ブラームスが

ドイツ・レクイエムを世に出した頃の

写真について書いたので、

その勢いで

ドイツ・レクイエムを聴いていました。

 

今日は

聴いた演奏と

ドイツ・レクイエムの解説

(ブラームス・ポータルとサー・サイモン・ラトル)

から

印象に残ったことを書きます。

 

 

聴いた演奏

 

聴いたのは抜粋やリハーサルを含めると5演奏。

 

最初の2演奏は

前回の

写真についてのブログに

貼り付けたYoutube動画

 

1:抜粋版

1978年 カラヤン&ベルリンフィル

 

迫力があり

指揮も気持ちがかなり入っているように見えます。

 

 

カラヤンのベルリンフィルは

この作品に限らず、

金管が華やかでティンパニが派手で

オーケストラの醍醐味を感じます。

 

映像も凝って

合唱団の並び方など面白いけれど

ティンパニは

奏者の顔を映さないのはなぜ???

 

カラヤン映像はたいてい

ティンパニは顔なしです。

 

2:ケント・ナガノ&ハンブルク州立フィル

 

ブラームス指揮

第5曲抜きヴァージョンで

ブレーメン初演再現が面白いアルバム。

 

 

当日のプログラム通り

間にヨアヒムが演奏した作品や

レクイエムの後に

アマーリエが歌った作品などが続きます。

 

聖金曜日の

地元イベント演奏会の雰囲気も再現するためか

歌劇場の合唱団ではなく、

教会やアマチュアの合唱団からなる

混成部隊。

 

みんなで盛り上げる

市民参加型の空気感が

タイムスリップしたような気分に。

 

ヴァイオリンは

昨年、兵庫芸文で協奏曲を聴いた

ヴェロニカ・エーベルレさんでした。

 

アルバム収録内容は

ブログ内「ブラームス・ポータル解説」に

載せました。

 

 

次はCDで

 

3:カルロ・マリア・ジュリーニ&ウィーンフィル

ウィーン国立歌劇場合唱団

 

⬆️第1曲

 

ドイツグラモフォン

ブラームス・コンプリート・エディション

のアルバムです。

 

合唱・独唱、演奏が素晴らしくて

導入から

作品の世界に没入する美しさでした。

 

この合唱のクオリティ

日本で聞くことは可能なのでしょうか。

(私が聴きにいく演奏会は

プロ&アマ(セミプロ?)混成が多いです)

 

歌劇場合唱団をライブで聴きたい!と心から思いました。

 

次にDVDで

 

4:アバド&ベルリンフィル

スウェーデン放送合唱団

エリック・エリクソン室内合唱団

 

これはいつだったか

 

CLAUDIO ABBADO

A life dedicated to music

『クラウディオ・アバド

音楽に捧げた人生』

 

という輸入DVD8枚組のボックスセットを

購入したもので

2枚目を再視聴。

 

 

アバドさんとスウェーデン放送合唱団は

ヨーロッパコンサートツアーでも

何度か共演されてお馴染みさんという感じ。

 

ソリストが素晴らしかったです。

 

バーバラ・ボニーさんのソプラノ

 

3のウィーンフィルのアルバムのソプラノも

聞き覚えがあると思ったら

ボニーさんでした。

 

このアバドさんは1997年版で

92年版もあるようです。

 

このDVDは

英語の字幕がついているので

レクイエムの歌詞がわかって

心に深い感動が広がりました。

(歌詞は日本語字幕なし)

 

日本語訳・歌詞は

聖書の言葉として独特の日本語で

意味がまっすぐ入ってこないものが多いです。

 

字幕はシンプルな英語で

頭にスッと入ってきました。

 

ブラームスが

なぜこの歌詞にしたのか

納得できました。

 

そして

母国語の歌詞にした重要性も感じました。

 

残された人々のための作品だから

その人々が理解できるのが大事。

 

DVDの英語訳以外では

こちらのサイトの日本語訳がわかりやすいです

オリジナルのドイツ語歌詞と単語の説明あります⬇️

 

 

サー・サイモン・ラトル解説動画

 

