れのような気持ちとともに)

 

 

それは

1.車の運転(怖くてできない)

 

2.9時5時の会社員生活
(私みたいに、ダンスやバイト、フリーランスで
生きてきた人間には、かっちりしたお勤めなんて無理)

 

3.子どもを持つこと
(実は私は、自分のことに手一杯で
そこまで子供に興味がなく
赤ちゃんを抱っこするのさえ
異様に怖かったのです)

 

そんな私が、
再婚を機に、少しずつ

その思い込みの枠を
超えていくことになったのです。

 

──人生には、魂が決めてきた
「次のステージ」が、
確かにあるのだと思います。

 

 

◆再婚を控えた矢先に届いた「子宮がん」の診断


 

来年には再婚を──
そう思っていた頃のある日、

 

会社の健康診断の結果が
郵送で届きました。

 

そこに記されていたのは、
まさかの「子宮がん」の診断。

 

まるで頭を殴られたような衝撃で、
しばらく言葉も出ませんでした。

 

私はそのとき、改めて知ったのです。

 

【がんを宣告される本人の気持ち】
というものが

 

家族として見守るときとは、
まったく違うということを。

 

フレデリックのがん闘病を
支えた過去を振り返りながら、

 

あのとき私は、
「本当の意味で彼の痛みに寄り添えていただろうか」と
心から反省しました。

 

◆女性にとっての「子宮」という場所


 

子宮──それは、
女性にとってとても特別な場所。

 

命を宿し、次の世代へとつなぐ臓器です。

 

そんな場所に、がんの疑いがあると告げられたのは、
ちょうど再婚を控えたタイミングでした。

 

「もし手術することになったら──」
「この話も、流れてしまうかもしれない」

 

そんな不安が、ふと心をよぎりました。

 

けれども幸運なことに、
診断されたのは【超・初期段階】で、
まだ細胞の異形成のレベルでした。

 

また、当初の病院での
告知の仕方にも配慮が足りず、

 

私は思い切って、セカンドオピニオンを求めて
別の大きな病院に移る決断をします。

 

そして、そこで──
私は人生の恩人とも言える、
一人の素晴らしいドクターと出会いました。

 

その先生は、
この出会いから20年以上にわたり、
私の婦人科系のすべてを見守ってくださいました。

 


◆命がけの出産と、祈りの時間


 

再婚後、
がんの経過観察を続けながらも、
私は少しずつ、日常を
取り戻していきました。

 

けれども──
現実は、想像していたよりも、
ずっと厳しいものでした。

 

まず私を待っていたのは、
「なかなか子どもに恵まれない」という現実。

 

小さないのちとの、静かな別れ
2度の流産──。

 

お腹の中で育っていた
赤ちゃんの心臓が、
静かにその鼓動を止めたと告げられたとき、

 

私はただ、言葉もなく
呆然とすることしかできませんでした。

 

それは、大人の死と向き合うときとは
まったく違う、深い痛み。

 

子どもを失うということ。
それは、たとえまだ
この世に生まれていなかったとしても、
母としての私の魂に、深く刻まれる経験でした。

 

さらに
ようやく授かった娘と息子の出産も、
決して平坦な道のりではありませんでした。

 

私は「双角子宮」といって、
子宮の形がハートのように分かれた特徴があり、
妊娠自体が高リスクとされていたのです。

 

さらに、妊娠前の流産も影響し、
どちらの出産も【命がけ】となりました。

 

出産後も、胎盤がはがれず、
癒着したままになる
「癒着胎盤」による40度を超す
高熱と感染症。

 

まさに、生死の境を
さまようような出産。

 

昔だったら、母体の命を
落としていただろう
そんな状況だったのです。

 

そのなかでも、
最初の娘の出産と、
その後の出来事は、
私の魂を大きく揺さぶりました。

 

娘の誕生と、
障害があると
わかったときの体験。

 

今から15年ほど前になりますが
娘がようやく6歳になり
小学校・入学式の前夜に書いた、
ひとつのエッセイとして
綴ったものがあります。



 

あのときの感覚や気づきが、
少しでも、あなたの心に届きますように
シェアさせてください。

 

*********************

 

幼い日のレナちんへ
「鎖肛ってなに?」

 

子育ては
親のためにあり

子どもは 親を癒し
許すために 生まれてくる
という言葉の意味が

ひとつ わかった
気がしたんだよ



どこまでも
透明な肌と輝く瞳

 

キミの卒園式の写真を
何度も見返しながら
つぶやく

 

明日は
もう入学式

 

ハハも娘も
準備バンタン

 

そうか あれから
もうそんなに
たったんだねと
ハハは思ったんだ

 

[caption id="attachment_4622" align="aligncenter" width="680"] untitled[/caption]

キミは 「低位鎖肛」という
先天性の直腸肛門 形成異常と

 

「肺動脈弁狭窄症」という
心臓病をもって

 

今から 6年前に
ハハのところを選んで
生まれてきてくれた

 



キミは スルッと
生まれたけど

 

そのあと
胎盤が出てこなくてね

 

癒着がひどくて
文字通り 素手で
内臓を引き千切られる痛みに

 

ハハは 獣のような
声をあげて 耐えたんだ

 

そして1カ月近くも
ハハは その胎盤のかけらを
お腹のなかに かかえながら

キミを見守ることになる

 

5時間たっても
分娩室から出てこないハハを
みんな心配してたけど

 

ついに出てきたときには
思わず涙がでてきて

 

その後もワイワイ病室で
喜びに ひたっていた

 

でもね ハハは
看護婦さんが
ヒョロっと キミの父に

 

「小児科の先生から
お話があるそうです」
と言葉をかけ

 

病室から出て行く姿を
見逃さなかったの

 



しばらくすると
キミの父
双方のジジババたちが

 

ワイワイ にぎやかな
お祝いムードを残して
帰っていった

 

ベッドの周りには
カーテンが
ひかれていたけれど

 

一度 病室の出口まで
みんなと行った
キミの父が

 

わざわざ また
ハハのベッドのところまで
戻ってきて

 

カーテンを ひょっと
少し 開けたんだ

 

ふだんは
しかめっツラを
してることが多い

 

同じB型でも
ハハより かなり神経繊細な

 

慢性胃炎タイプの キミの父が
見たこともないような笑顔で

 

一生懸命 ニコッと 笑みをつくり
小さく バイバイと
手を振って 帰っていった

 

そして その晩
ハハには キミのことは
知らされなかった

 



 

「鎖肛(さこう)」
って聞いたことあるかな

 

たぶん 知らないヒトの方が
多いと思う

 

ハハも ゼンゼン
知らなかったから

 

自分の子どもが
「鎖肛」だと言われて
初めて知って 勉強した

 

鎖肛っていうのは

生まれつき
肛門ができなかった
病気なんだ

 

3000~5000人に
1人の割合で出生する

 

出生時障害で
最も頻度の高いといわれる
口唇口蓋裂 (こうしん こうがいれつ)に
次いで多いらしい

 

小児外科のある
病院へ行けば
必ずといっていいほど
鎖肛の子どもはいる ときく

 

でも その名を知る人は
少ない

 

キミが 出生後に
「低位鎖肛」だと
医師から告げられたとき

 

ハハは ガツーンと
ショックを受け
ひどく落ち込んだ

 

でもね

 

ともすれば
「妊娠中に あれをしたからいけない
これをしたからいけない」

 

「わたしがぜんぶ悪い」
「子どもに申し訳ない」と

 

ネガティブな思いに
押しつぶされそうになるのを
振り切って

 

ハハは前に 進んできた

 

ウジウジ 悩んでいる
ヒマは なかったんだよ

 



 

できる限りの情報を
集めて理解し

 

自分の中で
キチっと真正面から受け止め

 

手術の日程を決めたり
産後 身体も精神も
非常に不安定な中で

 

ドンドン行動を
とらなくちゃ
ならなかったんだ

 

それにしても
出生頻度が 高い割りには
あまりにも 情報が少なかった

 

それは たぶん
場所が場所だけに

 

あまり声を大にしては
語られないのかもしれない

 

でもね ハハは
そのころ ネット上で
自分やお子さんの体験などを

 

タンタンと前向きに語って
くださっている方々の姿にも
出会ったの

 

それは
ブログという 言葉も

 

まだまだ 一般的でない
ずーっと前のこと

 

言葉は 生きて
愛を つむいでいく

 

だからハハは いま
語っている

 

いただいた愛を
つないでいる

 



鎖肛っていうのはね
直腸が途中で
途切れてしまっている場合と

 

尿道や膣など
他の場所が
直腸とつながっていて

 

その部分から
排便がみられる場合があるそうで

 

キミの場合は
直腸が途中で 閉塞しており

 

かわりに
「ろう孔」と言われる穴から
うんちが 出ているような
状態だと言われた

 

外から見ると
本来あるべき肛門の位置が

 

前方に少しズレているような
感じだった

 

キミの場合は
低位だったから

 

生後3週間目に一度
肛門形成の手術を受け
3週間入院した

 

全身麻酔から覚め
手術室から出てきたときの

 

パッチリしっかり
目を見開いていた

 

キミの誇り高き姿を
今でも よく覚えているよ



 

お尻の手術の前後は
うんちが出たら困るから
しばらくは絶食しなくてはいけない

 

お腹が減って
ギャーギャー泣いても

 

ミルクも 何も
飲ませてもらえない

 

キミは 看護婦さんから
空の哺乳瓶の ゴム乳首の部分に
ガーゼをつめたものを もらって

 

チュウチュウ おしゃぶりのように
吸っていた



 

生まれたばかりの赤ちゃんが
木の板みたいなのを 腕に巻き

 

点滴の注射を 固定され
四六時中 刺されている姿は
痛々しかった

 

 

手術が済むと
ここで かなりの個人差がでてくると
医師からは言われた

 

そのまま
すんなり自力で
排便が出来るようになる子もいれば

 

ブジーという
指をお尻に入れて
刺激を少し与えてあげる方法や

 

薬の力を借りなければ
排便できない
便秘になる子もいる

 

キミの場合は
1歳になるまで
毎日ブジーを続けたね

 

がまん強く
がんばり屋さんだったキミは

 



自力で 排便が
できるようになり

 

やがて おむつも
ほかの保育園の子たちと
変わらない時期に
卒業した

 

 

いま キミの弟が
いっしょうけんめい
トイレ・トレーニングをしているけれど

[caption id="attachment_4623" align="aligncenter" width="680"] untitled[/caption]

出生時 何の問題もなかった彼でさえ
おむつハズレには

 

かなりの時間と労力 忍耐力を要する
日々を思うたびに

 

キミが どれだけ
がんばったか あらためて
ハハは 感じるんだ

 

低位鎖肛
生まれつきのお尻の病気

 

そうしたハンデを
わざわざ選んで

 

キミの勇気ある魂は
この世に誕生した

 

