★★★★★★★★★

1985年 94min.

ネタバレ いや、バレてますって

敬称略

 

 

 監督 ジョン・ヒューズ

 製作 ジョエル・シルヴァー

 脚本 ジョン・ヒューズ

 音楽 アイラ・ニューボーン、ジミー・アイオヴィン

 

 ゲイリー:アンソニー・マイケル・ホール

 ワイアット:イラン・ミッチェル=スミス

 リサ:ケリー・ルブロック

 チェット:ビル・パクストン

 デビー:スザンヌ・シュナイダー

 ヒリー:ジュディ・アロンソン

 イアン:ロバート・ダウニー・Jr.

 マックス:ロバート・ラスラー

 ロード:ヴァーノン・ウェルズ

 

 

 これね、この映画、なんかおもろいんよね、なんてずっと思ってまして、今回こうしてクジ引いて改めて調べましたらなんだ、ジョン・ヒューズじゃないですか。しかもジョン・ヒューズ、監督だけでなく脚本もですよ。そらおもろいに決まってるわ、ということで観始めました。

 

 わたしが初めてジョン・ヒューズの作品を観たのは、1983年のマイケル・キートン主演「ミスター・マム」ということになります。このときは脚本で、もちろん名前を覚えていたわけではないですけど、今思えば「なるほどなあ」とはなりますね。ドタバタではないですけど、ちゃんとしたコメディでなんかおもろくって、で最後はちゃんとしんみりもさせてくれるし、全編通じてハッピーでずっと笑顔でいられる、て感じですよ。

 

 で、そんな人が監督した作品を初めて観たのが本作、というわけです。ジョン・ヒューズの監督作は本作のほかに同年の「ブレックファスト・クラブ」がありますけど、わたしはそれは映画館では観ておりませんで、のちにVHSで観たので監督作ということになると本作が初めて、というわけですね。

 

 ジョン・ヒューズはその後も1986年には「プリティ・イン・ピンク(製作総指揮、脚本)」、「フェリスはある朝突然に(監督)」、1987年「恋しくて(製作、脚本)」、「大災難P.T.A(監督)」、1988年「大混乱(製作総指揮、脚本)」、「結婚の条件(監督)」、1990年「ホーム・アローン(製作、脚本)」、1992年「ベートーベン(脚本)」なんて次々と発表してたのに、2009年に突然心臓発作で亡くなってしまいました。わたしもうなんかしばらく立ち直れなくって落ち込んで、ずっと泣いてましたよ。ほんとにもったいないし、こんな損失はないし、こんな悲しいことはないです。CGが横行している現代にもしこの人がいたら、ハリウッドももうちょっと活気づいていたのではないかって、ザンネンでなりません。この人の作品で、マイケル・キートンやビル・パクストンが映画の世界に入ってきたってのがそう思わせるには十分じゃないか、って思うわけです。

 

 本作は、ジョン・ヒューズの監督作品としては初期のものですからコメディ色がけっこう強めですけど、ビル・パクストンがものすごく楽しんでて、イヤなヤツなんですけど好感が持てます。

 

 そのビル・パクストンも亡くなっちゃってるんですよね。重ね重ねザンネンです。この方については拙ブログの「ターミネーター」、「ストリート・オブ・ファイヤー」でも触れてますのであわせてお読みいただけると幸いです。亡くなり方がほんとにもったいなくってかわいそうで、わたしこの方の訃報の時もそうとうショック受けましたよ。

 

 音楽のアイラ・ニューボーンはこういうコメディ映画の大御所ですね。ジョン・ヒューズの映画の多くもこの人の作曲による音楽が聴かれます。

 

 要するに本作は、その道に精通する完璧な人たちが結集してできたコメディ映画、とまあそういうわけです。わたし久々の鑑賞なので、とっても楽しみにして観始めました。

 

↑左がゲイリー役のアンソニー・マイケル・ホール、右がワイアットのイラン・ミッチェル=スミスです。

 

 いややっぱりこれ、なつかしいですよ。冒頭のこのシーンでわたしすっかり当時にタイムスリップしました。

 

↑妄想してますよ。

 

 彼らは高校生、ジョン・ヒューズお得意のティーンエイジャーなのですけれども、性に目覚めて四六時中そういうことしか考えてない妄想族は、

 

↑この子たちを全員呼んでパーティーしたいと思ってるわけです。

 

 まあ若干、それは今のタイミングではよくないんじゃないかと思ったりもしましたけどね。パーティーとか、女の子呼んで、とかは。

 

 で、ここからオープニングタイトルに入っていくのですけれども、主題歌がまたこれいいんですよ。この時代は、映画の冒頭とかエンディングに、ミュージシャンによるちゃんとその映画の内容に合った主題歌が流れるなんてのが主流だったですけど、その中でも出色だと思いますよ、この曲は。さすがアイラ・ニューボーンの選曲だよなあ、とうならされました。

 

 で、当然ジョン・ヒューズの手腕で話は軽妙に進んでいきますね。

 

↑ここなんかでも、うまく剃れないんですよ。

 

 早く大人になりたくって、ともすれば大人になったつもりでいるのに実はなり切れてないティーンエイジャー、ってのがもうすっかりジョン・ヒューズの映画そのもの、王道なんです。しかもそこにコメディ要素を絡めているから、どんどん引き込まれますよ。

 

