漢字の書き取り | ときには真珠のように

ときには真珠のように

思考は光速を越える

小学生や中学生のころ、漢字の書き取りが宿題に出された。
中学生のころは、毎日、漢字ノート1ページ。
漢字ノートは1ページ100文字のやつ。たまに間違えて150文字のノートを買ってしまうことがあり、その時は苦労した。今考えると新しい100文字のノートを買えばいいのだが、その頃はもったいないから使っていた。もったいないと思っていたのは母親だが。
「いったい何のためにぼくは毎日漢字を書くのだろう」などとはあまり考えなかった。
宿題だからー。
宿題だからしかたがない。そう、ぼくは素直な子供だった。
今思うと、かなり無理がある。
毎日1ページ書いて、先生に提出する。
提出した人は名簿に○がつく。その名簿は成績に反映されたのだろうか?
必死で書いたノートは先生はほとんど見ない。印鑑が押されるだけ。
忘れた人はどうなったのだろうか?
ぼくも毎日忘れず提出していたわけではないと思うが、何か罰があったのだろうか?
思い出せない。
たまに先生の機嫌が悪いとき、たまたま、その日忘れた人が立たされていた気がする。ひどい話だ。
そもそも何のために漢字を書くのか?
漢字を覚えるため?字が上図になるため?
ぼくは、罰だと思っていた。漢字を覚える勉強は別にしていたし、漢字の書き取りをしたから字が上手になるとは思えなかった。ただ何の罰なのか、何故罰を受けるのかはわからないが。
今はワープロ(死語か)で書いているので、たまには手書きもいいかもしれない。
最近の中学生も漢字の書き取りをしているのだろうか?