「この家ならば
愛され 幸せになれる」

 

「自分の魂は
もっともっと成長できる」

 

キミの魂は そう思って
ハハや キミの父を
選んでくれたのだろうか

 



 

たくさん泣いたあと
ハハは 自分に
そう言い聞かせ

 

胸にかかえた想いを
ひとつひとつ
乗り越えてきた

 

だって
キミも また

光輝く 魂のひとつ
だったんだから

 

そのころハハが
毎日 キミを
ギュッと抱きしめて

 

こんなことを
語りかけていたのを
覚えているだろうか

 

ママは レナのことが 大好きだよ――
生まれてきてくれて どうもありがとう

 

パパとママを選んでくれて どうもありがとう



神さまが いつも レナのことを見ていて
守ってくれているよ

 

レナは 困っているひとを
たくさん助けてあげられる
ひとになってね

 

ひとのために
自分を役立てられるひとになってね

 

レナの たましいさんが
たくさん たくさん 成長しますように

 

ママは レナが大好きだよー

 



 

キミは
わかってるのか
わかってないのか

キョトンとして
聞いていたけれど

 

そう言って
キミを抱きしめると

 

ハハは
ふたりの魂が

 

ほんとうに
喜んでいるのを

感じていたんだよ

 

 

ミツコ
(2010.4.5)

 



***********************

 

◆最後に──あなたへ


 

今、もしあなたが
どうにもならない現実に
心が折れそうになっていたり、

 

大切な誰かとの関係に悩んでいたり、
未来が見えなくなりそうなときでも──

 

どうか忘れないでいてほしいのです。

 

私たちには、
何ひとつ無駄な経験などない。

 



 

たとえ思うように
いかない日々が続いても

 

誰かの決断を、
ただ見守ることしか
できなかったとしても

 

命の重みと向き合いながら、
涙する夜があったとしても──

 

それでも、すべては
あなたの
“魂が成長するために
必要だった時間"です。

 

人は人を変えることはできない。

 

でも、自分は変えられる。

 



 

どんなに痛みがあった過去でも、
あなたの中には、必ず
乗り越えていく力があります。

 

そして──
命は有限でも、
人の「想い」は永遠。

 

あなたの存在が、
あなたの選んだ道が、
あなたが今ここで発する言葉が、

 

きっと誰かの希望になっていきます。

 

だからどうか、
焦らずに、あなたのペースで。
魂の声を信じて、歩みを止めないでください。

 



私も同じように、
痛みの中から、この道を歩んできました。

 

この言葉が、
あなたの心に、そっと
寄り添うものでありますように──

 

長文を読んでくださり
ありがとうございました。

 

いつも心からあなたを応援しています

 

みつこ


もしあなたも、
「このままでは終われない」
「本当の自分を生きたい」と感じているなら──

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こんにちは、
天職実現マスターマインド
コーチの鈴木みつこです。

 

今日は

命は有限、でも“想い"は永遠──
フレデリックの死と旅立ちがくれた
がん闘病・自宅介護・別れの記憶と
あの日、私が選んだ「使命を生きる」決意

というテーマでお話します。

 


◆昨日までのお話


 

昨日の記事では、
「完璧じゃない私は、愛されない」
「自分には価値がない」──

 

そんな思い込みの中で
自分を責め続けていた過去の私が、

 

NYで亡き夫フレデリックと出会い、
摂食障害を乗り越え、
そして“がん闘病"という大きな現実の中で、

 

「完璧じゃなくていい」
「このままの私で、大丈夫なんだ」
「私は、今できる最善を尽くして生きる」

 

そんな“魂の声"に導かれ、
本当の私に還っていった過程を綴りました。

 



 

がんばっているのに空回りしてしまう。
繊細さゆえに人と比べて落ち込み、
「私なんて…」と自信をなくしてしまう──

そんなあなたの心にも、
そっと灯りをともせたら嬉しいです。

今日は、その続きをお届けします。

 

 

(3) NYでの摂食障害の自力克服と最愛のパートナーとの別れ


 

◆太陽はいつもそこに輝いているのに


 

わたしは 前の夫
フレデリックが亡くなったとき、

諸事情から、
日本とニューヨークを1ヶ月に一度
行ったり来たりしていました。

 



 

別にカッコいい
ビジネス的な理由ではありません。

 

当時、もとバレエダンサーだった彼は、
細々と自宅で DTPの仕事や
弁護士事務所のタイピストをこなし、

 

わたしは 日系の幼稚園のアシスタントや
翻訳の仕事をしていましたが、

 

家計的には自転車操業、
いっぱいいっぱいで、

 

また彼の宗教的な信条もあり、
生命保険、医療保険等に
入ることはありませんでした。

 

しかし、彼が
通常の医学的治療を
一切 拒否したといっても、

 

最初に ガン告知を受けたときの
1週間の検査・点滴などの入院費が、
日本円で当時200万円近く
払えずにいました。

 

そして、不調を訴えだしてから約3年、
告知後8カ月の自宅介護のあと、

 

彼はホスピスのような場所に入り、
最後は そこで亡くなりました。

 

その入院料のようなものも
支払いが滞っていました。

 



 

◆お金も、命も、ギリギリの毎日だった


 

お金がいちばん
大切じゃないことは わかっている

 

でも、毎日の生活のなかで
自分の精神が
ちゃんと安定できるだけの、

 

最低限 必要なお金は ほしい

 

多額の医療費による借金と、

 

いちばん身近な人が
今ガンで死につつある
プレッシャーと、

 

介護による
極度の疲れもあって

 

わたしは 心も身体も
押しつぶれそうに なっていました。

 


◆ヒタ隠しにしていた事実と、母との対話


 

やがて 彼本人の希望で
ヒタ隠しにしていた ガンのことが、
日本の母にも 分かってしまいました。

 



 

それを聞き、
いてもたっても いられなくなった母と
妹、幼い甥っ子たちが

 

新年明け 早々
ニューヨークを訪れてくれました。

 

 

 



 

(1997年 最後の日本滞在の日。
成田空港で、幼い甥っ子と手をつないで歩いた帰路──


そのときすでに、
彼の身体は静かに病におかされていました)


 

どこまで 進行したのか、
あるいは 自然療法やヒーリングによって
少しは 良くなっているのか、

 

外からは わからない
フレデリックの容態、

 

 

来月の家賃さえ
本当に払えるのか
わからない経済的問題、

 

これからのことを含めて、
わたしは母と
滞在中のホテルで 話をしました。

 

亡くなった場合、
お骨は 日本に 持ってかえるのか?

 

母にそこまで聞かれて
初めてわたしは、

 

今自分が直面している問題――

 

フレデリックは
今 まさに

 

死に逝きつつあるんだ
ということを

現実的に
受けとめざるを えませんでした。

 



(日本に来た時に、富士山五合目へ)

 

◆どうしても涙が止まらなかった夜


 

 

ベッドの上に
あぐらをかいて腕をくみ、

 

わたしはただ
ポロポロぽろぽろ
泣いていました。

 

憔悴しきっている わたしを見て、

母は いったん
日本に帰ってこい、と言いました。

 

よく考えた末、一時帰国。

 

日本に3週間、
ニューヨークに1週間という生活を
2ヶ月ほど続けました。

 

アパートもひきはらい、
自己破産の申請をしよう、

 

少し良くなったら
ニューヨークのオールバニーの
おねえさんのところへ

 

二人で行って しばらく療養し、
新しい生活のことを 考えよう、

 

また来るからね――

 



 

そんなことを話して、

 

わたしは4月末に
彼のもとを いったん去りました。

 

◆マンハッタンの最後の贈り物


 

ニューヨークJFK空港上空を
大きく旋回した 飛行機の窓から、

 

今まで 一度も見たことのない、
壮絶なまでに 美しい

マンハッタン全景が 見えてきました。

 

 

雲ひとつない 青空のもと、
島南端から 同島を突き抜け、

本土ニューヨーク州を 北上し、

 

彼の故郷 オールバニー市に
至るかと 思われるほどの、

壮大な眺めが ひろがっていました。

 



 

それは、最後、

フレデリックからの
贈り物だったのかな、

 

と 今は思うのです。

 


◆嵐の下でも、太陽は消えない


 

何度か、飛行機で
日本とアメリカを 往復したときに、
よくこんなことを 思っていました。

 

下界は、
いつもジャージャー 雨が降ったり

 

雷、嵐やら
ひどい天気のときも 多いけれど、

 

いったん突き抜けて
雲の上にさえ 出れば、

 

こうやって いつも
太陽は 輝いているじゃないかと。

 

太陽は いつも
そこにあるじゃないかと。

 

目の前のことに
押しつぶされないては いけない、

 

もっともっと
上を 見ないといけない

 

つらいとき、
いつも自分に
そう 言い聞かせていました。

 


◆フレデリックの旅立ち


 

それから約2週間後、

フレデリックは
安らかに 眠るように
息を引き取りました。

 

義妹から
電話がかかってきたとき

 

"He passed away ---"(亡くなった)

 

という言葉を聞いたとき、

 

 

ああ、世の中には、

こんなにも悲しい英語が
あるんだなと思ったことを

今でもよく覚えています。

 



 

今 在る わたしが、
もし、あのときの彼と
いっしょにいたらどうだっただろうか、

 

もっと何かできただろうか、
違っただろうか、
そんなふうにふっと考えることもあります。

 

でも、偶然はありえない、
すべては必然で、かならず意味がある――

 

わたしの中には、
後悔とか、

そういったもの
後ろ向きのたぐいのものは
一切ありません。

 

なぜなら

そのとき、
自分が 人間としてできることは、
すべて、やったからです。

 

そして、彼は
いまのわたしを
心から喜んでいてくれる
いつも応援してくれている と思うのです。

 



 

(日本を訪れた時に、妹の長男くん:甥っ子を抱いて

彼は、自分の妹の子を赤ちゃんの時から育てており

子どもは大好きで、あやすのもとても上手でした)

 

◆どんな時も、魂は学び、光を見つけられる


 

人間だから
毎日 生きていると
本当に いろんなことがあります。

 

ときには もう ちょっと 耐えられない、
つらすぎる、しんどいな、と思うことがあります。

 

でも 心が折れそうになったとき
なにか 自分が
押しつぶされそうな問題に
出会ったときには

 

自分は いま ここから
何を 学ぼうとしているのかな?

