教祖(おやさま)と一男五女 | 「天理教」は宗教か、真実の教えか

「天理教」は宗教か、真実の教えか

「天理教」に関するまじめな宗教学的、神学的な考察

教祖(おやさま)が中山家に嫁に来たのは、文化7年9月15日、13才であった。天啓者となる教祖の御年は40才であるが、その前に育児をしながら、隣の家の子供の救済があった。これが天保9年の神がかりに至る、精神的土壌、宗教的精神の土台作りだとされている。  

 

最初の子供は、男子で善右衛門で、後の秀司と改名した。 以下の生まれた子供たちの誕生日などを、書いておきたい。

 

文政4年(1821年)7月24日 長男、善右衛門 誕生。 教祖24才。

 

文政8年(1825年)4月8日 長女、おまさ 誕生。 教祖28才。

 

文政10年(1827年)9月9日 次女、おやす 誕生。 教祖30才。

文政11年(1828年) 姑、おきぬ、出直し。 隣家の安達照之丞2歳に乳を与える。黒疱瘡となり、諸神社に祈祷する。

  自分の子供2人の命と自身の命を天の捧げて、お助けを祈念する。  

 

天保1年(1830年) 次女、おやす、3歳で出直し。 教祖33才。

天保2年(1831年)9月21日 三女、おはる 誕生。 教祖34才。

 

天保4年(1833年)11月7日 四女、おつね、 誕生。 教祖36才。

 

天保6年(1835年) 四女、おつね、2歳で出直し。 教祖38才。

 

天保8年(1837年) 12月15日、五女、こかん 誕生。 教祖39才。   

天保9年(1838年) 10月26日 教祖40才、月日の社として定まる。