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葛木御歳神社から~宮司がゆったりのんびり綴ります

1600年以上の歴史を持つ葛木御歳神社の宮司東川優子が日々思うことを書き綴ります。





本日13日は祈年祭です。
写真は、祈年祭に授与いたします御歳神さまの特別な御幣です。
古い御幣の切り方の本に載っていたものを復元してお頒ちしています。御歳神さまは歳徳神さまでもあります。福を招き入れる方向として今年の恵方または玄関にお飾りください。
ご希望の方には500円+送料200円でお送りいたします。y.mitoshi@gmail.comまでメールしてください。

「御歳神さまの特別な御幣」
祈年祭にお祓いして御歳神さまのご神徳を戴いた特別な御幣です。古い神社関係の本に、「御歳神の御幣」として掲載されていたものを復元いたしました。
御歳神さまは、歳神さまとして、恵方より幸いをもたらす神さまでもあられます。今年の恵方にお祭りください。「恵方飾り」とか、「恵方棚」などとして神棚と別に歳神様を祭る地方もあります。今年の恵方、または幸いを招きい入れる意味で、玄関に置かれても良いでしょう。家内安全、無病息災を祈念してご家庭でもお祭りください。



ニギハヤヒとカムヤマトイワレヒコの交代劇について。
ある場所にコメントに書いたものをこちらにも。

これをどう読み解くかですが、みんな、権力者になりたいのかなぁ〜もし、私だったら王になりたいとは思わないし。
そして、古代においては、王になることより、一族のレガリアの方が大切だったのかも?それと同時に、一族に伝わる祭祀こそが守るべき最重要項目だったのかも?と思います。
そうすると、見えて来るものがあり、私は最近はそっちに興味津々です。

ニギハヤヒの息子ウマシマジは物部氏の祖とされますが、ウマシマジは、祭祀一族として生きます。それも権力の中枢の近いところで。
みたましづめの法の最古の記録は、ウマシマジが神武天皇のために鎮魂法を行ったというもの。
祭政一致の時代、政治の権力者と祭祀の権力者は同格だったのではないか、とまで思います。

天皇陛下の歴史を見ると、たまには政治的な関わりもありますが、一貫して国家安泰のために祈る存在としてあられます。
それを助けたのが、物部氏や忌部氏中臣氏などの豪族。
天武天皇が編纂に関わった紀紀は、天皇を高めるための書物ですが、昔は天皇家も豪族の中で、君主というより、皆を纏める求心的な存在だったのだと思います。
神武天皇は天皇として即位しますが、日本は古来から絶対君主制ではなく、合議制の国家だったと思われます。
西洋的な、勝つか負けるか的な権力の移譲ではなく、もう少し緩やかな移譲があったのでは?と考えます。

一例として、諏訪のモレヤ神はタケミナカタと交代します。この時、モレヤ神は、祭られる側から祭る側に交代します。
そして、今でもモレヤ神の末裔の守矢家は、諏訪では神長官として人々に愛されていて、御柱祭の中心には必ず守矢家がいます。

西洋的な○か×かではない歴史が日本にはあったように思います。

そして、それこそが、縄文由来の考え方である、争わない思想、「弥栄!」を唱えお辞儀をする習俗なのでは?
そんな事を最近は考えています✨

写真は修復を終えた石上神宮です。



昨日2月1日は月次祭。そして旧暦のお正月でした。

いつも思うのですが、12月はどんよりとした重い空気に包まれていたものが、お正月が明ける頃から少しずつ日の光に強さが戻ってきます。
そして旧暦の元旦を境に寒いながらも明確に春の空気に変わっていきます。

太陽は偉大だ!
と、いつも思います♪

これから「春待ち日」です。
ああ、木々の芽が膨らんできた。
ああ、山がほっこりしてきた。
ああ、今日は虫が飛んでいた。
小さな青い花が咲いた。
梅はいつ咲く?
桜まであとどのくらい?

想い人を待つような恋しい気持ちで春を待つ日々ですね。

祈年祭は、そんな春の「かすかな足音」の中で行われます。
新しい年が豊かな恵みの年でありますように、祈りを込めて。。。

今年は2/13の11時からです。ぜひ皆さま御参詣くださいね。

祈年祭の後、湯立て神事をいたします。
祈年祭は農耕の事始めにあたり大地の鎮めの祭りであると考えています。
ですので、湯立て神事でさらに無病息災を願い、大地を鎮める祈りとします。

斎湯を浴びて一年の無病息災を祈念ください。

「御歳神さまの特別な御幣」も頒布いたします。
幸を各ご家庭にもたらすため恵方にお祀りください。

写真はAgeさんから頂戴しました。
文章は数年前のものを再編しています。





朝ドラの「カムカムエヴリバディ」にハマってます。
今度はトランペッターのジョーが大阪のコンテストで優勝してレコードデビューするために東京へ行きますが、プレッシャーからなのか、トランペットを吹けなくなります。
それが主人公の恋人。

大好きなトランペット。
彼にはそれしかないのに、それが吹けない。
そんなこと、あるんですよね。
本人にしかわからない苦しみです。
それを主人公の女性は懸命に支えようとします。
うまく行くのかな?壊れちゃうのかな?
現実には壊れてしまうこともあるのでしょうね。
本当に人生はままならないものです。
繊細な人ほど苦しむことも多い。
それは他人には絶対理解できない。

でもね、思うのです。
能力があるからこそ苦しむわけで。
だからこそ、乗り越える術もどこかにあるのだと。
それが信じられたら良いですよね。
さて、自分を信じられるか。それにかかってますよね。

私たちは信じられる自分になるために生きているのかもしれません。
人それぞれ、自分の物差しを持ちます。
誰もが自分の物差しで納得できる人生が歩めますように。
それを切に願います。