 

どうしたら
自分の魂は 成長するのかな

 

そんなふうに
チョコっと 一息ついて
あのときの光景を 想い出すのです。

 

下界は、大雨洪水 どしゃぶり
とんでもないような 天気のときにも

 

雲の上では
いつも サンサンと
太陽は 輝いているのですから――

 



*************

◆魂に刻まれた光景──


 

フレデリックを見送ったあの日、
深すぎて言葉にならない想いが

静かに、でも確かに、
心の奥から湧き上がってきました。

 

その想いを、どうにか形にしたくて
綴ったのが、当時のこの詩です。

 

あれから25年以上の時が経った今も、

 

彼が故郷の地に
還っていったあの光景は、

 

変わらず私の中に、
やさしく焼きついています。

 

時間も空間も越えて──

 

私はいつでも、意識を
彼のもとへ飛ばすことができる。

 

そして、こうして今も、
彼は私のそばに立ち、
静かに見守ってくれている──

そんな気がしてなりません。

 

当時書いたものをシェアさせてください。

 

=================

◆『君に捧ぐ』


 

お骨ならぬ
君の灰を抱いたとき
それはあたたかだった

 

10センチ四方
厚さ5センチほどの
紙の箱におさまり

 

ブラウンの紙で
君はちゃんと
包装されていた

 

表には ラベルが一枚
君の名前が
フルネームで タイプされ

 

斎場の名まえと
火葬された日時が記されていた

 

マンハッタンから
さらに車で4、5時間

 

オールバニーの
おねえさんの家で
初めて対面した  君の灰は

 

予想に反して
ずいぶん重かった

 

長い長い闘いの末
モルヒネさえも打たずに
眠るようにして 逝った君

 

ガンだと告げられてから
以前あれほど頑なに
子どもは いらないと
言っていたのに

 

「治ったら 子どもをつくろうね」
と言い出した

 

神父さんが
草原に 宝石箱を埋めるように

 

君はいま 深く深く
土に 還っていく

 

アイラブユーと
言われるたびに

 

なかば条件反射的に
"I love you, too." と
微笑み返してはいたが

 

人を愛することとは
こういうことなのかと

 

その温かな
溢れる想いと さびしさで
胸がつぶれそうに なりながら

 

レンガ一個分になった
君のからだを
地に帰る その瞬間まで
固く 抱きしめてあげた

 

最初 抱いたときの
あたたかさは

 

数分後
再び抱いたときには
もうなかった

 

同じことを思った 母が
ミツコが 来るのを
待ってたんだね
と しみじみ言った

 

左くすり指から
指輪をはずし
わたしは 大切に
ポケットにしまうと

 

君の眠る丘を あとに
日本へと 帰国していった

 

ミツコ  (1999.5.15)



 

(彼の故郷、NYのオールバニー ウエストバーンに眠る)

 

◆あなたへ──今、一番伝えたいこと


 

人は、人を変えることはできない。

変わる決意は、
その人自身にしかできない。

 

変えられるのは自分だけ。

 

だからこそ──

人それぞれの想い、
自由意志を尊重し

 

「私は、今、自分にできる
最高・最善を尽くして生きる」

 

他の誰でもない
「自分自身の人生を生きる」
その覚悟が大切なのだと

 



 

私はフレデリックの死から
学びました。

 

大切なのは
「人を変えよう」とすることではなく、

 

その人の選択を、尊重し、
愛をもって見守ること。

 

そして何より、自分自身が──

「目に見えることに
振り回されるのではなく」

 

“自分の魂の声"を聴き、
使命・天命を生きること。

 



 

自分の背中を見せながら
他者の可能性を拓いていく

 

それが、私が
一番あなたに伝えたかったことです。

 

 

命は有限。

でも、“想い"と“魂の声"は、
永遠に時空を超えて、生き続けていく。

 



 

(日本を訪れた時に。私の妹の次男くんを抱っこして)

 

だからこそ今、あなたにも。

どんな状況の中にあっても、

「私はこの人生を、どう生きたいのか?」
魂に問いかけてみてください。

 

あなたの中にも、
確かに“その答え"は存在しています。

 

それを思い出すことこそが、
使命に目覚めるということ。

 

そして、今この瞬間からでも遅くない。

 

あなたはいつでも、
そこから始めることができるのです。

 

心から、そう信じています。

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こんにちは。
天職実現マスターマインド
コーチの鈴木みつこです。

 

今日は

摂食障害、NYでのガン闘病
“本当の私"に還った日と、
使命覚醒の原点
「完璧じゃなくていい」と気づけた瞬間

 

について書きます。

 

◆昨日までのお話


 



昨日は、
摂食障害との10年の闘いを越えて、

 

「完璧じゃなくても、私には価値がある」と
“魂の目覚め"を得ていった
NY時代の物語をお届けしました。

 

そしてそのプロセスを、
静かに、深く支えてくれたのが──

 

私の人生の師ともいえる
亡き夫フレデリックでした。

 

彼の在り方から、
私は 「本当の私を生きる」決意を固め、

“魂の表現者"としての
人生を歩み始めたのです。

 

けれど、そんな穏やかな日々にも
ある日、突然“終わり"が訪れました。

 

今日は、 その続きを、静かに、
でも真っ直ぐに
あなたにお届けしたいと思います。

 

(3) NYでの摂食障害の自力克服と最愛のパートナーとの別れ


◆「そのままの私で、大丈夫だよ」


あの頃の私は──
いつもどこかで、思い込んでいました。



 

頭では「そんなことない」
とわかっているのに、

 

心も、体も、カチコチに
固まってしまって
どこかでずっと拒否していたのです。

 

「もっと頑張らなきゃ」
「完璧でないと認められない。
愛してもらえない」

 

「痩せていない私は、価値がない」──

 

稽古場の鏡に映る自分は、

踊りも完璧に踊れない、
容姿もダンサーには向いていない
不完全な自分が
どうしても、好きになれませんでした。

 



 

どこまで行っても、
上には上がいて
下には下がいる。

 

NYという世界中から
才能が集まる場所で、
しのぎを削るように生きる日々。

 

そこにいる人たちは
ものすごく恵まれた環境で育っていたり
圧倒的な才能を持っていたりして、

 

「自分とはまったく違う」
人たちにも出会いました。

 

オーディションを受けても受けても
うまくいかない。

 

摂食障害もあって、
心も体も だんだん蝕まれていきました。

 

ついには、限界に達して
「もう日本に帰ろうか」と、
そんなことを考えるほど
心がすり減っていたのです。

 

──そんなときに、
私はフレデリックと出会いました。



 

彼は、何か特別な言葉で
励ましたわけではありません。

 

でも、その“在り方"すべてを通して
静かに、でも確かに
伝えてくれたのだと思うのです。

 

「そのままの みつこで、大丈夫だよ」と。

 

それは、短い人生を全うした彼が
私に遺してくれた、
魂からの深いメッセージでした。

 

◆「条件つきの愛を生きなくていい」


 



 

「努力しなくていい」と、
彼が言っていたわけではありません。

 

ただ──

「頑張らないと、存在を認めてもらえない」
「完璧じゃない私は、愛される価値がない」
「そもそも私には、価値なんてない」

 

そんなふうに、
自分をがんじがらめに縛っていた私に、
それはただの“思い込み"であり、

 

自分を押さえつける
最大の“ブロック"だったことを
彼は教えてくれたのです。

 

「条件つきの愛を生きなくていい」

彼の在り方そのものが、
それを私に伝えてくれました。

 

彼の前では、私は
“鎧を脱いだ自分"でいられました。

 

見せたくない弱さも、未熟さも、
人間くさい感情さえも──
全部さらけ出しても、なお愛されている。

 

そんな深い安心感が、そ
こにはありました。

 



 

◆人生の師、戦友としての想い


 

だからこそ私たちは、
いわゆる「恋愛関係」から始まって
結婚したのではなく──

 

最初は、「友達」としての関係がありました。

 

今思うと
彼は、人生の師であり
戦友のような人だったなと感じるのです。

 

私がかつて、大きな失恋で
心に深い傷を負っていたとき、
彼はただ静かに、そばにいてくれました。

 

実はその前に、彼の方から
気持ちを打ち明けてくれたこともありました。

 

でも、当時の私はまだ
心を開く準備ができていなくて、
一度はお断りしてしまったのです。

 

それでも彼は、変わらず、
変わらぬ優しさで、
私を見守り続けてくれていました。

 



実父を早くに亡くし、
継父との関係もうまくいかずに
心が壊れかけていた長女の私は──

 

彼に、恋人以上のものを
感じていました。

 

恋人である前に、
「父のような存在」であり、
「魂の師(メンター)」のような
存在だったのです。

 


◆「そのままの私で、大丈夫だよ」


 

── 彼は、言葉ではなく、
“在り方"で教えてくれました。

 

今あの頃を振り返ると、
12歳年上だった彼に対して、

 

当時20代後半だった私は、
本当に未熟で、正直──
たくさん迷惑をかけたなと感じます。

 

私はまだ、何にもわかっていなかった。
本当の意味で気づけていなかった気がします。

 

今となっては、 申し訳なさと感謝が、
胸いっぱいにあふれてきます。

 

それでも、彼はいつも変わらず、
そんな私をまるごと受けとめてくれていました。

 


◆後日談・亡くなってからも元気にやっている


 

──これは、少しあとに
なってからの出来事ですが

 

日本に帰国して再婚し、
出産を経て、あるとき流産を経験した私は、
魂のことを見てくれる
サイキックの方のもとを訪れました。

 

そのとき、 そこに現れたのは、
その男の子と
亡きフレデリックの魂でした。

 

私は彼に、 あの頃の
未熟だった自分のことを、
心から謝罪しました。

 

すると──
彼は、あの頃と変わらぬ
穏やかなエネルギーで、
やさしく語りかけてくれたのです。

 

「いや、みつこはあのとき、
本当によくやってくれたじゃないか」と。

 

最後の最後まで、
私を責めることは一度もなく、
むしろ、深くねぎらってくれるその言葉に──

 

私はまた、魂の奥深くで、静かに泣きました。

 

そして──
かつて私が流産した、小さな男の子の魂に

「ママはまだそっちには行けないけれど、
フレおじちゃんと一緒に、いい子で待っててね」

そう、心の中で語りかけていたその子に対して──

 

彼は、ふわりと微笑むような波動で、
こう伝えてくれたのです。

 

「あのボーイは、
こっちで元気にやってるよ」と。

 

その言葉に、私はまた救われました。

 

この瞬間、
私の中でいくつもの痛みが、
静かに、やさしく、
癒されていくのを感じたのです。

 


◆子どもは持たないと決めていた


 

少し、話を元に戻しますね。

 

私とフレデリックは、
いわゆる「夫婦」や「家族」といった
世間の枠には収まらない関係でした。

 

一般的な価値観や
ライフステージとは異なり、

 

私自身も当時は

「家族を持つ」
「子どもを持つ」

という選択肢を
まったく考えていませんでした。

 

そして彼も、若くして
両親を亡くし、

 

年の離れた甥っ子を
シングルマザーだった義妹と
育てあげたこともあって、

「もう子育てはいい」
と言っていたのです。

 

そんな私たちが選んだ
NYでの暮らしは、 自由で、



 

風通しのよい、
“魂と魂"でつながるような日々でした。

 

