思いがけず、新しいネタが出来ました。③の続きです。

 

 

 

今日の子どもの日は、一緒にお祝いしようと母に声をかけてうちに来ていました。

 

 

お稲荷さんを作って、ホットプレートでお肉を焼いて、、、、

 

食べ終わって談笑している時に、母の話で私が嫌な気持ちになったのです。

 

そしてそれを伝えたら、母がすねて帰ったという、、、、。(つまらん話でごめんなさい笑い泣き

 

 

 

 

子どもたちそれぞれに謝り、説明をし、“はーぁ、せっかくの子どもの日だったのになぁ、、、”と感じているうちに、

 

わりとすぐでした。“あ、これ子どもの頃よくあったやつだわ”と思い出したのです。

 

 

連休やイベント、お墓参りの時期になると母の実家に泊りがけで帰省することが多かった子ども時代、

 

みんなで楽しくバーベキューをしていると、お酒を飲んで調子が良くなった母が

 

私のこと、妹のこと、父のこと、、、、色々みんなに話し始める。

 

 

 

母がどんなつもりだったのかはわからないけど、私はそれが好きじゃなかったのです。

 

目の前に私たちがいるのに、まるでいないかのように文句を言われているように感じて嫌だったし、居心地が悪かった。

 

 

本人は冗談半分だったかもしれない、だけど、よく思っていることではないよね、という内容。

 

 

 

 

あの頃から何年たったんだろう。

 

 

今日、ふとしたことで“嫌な気もちになった”と口から出てきた。

 

母は今もなおすねているのかもしれない。それは嬉しくないけど、

 

 

だけど、私は、今同時にすごくホッとしてる。“私が悪い”と言う思い込みがどいたからかな?母を責めるでもなく、

 

純粋に私の怒りと悲しみを感じて、ようやく表現することが出来たんだ、っておねがい

 

 

 

 

 

母との関係性が楽になったのは、

 

母に求めなくなったから。

 

 

 

前はさ、恥ずかしながら、“こんな風に感じていた、私だって傷ついていたんだよ!”と

どこかでずっと分かってほしかったんだと思う。赤ちゃん泣き

 

だけど、2年前の引っ越しがきっかけで、“諦める”という体験が出来たのです。

(まだその話は書いていなかったけど、あの時は親子の縁が切れるのかと思ったので、、、笑)

 

もう少し細かくいうと、それまで私が取り組んで来たことが“引っ越し”につながって、それをきっかけにさらに進んだ、という感じかと思いますがウインク

 

 

 

 

そうしたら、色々それまでみたいに気にならなくなってきた。

 

お互い別人になったわけでもないし、今日みたいに嫌な気持ちになることもあるけど(そして今日みたい過去の解消につながるような時もある)、私は私、で終わるようになった。

 

 

私は、感情を表現したり解消したり(詳しくはこれまでブログで書いてるので今回ははぶきますが)というのが好みだからそうしているけど、それは私の好みであって人によって違うっていうのも理解しているから楽ニコニコ

 

 

 

 

というころで、今年の子どもの日の出来事でした。

 

今なお母が生きてそばにいてくれている、ということは、私にとってはやっぱりありがたいですおねがい

 

 

わがやは夜は旦那さんと一緒にもう一度お祝いです🎏

 

みなさんも良い一日を、、、