2019年11月3日(日・祝)
高校時代の仲良し3人組で参加した 「富士山ぐるり 浅間神社五社参拝」 というバスツアーの記録です。
富士山の周囲にある浅間神社(せんげんじんじゃ)を、効率よく回るツアーです。
さて、二番目の訪問地は、北口本宮 冨士浅間神社
山梨県富士吉田市上吉田5558番地
まずは参道入口の立派な青銅の鳥居が迎えてくれます。
足元を見ると富士山のマンホール!?と思ったら、消防の纏(まとい)がデザインされてました。
(笑)パっと見て富士山だと思ってシャッターを押してました。
鳥居をくぐると、この神社の最初の見どころ、杉木立の参道があります。
その参道の奥には、木製の鳥居。
木の鳥居としては日本最大と言われています。
しかし、鳥居は改修中でした。
そういえば、厳島神社に行ったときもあの大鳥居が改修中でした。
去年 沖縄に行ったときは、先日の火災で焼失した正殿が補修工事中 でした。
もう一度訪れなさいと言われてるのでしょうかねー。
首里城も、再建して欲しいし、再建されたら行こうと思います。
さて、ちょっと話が逸れてましたので、本題に戻します。
まずは、国の重要文化財になってる360年の歴史ある手水舎で浄めます。
この手水舎の水は、100%富士山の湧き水だそうです。
(でも、飲むのはNGですよ!)
源頼朝伝説につながる霊水だそうです。
拝殿の両側には、巨木があります。
どちらも天然記念物指定されています。
向かって左側には、樹齢1000年と言われる太郎杉
向かって右側には、こちらも樹齢1000年と言われる夫婦桧
根元に近いところがつながっており、一旦幹は分かれていますが、上の方でまたつながっているのです。
そのため、別れても再び巡り合えるという、縁結びの木と言われているのだそうです。
拝殿の写真は撮り忘れました。
興味ある方はHPをご覧くださいねー。
ここでお参りしてから、こんどは拝殿の裏手に行きます。
拝殿の奥には、立派な 東宮(ひがしのみや)
北条氏創建ですが、この建物は武田信玄が再建したものだそうです。
東宮 ⇒ 西宮 へと参拝して、更に奥にある富士登山吉田口というところから一旦境内の外に出ます。
舗装された道を約5分ほど進むと、この神社発祥の地とも言われる 大塚丘(おつかやま)というところがあります。
大塚丘(おつかやま)
はるか昔、日本武尊(やまとたけるのみこと)がこの地にお立ちになり、富士の神山はここから登拝せよと勅(みことのり)されたと言い伝えられていて、ここから富士山を遥拝していたのだそうです。
鳥居を潜って石段を上ると、そこには・・・、ただ丘があるのみ。
富士山(見えませんでしたが)を遥拝しました。
パワースポットですよ~。
さて、大塚丘から再び境内に戻ってきました。
添乗員さんから、忘れずに諏訪神社も参拝するように言われていましたので、諏訪神社へ。
浅間神社の境内の端っこに追いやられるように位置する諏訪神社ですが、実はこの諏訪神社の方が元々この地にあった神社だそうです。
つまり、浅間神社はあとからやってきて、ドドンと居を構えたというか、つまり諏訪神社の方がこの境内の本来のオーナーさんって事なので、ここを参拝せずに帰るわけにはいかないでしょ~。
いや~。添乗員さんに聞いてなかったら、オーナーさんにご挨拶無しで帰るとこでしたよ。
諏訪拝殿の両側にはお神輿が展示されています。
左側には真っ赤な富士山型の神輿、右側は普段見かけるような神輿でした。
諏訪拝殿の奥に見えるのが 諏訪神社(すわじんじゃ)
オーナーさん、おじゃましています。ペコリ
全ての参拝を終えて、御朱印を受け取りに行きます。
御朱印はこれです。
北口本宮 冨士浅間神社 御朱印
諏訪神社 御朱印
再び、来たときに通った杉木立の参道を、優雅に・・・、いや、バスの集合時刻まで3分っ
3人で走りました
陸上部の2人を追いかける、文化部(天文部)のみっちゃん。
ついていけませんでした。
ゼェゼェ
さて、③番目の目的地に向かいます。
富士五湖のひとつ河口湖畔にあるという神社です。
私たちが高校生のときに修学旅行で河口湖を訪れており、ちょっとだけ懐かしい響き。
③へ つづく