私は翻訳や
日本人が通う幼稚園の
アシスタントティーチャーとして
働く傍ら

 

彼は自宅で
パソコンを使いDTPの仕事をしたり
法律事務所で書類をまとめる仕事など
していました。

 

個人事業である彼の仕事は
自転車操業状態で、

 

私たちの暮らしは
経済的には決して
豊かとはいえませんでしたが

 

でも何ものにも縛られることなく
自由で ひょうひょうと、
心地よく共に過ごしていました。

 



 

けれど── そんな平穏な日々が、
永遠に続くわけではありませんでした。

 

 

◆病院には行かないという彼の固い意志


 

ある頃から、彼は少しずつ
体調を崩しはじめました。

 

でも彼は、病院に行こうとしませんでした。

 

理由は──
彼が信じていた
宗教的な信条、祖母の代からの
背景バックグラウンドが
ありました。

 

「自然療法、代替治療で治る」
「祈りと信仰で癒される」

 

彼はずっと
そう信じていました。



でも、現実は厳しく
あるときから、彼は
腹痛でトイレから出てこられないほど
苦しむ日が続くようになりました。

 

私は何度も
「病院に行って」と伝えました。

 

でも、彼の答えは変わりませんでした。

 

それに──
アメリカの医療費は、
日本とは比べものにならないほど高額で、
日本のような国民がみな入れるような
保険制度もありません。

 

そうして体調不良のまま、
2年近くが過ぎました。



 

そんなある日──

当時、彼がパートタイムで働いていた
法律事務所の有名な弁護士で 上司であり、

まるで父親のように慕っていた方が、
「もう見ていられない」と言って、

 

病院を紹介し、彼に
付き添ってくださったのです。

 

そして彼は、ついに病院へ。

 

マンハッタンの
アッパーサイドにある
まるでホテルのような

 

大きな病院で、
様々な検査を受けたその日──

 

私は、配偶者としてひとり
医師の診察室に呼ばれました。

 


◆医師からの宣告


 

その日のことを──
私は今でも、
昨日のことのように覚えています。

 

静まり返った診察室で、
医師はゆっくり、
そして重く、こう告げました。

 

「直腸がんです。
しかも、かなり進行しています。

なぜ、ここまで放っておいたのですか?
配偶者として、あなたは何をしていたのですか?」

 

私は責められました。

何も言い返せませんでした。

 

ただ、その言葉を
受け止めるしかなかったのです。

 

「このまま手術をしなければ──
余命は、半年ほどでしょう」

 

一瞬、時が
止まったかのようでした。

 

頭が真っ白になり、
身体から力が抜けていくような感覚……。

本人にもそれは告げられました。

 

 

◆ハドソン川に沈む夕日




 

それでも、診察室を出た私たちは、
高層階の窓から──

ハドソン川にゆっくりと沈んでいく
夕日を しばらく見つめていました。

 

それは、信じられないほど
美しく、 温かく、
まるで「魂の本質」が 静かに、
でも力強く輝いているような光。

 

言葉にはできない、
けれど確かに“何か"を伝えてくるような──
そんな、深く胸に残る光景でした。

 



 

そして、なぜかそのとき、
「私は、絶対にあきらめない」

 

という強い想いが
湧き上がってきたのです。

 

打ちひしがれている暇なんて、
ありませんでした。

 

たしかに、告知はショックでした。

 

でも、同時に私の中では
何かが“点火された"感覚がありました。

 



「私にできることは、全部やろう」
そう決めました。

 

大きなチャレンジ、
艱難辛苦があればあるほど、
むしろ私の“魂"は燃える。

 

「やる」
私は、そう強く決意したのです。

 

不思議なことに──
そのときの私には、

 

フレデリックが「死ぬ」
というイメージは
まったく浮かんでいませんでした。

 

あの病院の窓から広がっていた、
壮絶なまでに美しい
夕焼けの光に包まれながら──

 

私はただ、
「今、この瞬間に自分にできる
最高最善のことを、すべてやる」

 

そんな“魂の炎"が
ぶわっと胸の奥から燃え上がり、
迷いなく「行動」のエネルギーに
突き動かされていたのです。

 

それは悲しみでも、
恐れでもなく、

 

どこか深いところで──

人の本質=魂 が持つ
無限の可能性を
深く信じているような
温かで静かな想いでした。



 

◆あなたへ


 

長くなりましたので
続きはまた明日書きますね。

 

私が今日の記事の中で
あなたに一番伝えたかったことは──

 

「完璧じゃなくていい。
条件つきの愛を生きなくていい。
そのままの私で、大丈夫なんだ──」

 

という魂からの深い“許可"を、
あなたにも思い出してほしい。

 

摂食障害や自己否定、
繊細さゆえの生きづらさの中で、

 

がんばらなければ
愛されないと思い込んでいた過去の自分。

 

そんな自分をまるごと受けとめ、
「そのままでいい」と在り方で
示してくれたフレデリックとの出会い。

 

そして、彼の死という
大きな別れを経ても、

 

「人は人を変えることはできない」

「だからこそ、今、自分にできる
最善を尽くして生きる」

 

という魂の真理に至ったこと。

 



この実体験を通して──

 

「あなたにも、今のあなたのままで価値がある」
「そのままのあなたで、愛されていい」

という“魂のメッセージ"を届けたい。

 

それが、今日
私が伝えたかった一番深い想いです。

 

あなたが今、目の前の状況が
どんなに厳しく見えていたとしても。

 

魂の声にしたがい、
“今の自分にできる最善"を選び続けたとき、

 

そこには必ず、
新しい道が開けていきます。

 

あなたの中にも、
静かに燃え続ける
“魂の炎"があることを──

 

どうか、忘れないでいてください。

 

心から、応援しています。

 

鈴木みつこ



 
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こんにちは。
天職実現マスターマインド
コーチの鈴木みつこです。

 

前回は、
「踊りに命を懸けた10代」と、



(渡米前の日本での最後の舞台:中央)

 

その裏で誰にも言えなかった──
摂食障害との10年の苦しい
闘いについてお話ししました。

 

「ガリガリなくらいじゃないと舞台映えしない」

 

そんな一言に傷つき、
繊細な感受性と自己否定に
押しつぶされながらも、

 

私は、ただ必死に
もがき続けていたのです。

 

しかしそれでも
守り続けた“朝の時間"がありました。



(NYに留学したばかりの頃)

 

どんなに苦しくても、
私が唯一、絶対に手放さなかったもの。
それが、魂の声と静かにつながる
“朝の習慣"でした。

 

「私は、今ここから
“最高の自分"を生きられる」

 

そう信じ直すための、
魂の再起動の時間。

 

のちに【モーニング・リチュアル】
と名づけたこの朝の儀式は、

私の人生すべてを支える
“根っこ"となっていきました。



 

(肋骨にひびが入っても踊りぬいた舞台後、スクールディレクターと)

 

 

今日はその続きとして──

 

私の人生が大きく動き出した、
“魂の転機"についてお話しします。

 

(3) NYでの摂食障害の自力克服と最愛のパートナーとの別れ


 

◆単身NYへ


 

摂食障害という“痛み"を、
水面下で抱えながらも──

 

私は誰にも告げず、
23歳で単身、ニューヨークへと渡りました。



 

(1990.6 成田から渡米、母と)

 

当時は、 まだインターネットも
スマホもない時代。

 

情報も、 人脈も、 英語力も、
そしてお金も、ほとんどない。

 

それでも私は、
「魂の声」に従って生きたい。

 

その一心で、 自分の未来を
切り拓いていったのです。

 

◆原点となった朝の瞑想


 

その原動力になったのが、
今の【モーニング・リチュアル】の原型──

 

朝の瞑想と、

望む未来を
“先取りして今を生きる
願望実現の方法

 

" クリエイティブ・
ビジュアライゼーションの時間でした。

 

そして私は、20歳のときに立てた
「5年以内にNYへ行く」という夢を、
【3年で現実化】したのです。

 

◆NYで味わった孤独と葛藤


 

NYに渡ってからの生活は、
一見、憧れの舞台のようでいて──
実際は決して、甘くありませんでした。

 

世界中から集まるダンサーたち。

 

英語もろくに話せず、
自分の英語が
「3歳児レベル」だと 痛感した日々。

 

NYは移民の街なので、
英語が話せて当たり前。

 

お客さん扱いはされず、
思ったことがうまく言葉にできない私は、

 

馬鹿にされるような
人種差別的な言動を
受けることもありました。

 

それもあってか
留学生のうちはよかったのですが
結婚後など どんどん
英語恐怖症のようになりましたが──
TOEICを受けると、920点のスコアでした。

 

◆悔しさで涙した夜と、見えない“言葉のエネルギー"


 

プライドが砕け、悔しさで涙する夜もありました。

 

「私は英語が喋れないけど、馬鹿じゃない」

そう何度も心の中で、
叫ぶように言い聞かせていました。

 

けれど──
話す言葉のレベルだけで人を判断し、
小ばかにするような態度をとる、
通りすがりの人も少なくなかったのです。

 

しかも私は、感受性が人一倍強く、

 

言葉そのものだけでなく、
「相手がどんな思いで
その言葉を発しているか」まで
無意識に受け取ってしまうタイプでした。

 

だからこそ、
言葉の背後にある
“見えないエネルギー"──

 

その冷たさや悪意までも、
まるごと受け取ってしまい、
いつの間にか、そのエネルギーにすら
負けて、やられていたのかもしれません。

 

もちろん、いい人もたくさんいました。

 

でも一時は言葉のことで
ノイローゼになったこともありました。

 

それでも、
「私は自分の人生を生きている──」
そう感じられる瞬間が、 確かにあったのです。

 

そして、そんな日々の中で、
私の人生を大きく変える出逢いが訪れました。

 

それが──亡き前夫・フレデリック
との出会いだったのです。

 

◆すべての始まりは──1通の手紙から


 

フレデリックは、私より一回り年上で、
穏やかで、アートや 日本文化を
深く愛する、 感性豊かな人でした。



 

(ワシントンDCにて 前夫 フレデリックと)

 

そんな彼との出会いは──
なんと、「文通」でした。
(まだネットはない時代です)

 

私は子どものころから
書くことが大好きで、

 

母の勧めもあり、小学生の頃から
日本でもよく“文通"をしていました。

 

そんな私が、NYに渡って
しばらくしてから──

 

現地のローカルなタウン誌に
「ペンフレンド募集」の投稿を出したのです。

 

そして…そこに手紙をくれたのが、
フレデリックでした。
それが、すべての始まりでした。

 



 

(日本に帰国した時に、両親と北海道へ旅行・襟裳岬にて)

 

 

でも当時の彼は、 シングルマザーだった
義妹の息子、 甥っ子を わが子のように愛し、
父親代わりとして育てていました。

 

そのために、 かつて
大好きだったバレエ、
ダンスもピアノも、 すべて諦めてしまっていたのです。

 

フレデリックとは 私にしては
珍しく 友人関係がやがて
パートナーシップに 変わった感じでした。

 

そんな事情を知った私は
ある日、私が 彼にこう問いかけたのです。

 

(今思うと、コーチング的な問いかけだったなと)

 

「What stops you?

