間違った意味での「確信犯」
「もうスイートルームには泊まりません」「ファーストクラスは使いません」
あのね、そういうことを追及してるんじゃないんですよ。頭のいいあなたならわかっているはずですけど。
なぜ「そのとき」スイートルームが必要で、ファーストクラスが必要で、なぜあれだけの高額な費用が必要だったのか、そしてそもそも「東京都知事の度重なる海外出張が必要だったのか」を伺いたいと思ってるんですけど、それの答えが「もう使いません」じゃ何の答にもなっていない。
だからこそ多くの人は「説明責任を果たしていない」と言っているのですけどね?
たぶん、「第三者」のお二人に「大丈夫ですよ、政治基金規制法などはザル法ですから、ルールの穴を突いてクロにはさせません、安心してください」と言われたんだろうなぁw
舛添もそうだけど、自民党と公明党、そしてそのほかの野党にももっとしっかりしてほしいですね。
以前に舛添のことを「平成のねずみ男とはよく言った」という発言をしましたが、ごめん。ねずみ男に謝ります。ねずみ男はここまで往生際が悪くないし、意地汚くもないw よっぽど彼のほうがいいさぎいいですよw


あのね、そういうことを追及してるんじゃないんですよ。頭のいいあなたならわかっているはずですけど。
なぜ「そのとき」スイートルームが必要で、ファーストクラスが必要で、なぜあれだけの高額な費用が必要だったのか、そしてそもそも「東京都知事の度重なる海外出張が必要だったのか」を伺いたいと思ってるんですけど、それの答えが「もう使いません」じゃ何の答にもなっていない。
だからこそ多くの人は「説明責任を果たしていない」と言っているのですけどね?
たぶん、「第三者」のお二人に「大丈夫ですよ、政治基金規制法などはザル法ですから、ルールの穴を突いてクロにはさせません、安心してください」と言われたんだろうなぁw
舛添もそうだけど、自民党と公明党、そしてそのほかの野党にももっとしっかりしてほしいですね。
以前に舛添のことを「平成のねずみ男とはよく言った」という発言をしましたが、ごめん。ねずみ男に謝ります。ねずみ男はここまで往生際が悪くないし、意地汚くもないw よっぽど彼のほうがいいさぎいいですよw
オバマ大統領に聞いてみたい(長文注意)
感動的な演説だったと思う。
あの場所が「広島」でさえなければ。
「広島・長崎」は太平洋戦争時、アメリカが「戦争犯罪」を行った場所。
その「戦争犯罪」を認めず、謝罪せず、ただ美辞麗句を並べて「恩讐を超えて未来のために」と
言われても、背筋が寒くなるだけ。
「恩讐を超える」には過去は清算せねばならない。そこに「賠償」などの言葉は持ち込まないけれど。
「太平洋戦争時、アメリカは日本に対し戦争犯罪を行った。それはまだ、誰にも裁かれていない」と
言ってもらえたら、また事情は変わったと思う。
私は被爆の当事者でもないし、広島・長崎とは縁もゆかりもない(親類がいない、という意味で)。先の大戦で、母の従兄弟だか叔父だかが兵隊にとられて亡くなったような事を聞いたことがあるがそれは「戦争」でのこと。恨みなどかけらもない。
だけど「広島・長崎」や「東京大空襲」などはやはり「人として許せない」、「非人間的な所業」であったと言わざるを得ない。
本当に「戦争を早期に終わらせるため」に、一般市民を地獄の業火で焼く必要があったのか?
