ここまで読んでくださっている方がいたら、本当にありがとうございます![]()
今日は、またふと思い出したエピソードがあるので、そこから書いてみようと思います。
5年前くらいに、ランジェリーを作り始めた時に、当時私が入っていたコミュニティで知り合った方の中に姓名判断をお仕事にされている方がいて、みてもらったんです。
私の名前はとても良い名前とのことでたくさん説明をしてくれました。
そして最後に、“ただ一つだけ、お母さんのところがよくない”と教えてくれました。
私がデザインしたランジェリーを母に縫ってもらう予定だったので、何年も望んでいたことが叶い始めていた時だったので、
“えーーっ”と思ったのを今でも覚えています。笑
旦那さんに話してみたところ“オレもやめた方がいいと思う”と言う返事で残念だったのですが、
それでもやってみたかった私は、そのまま続けたんです。
その後は、どうでしょう?聞く方によっては“やっぱり一緒にやらない方が良かった”と思うのかな、
2年くらいの間でしたが、母とはたくさんぶつかったし、一緒にたくさん喜びました。
私は忘れていたことをたくさん思い出し、いっぱい感じて、考えて、そのたびに決断して、、、
母を母としてではなく一人の人としてみるいいきっかけにもなった。
最後はお互い引っ越しで生活環境が変わったため、母は辞めることを選びました。
そのことは私にとってはすごく残念ではあったけど、
今となっては“よかった”が大きいのです。あの時から私は自分で縫うことを選んで取り組むようになりました。
だけどこれは“やっぱり一人がよかった”の“よかった”ではなくて、
母と一緒に取り組んだ2年間があって、“今がいい”と思えるようになったという感じです。
“あの時の今”、“今の今”、“これから来る今”
いつだって私にとって最善だと思えるようになってきました。
(繊細な臆病物なので思えない瞬間もちょいちょいありますが、、、、
そんな時は、思えないのも含めてい最善なんだろうなーと思います。笑)
母がどう感じているかはわかりません。
“まったくみつみはわがままだわー”と思っているかもしれない。いや、きっと思ってるだろう。笑
だけど、小さな頃から当たり前のようにお母さんの機嫌ばかり伺って生きていた娘が、
“(お母さんがどう感じていようと)私はお母さんと一緒に仕事が出来てよかった。幸せな体験だった” “一緒にやってくれてありがとう”とはっきりと言えることが、
私にとっては大成功
うれしくてありがたいのです。
今日はこのへんで。
読んでくださった方ありがとうございます![]()