(何があなたを止めているの?
どうしてやらないの?)」

 

そのひと言が、 彼の心に火を灯し──
彼は再び、30代の半ばで
ずっとやめていたダンスの稽古をはじめました。

 

「もう一度、自分自身の人生を生きる」

 

そう決めた彼の目は、
まるで少年のように輝いていました。

 

◆「そのままの私でいい」


 

彼はいつも、 どんなときも、
私のすべてを まるごと
受けとめてくれる存在でした。

 

私にとっては、
恋愛感情うんぬんというよりも

 

戦友みたいなパートナーであり、
人生の同志であり、
まるで“師"のような人でもありました。

 



 

(1992年10月、ニューヨークで結婚。
このときのウエディングドレスは──
子どもの頃からお世話になっていたバレエの先生が、
一針一針、愛情を込めて縫ってくださった手作りのドレスでした。

そして結婚式直前、両親がNYまで来る際に、
そのドレスを“巨大な箱”に入れて、はるばる運んできてくれたのです)

 

実はこのNY時代──
フレデリックと結婚したあと、

 

私は、10年にわたり
苦しみ続けた 摂食障害を、
ほぼ自力で克服する ことができたのです。

 



 

そのきっかけは、
偶然立ち寄った古本屋で出会った
1冊のワークブックとの出逢いでした。

 

当時の私はまだ、
英語もたどたどしく、
時間をかけて ひとつひとつ
自己分析をしながら
手書きでワークの答えを書きだしていく中で、
あることに気づいたのです。

 

◆「完璧じゃないと愛されない」思い込み


 

それは、 この 摂食障害の根っこには、
ずっと自分を縛っていた
「ある思い込み」があったということ。

 

それは──
「完璧じゃないと、私は誰からも愛されない」

 

という、幼い頃から心の奥に抱えてきた、
深くて苦しい信念、無価値感でした。

 



それが解けたとき、
私は心の底から思いました。

 

「このままではいけない。変わりたい」と。

 

そして── 10年抱えてきた
摂食障害・過食嘔吐のことを、
人生で初めて 誰かに打ち明けました。

 

それが、フレデリックでした。

 

◆魂が導かれるように


 



 

(NYで式を挙げた半年後、日本へ。披露パーティー)

 

彼は、私の話を 何度も、何度も、
根気よく聞いてくれました。

 

過食して全部吐いてしまうか、
まったく食べられなくなるか──

 

「食べること自体が強い恐怖」に
なっていた私の心を、

 

少しずつ、静かに解きほぐし、
前へ、前へと導いてくれたのです。

 

実はフレデリック自身にも、
人生で同じような苦しみを
抱えていた時期がありました。

 

かつて彼は、
「本当にやりたいこと」が
できなくなってしまい、

 

絶望と空虚さから、
自暴自棄になり、
アルコールが手放せなく
なった時期があったのです。

 

でも彼は、それを
自らの意志で、
時間をかけて克服してきました。

 

だからこそ──
同じ痛みを知る人の眼差しで、

 

私の中にある深い闇や痛みにも、
決して否定せず、寄り添ってくれたのでした。

 



 

(私の名前をつけてくださり、子供のころからずっと見守ってくださっていた

地元一宮の三嶋大社へお詣り)

 

◆「本当の私」を生きると決めた瞬間


 

私は少しずつ、 “完璧でない自分"にも
OKを出せるようになっていきました。

 

そして、あるとき気づいたのです。

 

もう私は──
「身体のサイズ」や
「外側からの評価」で

 

自分の価値を測るような
生き方は、したくない。

 

内側から湧き上がる想いこそが、
私の本当の“価値"であり、“表現"なんだと。

 

もし、これからまた踊るとしたら──

 

誰かと比べるためでも、
鏡に映った自分が
完璧かどうかを気にするためでもなく、

 

「私が踊りたいから、踊る」
そんな、真の自己表現としての
ダンスをしたい。

 

ライバルに勝つためでも、
オーディションに受かるためでも、
カンパニー、バレエ団で踊るため、
誰よりもうまく見せるためでもない。

 

“本当の私"を、
ありのあま表現できるような
ダンスをしたい。

 

そう、心から
思うようになっていったのです。

 

 

 

そしてその想いの変化とともに、

 

私はキャリアの方向性も、
少しずつシフトしていきました。

 

ダンサーとしての道を
突き進むのではなく、

 

昔から好きだった──
「書くこと」「表現すること」へと、
静かに舵を切ったのです。

 

◆「表現」という魂の道へ


 

私にとって──
「踊ること」も「書くこと」も、
どちらも“魂を表現する手段"でした。

 

そんな私が次に選んだのは、
NYと東京をつなぐ通信教育での「翻訳」の学びでした。

 

少しずつ力をつけながら、

やがて出版翻訳の新人向け
オーディションにも合格し、

 

自己啓発書の共訳という
チャンスをいただくことができたのです。

 

こうした人生の大きな転機を、
いつも静かに、あたたかく支えてくれたのが──
フレデリックでした。

 



 

「もっと頑張らなきゃ」
「完璧じゃないと、価値がない」
「痩せていないと、愛されない」

 

そんな思い込みに、
がんじがらめになっていた私に──

 

彼は静かに、でもしっかりと寄り添い、
全身全霊のエネルギーで、こう伝えてくれました。

 

「そのままの みつこで、大丈夫だよ」

 

その「向き合い方」「在り方」言葉は、

何よりも私の心を深く癒し、
魂にまで届いた──

 

生きる力を取り戻す、大きなギフトでした。

 



 

(日本に来た際、日光で。おでんを食べてます)

 

 

でも── その穏やかで、
幸せな日々は、長くは続きませんでした。

 

 

ある日、フレデリックは「直腸がん」で

余命半年と診断されたのです。

 

 

◆あなたへのメッセージ


 

今回、私がこのストーリーを通して
一番あなたに伝えたかったこと──
それは、たったひとつです。

 

「完璧じゃなくても、
“そのままの私"で生きていい」

 

という、
魂からの深い許可を
思い出してほしいということ。

 

かつての私も、
摂食障害や自己否定、
繊細さや生きづらさを抱えながら

 

毎朝、魂の声とつながる
「モーニング・リチュアル」で
なんとか“本当の私"を保ち続けてきました。

 

そして、人生の師でもあった
フレデリックとの出会いが、
私に教えてくれたのです。

 

「完璧じゃなくていい」
「そのままの自分で、十分に価値がある」──と。

 

この深い受容と愛が、
私の人生を変えていく転機となりました。

 

もし今、
「がんばっているのにうまくいかない」
「私には価値がないのでは…」と感じているなら、

 

どうか思い出してください。

 

大丈夫。あなたも、
魂の声とつながったとき、
人生は必ず動き出します。

 

このメッセージが、 あなたの心に
小さな光を灯すきっかけになれば
嬉しいです。

 

 

 

続きは、また明日お届けしますね。

 

今日も最後まで読んでくださって、
ありがとうございました。

 

みつこ



 

(西海岸・シアトルにて。
フレデリックの弟の結婚式の翌日、みんなで遊びに出かけたときの一枚。
弟のお嫁さん・ハイジと一緒に)


 

 
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こんにちは。
天職実現マスターマインド
コーチの鈴木みつこです。

 

今日は少し、
私自身のことをお話しさせてください。

 

これまで、
モーニング・リチュアルを軸に
“魂と現実を統合する"メソッドを

 

繊細さや生きづらさを抱える
多くのクライアントさんに届けてきました。

 

そんな中で、
読者さんによく
いただく質問があります。

 

「みつこさんのコーチングって、
何がそんなに違うんですか?」

 



もちろん、技術や
ノウハウの話もあります。

 

でも、答えはもっとシンプルです。

 

それは──

「わたし自身が、
何度も人生の底を経験し、
その度に“本当の自分"を
取り戻してきたプロセスがあるから」。

 

だから私は、誰よりも

「現実が動かない苦しさ」や
「魂の声に背を向けそうになる怖さ」
に寄り添える。

 

そして同時に、

「人は 無限の可能性を
秘めた存在、

 

いつからでもどこからでも
何歳からでも、
いくらでも自分が本当に望む
人生を創りだせる」

 

というコーチング・マインドを、
心の底から信じています。

 

今、もしあなたが、
「もう遅いかもしれない」
「自分には無理かも」

 

そんなふうに
感じていたとしても──
大丈夫です。

 

私自身が、
その地点からスタートしたから。

 

これから何回かに分けて、
わたしの原点である
「ビジョンストーリー」を
少しずつお届けしていきます。

 

なぜ、いまこの仕事をしているのか。
どうしてこのメソッドが生まれたのか。

 

そして、なぜそれが、
あなたにこそ届いてほしいのか。
そのすべてを、
心をこめてお伝えしていきますね。

 

 

■1.私が実現したい世界は


 

私が実現したい世界は──

 

「ご縁をいただく 一人ひとりの方が
自分を縛る一切の制限を手放し
【最高の自分】の個を輝かせ
真の自由と豊かさを体現する世界」です。

 



 

誰かの期待や常識に
縛られるのでもなく

人や環境に振り回されるのでもなく。

 

自分の人生の操縦席に、
自分の意志でしっかりと座りなおし、

 

魂が本当に望む生き方を、
日々の小さな選択と行動でカタチにしていく。

 

たとえ、どんな状況でも
たとえ、どんな年齢からでも。

 

「私は、私の人生を生きる」と決めた人が、
自分だけの人生の空を、自由に、豊かに、しなやかに──
そして、力強く飛翔する世界。

 

それが、私がこの人生をかけて、
心から実現したい世界です。

 

人生には、誰にでも
試練や困難があります。

 

とくに40代・50代の女性たちは──

・大切な人との別れ、死
・病気や障害、
・介護・子育てや夫婦、家族の悩み
・お金や仕事、人間関係のしんどさ

 

いろんな経験を乗り越えてきた方が多い。

 

でも、そんな日々の中で、ふと感じるのは──

 

「私の人生、このままでいいのかな?」
「本当は、もっと自分らしく生きたい」

 

そんな想いではないでしょうか。

 

でも私はあなたに伝えたいのです。

 

人は、どんな状況からでも立ち上がれる。

 

やりたいことは、
いくつになっても実現できる。

 

なぜなら、
「人は無限の可能性を秘めた存在」だから。



 

 

それが、私が大切にしている
“コーチングマインド"の本質です。

 

外に振り回される人生ではなく、
内なる自分と深くつながり、

 

生まれる前に決めてきた
魂の使命・天職を憶い出し、形にしていく。

 