広島に原爆が投下されたのは8月6日の午前8時15分。多くの人が通勤・通学のため家屋の外に
出ている時間帯だったと聞く(長崎への原爆投下は8月9日の午前11時2分)。
爆心地に近い場所にいた人はその「影」だけを地面に残して一瞬のうちに焼き尽くされた。
しかも広島に落とされたのは「ウラン型」、長崎に落とされたのは「プルトニウム型」。
それぞれの「新型爆弾」の「成果」を見たいがため落とされたとしか思えない。
「東京大空襲(特に昭和45年3月10日の東京下町空襲)」は、あらかじめ都心にかかる「橋」を焼き落とし、逃げ場を失くした状態で焼夷弾を浴びせている。その地域の家屋は(その当時)多くが紙と木でできており、通常の爆弾よりも焼夷弾(ナパーム弾)のほうがより効果的であると、実験に実験を重ねたうえでの所業である。この3月10日の空襲だけで10万余の方が亡くなっている。
そしてそれは当事者たちの「黄色人種」への差別意識がもたらしたもの、に他ならない。
かの「極東軍事裁判」でただ一人、国際法のスペシャリストだった「パル(パール)判事」は
「被告人全員無罪」の言葉を残したが「アメリカの原爆投下」に関しては厳しい言葉を残している。以下にその言葉をお借りして、記しておく。
「いったいあの場合、アメリカは原子爆弾を投ずべき何の理由があっただろうか。日本はすでに降伏すべき用意ができておった」「これを投下したところの国(アメリカ)から、真実味のある、心からの懺悔の言葉をいまだに聞いたことがない」、連合国側の「幾千人かの白人の軍隊を犠牲にしないため」という言い分に対しては「その代償として、罪のないところの老人や、子供や、婦人を、あるいは一般の平和的生活をいとなむ市民を、幾万人、幾十万人、殺してもいいというのだろうか」「われわれはこうした手合と、ふたたび人道や平和について語り合いたくはない」
(1952年11月3日、広島市で行われた「世界連邦アジア会議」の講演より)
もうひとつ言うならば、アメリカは何か事を起こす時、必ず「自分たちが正義である」「これは正義の戦いである」というロジックを打ち立てる。
リメンバー・アラモ、リメンバー・パールハーバー、リメンバー・トンキン湾、そしてリメンバー・3、11。
だけど、残念ながら「正義のためなら人を(同胞を)殺してもよい」という考えは成り立たない。いかな理由が存在しようとも、他人の命を奪った時点で「正義は踏みにじられている」からだ。
1980年代ごろからか、「戦争や争いが起こる時、双方に正義が存在する。従って正義という言葉は定義のあやふやなものである」という考え方が巷を席巻するようになって久しいが、決してそんなことはない。そういう時、双方に存在するのは「お互いの大義名分」「言い分」に過ぎず、「正義」は存在したとしても、その「大義名分を貫く」ための戦いに正義の意義は揺らぎ、やがて消滅していく。
「正義のために人を殺す」などという「言い分」は通用しない。
ごく初期の「仮面ライダー」は自分と同じショッカーの犠牲者である「改造人間」の命を
奪うことで自分は「正義の味方」ではないことを知る。だからこそ彼(ら)は人間の命をもてあそび他人の体を支配するショッカーという組織に「人間の自由のために」戦いを挑む。
子供番組のくせに、いや子供番組だからこそ、この設定はいろいろな教訓を与えてくれる。
…いつものごとく話がずれたけどw
自分は「未来永劫、戦争犯罪者を許さない」と言っているわけではない。しかし「共に歩む」も「未来に生きる」もまずは「戦争犯罪の事実を受け入れ、謝罪」をして、それからのことだと思っている。
日本みたいに「やってもいないこと」に関して何度も謝罪したり、賠償金を払ったりする必要はないけどね。
あの場所が「広島」でさえなければ。
「広島・長崎」は太平洋戦争時、アメリカが「戦争犯罪」を行った場所。
その「戦争犯罪」を認めず、謝罪せず、ただ美辞麗句を並べて「恩讐を超えて未来のために」と
言われても、背筋が寒くなるだけ。
「恩讐を超える」には過去は清算せねばならない。そこに「賠償」などの言葉は持ち込まないけれど。
「太平洋戦争時、アメリカは日本に対し戦争犯罪を行った。それはまだ、誰にも裁かれていない」と
言ってもらえたら、また事情は変わったと思う。
私は被爆の当事者でもないし、広島・長崎とは縁もゆかりもない(親類がいない、という意味で)。先の大戦で、母の従兄弟だか叔父だかが兵隊にとられて亡くなったような事を聞いたことがあるがそれは「戦争」でのこと。恨みなどかけらもない。
だけど「広島・長崎」や「東京大空襲」などはやはり「人として許せない」、「非人間的な所業」であったと言わざるを得ない。
本当に「戦争を早期に終わらせるため」に、一般市民を地獄の業火で焼く必要があったのか?