ラトルさんの解説は面白かったです⬇️

英語(英語・ドイツ語字幕あり)

 

バイエルン放送交響楽団 (BRSO) 

バイエルン放送合唱団 (BR-Chor) 

のリハーサルに合わせての

作品解説。

 

ということで

これが聴き比べラスト5演奏目。

 

リハーサルでも

合唱が

ウィーン国立歌劇場合唱団と同じく

素晴らしいです。

 

バイエルンとウィーンを聴いて、

海外で音楽鑑賞するなら

合唱付きオーケストラ作品にしようと

思っちゃいました。

 

さて肝心の解説

 

・レクイエムは

母の死だけでなく

ずっと前のシューマンの死がきっかけで

作曲を始めた

 

・死者の安息を祈るのがレクイエムだけれど

ブラームスは

残された者のために作った

 

・どう死と向き合うか等々

 

・ドイツ・レクイエムというものの

ドイツのためではなく

人々のためのレクイエム

 

印象的だったのは

第5曲の話

 

・ここはブラームスの母のイメージ

 

確かに

歌詞がしっくりきて

 

ソプラノが母の言葉だと思うと

泣けます。

 

今は悲しいでしょうけれど

Ihr habt nun Traurigkeit;  
aber

 

また会えるから

また会えるから

ich will euch wiedersehen

 

・最後は

繰り返しながら

声が遠ざかり天に登っていく

 

ブラームスの想いだけでなく

同様の経験をした人々の

心に響く言葉

 

だからこそ

レクイエムに第5曲を追加したのでしょう。

 

後に残された人々にとって

悲しいけれど救われる言葉です。

 

ブラームスぅぅぅ

素晴らしい作品をありがとう〜(涙)

 

 

ブラームス・ポータル解説

 

ポータルのドイツ・レクイエム欄にあった

マイケル・ストラック(Michael Struck)氏の解説⬇️

 

 

これを英語に自動翻訳して読みました。

 

その中で

なるほどと思った話を以下に。

 

・元々タイトル『ドイツ・レクイエム』の

“ドイツ“は小文字で書かれ

“ドイツ語で書かれた“レクイエムという意味だった

 

そのため

 

・ブレーメンでの演奏会の責任者、

ラインターラーに

“ドイツ“を“人々の“に変えたい

と手紙に書いた

 

・レクイエムは

ブラームスの友人の間で

母への追悼だろうとの声もあったが、

彼自身は

そう言われたくないとこぼした

 

・実際、母が亡くなる前に

レクイエムに取りかかっていた

 

・とはいえ第5曲の

私があなたをなぐさめましょう

母が子をなぐさめるように

の歌詞は

母が想いにあっただろう

 

 

 初演当日

1868年4月10日聖金曜日

ブレーメン大聖堂(正式名称:聖ペトリ大聖堂)にて

聴衆約2,500人

実行委員長:カール・ラインターラー

(ブラームスの友人で前回のブログの写真に一緒に写っていた人物)

 

プログラムは

ケント・ナガノさんが初演再現なので

アルバム収録曲を順に貼ります

 

1. ドイツ・レクィエム~I. 悲しんでいる人々は幸いである

2. ドイツ・レクィエム~II. 人は皆草のごとく

3. ドイツ・レクィエム~III. 主よ、我が終わりと、我が日の数の

4. J.S.バッハ:ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調 BWV.1041~アンダンテ

5. タルティーニ:ヴァイオリン協奏曲 変ロ長調 D.120~アンダンテ

6. シューマン:小さな子供と大きな子供のための12の連弾小品 Op.85~第12番『夕べの歌』

7. ドイツ・レクィエム~IV. 万軍の主よ、あなたの住まいは

8. ドイツ・レクィエム~VI. この地上に永遠の都はない

9. ドイツ・レクィエム~VII. 今から後、主にあって死ぬ死人は幸いである

 

10. J.S.バッハ:マタイ受難曲 BWV.244~憐れみたまえ、我が神よ

11. ヘンデル/モーツァルト編(K.572):メサイア~こちらに来て、小羊をみよ

12. ヘンデル/モーツァルト編:メサイア~私の救済者が生きておられるのを私は知っている

13. ヘンデル/モーツァルト編:メサイア~ハレルヤ

 