そして、豊かさも、自由も、
やりがいも、全部まるごと
受け取りながら

 

「最高の自分の人生ストーリー」を
ワクワクと輝きながら生きる人があふれる世界。

 

それが、私がこの人生をかけて実現したい世界です。

 



 

■2.そう強く思うようになった原体験は


 

(1)実父の死を通して




 

(生まれたころ。非常に体が弱い子で、熱ばかりだし、

3歳までは母が毎日病院通いをしていたそうです。

6歳で扁桃腺の手術をしてから、少し丈夫になりました)

 

 

振り返ってみると、私の人生は、
いくつもの「別れ」と「試練」の連続でした。



 

(幼稚園生のころ:当時、まだ生きていた実父が腰ヘルニアの手術をし、

母は付き添い、祖父母宅に預けられました。

このころから、しっかり者で、父母不在のあいだも

祖父母宅から公共の交通機関バスを使い、

ひとりで もとの幼稚園に通いました)

 

 

そのはじまりは──
小学3年生の夏。

 

土曜日の早朝、父が突然、
脳溢血で倒れ、そのまま帰らぬ人となりました。

 

父は39歳。私は8歳。母は29歳。妹は5歳。



 

悲しみに暮れる大人たちの中で、
私は静かに、冷たくなった
父の顔を見つめながら、
心の中でこう思っていました。

 

「ここにあるのは、体だけ、
ただの抜け殻なのに」

 

「魂はもう、
ここにはいないのに……」

 

「どうして、大人はみんな、
そんなに嘆き悲しむのだろう」

 

当時、そんな風に
感じたことを覚えています。

 

「生と死は、隣り合わせ」

 

「だからこそ、今、
生きているこの瞬間を、
最高に輝かせて生きることが大事なんだ」

 

それが、私の人生観の原点になりました。

 

 

その出来事を境に、
私の中で「家族」という
安心の場所は、
大きく揺らぎはじめました。

 

その後、母は再婚しました。

 

でも──
新しい父との暮らしは、

決してあたたかいものでは
ありませんでした。

 

どれだけ「いい子」でいても
どれだけ頑張っても
どれだけ努力しても

 

私と継父との関係は、
少しも近づくことはありませんでした。

 



(小5: 母が再婚したころ、運動会にて、

そういえば、しゃべるのが苦手なくせに 当時は放送委員会でした)

 

 

まるで、子どもが
3人いるような家庭。
母の愛情を奪い合うような日々。

 

 



 

(小6: 先頭を走る、勉強もスポーツも、ガンガンがんばりました。

児童会長をつとめたり、万年学級委員長でおとなしい優等生タイプのいい子

しかし、内面は、老成した?若年寄りのような子どもでした)

 

私は長女として、
いつも先回りして
家の中がうまく回るようにと気を配り、
継父の顔色をうかがってばかりいました。

 

それでも、私はいつも
目の敵にされました。

 

次第に、私は心のどこかで、
こう思い込むように
なっていったのです。

 

「私は、もっともっと
頑張らなければ愛されない」

 

「完璧じゃないと、
誰からも必要とされない」

 

「私には、価値がない
のかもしれない」

 

知らないうちに、
そんな思い込み
=無価値感が、

 

静かに、でも深く──
私の心の奥に
刻まれていきました。

それは、その後の人生でも、
知らず知らずのうちに、
私を縛り、
苦しめ続ける

 

“見えない鎖"に
なっていったのです。

 

 

---------------

続きはまた明日書きますね。

 

今日お届けしたのは、

 

わたしがなぜ
「この世界を実現したい」と
心から願うようになったのか──

 

その原点となる
【ビジョン】の始まりです。

 

でも実は、
ここに至るまでには、

 

いくつもの試練と
大きな節目がありました。

 

その第一章として、
今日は わたしの
人生の原点ともいえる

 

【実父の死】を通じて
目覚めはじめた

 

“生きる意味"への問い直しについて、
お話しさせていただきました。

 

あの体験がなければ、
今ここに立つ私は
いなかったであろう

 

そう言い切れるほど、
魂が目覚める

 

「最初の扉」だったのです。

 

そして、次回は──
そこからわたしが
どのようにして

 

「夢」に向かって動き出し、

 

バレエという
情熱に突き動かされて
海を越える決意をしたのか。

 

そのリアルなプロセスを、
次の一章として綴っていきます。

 

きっとあなたの中にも、
眠っていた“情熱の記憶"が
そっと呼び起こされるはずです。

 

どうぞ、楽しみに
していてくださいね。

 

今日も最後まで読んでいただき、
本当にありがとうございました。

 

どんなあなたも大丈夫。

今日のあなたを、
そして明日のあなたも、

いつも心から応援しています。

 

鈴木みつこ



 
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こんにちは。
鈴木みつこです。

 

今日は、

「これでいいや」と思った瞬間に、
魂の成長は止まる──
“本当の私"を取り戻すために

というテーマで、お話します。

 

◆あなたは、こんな想いを抱えていませんか?


 

「がんばっているのに、結果が出ない」

「発信しているのに、誰からも反応がない」

「もうダメかも…私には無理かも」

 

頭では「行動しよう」
と思っているのに、
心と身体がついてこない。

 

SNSを開くたびに、
自信をなくしてしまう。

 

実は、そんな声が今、
とても多く届いています。

 

そして、私自身も──
かつてはまさに同じ悩みを抱えていました。

 

感受性が強く
繊細気質をもつ私は、

 

もっと学びたい、成長したい
目標を達成したい、
自分の使命を果たしたいと

 

いい意味での
向上心、野心はもっていました。

 

しかし、とにかく
【繊細で傷つきやすい】

 

そんな真逆の感性を抱えて
生きづらさに苦しんでいました。

 

でも今は、 自分の気質を
困ったモノ、“弱み"として扱うのではなく、

 

これぞ自分!と
【魂のコンパス】として活かす
生き方にシフトしています。

 

そしてそのプロセスを、
講座で多くの方に届けています。

 

◆この記事を読むことで、あなたは…


 

・「行動できない本当の理由」に気づけるようになります

・頑張っているのに報われない感覚の“正体"がわかります

・繊細さを“弱さ"ではなく、“使命を生きる力"として活かせるようになります

 

◆「成果が出ない…」と感じる時、見るべきポイント


 

頑張っているのに結果が出ない。
自分ではやってるつもりなのに、現実が動かない。

 

そんな時、つい見てしまうのが【数字】です。

 

たとえば、

いいねの数
SNSのフォロワー数
契約件数
反応率

 

でも実は、
繊細さん気質の人は

 

そこにフォーカスしすぎると、
どんどん苦しくなってしまいます。

 

なぜなら、
【数字には、自分では
コントロールできない要素】が
たくさん含まれているからです。

 

◆数字として表れたものは


 

たとえば──

相手の都合、天気、タイミング、
予算、家庭の事情、思考のクセや信念。

 

そのすべてが重なって、
“数字"という結果として現れてくる。

 

だから、
【数字を目的化】してしまうと、

 

結果が出ないときに、
「私がダメだからだ」と
自分を責めてしまいやすくなるのです。

 

私もそうですが
もともと無価値感が強い人なら
なおさらです。

 

でも一方で──

「数字なんてどうでもいい」
「期限もゴールも関係ない」

と全部を投げ出してしまうのも違う。

 

やはりどこか【ふわふわ】していて、
“形"にはなりません。

 

◆大切なのは、バランス


 

大切なのは、
どちらかを否定することではなく、
【バランスのとれた在り方】。

 

つまり──

 

【数字は、目印(コンパス)にすぎない】
ということ。

 

執着ではなく、
《意図》として設定したうえで、

 

「じゃあそこに向かうために、
今日の自分には何ができるだろう?」

 

と、
【今ここで自分ができる行動】に
意識を戻していくことです。

 

たとえば──

 

・1通、丁寧なメッセージを送ってみる
・1人に、体験セッションを案内してみる
・1つの投稿を、心を込めて発信してみる
・波動を強くするために、100日チャレンジをしてみる

 

こうした
“小さなアクション"を重ねていくことで、

 

気づけば数字も、信頼も、流れも──
【自然と、あとからついてくる】のです。

 

自分がコントロールできることに
集中する。

 

それが、
【使命を生きる力】であり、
【現実を創る力】そのものです。

 

◆そして、あなたに問いかけたいこと


 

「まぁこのままでもいいかな」
そう思って、手を止めてはいませんか?

 

それは“自己受容"ではなく、
【諦め】や【慢心】かもしれません。

 

「これでいいや」と諦めた瞬間、
私たちの進化は
静かに止まってしまうのです。

 

だからこそ大事なのは──

 

今の自分を認めながらも、
【未来の自分にワクワクし続ける】こと。

 

それが、本当の意味での“自己信頼"です。

 

◆今こそ、あなた自身の 【リーダーシップ】を育てるとき


 

私も、かつてはそうでした。

 

人前に出るのが苦手で、
誰かの下で支える方が、
「自分には合っている」と思い込んでいました。

 

「裏方でいい」 「二番手がちょうどいい」

 

そう言っていたのは、
実は《前に立つこと》への 深い怖れと、

 

【責任の重さ】に対する
無意識の抵抗が あったからです。

 

だからこそ、

「結果を出したい」
「目標を達成したい」
「商品が売れたら嬉しい」
「ご契約がいただけたら嬉しい」

 

そう願っているはずなのに、

 

どこかで──

【本当に売れたら、どうしよう】

【もしクライアントさんが来たら…ちゃんとできるの?】

 

そんな《見えない怖さ》が
心の奥にあったのだと、感じることがあります。

 

頭では「うまくいきたい」と願っていても、

 

潜在意識では「怖い」「無理かもしれない」と
ブレーキをかけていたんです。

 

その矛盾が、
「がんばっているのに、現実が動かない」
という苦しさの、正体だったりします。

 

そして当時の私は
その奥には、
【人に依存していた自分】が 確かにいました。

 

でも、心のどこかでは──

【本当は一歩踏み出したい】
【自分の言葉で人の人生を動かしたい】
【変わりたい】

 

そんな願いを
ずっと抱いていることも、
わかっていました。

 

◆「私はこういう人間だから…」は、優しさに見せかけた決めつけブロック


 

「しょうがないよね、私ってこういう人間だし」

「星回りがこうだから」
「もともと私はこういう性格だから」

 

──そうやって、自分にそっと
“あきらめ"のラベルを貼っていませんか?

