諏訪旅ー神長官守矢史料館と御社宮司社と佛法寺ー2 | 葛木御歳神社から~宮司がゆったりのんびり綴ります

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1600年以上の歴史を持つ葛木御歳神社の宮司東川優子が日々思うことを書き綴ります。

諏訪旅ー2
諏訪の御柱祭、今年はコロナで皆さんで引けず、トレーラーとクレーンで運び、木落しもなく少し寂しかったですが、後にも先にも無いお祭り。これも大変貴重な体験だったなと思います。
地元の方の苦肉の策が素晴らしく、なんとしても御柱祭をしたいと云う熱意を感じました。



さて、御柱祭で偶然再会した三好さんの紹介で、同じ高照姫命(こちらでは高光姫命)を祭る先宮神社の八木勇宮司とお引き合わせ頂き、まさにご神縁。
翌日は、八木宮司にディープな諏訪をご案内頂きました。そして、三好さんも午前中仕事が空いたとのことで、ご一緒頂きました。

まずは、神長官守矢史料館へ。


















ここの史料館もさることながら、高台にある御頭御社宮司総社(みしゃぐちそうじゃ)が大好きで、今回も参拝予定にしていました。
諏訪には、タケミナカタ神がやってくる前は、モレヤ神が領く地。そのモレヤ神の末裔が守矢神長官として、現代まで受け継がれた一族。諏訪の精神的支柱は今もモレヤ神だと強く感じるところです。
そして、モレヤ神とミシャグチ神の関係や如何に!なのですが。。。









その後、仏法紹隆寺(通称仏法寺)の住職岩崎様をご紹介頂きました。
もうね、素晴らしすぎました✨

「神道と仏教が一体化していた神仏習合の時代には「諏訪大明神」として祀られていた普賢菩薩像をはじめ、諏訪大社にゆかりの宝物が多く残されているのが佛法紹隆寺。なかには日本の仏師の最高峰・運慶作と伝えられる不動明王立像もあります。長くあくまで伝承とされていましたが、近年の研究では運慶が生きていた時代、運慶の率いる運慶工房でつくられたことが判明しています。」HPより

諏訪大社も神仏習合の例に漏れず、神社の横にお寺があります。そちらに元々祀られていたのが、普賢菩薩で、諏訪大明神だったのです。
諏訪大社上社の参拝の方向は、の神宮寺の方向であり、上社の拝殿の奥には経典を収めた鉄塔があるとこのと。初めて知りました。

知れば知るほど、諏訪は謎解き深まりますね。
上社前宮の地中で籠る祭りも今は途絶え、明治以後、大祝諏訪家も断絶。守矢家の当主も東京在住とのことでした。