続・ヨハネス・ブラームスとクララ・シューマンの関係

最終章です

 

 

 

 

 

 前置き1 ブラームスの恋愛・結婚観

 

前回は

婚約、解消、関係修復

を書きました

 

・ブラームスは恋愛から敬愛に変わった後

恋愛モードに戻らなかっただろう

 

・自由を愛す

(ブラームスのモットーも

FAF

Frei Aber Froh(自由だが楽しく)ですし)

 

と書きましたが、

数多くの女性と浮名を流すような意味ではありません。

 

ハンブルク女声合唱団の

ベルタ・ポルツェルトとは

ベルタは恋心があったようですが、

ブラームスは友人として好きだったようです。

 

ブラームスから

ベルタへの手紙がいくつか残っていますが、

ベルタ個人ではなく

宛名は彼女のおばの両名、

手紙のやりとりを

周囲に秘密にしている

おばとベルタに対して、

ブラームスは無頓着

ゴシップになると言われて

ようやく納得したくらいです。

 

後年親友となる

エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルク

結婚してから仲良くなります

(彼女は夫以外に

エセル・スマイスという女性と

恋愛関係にもありました)

 

コントラルト歌手の

ヘルミーネ・シュピースや、

 

プロポーズを決意した日に

別の人と婚約が決まった

ウィーンの合唱団の

オッティーリエ・ハウアー

恋愛関係だったと思われ

(おつきあいしても

プロポーズがなさそうだと諦めて

別の人のプロポーズを受けるという

当時の

“恋愛&交際“の中身(笑)って

現在の恋愛関係とは違うように感じますが

どうなんでしょう?)

 

最後の恋と言われる

若い歌手のアリス・バルビ

 

等々

歌声の美しい女性に惹かれる傾向あり

創作意欲がかき立てられたことでしょう

 

シューマン夫妻の娘、

ユーリエは

幼い頃から知っていますから

娘のような

複雑な気持ちもあったでしょう

叶わぬ恋のまま終わりました

 

結局誰とも結婚しなかったのは

 

・両親の不仲の影響で

結婚に二の足を踏む

 

・自由が好き、気楽

 

・クララを一番愛している(後年の手紙にも記載あり)

 

・音楽が最優先 

作曲の妨げになることは避ける

 

など

想像はできても

実際のところはよくわかりません。

 

本人が結婚しない理由を話してはいますが、

プライバシーはケムに巻くので

どこまでが本心かわかりません。

 

1つ真実に近いと思えるのは

 

ブラームスにとって

クララは最後まで特別な存在

 

 

 前置き2 クララとの後年

 

クララとの心の深いつながりは

手紙の内容を見ても、別格に感じます

 

冗談でごまかさず、

正直な胸の内を書いているのは

クララへの手紙。

 

1880年代から

ロベルト・シューマン作品集

編集・出版で誤解が生じ

 

(編集に深く関わったブラームス、

選んだ作品は本編に選ばれず

クララが故意にそうしたと

ブラームスは長年思いつつ口に出せず

やっと告げた90年代に

誤解がとけ

補足版でブラームス選の作品と名が載る)

 

潜在的に2人の心の距離は広がり、

 

90年代ロベルト・シューマンの

交響曲第4番初稿版出版での誤解では

関係修復不可と思えたのに

2人の強い絆が戻ったのは

ブラームスが

最後までクララへの敬愛を伝え続けたからです。

 

孫娘のユーリエ

2人は恋愛関係だと“確信“したらしいですが

ユーリエが生まれた時は

クララが55歳ですし、

同居していたのは

1888年以降

クララ70歳前後、ブラームス50代後半です。

 

孫娘が“確信”した時期がわかりませんが

長年の誤解がとけて

2人の気持ちが

初期のような絆を

取り戻したのを感じたのでしょうか、、、

 

前置きが長くなりました。

 

前回・今回と

ブラームスの

クララへの塩対応

クララの傷心が気になりますが

 

ブラームスの深く長いクララへの想いは

最後まで続いていた

クララはそれに応える形で続いた

 

と先に書かせていただきました。

 

 1860年 一進一退

 

2月5日クララはブラームスにアガーテを見かけたと手紙に書きます。

アガーテの傷心に心を痛め、

ブラームスを少し責める感じ。

 

同日のクララの日記に

年を取りたくないという記述。

 

クララの傷心もいまだ癒えず?

 

4月28日から数週間

ハンブルクでブラームスと過ごします。

この時、クララは娘のマリーと一緒にホテル滞在です。

 

仲は修復されたかのようですが

日記には

5月7日ブラームスの不機嫌な態度の記述。

 

一方で

 

11月24日のクララの日記

コンサートで

ブラームスのセレナーデを聴き

演奏の冷静な分析を書きつつも

 

あまりの感動で

ブラームスの首に腕を回して胸に飛び込みたくなった

そして

聴衆の冷たい反応に胸が痛んだ

 

と熱い表現。

 

ブラームスの不機嫌さに振り回されても

クララの心を繋ぎ止めるのは

彼の音楽の才能だと思います。

 

彼女の人生で1番大事なものは

音楽と家族。

 

娘オイゲーニエも

回想記で

音楽と子供を

選択の比較対象として書いています。

 

 1861年 再燃、恋愛?