広島に原爆が投下されたのは8月6日の午前8時15分。多くの人が通勤・通学のため家屋の外に
出ている時間帯だったと聞く(長崎への原爆投下は8月9日の午前11時2分)。
爆心地に近い場所にいた人はその「影」だけを地面に残して一瞬のうちに焼き尽くされた。
しかも広島に落とされたのは「ウラン型」、長崎に落とされたのは「プルトニウム型」。
それぞれの「新型爆弾」の「成果」を見たいがため落とされたとしか思えない。
「東京大空襲(特に昭和45年3月10日の東京下町空襲)」は、あらかじめ都心にかかる「橋」を焼き落とし、逃げ場を失くした状態で焼夷弾を浴びせている。その地域の家屋は(その当時)多くが紙と木でできており、通常の爆弾よりも焼夷弾(ナパーム弾)のほうがより効果的であると、実験に実験を重ねたうえでの所業である。この3月10日の空襲だけで10万余の方が亡くなっている。
そしてそれは当事者たちの「黄色人種」への差別意識がもたらしたもの、に他ならない。
かの「極東軍事裁判」でただ一人、国際法のスペシャリストだった「パル(パール)判事」は
「被告人全員無罪」の言葉を残したが「アメリカの原爆投下」に関しては厳しい言葉を残している。以下にその言葉をお借りして、記しておく。
「いったいあの場合、アメリカは原子爆弾を投ずべき何の理由があっただろうか。日本はすでに降伏すべき用意ができておった」「これを投下したところの国(アメリカ)から、真実味のある、心からの懺悔の言葉をいまだに聞いたことがない」、連合国側の「幾千人かの白人の軍隊を犠牲にしないため」という言い分に対しては「その代償として、罪のないところの老人や、子供や、婦人を、あるいは一般の平和的生活をいとなむ市民を、幾万人、幾十万人、殺してもいいというのだろうか」「われわれはこうした手合と、ふたたび人道や平和について語り合いたくはない」
(1952年11月3日、広島市で行われた「世界連邦アジア会議」の講演より)
もうひとつ言うならば、アメリカは何か事を起こす時、必ず「自分たちが正義である」「これは正義の戦いである」というロジックを打ち立てる。
リメンバー・アラモ、リメンバー・パールハーバー、リメンバー・トンキン湾、そしてリメンバー・3、11。
だけど、残念ながら「正義のためなら人を(同胞を)殺してもよい」という考えは成り立たない。いかな理由が存在しようとも、他人の命を奪った時点で「正義は踏みにじられている」からだ。
1980年代ごろからか、「戦争や争いが起こる時、双方に正義が存在する。従って正義という言葉は定義のあやふやなものである」という考え方が巷を席巻するようになって久しいが、決してそんなことはない。そういう時、双方に存在するのは「お互いの大義名分」「言い分」に過ぎず、「正義」は存在したとしても、その「大義名分を貫く」ための戦いに正義の意義は揺らぎ、やがて消滅していく。
「正義のために人を殺す」などという「言い分」は通用しない。
ごく初期の「仮面ライダー」は自分と同じショッカーの犠牲者である「改造人間」の命を
奪うことで自分は「正義の味方」ではないことを知る。だからこそ彼(ら)は人間の命をもてあそび他人の体を支配するショッカーという組織に「人間の自由のために」戦いを挑む。
子供番組のくせに、いや子供番組だからこそ、この設定はいろいろな教訓を与えてくれる。
…いつものごとく話がずれたけどw
自分は「未来永劫、戦争犯罪者を許さない」と言っているわけではない。しかし「共に歩む」も「未来に生きる」もまずは「戦争犯罪の事実を受け入れ、謝罪」をして、それからのことだと思っている。
日本みたいに「やってもいないこと」に関して何度も謝罪したり、賠償金を払ったりする必要はないけどね。
いつまで「奴隷国家」であり続けるのか
日本とアメリカの間に締結されている日米安全保障条約の第6条を受けて国会承認されている条約。それが「日米地位協定」。
簡単にいえば「日本に危難が迫った場合は米国が救ってやるから、お前ら日本人はその米国兵の所業に対して文句言うなよ(意訳)」という協定です。つまりは「敗戦国(日本)は勝った国(アメリカ)の兵隊の起こした犯罪は裁けないよ?だってお前ら負けたんだもん」というに等しい屈辱的な協定だと思うのですが、なぜ政治家のお偉方はまず、この屈辱的な協定を剥ぎとろうとは思わないのか?いつもながら不思議に思います。
