『新修御神楽歌』(昭和14年)を読む | 「天理教」は宗教か、真実の教えか

「天理教」は宗教か、真実の教えか

「天理教」に関するまじめな宗教学的、神学的な考察

現在の「みかぐら歌」とくらべて、この当時の「みかぐら歌」は今とは異なっていることが分かります。

国会デジタルで以下見られます。

 

 

  昭和14年 4月1日 新修発行

 

 編集兼発行者 天理教教会本部  奈良県丹波市町三島

 右代表者   山澤為次

 

 印刷所  天理教教廰印刷所 奈良県丹波市町河原城

 右代表者 紺谷金彦

 

 これは、明治21年以来、利用されていた「みかぐら歌」が昭和14年に改訂されたことを意味しています。

 

 三座、ちょと話しでの「なむ天理わうのみこと」の文句の削除。

 よろづよ八首、三下り目、五下り目が削除されていました。

 

 おそらく、昭和初期の内務省、文部省の統制から来たもので、軍国化し思想統制を強める中で、各宗教教団の教義の改編が求められた時代です。  天理教ではおそらく、「革新の時代」ともいわれていました。 

 昭和ファシズム期の宗教統制・宗教弾圧の時代でありました。 戦前の民衆宗教の宗教統制について以下の論文がありました。

 

桂島宣弘「民衆宗教の宗教化・神道化の過程」『日本史研究』(日本史研究会) 2004年

 

http://www.ritsumei.ac.jp/~katsura/16.pdf

 

 

 天理教が語る、根源神、創造神、元の地場というような表現が、国粋化する国家神道の教義に抵触したことだと思います。 

 

教祖の教え通りの「おつとめ」が出来なかった時代が、終戦後まで続きました。