平成時代の『神の詞』の続きです。平成2年(1990)年の12月末に多くのお歌の啓示が少女にありましたが、第9回目のご啓示は、以下の11首のお歌(番号は解説のために新たにいれました。)でした。 前回、信仰心を強くもつことが神様から促され、本人にもその自覚が
芽生えはじめていました。しかし、疑い心が完全になくなったわけではありません。そんな少女の内面を知っている神様からさらにお知らせが来たのです。
平成二年十二月十九日午前0時三十五分
1. 魂の 中の答えに 従えば 神の心に 添うた生き方
2. 従うか従わんかは その者の 心の強さ 素直な心
3. 少しでも 従おうと思うなら 何も案じな それが本道
4. これからは ちょとの心に 力貸す どんな根深い 因縁来ようと
5. いろいろな 悪因縁が でるやろう 従う心に 陰が見え来る
6. その時は 今の心に 神が乗る 受け取る心は 大きなものやで
7.後まわし 目の前だけは 事済んで 心の奥に 仕事は残る
8. 仕事はな その時々に するものや できるように なっているのや
9. 最初から 重い仕事は させんから ただ素直に 従うてくれ
10. 〇〇のこと 神が一番 知っている 無理な事は 決してさせん
11. ついて来る その一言で 事は済む 今日の仕事は これで終わりや
00 拝す合掌
<釈義>
神の詞に対して、心の中で聞いているのですが、それを素直に聞けるのは魂がきれいな証拠です。魂の中にそのような力強い力が存在しているのです。そして神の心に沿えば、人に優しい、明るい、感謝と喜びに満ちた生き生きとしてた人生が歩めます。
日々のその確かな心得が、人生の大道である本道へとつながるのです。
因縁とは?
しかし、人生は決して平たんなものではありません。4年間オリンピック目指してきたが、氷の穴にたまたまあたってしまい、ジャンプができないこともあります。そうした人生上の困難があり、災難、または病気にもなります。
それは天理教ではむかしから、そうした諸事情は因縁によるとされています。
因縁は元々仏教用語のようですが、人間がまいた悪い心の種がたまって、ある時期に悪い芽を出すという意味で、悪い因縁が起きると信じられています。
少女にも実は因縁があり、この後、啓示という御用があるたびに、歯痛に悩まれます。それは本人の悪因縁を利用して神様が、本人の魂を掃除しているのです。
何もない時は、そのまま普通に通れます。しかし辛い事情や身上(病気)になることもあり、その際は、目に見えぬ陰の力に視野が開かれるのです。自分が犯してきた罪を自覚し、目に見えぬ神様からの広大な守護に目覚めるのです。
神様は目には見えませんが、人間から頼られることを待っています。 信じるものには,思わず大きなご褒美もあるでしょう。
仕事とは?
後半は仕事に関する注意です。まだ高卒で、修養科を終わったばかり。自宅に来る多くの信徒さんもいる中で、洗濯や掃除など家事手伝いが主な仕事です。お父さんのように、人に教えを説くにはまだ若すぎます。
日常の雑事に追われて、心が散乱してもいけません。一つ一つ丁寧に仕事をすませながら、本当に大切なのは心をつくるという仕事なのです。心をつくるとは、どんなことにも喜べる人間になる力を養う事です。
人は少しのこともに不平や不満をこぼします。それはすべて汚れた人間心です。
不安になったり、怒ったり、暗い気持ちになったりと汚れた多くの心が習慣化されています。それは癖の心ともいわれています。
啓示者の仕事?
19歳の少女には、啓示からくる重責は大変なものだと伺いました。それは本人の魂と神様の間だけにしか分からない世界のことのようです。啓示はいつ来るか分からないし、啓示がかかるということは、本人の魂にものすごいプレッシャーというか責任が掛かってくるらしいのです。
そんな重責感には普通の女の子なら押しつぶされるかもしれないほどです。
しかし、神様は「無理な仕事はさせない」と言われるのです。神様の優しい言葉です。
正面切って、「においがけだ、おたすけだ」などと気張って無理な仕事をする必要は全くないのです。ただただ、日々を明るく感謝と喜びの心で通れば、それでいいのです。
00とは少女のリアルな実名ですが、ここでは伏せておきます。00は別に少女だけでなく、これを読んでいるあなたのお名前でもいいのです。人間の一人一人の心をすべて見て、守護されているのが神様のスーパーコンピュータぶりです。
ただ、「神様についていきます。神様の今の声についていきます。」
この決意があれば、あとはいいのです。
その決意が本人を生かし、人類を生かす決意の心となるのです。