「唐(から)と日本の話する」 『おふできき』2号31 | 「天理教」は宗教か、真実の教えか

「天理教」は宗教か、真実の教えか

「天理教」に関するまじめな宗教学的、神学的な考察

天理教の原典の一つ、『おふでさき』は教祖が直筆で書かれた、天啓録であり、今なお永遠の真理を伝えている。

ここで、すこしその一節の現代の視点で捉えなおす試みをしてみよう。

 

『おふできき』2号は「明治2年(1869年)3月に72歳の老女が書いた」と表紙に書かれている。

江戸から明治へ、封建的な武断政治、徳川の治世から、維新政府による近代国家へと、その国づくりは始まった激動の時代の日本という時代状況があった。廃藩置県もなく、政府の財源も不安定である中で、大久保や岩倉が先頭切って、東京城のなかで維新政府が動き出していた。

 

大和の国の片隅で、以下のご啓示があった。

 

「これからハからとにほんのはなしする
なにをゆうともハかりあるまい」 (2-31)

 
現代風の日本語表記にすると、
 
「これからは 唐と日本の話する 何を言うとも分かりあるまい」

 

英文(井上昭夫・Mattew Eynon)訳では、

 

From now on , I shall speak of the initiated and the uninitiated.   

No matter how I explain, you cannot easily understand it.  

 

<注釈>

唐(から)は中国の古代王朝の名称で、江戸期は清国であったが、国粋主義的な意味で解釈するとおかしなことになる。

井上訳の意訳で分かる通り、信者/非信者の意味で、唐/日本を訳し分けている。 

唐とは神様の心が分からない人間心であり、日本とは神様の心を分かる心であり、信仰心の正しさを対比させる

ために、唐/日本という比喩が使われているのである。  

神心/人間心の違いがわかるだろうか? この違いが信仰心の尺度をつくる基準となる。

天理教だから偉いとか、教会だから偉いとういことはない。一人一人の心の内面で、神様にそった心をつかっているのか、

使っていないのか。そうした主体的な人間の心の在り方に対して、神様からの眼差しがこのお歌に込められている。

 

明治時代には福沢諭吉による啓蒙主義的な思想が広がり、文明開化の新しい時代へ進む。

明治初期には廃仏毀釈があるなど、宗教界も混乱状況ににあった。

そうした表面的な世界の激動の背後に、世界を動かす神が、人間心と神心という新しい信心の世界を

切り開き始めていたのである。  

151年前の神のお言葉は、永遠の響きを以て、コロナ禍の今なお私達の心

に問い続けている。その世界をさらに追ってみよう。