アメリカで宗教学の修士課程での留学時代[1994-1995]、Religious StudiesのDepartmentの事務室がRutledge College の中にあった。1階にはChapelがあり、その上に事務室があった。
日曜日に事務室に行く際に、ドアを開けたら、結婚式を待つbride &Groomがおり、Brideは私のことをがっかりの顔でしかめた。悪いことをしたとバツが悪かった。
Rutledegeの名前の由来を知らなかったのだが、今回初めて、それがサウスカロライナ州の知事の名前であったことを知る。以下のサイトが詳しい。
https://www.hmdb.org/m.asp?m=62638
アメリカの建国、憲法制定にあたり、奴隷制度の温存に努めた政治家の一人がJohn Rutledgeであり、チャールスト出身で自らもプランテーションの経営で資産を築いていた。
奴隷制度のあり方はアメリカの国論を分断するテーマで、1807年に奴隷貿易が正式に禁止される猶予を作ったのも南部の議員たちであった。アメリカの独立宣言書は、南部の奴隷制度を温存するかたちで批准せざるを得なかった。
Philadelphiaの大統領官邸跡の史跡があるが、当時は奴隷たちがいて、奴隷制度の歴史を学ぶことができた。
今回、AOMでPhiladelphiaを訪問し、30年前の留学時代の思い出とつながり、記録に残す。