憲法9条やら何やらにこだわるより先に、まずはこの協定を廃止してください。ほんとに日本の政治家って、アメリカに媚びるか中共に媚びるかで、後は私腹を肥やしてぬくぬくしてるやつらばかり。
安倍さん。「非常に強い憤りを覚える」だけでは納得できません。「国会答弁」もいいところだ。たかがそんなセリフを口にして「どうだ」とふんぞり返っていても、誰もあんたをほめやしません。亡くなった女性の魂だって浮かばれやしません。
今回の彼女だけじゃない。もっと多くの、協定に踏みにじられてきた無垢な魂の声を聞いてください。
今回はたまたまか、そうでないのか知らないけども、犯人をその協定の中に逃げ込ませることはありませんでしたが(たぶん伊勢志摩サミット、そしてオバマ大統領の広島訪問と続く中で犯人を協定の中に囲い込めば非常にまずいことになるかもしれないと思ったからだと思われます)、その可能性(協定の中に囲い込む可能性・かつて数限りなくあった)がなかったとは言えません。
憲法9条よりも何よりも、まずこの「日米地位協定」を何とかすること。これこそがいつまでも日本をアメリカの奴隷国家としておかない、真なる「独立国家」への第一歩だと思っています。
そんな為政者、出てこないかなぁ…来ないよなぁw
自分は「日米地位協定」を廃止してくれるなら、憲法9条改正にも賛成しますよ。だってそれこそ「自分たちの故郷(くに)は自分たちで守らなきゃ」。
アメリカに守ってもらってるから日本で起きたアメリカ人の犯罪を日本人が裁けないなら、アメリカに守ってもらわなきゃいい。
でも安倍とかあのあたりの「9条改正派」って、たんにアメリカの戦闘に追随していっておいしい汁を吸いたいだけなんですよね、これがw


簡単にいえば「日本に危難が迫った場合は米国が救ってやるから、お前ら日本人はその米国兵の所業に対して文句言うなよ(意訳)」という協定です。つまりは「敗戦国(日本)は勝った国(アメリカ)の兵隊の起こした犯罪は裁けないよ?だってお前ら負けたんだもん」というに等しい屈辱的な協定だと思うのですが、なぜ政治家のお偉方はまず、この屈辱的な協定を剥ぎとろうとは思わないのか?いつもながら不思議に思います。
憲法9条やら何やらにこだわるより先に、まずはこの協定を廃止してください。ほんとに日本の政治家って、アメリカに媚びるか中共に媚びるかで、後は私腹を肥やしてぬくぬくしてるやつらばかり。
安倍さん。「非常に強い憤りを覚える」だけでは納得できません。「国会答弁」もいいところだ。たかがそんなセリフを口にして「どうだ」とふんぞり返っていても、誰もあんたをほめやしません。亡くなった女性の魂だって浮かばれやしません。
今回の彼女だけじゃない。もっと多くの、協定に踏みにじられてきた無垢な魂の声を聞いてください。
今回はたまたまか、そうでないのか知らないけども、犯人をその協定の中に逃げ込ませることはありませんでしたが(たぶん伊勢志摩サミット、そしてオバマ大統領の広島訪問と続く中で犯人を協定の中に囲い込めば非常にまずいことになるかもしれないと思ったからだと思われます)、その可能性(協定の中に囲い込む可能性・かつて数限りなくあった)がなかったとは言えません。
憲法9条よりも何よりも、まずこの「日米地位協定」を何とかすること。これこそがいつまでも日本をアメリカの奴隷国家としておかない、真なる「独立国家」への第一歩だと思っています。
そんな為政者、出てこないかなぁ…来ないよなぁw
自分は「日米地位協定」を廃止してくれるなら、憲法9条改正にも賛成しますよ。だってそれこそ「自分たちの故郷(くに)は自分たちで守らなきゃ」。
アメリカに守ってもらってるから日本で起きたアメリカ人の犯罪を日本人が裁けないなら、アメリカに守ってもらわなきゃいい。
でも安倍とかあのあたりの「9条改正派」って、たんにアメリカの戦闘に追随していっておいしい汁を吸いたいだけなんですよね、これがw