番外編すりりんご
綿帽子があとからあとから降ってくる寒い冬の午後、場末のBAR M&Nでは…。
看板猫ねねは赤いリボンを首に巻いて、ニャッ!!と気合いを入れていて、ピアニスト音ちゃんは、古ぼけたアップライトピアノを綺麗な布でピカピカに磨いていた。
一方、ここの店主でありバーテンダーのみつはというと…。
「ふえっくしっ!!ぐずぐず…。」くしゃみをしながら鼻水をすすっていた。
「何だい?カゼかい??大事にしなよ?」と音ちゃんが心配してそう言うと、ねねは、
「にゃにもこんにゃに寒い時にお風呂じゃにゃくてシャワー浴びにゃくても…。」
と心配そうに漏らしていた。
バーカウンターの奥の棚にあるカクテルの材料のジンやウォッカのボトルを拭いていたみつは、微熱と眩暈を感じ、
「ん~??何だかクラクラする…寒気もするし…あぁ~」
すんでのところでボトルを棚にしまうと、みつはその場にバタン!!と倒れてしまった!!
それを見たねねが
「あ!!みつがぁ~!!音ちゃん助けてぇ~!!」と叫ぶ!!
ピアノ前からバーカウンターに音ちゃんがすっ飛んでくる!
「どうした!?ねね!!あ!!みつ!!どうしたんだ!?倒れてるじゃないか!!すごい熱だし…、よし、ねね、あたいに任せておけ」
音ちゃんはそういうと軽々とみつを抱き上げ、休憩室にみつを連れて行き、布団を敷いてみつを寝かせた。
「今日は臨時休業だな!!ねね、あたいはひとっ走り八百猫のところで色々買ってくるから、ねね、何がいい??」みつに必要なものを聞くとねねは、自分に何かを買ってくれると勘違いして
「アタシはちゅるちゅる!!」
「いや、そうじゃなくて、みつに滋養の付くもんを食べさせんだよ!!」と訂正した音ちゃんにねねは、
「あにゃっ!?そっか、じゃあ、みつにはりんごとうどんが良いと思うにゃ!!」
「サンキュ!!じゃあそうするよ!!あ、八百猫の三毛猫みーちゃんに会ったら、ねねがよろしくって言っとくよ!!」
「うん!!行ってらっしゃい!!」
音ちゃんは、タッタッと足音を立てて走り去った。
「みつぅ…。」
ねねは心配そうな面持ちでみつの赤くなった顔を見て、みつの足元で丸くなった…。
一方そのころ、みつは夢を見ていた…。
今よりずっと昔、幼い頃の…。
TVゲームのフォミコンでお気に入りのRPG、楽しくワクワクしながらゴラクエ4をやっていると、みつの弟タケルが、
「あ~!姉ちゃん!!そんなとこまで進んでずる~い!!」と叫ぶ。
どうやら自分が攻略できないところまで、みつが進んでいるのに腹を立てたらしい。
「あんた、さっきまでやってたじゃない!」
みつが、ゲームをするまでタケルが散々ゲームをしていたことを突っぱねるように言うと、タケルは
「わ゛~ん!!」と泣き叫ぶタケル。
それを見たみつの母親ジュンコがすぐに
「これ!!みつ!!タケルに渡しなさい!!」と怒鳴る…。
「理由もわからないのにそんなにすぐに怒鳴らないでよ…。」と心の中で理不尽さを感じながらしぶしぶとタケルに残念そうにフォミコンを渡すみつ。
場面が変わり、みつが風邪をひいて熱を出して寝ていると、ジュンコが心配そうな面持ちで、みつの枕もとでみつの頭の濡れタオルを交換しながら、
「みつ、大丈夫かい?食欲がないみたいだから、これ食べな?」
そう言ってジュンコはみつの口元にすりりんごを持ってきてくれた。
甘酸っぱくて、トロッと口の中で溶けて喉が痛くてもするりとのどを通るすりりんご。
普段は弟がいて甘えられなくても、こういうときだけは母親に甘えられる。
不謹慎だけどそう思ってしまう。
ずっとそばにいてほしい…。
母さん…。
そこですーっとみつが目を覚ますと、そこには音ちゃんとねねが心配そうにみつの顔を覗き込んでいた。
「あ…音ちゃん、ねね、ごめんね…。」まだ真っ赤な顔をしたみつが二人にそう言うと、
「大丈夫かよ、本当に…。ほら、これ食いなよ!!音ちゃん特製美味しいうどんとすりりんごだよ!!」
見ると煮卵とねぎの乗ったシンプルだけど美味しそうなうどんと、夢の中で見たまんまのすりりんごが出て来た。
「ありがとう音ちゃん!!」
「あいよ!!」
「ねねも猫タンポ(猫の湯たんぽ)頑張ったにゃん!!」
「ねねにもお礼にちゅるちゅるあげるね!!」
「やった~!!」
ごきげんな表情のねね。
「水道代節約するためにシャワーにしていたんだけど、これからはこの時期、お風呂にするよ。」反省するみつに
「もうそんなバカなことしてカゼなんかひくなよ…。」
呆れ顔で音ちゃんはそういいながらスプーンでガラスの器に入ったすりりんごをひとすくいすると
「ほら、みつ、あ~ん」
「えっ…一人で食べられるよぉ」と恥ずかしがるみつに音ちゃんは
「いいから、いいから、こういう時は甘えてもいいんだよ。」
「じゃぁ、お言葉に甘えて、あ~ん…。」
おちょぼ口のみつが口を開けると、音ちゃんはすりりんごの乗った小さいスプーンをみつの口の中にすっと入れた。
口いっぱいの甘酸っぱさと共に母さんとの想い出がよみがえる。
思いやりは大事にしたいなぁとみつはしみじみと思った。