▼某月某日
つづき。
来た道を戻る姿を思い浮べると、うんざりする。
それほど遠くまで走ってきた気がする。
かかった時間と距離を思うとしんどい。
地図を持たず、ぶらりとやってきたが、頭の中に地図を浮かべた。
この先は金精峠で、峠を越えれば沼田に至る。
そこから前橋、高崎を通ればいくつも東京方面に向かう道はある。
距離は長いかもしれない。
それでも違った風景、道を辿る方が心が弾むのは、なぜだろうか。
じゅうぶんに今回のツーリングを堪能しきれていないからだろう。
ぶらり旅の面白さは人に出会うこと、美味しいものを食べること、温泉に浸かることに尽きる。
そして、感動的な風景も忘れてはいけない。
日が傾きかけているのに今日は誰とも話さず、昼食も取らず、のんびり温泉にも入らず、ただなんとなくここまで来てしまった。
渡良瀬渓谷の紅葉は見事で、それを眺めながらバイクを走らせることは快適ではあったが驚くべき風景ではない。
道が先に延びていれば「何か」を期待して進みたくなる。
ぼくは金精峠を目指すことにした。
多くの人々は中禅寺湖、あるいは戦場ヶ原でUターンするのだろう。
日光湯元を過ぎたら、めっきりすれ違う乗用車を見かけなくなった。
バイクで走るにはとても楽しい山道が続く。
標高があがるにつれ冷気が身を包む。
しかし、Tシャツの上からスキーウェアのようなジャケットを羽織っただけなのに寒さを感じない。
下はいつものようにジーンズだけなら今ごろ寒さで震えて堪らないだろう。
今日はジーンズの上からナイロン製のオーバーパンツを履いているおかげで寒さを感じずにバイクを走らせることが出来る。
峠を越えたらパラパラと雨が降ってきた。
丸沼高原のスキー場には人工的に降らせた白い雪が見え、なんと場違いなところを走っているのだろうという気にさせる。
あいにくレインスーツを持ち合わせていない。
冷たい雨が全身を激しく叩く。
バイクの冬用ウェア類のいいところはしっかり防水加工されているものが多いことだ。
今日、ぼくが見に着けている皮のグローブもジャケットもオーバーパンツも冷たい雨を内側まで通さず快適そのもの。
めんどうなレインスーツに着替えることも必要ない。
足元はカドヤの皮のショートブーツを履いているが、日頃、しっかりミンクオイルを塗って手入れしているからツーリングを終えるぐらいまで内側に染みこんでこないはずだ。
丸沼を越えたあたりから徐々に広葉樹林が色づき始めた。
そろそろ温泉に浸かりたいと思いながらも温泉の看板をいくつも素通りしながら走る。
単気筒のエンジンの鼓動が心地よくアクセルを緩めることが出来ない。
決して大きなエンジンではないから大きな振動も音もしない。
アクセルを開けたとき、エンジンの鼓動が変わりスピードと鼓動がシンクロし心地いいところで快楽が共鳴する。
シートに乗せたお尻から伝わってくる鼓動。
路面を転がるタイヤから伝わってくる鼓動。
全身で受け止める風の流れゆく感触。
直線と曲線の入り混じったカーブ。
曲線が右に左に連続したカーブ。
どれもが心地よさと一致したならば停まることは出来ない。
紅葉の風景の中をバイクは疾走してゆく。
つづく・・・