 

1月、クララはハンブルクで過ごし

ブラームスの態度が愛情深く親切で

仲の良さが復活したような

記述が続きます。

 

24日に帰るのが怖いとも。

 

30日、ブラームスは

クララが去って寂しいと意味深な手紙を書き

そのクララの返事も再燃を感じさせるものです

 

その記述は以前のブログに書きました⬇️

 

ブラームスは

 

『(前略)例えばあなた(クララ)と

一番最初に戻って

再び一から恋を始められたら

と時々願うのです(後略)』

 

対して

クララは

『(前略)もう一度最初から

私に恋に落ちてほしいとは思わず

むしろ

心から本当に私を愛してほしい

永遠に

それが一番なのです(後略)』

 

深読みかもしれませんが、

ブラームスは

出会ってから

ずっと心の葛藤があり

アガーテのことでは

クララを傷つけてしまったのを

後悔し、

何もかもやり直したかったのかもしれない。

 

クララは

今、愛してくれればよくて

それが続いてほしい。

 

恋愛関係になっていたとすれば

文面からして

この時期だと思います。

 

ただ

この手紙の“恋“や“愛“の表現は

手紙全体を読むと

恋愛関係だけでなく

人間として愛する意味合いも感じるので

微妙なのです。

 

完全なる恋愛に発展するのか!?

 

と思いきや

 

5月6、7日

ブラームスの誕生日を

一緒に過ごしたいと

クララは彼を訪問

 

その時どうだったかは

リッツマン編の日記と手紙に

記載はなく

 

美しく輝く

線香花火の火玉が

落ちたかのように

 

6月15日

 

落ち込んでいる

 

とあり

 

孤独

 

ロベルトが恋しい

 

と言った言葉が続きます。

 

 

ブラームス書簡集の編者

エイヴィンス氏によると、

月日はわかりませんが

始めての深刻な口論

この年にあったそうです。

 

12月7日の日記を読むと、

クララを想って作ったはずの

ヘンデルの変奏曲を

ブラームスが

もう聞きたくないと言うなど

(聴衆の反応が悪かったのが理由とも考えられる)

冷たいそぶりに

クララが傷ついています。

 

12月20日からブラームスと過ごし

ヨアヒムもクリスマスから

1月3日まで一緒にいるのですが

ブラームスは機嫌が悪かったようです。

 

 

 1862年 ウィーンへ

 

ブラームスの気分のムラの記述が

見られつつも

それ以外は以前通り敬愛を示し、

クララも友愛を示しています。

 

11月18日

ブラームスからクララへ深刻な手紙が届きます。

 

ブラームスは

愛する故郷ハンブルクで

成功したいと願い

ハンブルク・フィルハーモニー

ディレクターのポジションが空いた時に

なれると思いきや

友人のシュトックハウゼン

ジングアカデミーとフィルハーモニー両方のディレクターに決定

ショックなことに

その決定に関わったひとりも友人で

アヴェ=ラルマン

 

ブラームスの衝撃は大きく

クララもヨアヒムも

ブラームスが適任と思っているので怒り心頭です。

 

シュトックハウゼンも

アヴェ=ラルマンも

ブラームスが

ポジションにこだわると思ってなかったらしく

ブラームスと一緒に

活動できると喜んでいたくらいなので

事態を知って大慌て。

 

覆水盆に返らず

 

ブラームスは

ハンブルクを去り

本拠地をウィーンに変えました。

 

ブラームスの人生を大きく変え

友情に(特にアヴェ=ラルマン)ヒビが入りました。

ハンブルクにとっても大きな損失でした。

 

この時のクララは、

同じ経験をした夫ロベルトについて書き

 

彼が詩で

“妻がいればどの街でも天国“

と言っている

あなたはまだ若いのだから

家族を持つ喜びを新しい地できっと見つける

 

といった内容を

11月21日の返事に書いています。

 

もうこの時期

敬愛・友愛路線は定着した感があります。

 

 1863年 クララ、キルヒナーと恋愛

 

この年にクララはキルヒナーとの交際が始まります。

 

孤独を感じ

愛を欲するクララ

 

ちょっと訳ありなキルヒナーでも

愛される心地よさと

ロベルトとのつながり

音楽を一緒に楽しめる喜びが

ギャンブルや借金といった負の面に

目をつぶらせたのかもしれません。

 

クララは

交際のことは

キルヒナーに口止めして

ブラームスに知られぬようにしたらしいです。

 

ブラームスとは共通の友人なので

バレずに済んだのか不明ですが、、、。

 

知られたくなかった理由はわかりません。

 

ブラームスの反応が怖かった?

公にするほど乗り気ではなかった?

 

 

終わりに

ということで

考えていた以上に

余計なことを書き過ぎて長くなりましたが

やっとこれで

初期の2人の関係の変化をまとめ終わりました。

 

この長文にお付き合いくださった皆様

どうもありがとうございました。

 

長々と書いているうちに

 

なぜ私はこんなことをしているのだろう、、、

となりました(笑)

 

ドイツ語のわかる方は

図書館等で日記や手紙の全集をご覧になられるのが

一番スッキリすると思います。

 

見直しができていないので、

おかしなところがありましたら

逐次修正させていただきます。

 

 

主な参考文献

Clara Schumann: 
An Artist's Life Based on Material Found in Diaries and Letters
(Berthold Litzmann編集・著)

Johannes Brahms LIFE AND LETTERS 
(Selected and annotated by Styra Avins
Josef Eisinger and Styra Avins英訳)

 

The Schumanns and Johannes Brahms: 
The Memoirs of Eugenie Schumann (English Edition)
(Eugenie Schumann著・編集)

 

 

 

お読みくださりありがとうございました

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