 

もちろん、受け入れることは大切です。

 

でも、【そこで止まってしまう】のは、もったいない。

 

あなたの人生は、
誰かに決められるものではありません。

 

【生まれ持った気質や背景があっても、
そこから“どう生きるか"は、
いつだって自分で選べる】のです。

 

だからこそ今、
【自分の人生の主導権】を、
そっと自分に戻してあげましょう。

 

そして、
《自分の人生に
リーダーシップを発揮する》という

 

新しい在り方へ、
やさしく舵を切っていきましょう。

 

あなたには、
その力も、可能性も、
もうすでにちゃんと備わっているのですから。

 

◆依存→自立→共創


 

依存から自立へ。
そしてその先には、 【共創】という世界があります。

 

共創とは、
「自立した者同士が、支え合い、
協力し合って、 ともに未来を創る在り方」。

 

自分をしっかりと立たせたうえで、
誰かと手を取り合う。

 

そのために、まず必要なのは──
【「私が前に立ってもいい」】 と、
自分に“許可"を出すこと。

 

あなたの声を待っている人がいます。

 

あなたの存在そのものに、
希望を感じる人がいます。

 

だからこそ、 今この瞬間から
あなた自身のリーダーシップを
一歩ずつ育てていきましょう。

 

怖くていい。 完璧じゃなくていい。

 

でも、あなたが一歩踏み出すたびに
【誰かの人生にも希望の光が灯る】 ──
そのことを、どうか忘れないでください。

 

◆今日から、やさしく始められること


リーダーシップと聞くと、
「特別な人の話かも」と感じるかもしれません。

 

でも、そうではありません。

 

それは、今のあなたの中にも
ちゃんと芽生え始めているもの。

 

だからこそ── まずは、
こんな“小さな一歩"から始めてみませんか?

 

✅ 数字に一喜一憂せず、
そっと目印として意図だけ立てて、
【今日できること】に意識を戻してみる

 

✅ あなた自身の言葉で、講座を そして
“クライアントとの出会いの導線"を
少しずつ作ってみる(発信・声かけ)

 

✅ 「まだ完璧じゃない」と止まらずに、
まずはやってみる。
【実践】を重ねていく中で、
あなたにしか出せない魅力が育ちます

 

✅ モーニング・リチュアルを
【自分の習慣】だけで終わらせず、
誰かに伝えてみる準備をしていく
(言葉にしてみる、伝え方を考えてみる)

 

✅ 感情の波が来たときには、
否定せずにやさしく見つめてみる
「わたし、今こう感じてるんだね」と
気づくだけでも、自己マネジメントが始まります

 

どれも、小さなことかもしれません。

 

でも、あなたの内側には すでに
【変わりたい】という想いが
そっと芽を出しています。

 

その芽を、やさしく育ててあげましょう。

 

行動は、“心の決意"を育ててくれます。

 

あなたは、ちゃんと進んでいる。
焦らなくて大丈夫。

 

今日のほんの一歩が、
未来のあなたを確かに変えていきます。

 

◆でも、ひとりでは難しいと思ったら…


 

あなたの気質は、
人一倍、感受性が豊かで、
人の気持ちを察しすぎるほど繊細。

 

そして、そんな自分を責めながらも、

つい【がんばりすぎてしまう】
ところがある──

 

それは、あなたの優しさの証です。

 

だからこそ、大切なのは、
【あなたの本質が安心して
発揮できる“環境"に身を置くこと】。

 

気質や背景を理解し、
あなたのリズムに寄り添ってくれる、
【相性の合う伴走者】と出会うこと。

 

そして、自分を否定するのではなく、
《そのままのあなた》を活かしながら、

 

“誰かと共に未来を創っていく"
という選択をすること──

 

それが、繊細なあなたが、
本当の意味で
魂の使命を生きていくために、
欠かせない土台なのです。

 

私が提供している
《天職実現マスターマインド
コーチ®養成講座》では、

 

そのすべてを揃えた
完全伴走型のサポートを行っています。

 

あなたの“魂のコンパス"を
現実に変える道を、
いっしょに歩いていきませんか?

 

◆まとめとメッセージ


 

今日お伝えした3つのこと。

 

・「成果が出ない」と感じたときこそ、
数字よりも【自分が今できること】に
目を向けること。

 

・「まぁ、これでいいか」と思った瞬間に、
魂の成長は静かに止まってしまうこと。

 

・魂の使命は、頭で探すものではなく、
行動と進化の中で、少しずつ“形"に
なっていくということ。

 

もしあなたが今、
「わたしにもできるのかな…」と
心の奥で不安を感じているとしても──

 

その“問い"が湧いてくることこそが、
あなたの中に眠っていた【魂の目覚め】のサインです。

 

誰かの期待に応えるためではなく、
もう一度、自分自身と深くつながるために。

 

あなたの【本当の人生】は、
ここから始めることができます。

 

今のままで、いい。
でも、【今のままでも進んでいい】。

 

あなたが、あなた自身の光に気づき、
その光で誰かを照らしていく姿を、
私は心から信じています。

 

今日のあなたの一歩を、
深く、静かに、そして力強く──
いつも心から、応援しています。

 

鈴木みつこ

 

 
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天職実現マスターマインド
コーチの 鈴木みつこです。

 

今日は、

「わたしさえ我慢すればいい?」
HSS型HSPのあなたが
“繊細気質を人生の舵にして天職実現する"方法

 

というテーマでお話します。

 

◆ 「どうして、私だけ…」そんなふうに感じていませんか?


 

・人の言葉や表情が気になりすぎて疲れる
・感受性が強くて、人混みや大きな音が苦手
・「がんばってるのに…」と、なぜかうまくいかない

 

周りには気づかれないけれど、
内側ではいつも張りつめていて、

「ちゃんとしなきゃ」と気を張って、
でも気づけば限界をこえて倒れてしまう…。

 

そんな経験、ありませんか?

 

特に40代・50代になってくると、
子育て、介護、仕事、パートナーシップ……
背負うものが増えていく一方で、

 

「わたしの人生、このままでいいの?」
「もう遅いかもしれない」 そんな声が
心の奥から聞こえてくる方も少なくありません。

 

◆ HSS型HSPとは?


 

実は、わたしもHSS型HSPです。

 

外の世界に興味があり、
新しいことに挑戦したくなる。

 

人とつながりたくて、学びたくて、
“もっと自分を活かしたい"という情熱がある。

 

でもその一方で、
音や人混みが苦手だったり、
人の感情に敏感で傷つきやすかったり、

 

刺激が多すぎると、
一気にエネルギーが切れてしまう。

 

そんな真逆の感性を持つ自分、

【好奇心と繊細さのあいだで
揺れる気質】を、

「自分って矛盾してるな」って
感じていた時期もありました。

 

「がんばりたいのに、急に動けなくなる」

「みんなと同じようにできない自分が情けない」

「もっと輝きたいのに、なぜかブレーキがかかる」…

 

でも今なら、はっきりと言えます。

 

それは【矛盾】ではなく、
わたしの中にある【魂の野心と、繊細さという感受性】が
“どちらも本物だった"ということ。

 

HSS型HSPという気質は、

【繊細なまま、夢を叶えたい
と願う魂のカタチ】なんです。

 

だからこそ、大切なのは
無理にどちらかに寄せることではなく、

 

【自分に合った環境】と
【正しいペース】で、 その両方を活かしていくこと。

 

あなたの中にある
「繊細さ」と「野心」は、
どちらかを消す必要なんてありません。

 

むしろ──
その両方を活かしたとき、
人生は本当の意味で、動き出します。

 

◆昔の私は


 

外の世界に刺激を求めながら、
内側には繊細さという
真逆の感性を抱えていて、
そのバランスに、いつも揺れていました。

 

ちょっとした一言で落ち込んだり、
人知れず深く傷ついたり。

でも、そんなことを誰かに
「助けて」「わかってほしい」
と 伝えるのが、なぜかとても苦手でした。

 

「ちゃんとした大人」でいなければ。

 

そう思って、感情を抑え込んで、
先回りして場の空気を読み、
周りがうまくいくように調整する。

 

「わたしさえ我慢すればいい」
そう思い込むことで、 自分の居場所を
守ってきたような部分がどこかありました。

 

否、むしろ──
周囲の人のために自分を差し出すことが、
“誰かの役に立てている"という
小さな自己肯定感を生んでいたのだと思います。

 

でもそれは、
【ほんとうの意味での自己肯定感】
ではありませんでした。

 

でも、あることに気づいてから
人生が大きく動き出しました。

 

それは──
【自分に合った“環境"と“仕組み"】が
整っていなかった という、
たったひとつの“盲点"でした。

 

◆ 「がんばっても変われない」本当の理由とは?


 

それは【あなたが悪いから】でも、
【努力が足りないから】でもありません。

 

どこか繊細気質をもつ、
あなたが変われなかったのは、

【あなたに合ったやり方じゃなかっただけ】なのです。

 

HSPや発達グレーゾーンの方の多くは、
自分の感覚やペースを大切にできる
【環境】が整っていないと、

 

どんなに学んでも、
どれだけ願っても、
現実を変える力が湧いてきません。

 

◆ 間違った思い込みが、自分を苦しめている


 

たとえば、

・「私は変われない人間なんだ」
・「あの人みたいにうまくできない私が悪い」
・「もっと強くならなきゃ、生きていけない」

 

そう思っているとしたら、それは違います。

 

繊細さは「弱さ」ではありません。
【まだ扱い方を知らない才能】なんです。

 

◆ なぜ「環境」と「伴走者」が必要なのか?


 

わたしの講座の受講生さんたちも、
最初は自己否定のループの中にいました。

 

・派遣で働きながら「使命を生きたい」と悩んでいた方
・発信が怖くて、ずっと一歩が踏み出せなかった方
・過去のトラウマが手放せず、自信を持てなかった方

 

でも、ある時こう言ってくれたんです。

 

「ここに来たら、安心できる」
「みつこさんがいてくれるから、動けました」
「繊細なままでも、未来って変えられるんですね」

 

それは、 「理解ある伴走者」と
「安心できる環境」があったから。

 

そして、あなたらしさを大切に
あなたの強みを生かした
【魂のペース】で歩む設計が整っていたからなんです。

 

◆ だから、あなたに伝えたいことは…


 

繊細さは、けっして「弱さ」ではありません。

 

正しく扱えば、
それは才能となり、
唯一無二の強みへと変わっていきます。

 

でもそのためには、
【どんな環境に身を置くか】が何よりも大切です。

 

何をやるか以上に──
【誰と、どんな空気の中で生きるのか】が、
その人の未来を決めていきます。

 

人生は、ひとりでがんばるものではなく、
《ともに創っていくもの》だから。

 

「どうして私だけ…」
「なんで私はこんなふうなんだろう?」

 

もし今、そんなふうに苦しんでいるとしたら、
どうかもう、自分を責めないでください。

 

あなたは、いまのままの
繊細な気質で、 じゅうぶん価値があるのです。

 

まずは、ありのままの自分を認めること。

 

そこから、あなたに合った方法で、
少しずつ“個別に微調整"していけばいい。

 

無理やり変わる必要なんてありません。

 

