ニギハヤヒとカムヤマトイワレヒコの交代劇について。
ある場所にコメントに書いたものをこちらにも。
これをどう読み解くかですが、みんな、権力者になりたいのかなぁ〜もし、私だったら王になりたいとは思わないし。
そして、古代においては、王になることより、一族のレガリアの方が大切だったのかも?それと同時に、一族に伝わる祭祀こそが守るべき最重要項目だったのかも?と思います。
そうすると、見えて来るものがあり、私は最近はそっちに興味津々です。
ニギハヤヒの息子ウマシマジは物部氏の祖とされますが、ウマシマジは、祭祀一族として生きます。それも権力の中枢の近いところで。
みたましづめの法の最古の記録は、ウマシマジが神武天皇のために鎮魂法を行ったというもの。
祭政一致の時代、政治の権力者と祭祀の権力者は同格だったのではないか、とまで思います。
天皇陛下の歴史を見ると、たまには政治的な関わりもありますが、一貫して国家安泰のために祈る存在としてあられます。
それを助けたのが、物部氏や忌部氏中臣氏などの豪族。
天武天皇が編纂に関わった紀紀は、天皇を高めるための書物ですが、昔は天皇家も豪族の中で、君主というより、皆を纏める求心的な存在だったのだと思います。
神武天皇は天皇として即位しますが、日本は古来から絶対君主制ではなく、合議制の国家だったと思われます。
西洋的な、勝つか負けるか的な権力の移譲ではなく、もう少し緩やかな移譲があったのでは?と考えます。
一例として、諏訪のモレヤ神はタケミナカタと交代します。この時、モレヤ神は、祭られる側から祭る側に交代します。
そして、今でもモレヤ神の末裔の守矢家は、諏訪では神長官として人々に愛されていて、御柱祭の中心には必ず守矢家がいます。
西洋的な○か×かではない歴史が日本にはあったように思います。
そして、それこそが、縄文由来の考え方である、争わない思想、「弥栄!」を唱えお辞儀をする習俗なのでは?
そんな事を最近は考えています✨
写真は修復を終えた石上神宮です。