10/26 父はすごく傷ついた、失語症のため反論も出来なかった、 | mitosyaのブログ

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個人誌「未踏」の紹介

10/26

父はすごく傷ついた、失語症のため反論も出来なかった、
「金の問題を負担に思えばいいじゃないか」
「これからは話を使い分けるよ」
「おやじは何時もメモるが、生の方が大事」
「おやじは原発の話は何の為に書いたの」
「こんなこと、昔から俺は知ってるよ」
「親は尊敬するものではなく超えていくもの」
「親の縁切りより、サトミの底知れなさの方が怖かった」

エミコのサトミへのストレス問題から、ジュンにTEL、
「甘えるな」問題は、サトミが仕切っているから、嫁と姑ではなく、ジュンの自然な感情としての
W脳梗塞のことを理解していない
トモミのことを、親の前で膝を立てていた
ジュンを育てたのはお父さんでしょう
根性が腐っている
ジュンと遊ばなかった自分の勝手でしょう
自分のことばかり
過去のことばかり
家族なんて気楽に呼んでもらいたくない
愛とは、私に何をしてくれたかだと

親父は気にしているだろうな、位に思っているジュン、それでいいのだ、仕事のこと、サトミ、アイのこと、一杯考えることがあるのだから

10/27

エミコ、花、後疲れ、私がネットをしていると、不快感から止めてくれと、その後、ネットの情報は、自分が如何捉えるかの問題だと話す、ガリレオが、それでも地球は回っていると、真実は自明、コロナの嘘、ワクチンの危険、それは自明、私は何をすべきかなだけ、と話した、
やっと、私は自分を話せた、エミコも睡眠剤を止めて5日目、私の話が聞けるようになった、

木の女

失語症となった私は、キヨちゃんの苦しみが、パソコンで言葉を出したかったこと、キーボードが打てず諦めた、見舞いに行った日、わーと叫んだ事など、思い出のあれこれを、庭にある小山で、町への眺めが憧れだったと、学校までの山道の高低差、何百メートルもありそうな、八百津のダムで、集金帰りに、ボーとするのが楽しみだった、子育ても終わり、読書サークルな参加した話、一回目に倒れたあの日のこと、2回目倒れて半身麻痺、遂には入院、10年余の歳月、その耐え難さ、父も刑務所で10年、その生きた思い出を、幾度も反芻しながら、失語症とは、言葉の剥奪、木の男のナベさんにはまだ言葉が残されていた、

10/28

エミコ、調子悪い、眠れないと、が後少し良くなった、念願の押し入れの夏冬入れ替えをした、私も手伝う、その時紛失していた回転台が、衣装ケースの間から出てきた、
その後、ヨシキにTEL、調子悪いと、
その後、ジュンにTEL、金の負担の件、
その後、30分程寝る、
起きて台所整理、風呂、
後眠る、
私、頭がオーバーヒート、ジュン、サトミ問題、これは私の問題だと抑え込む、
ブログ、モーリシャスUP、
辺見庸、ツィツター読む

10/29

○思い出、又出来事を思い出すと、頭は疲れ、オーバーヒート、小木曽、佐々木、etc、
○小説の構想は、粗書きだから大して疲れない
○エミコと、ヨシキと複数の会話が疲れる
○ジュン、他、他の家族のことにストレス
○失語症は大変な問題だ、回復期の記憶喪失者に似る、

エミコ、本田さんの掃除の件、お節介だと言われ頭にくる、
で、ユニクロへ買い物、私のダウンを買って来る、
夜、ヨシキ来る、
「誰が為の日々」~親の介護問題

○字が書けない、いつまで続くのか、グーグルで、字の検索しきり、
双極性障害~失語症とも重なり、辛い、

誰が為の日々~生活難からの、親と子の、離婚の、認知症の母の自殺、トラウマの、殺人容疑の、妻との婚約破断、心の病、双極性障害、狂わされていく人間、再入院させるか、住民が、しかし父は子を守ろうと、

ヨシキ、ジュンへ、
父も母も、未だ病人だと思ってくれ、もう少し、あち1年もすれば、
父も母も、ストレスが大敵、
ヨシキ、ジュン、今はお前たちの見守りが大切、今は回復期、私もエミコも誰も頼りに出来ない、自分で自分を励ますしか、