ここからも

ポータルのストラック氏の解説から

面白いと思った点を挙げていきます。

 

・レクイエムの第3曲と第4曲の間に

ヨアヒム演奏曲が入っているのは

祝祭もあって、

気分転換のお楽しみ要素だろう

 

・レクイエムの後

マタイ受難曲やメサイヤが演奏されたのは

キリスト教の中心的な概念である

イエスの救済と復活が

ドイツ・レクイエムの歌詞に含まれないので

補うため

 

なるほど

 

ドイツ・レクイエムは

大切な人が逝って

悲しむ残された人々を

なぐさめ、

死を受け入れ、

前に進むための言葉がけ。

 

キリストについての歌詞は

特にないので

宗教的行事として

完結する必要があった、と。

 

4月28日には

ブレーメンのウニオンスザール

(コンサートホール)にて

ラインターラー指揮で再演。

 

・ブラームスはこの演奏で

リスナーとして

サウンドチェックでき

出版前の修正に活かせたようだ

 

・1868年5月24日

出版者の

リーター・ビーダーマンに

第5曲を追加すると知らせる

 

ブラームスの母の死が

歌詞との関連を想像させる

第5曲が

後に付け加えられた流れが

自然に見えます。

 

ブラームスに届いた

母からの最後の手紙には

夫に振り回され

お金の工面に苦労した

彼女の人生が書かれていました。

 

その手紙へ

書けなかった返事のような

第5曲

 

大変なこともあったけれど

天国へ行って

幸せになる母の姿を

思い描いたのでしょうか

 

 

 カルベック

 

この解説で

マックス・カルベック説の疑わしい点が

複数挙げられているのも

個人的には印象に残りました。

 

カルベックは

ブラームスの友人で音楽評論家。

 

亡くなるまで交流があったので

親しいと言うべきなのでしょうが

カルベックはブラームス賛美者なので

親友だとか

感情的な立場が同等というには

違和感があります。

 

個人的見解では

一緒に楽しく過ごせる交流仲間

かなぁ、と。

 

ブラームスに関する

8巻の評伝を書いており

貴重な資料として

後年のブラームス関連書籍でも

引用が多いようです。

 

ウィキペディアに

書かれた年代に特有の執筆姿勢の失点がいくつか見られる“と

書かれているように

必須の資料であるとともに

誤りや疑わしい内容もあり注意が必要。

 

 私がよく利用している

ブラームスの書簡集でも

編集者の

カルベック文書への疑問がにじみ出ています。

 

私自身は

カルベックの著書を直接読んでいないので

正しい箇所と誤りの箇所を

具体的には挙げられませんが

 

書簡集にあったのは

 

カルベックによる

ブラームス子供時代の

話の誤りの指摘。

 

鵜呑みにはできないようです。

 

(子供時代の家とよく出てくる住居も

生まれた何十年も後の写真で、

ブラームスが生まれた時はスラム化していないし

すぐ別の場所に引っ越した)

 

カルベックは

ロベルト・シューマンの

伝記も書こうとしたようです。

 

クララ・シューマンも

当初

ロベルトの資料を調べるのを許しているのが

日記からわかるのですが、

 

伝記は出ていないので

オンラインで調べると、

 

カルベックの原稿に目を通したクララが、

受け入れ難い内容で却下したらしいです。

(好意的ではなかった模様)

 

なので

 

カルベックの

クララ・シューマン評は、

実際に会った印象やその時見た資料から

具体的な内容は正確でも、

シューマンの伝記を出させてくれなかったことで

良い印象を持たず

好意的には書いていない可能性もあり得ると

感じています。

 

関連記事

 

ドイツ・レクイエム初演頃のブラームスの写真と

ケント・ナガノ指揮の初演再現アルバムについて⬇️

 

ドイツ・レクイエムに関係する母について触れています⬇️

 

母からブラームスへの最後の手紙について⬇️

 

 

 

お読みくださりありがとうございました。

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