むしろ──
その“まま"のあなたの中にこそ、
これからの人生を動かす
《本当の強み》が眠っているのです。

 

◆ 今日からできる小さな一歩


 

まずは、こう自分に問いかけてみてください。

 

「私は、安心できる場所にいるかな?」
「理解してくれる人と、つながれているかな?」

 

そしてもし「NO」だと感じたなら、
その環境を【変えることを自分に許す】ことから
始めてみてください。

 

たとえば…

・心を許せる人に本音を伝えてみる
・朝5分だけ、自分を感じる時間をもってみる
・“ちゃんとしなきゃ"を一度手放してみる

 

◆ それでも、ひとりでは難しい…と思った方へ


 

わたしが主宰している
《天職実現マスターマインドコーチ養成講座》では、
HSP・発達グレー傾向・HSS型HSPなど、
“繊細さを強みに変えたい"女性たちが集い、

 

・心・体・魂を整えるモーニング・リチュアル
・無価値感やお金のブロック解除
・魂のビジョンを見つけて形にする講座設計
・ビジネスの仕組み化と収益化

 

といったプロセスを、12ステップで【完全伴走】しています。

 

◆ 最後にお伝えしたいこと


 

「どうせ私なんて」と思っていたあなたにも、
必ず変われるチャンスはあります。

 

なぜなら、本当のあなたは
【変わりたくない人】ではなく、
【変わり方をまだ知らない人】だから。

 

そして、その力はもう、あなたの中にあります。

 

わたしは、それを信じて、
あなたと出会う日を 心から楽しみにしています。

 

必要な方に、このメッセージが届きますように。

応援しています(*^_^*)

 

鈴木みつこ

 
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こんにちは。
天職実現マスターマインド
コーチの 鈴木みつこです。

 

今日は、
「自信がない。だけど、このまま終わりたくない」

 

そんな想いを抱えるあなたへ、
心を込めてお届けします。

 

◆ あなたも、こんな風に感じていませんか?


 

・コーチやカウンセラー、サポートする仕事に憧れている

・人の力になりたいと思っている

・でも、自分にそんな力があるのか不安でたまらない

・“いつか"やってみたいと思いつつ、動けない

・一人では続かない。続けられない

・自信がない。私にはムリかもしれない

 

もしかすると、 そんなふうに

思ってきた日々が
長く続いているかもしれません。

 

でも——

【それは、あなたのせいじゃありません。】

 

自信がないのは、
あなたがダメだからじゃない。

 

まだ、あなたの本当の力が出せる
【環境】に 出会っていないだけなのです。

 

◆ 私も、ずっと「自信がない人」でした


 

少しだけ、私自身のことを
お話させてください。

 

今でこそ、
「魂の使命を仕事にしたい」
と願う 女性たちのサポートを
お仕事にさせていただいていますが、

 

昔の私は——
【「自分には何もない」と思い込んでいた人】
でした。

 

たしかに、書くことは好きでした。
けれど、SNSは大の苦手。

 

発信している人たちの
キラキラした投稿を見れば見るほど、
落ち込んで、比べてしまう。

 

「なんで私は、あんなふうにできないんだろう」

「発信して、知っている人に見られたらどうしよう」

 

そんな不安が、いつも頭の中にありました。

 

 

実は私は、
話すのも得意ではありませんでした。

 

はじめてのアルバイトは、
東京で一人暮らしを始めたころ。

 

御徒町の ある県人会館の中にある
日本料理店で、厨房の奥の皿洗い。

 

人前に出ることが不安で、
ずっと「裏方の仕事」ばかり選んでいました。

 

「サービス業、接客や
対人サポートなんて向いてない」

そう決めつけて、ずっと避けていたんです。

 

それでもどこかで、
「このままで終わりたくない」
そんな思いを、消しきれずにいました。

 

◆起業当初も


 

2011年、起業の最初の一歩として
私はネット物販を選びました。

 

人と関わるのが怖かったから。
オンラインショップなら、
誰とも会わずに完結できるから。

 

お客様とのやりとりも、メールだけ。

 

もちろん、発達障害のある
子供たちの療育にも手がかかるし
場所や時間に縛られず
自由に働けるという理由もありましたが

 

「これならできるかも」
そう思って選んだ道でした。

 

けれど…… 【売る】という行為そのものに、
強い“罪悪感"を感じていたんです。

 

自信もない。

 

「こんな私が、商品を売っていいの?」
「こんな値段をつけていいの?」

 

そんなふうに、
自分を否定する気持ちが
いつもついてきました。

 

そして、がんばっても、結果が出ない。

 

がむしゃらにやっているのに、報われない。

「私はいったい、何をやっているんだろう」
「私なんかが、ビジネスなんてできるの?」

 

気づけば、 自信のなさに
押しつぶされそうになっていたんです。

 

だからこそ私は知っています。

【自信がない人の気持ち】を。
【踏み出せない人の痛み】を。

そして、
【それでも
あきらめたくない人の想い】を。

 

◆ 突破口になったのは…


 

そんな中で、
ある時ふと、気づいたんです。

 

【自信って、最初からあるものじゃない】

 

【誰かに信じてもらって、
初めて芽生えるものなんだ】と。

 

私は、それまでずっと——
ひとりで頑張ることが価値あることだと
とこかで思っていました。

 

自分で考え、自分で調べ、
なんとかやり切ろうとするクセがありました。

 

けれど、現実は変わらなかった。

 

頑張っても、空回りしてしまう日々。

 

時間だけが過ぎていく焦りと、
「やっぱり私には無理かも…」という落ち込み。

 

そんなループの中で、
ようやく私は
【ひとりで頑張るのを、やめた】のです。

 

そしてそれは、 ただの抽象的な
「がんばらない」ではありませんでした。

 

私は決めました。

【信頼できるメンターにつき、マンツーマンで指導を受ける】

【自分だけでは見えない“可能性の芽"を、一緒に育ててもらう】

 

もちろん、仲間とのつながりも大事にしました。

 

でも私は、もともと——
【自分のペースや感覚を大切にしたいタイプ】。

 

一対多の講座だけでは、
受け取り切れないことがたくさんあり

 

さらに、自分の想いや
深さをシェアできないことも
ジレンマでした。

 

そんな中で最初は良くても
やがて行動が止まり

ますます自信を失い
形にできなかった。

 

そして
強いエネルギーの中にいると、
圧倒されて自分が
わからなくなることもありました。

 

だから私は、
【相性のいい伴走者】や

 

この方は本当にすごい!と思う方々を
人生のメンターとして選び、

 

ハイブリッド型で学ぶことにしました。

 

自分の繊細さや特性も理解してくれて、
対話を通して、私らしいやり方で導いてくれる人。

 

無理にガシガシ進む
“起業家パワー"に、
エネルギーを取られないように——

 

あらかじめ
【自分を守るための仕組みと対策】を整えながら、
一歩ずつ、自分の道を歩み始めました。

 

その選択が、すべての突破口になったのです。

 

「ひとりで頑張るのをやめる」

「自分の特性に合ったやり方で前に進む」

 

それは、私にとって
【はじめて“自分の人生"を生き始める】
大きな一歩でした。

 

◆繊細さんタイプは、自信はひとりでにつかない


 

自信がない人に、
必要なのは「信じてくれる人」

 

「私は変われるのかもしれない」

「やってみたい」

「でも、できるかわからない…」

 

そんな時、一番大事なのは
【誰と、どんな場所で、進んでいくか】です。

 

自信は「努力」や「やる気」だけでは育ちません。

 

・心から自分を信じてくれる人がそばにいること

・自分の小さな前進を見つけて、言葉にしてくれること

・安心して弱音も出せる場所があること

 

この3つがそろった時、
“自信"という芽が、静かに、
でも確実に育ちはじめます。

 

自信がなくても
今ここ
ありのままの自分でスタートしていい。

 

あの頃の私と同じように、
あなたもいま、心のどこかで
なにかを「やってみたい」
と思っていませんか?

 

でも「自信がない」
「私にはムリかもしれない」

 

そう感じているなら—— 大丈夫です。

 

【あなたのせいじゃありません】

 

それは、 あなたの意志や
魂の力が足りないのではなく、

ただ【それを引き出してくれる環境】に
まだ出会っていないだけなのです。

 

必要なのは、
がむしゃらな努力ではなく、
本当のあなたを見てくれる【伴走者】と、

 

自分を信じる【小さな積み重ね】です。

 

 

自信は、 最初から持っているものではなく——
【信じてくれる人との出会い】の中で、
一緒に少しずつ育っていくものなのです。

 

 

あなたにも、きっと大丈夫。
そう思える日が、必ず来ます。

 

 

◆ 「やってみたい」気持ちがあるあなたへ


 

もしあなたが今、

・コーチやカウンセラーに興味がある

・人を支える仕事をしたい

・でも、資格や実績がない自分にはムリだと思っている

 

そんな想いがあるなら、
それはあなたの魂の奥からのサインかもしれません。

 

特に、感受性が強くて、繊細で、
周りの空気に敏感な方ほど、

 

「自信がない」「続かない」
「人と比べてしまう」 という悩みを持ちやすい。

 

だけど、だからこそ——
あなたにしかできない“サポート"があるのです。

 

その繊細さこそが、武器になる。
そのやさしさこそが、誰かの救いになる。

 

誰もが、はじめは同じスタートラインからです。

 

◆ まずあなたにできる、一歩とは?


 

もしあなたが

「私も何かしたい。
でも何から始めればいいの?」

 

そう感じているなら、

まずは、自分の中にある
【小さな声】に 耳を澄ませてみてください。

 

「私は、本当はどうしたい?」
「誰の力になりたいと思ってる?」
「どんな人生を送りたい?」

 

その声に正直になっていいんです。

 

そして、可能であれば
【自分のことを深く見てくれる誰か】と
対話をしてみてください。

 

一人では気づけない想い、
あなたの中にある種を、
言葉にするお手伝いができます。

 

◆ 自信と自己理解を育てる講座です


 

私の講座 は、
単なる 天職や起業講座、
コーチ養成講座ではありません。

 

・ただ知識を学ぶ場ではありません。

・ただ頑張る場所でもありません。

 

【繊細さや自信のなさを “力"に変える設計】がある、
完全伴走型の実践講座です。

 

一人ひとりと個別に向き合いながら、
個別微調整カスタマイズしながら

 

本気で変わりたい人が、確実に変われる。
それが、この講座の本質です。

 

◆ まとめ:


 

あなたが変わるために必要な3つのこと

 

1.「自信がない私」を責めない

2.本当の自分を見てくれる人と出会う

3.安心して挑戦できる仕組みの中に身を置く

 

あなたの中にも、
まだ目覚めていない
【魂の使命・天職への種】があるとしたら——

 

このメッセージが、
その扉をそっと開くきっかけになりますように。

 

あなたの想い、そして可能性を、 私は信じています。
一緒に、始めませんか?

 

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