10/30

ヨシキとlineでTEL、上手く話せなかった、
75才で脳梗塞、自然な事、全病型は69才、
どんな人間でも、遅かれ早かれ、認知、脳梗塞に、そして介護施設へと、
人間なんて、塵のような存在だから、人生の意義や意味なんてない、生活が出来てさえいれば、私の良かった事日記をつけて、

本日、またマイナス思考で、
「徴候哀歌」「羊飼いと風船」「在りし日の歌」導入部だけ見る、

10/31

エミコ、中村君に声に張りがあると言われ、元気になっていると感じ、冬物整理、etcをやる、私も料理、水やり、etc、
ヨシキ来る、
「長江哀歌」見る~長江ダム工事での、住民と、尋ね人との点描、ゆったりとした流れの中、
ヨシキとlineをしたからか、「だが為の日々」
を見たせいか、初体験的なものでありながら、それでも頭には、持続していて大丈夫だった、
カワセミも思い出した、
ジョージオウエル「絞首刑」辺見の薦め、

以前の不安は、どうして消えたのか、脳が疲れ、感情が回復、エミコが快方へ、眠りが自然に、体力が戻り、

11/1

保科より手紙、イレイウスになり、手術は免れたとの、ワクチン被害であるのだろうが、皆急速に老化してきている、是から起きることが怖い、
保科へ、失語症の草稿送ろう、その後TEL来たら話そう、
自分ながら大変な斗いであったと思う、今も続いているが、
エミコも、再発の恐れはあるが、そうなったら、そうなった時と、今は予行練習、常にその時を生きる、
○lineでビデオ通話をすると、相手に合わせるばかりで、ストレスになる、
○人との会話の、並行処理が大変、
○失語症とは、会話で人格が変わる、
○フラツキは食べ方が足らないから(高タンパクを)


前略
保科さんも大変でしたね、我が家も、エミコが虚血性脳梗塞、(4/9)発症、私が(6/12)脳梗塞、からの失語症と、困難な状態を経て、現在に至っています、エミコの脳梗塞はうつ状態が今も続き、私の失語症は今も自力で、リハビリの毎日です、長男が会社を一か月休んで、特訓してくれたおかげで、今は喋れるようにはなりましたが、いろんな場面で難儀しています、一番の問題は感情障害、私が私でないような不安症、頭痛、頭のオーバーヒート、計算が出来ない、信号などの注意障害、字が思い出せない、過去の出来事がまだら模様、海馬の機能が衰えている、ふらつく、体力が衰えた、
 本当に失語症とは大変な、過酷なものです、いずれ書ける日が来る時のため、日記を付けています、抜粋して送ります、

人生とは何だったのかと、失語症になって考える、

意欲溢れた、つい昨日までの、
どんな痛みであっても、生きていたいと、ガンで生還した日、

低血糖、生きるを挫く、

今日も食べて低血糖を、防がねばならぬ、

この世は、愛と希望に溢れているのだろうか、

円空の成仏は、低血糖では出来ない、

35年間エミコありがとう、低血糖との闘い、

生きる喜びが、どのように生まれるのか、

川端は自殺して、幸せではなかったのだ、

今生の別れをしたとは、勝手な思い上がり、高野、小木曽、etc、etc、彼らの心は虚無なのに、

夏休みの青空、小4までの、
父が光の中に、消えて行った、児童相談所の別れ、

植木への心配をしていたことが、自分の心を心配しなければならなくなり、

子供に、甘えれる喜び、

人生、甘えていい、ずっと助け合って、

ミミズの死骸が無数に、ファーブルは調べただろうな、

原発とは違う、私の危機、回復しなければ、

ジブリの曲を聴いて、エミコと一緒に泣く、地球は回る、地球は回る、

生きている事の喜び、ガンで生還した時の、あの喜びを今一度、

壊れた回路を繋いでいく作業、音楽も、回路が繋がれば屹度、
親という感情を、もう少し持ちたかった、

人間なんて、大した考えなど、持ってはいなかった、

人格が変わってしまった、

肢体不自由、誰もが通る道、

世界への関心が、これほど遠のいたことはなかった、

人間とは一体なんなのか、それは共感力、動物にはない、助け合う心がある限り、大丈夫、

調子が良いと落とされる、気分が安定しない、

パニックは、狂気を生む、

猫が病んでいて、佇んでいた、

アイデンティテーが、突然失われる失語症、

40才でガン、75才で失語症、私はたまらない、(エミコの実感)

音楽は楽しいよ、懐かしいよ、記憶に満ちている、

カメラも、旅行も、趣味を楽しもう、

工場の騒音、鳥の声、風の音、全てに焦
点をあてても、聞こえる、

再び帰ってきた、音の世界、

アリンコ、花、風、空、人々との思い出、どれも自在に取り出せる、

家の中に居ても大丈夫、自在に駆け巡れる、脳の中を、自在に駆ける巡れる、

人は死んだ、私は居る、今暫くは居る

ファーブルの世界を、森の生活を、シートン動物記を、世界は変わってはいない、

エミコを探している、駅のホーム、

パニックさえ起きなければ、冷静さを保てる、

眠れない、睡眠剤を、安らかな眠りを、いつの日か、

眠れるまで寝ないでいよう、ガンの日々、耐えた夜の日々、

        2022.7.20迄

11/2

臨港署へ、運転免許証の返納手続きに行く、
運転経歴証明書の申請、写真、印紙、返信、等で3000円、
後、アポロに寄る、皆んな驚き、喜ぶ、一人一人握手をした、
エミコ、待つことの苦痛から、帰ったら怒っていた、
夜、ヨシキ、トモミ来る、エミコ、トモミと散歩、
エミコ、本日は疲れた、早く眠ろうと言っても、12:30分
不安感がふと寄切る、がすぐに消える、頭に余裕が、ゆとりが出て来た、

11/3

昼寝をしていて、夢を鮮明に思い出した、私が全快したので、祝いに来てくれた、岩田がいた、文学仲間がいた、子供たちも、全員に抱き付き、私は喜びを確かめた、食事、会話、にぎやかな若い時のような光景、光に満ち、私は蘇ったのだと、
昼、ジュン来る、たばこ切れ、
後、コーヒー焙煎、
7/22位から睡眠剤~9/18迄、私
6/22位から睡眠剤~10/25迄、エミコ
エミコのデトックス、中々手ごわい、

11/4

川崎市民祭り、ヨシキと、
祭りは縮小され、つまらなかったが、エミコにとっては出かけることが大事、食べ歩きして、数時間位で帰途、
夜、エミコ不調
ジュンにTEL、保科君には、重い手紙であったかも、
本日、夕食時より、頭回転せず、数時間後、散歩に出て少し良くなる、まだまだなんだと思う、
ブログ更新、日本の和紙作り
人混みはやはり疲れる、ストレスか

11/5

エミコ、調子悪い、眠れない、頭がおかしいと、
リジェンヌへ散歩
私はハタキ掛け、掃除機掛け、雑巾がけ
ポトフ作り、チキンチャンプ作り、
エミコ、夜、公園散歩、半周
アマゾン、コーヒー、B2鉛筆
エミコのシーツ替え
書くことがない
子供が来なくても平気になった
何もしなくても、毎日が送られれば
時を味わう感情が戻ってきた

エミコ、睡眠剤4ケ月服用による、不眠、イライラ、精神依存、頭痛、めまい、疲労感、意欲、記憶障害が、
GABAも止めよう

Lハイツ迄、散歩、ナンキンハゼが5色に染まって、鮮やかだった、
ドングリが、歩道に積もるほど落ちていた、
エミコ、機嫌がよくなった、
不安で一杯なエミコ、あと2週間位できっと良くなる、睡眠剤の禁断症状としか考えられない、私がそうであった、

エミコの昼寝のスキに、1時間ほど、沖縄ウチナン祭り、入船公園へ、写真撮りに出かける、ジュンには会えず、
先ほどまで、シルキーで現像、20枚足らずの写真、目取真を思い出し、嫌な気分、
過去のことを現在に思い出すと、嫌な気分に、良い思い出は、中々思い出せない、一杯あるはずなのに、

良い思い出
目取真が車をタダでくれた
目取真がフィリピンパブで、接待してくれた
目取真は磊落な男で、楽しかった
入船公園には、幾度も、春夏秋冬訪れた
エミコとの楽しい思い出がいっぱい
花見、ローズマリー、アイスクリーム、
ルカとはハゼ釣り、入れ食いでルカは飽きてしまう
エミコ、もうひと頑張り、睡眠剤のデトックスさえすれば

11/7

夢を見た、3時ころまで眠れず、うちなん祭りで疲れてのか、カメラそして現像、夜は認知症のの読書、
本日は、日々是好日、初めての出来事、
夜、ジュン仕事帰りに寄る
ライフ買い物、私は料理で手を切り、エミコが料理、
頭が集中できない、
疲れ、横になる、夜になると良い、
コロナ入力、ブログ、メール、ツィッター、etc