↑「フランケンシュタイン」をテレビで観てるんですけどね、

 

 この映画を観ていて、「これだ、これと同じようにおれたちも女を作ればいいんだ」なんて発想がどうして出てくるのか、もう神でしかないですよ。しかもそこでこの「フランケンシュタイン」の中のセリフ「クレイジー」に合わせて

 

↑マッドサイエンティストのような眼をアップにする、

 

 なんて演出はもうこれ一周回って新鮮なわけですよ。観客である我々は、もうすっかり完全にジョン・ヒューズ・ワールドに飲み込まれている、というわけです。

 

 新鮮と言えば、

 

↑こちらも逆に新鮮ですよ。

 

 時代ですよね。コンピューターが世間一般にも浸透しだしてきた時代、ですからね。だからこれ実は古いんですけど、今の時代の若い子たちが観たら、なんなんこれ、とはなるのでしょうから、新鮮っちゃ新鮮なわけですよ。こういうことを感じられるっていうのは、やっぱり映画のいいところなんですね。だから、

 

↑このコンピューターの画像だって、今の若者は知らないわけですよ。

 

 映画の妙、なんて言葉が思い浮かびましたね。

 

 まあただこのシーンは、二人がマッドサイエンティストとなって女を創造する、というシーンなのですけれども、なにやってるかはさっぱりわかりません。でもこれ、わからないけどわかる気はするんですよ。もうそこが上手いんですね。ものすごくスマートなんですよ、作りが。

 

↑まあ、呪いの儀式、にしか見えないですけどね。

 

 いずれにしても、岐阜の片田舎にある国立大学の理系出身者にはさっぱりわかりませんね。

 

↑で、ヤツらが造ったってのがこちらです。リサ役のケリー・ルブロック。

 

 まあフツーにすごいですけどね。そうかと思うと、

 

↑「サイコ」のパロディもあったりして。

 

↑車も運転しちゃいます。

 

 ケリー・ルブロック曰く、なんでも望むものは手に入る、だそうで。突拍子ないですけど、開始10分早々ですが、もうすっかり何でもいいじゃん的な感覚で観てます。ジョン・ヒューズにそう仕向けられてるわけです。

 

↑でも演技も上手いんですよ、若い子たち。

 

 コメディって、要するにコントなわけですからね、やっぱり演技が上手くないと成り立ちませんよね。それ考えるとこのアンソニー・マイケル・ホール、めっちゃ演技上手いです。上の写真のシーンは大人のフリして酒飲んですっかり酔っぱらってますけど、ほぼ完璧ですよ。本作と同年に、同じくジョン・ヒューズ作「ブレックファスト・クラブ」にも出演しているという、いわば秘蔵っ子ですね。その期待に応えているからこその2本立てということなのでしょうけれどもね。わたしこのシーンはめっちゃ好きです。

 

 で、

 

↑ビル・パクストン出てきました。

 

 やっぱりね、わたしこの人みるとほんとに泣けてきます。もったいないなあって。そんな気にさせる役者って、この人とクリストファー・リーヴくらいですよ。まあそういう感情になってしまう役者さんがいっぱいいてもアカンのですけどね。将来を嘱望されたのに若くして亡くなっちゃってる、てことですからね。ここでのビル・パクストンは、これからいい役者に成長していくそのスタート地点でした。そう考えると貴重な映画でもあるのですね。「ストリート・オブ・ファイヤー」ではまあまあな役でしたけど、その一年後にこの役ですよ。スゴイですよ。改めてジョン・ヒューズのスゴさを見せつけられている、そんな気すらしてきました。ビル・パクストンはちゃんと演技の勉強をしっかり積んだ人ですからね、歳とったらアカデミー賞だって狙えるくらいの演技派になってたんじゃないかなんて思ったらまた泣けてきてしまいました。

 

 さて。それはそれとして、そんなわたしの思いとは裏腹に、話はちゃんとジョン・ヒューズの代名詞である青春コメディ映画として進んでますよ。

 

↑こんなん、岐阜の片田舎の国立大学生には、フツーにうらやましかったです。

 

↑ケリー・ルブロックが現れて街に繰り出し騒動を巻き起こしたその翌朝。

 

 目覚めたイラン・ミッチェル=スミスは、昨夜のことは夢だったと言い張るのに、ベッドから出たら

 

↑こんなん履いてて。

 

 これはケリー・ルブロックが履いてたパンティですからね。もちろんこっちは、そら夢ちゃうわな、とは思ってますけど、その思いに輪をかけるように

 

↑アンソニー・マイケル・ホールがカメラ目線になるわけですよ。

 

 この演出、まさに観客を引き込むジョン・ヒューズの罠なわけです。もう逃げられないのです。

 

 ちなみにイラン・ミッチェル=スミスは、今ではカリフォルニア州立大学の英語学の准教授だそうですよ。まあ演技を見るにつけ、彼はそっちのが正解だったとは思いますけどね。

 

 もちろん頑張ってるのは主役のティーンエイジャーだけじゃないですよ。

 

↑こういう表情は、ケリー・ルブロックのコメディセンスがキラリと光りますね。

 

 元は普通のモデルさんで、コメディアンでもなんでもない方ですから、素晴らしいですよ。一時期スティーヴン・セガールの奥さんだったこともあるそうです。もちろん藤谷文子はケリー・ルブロックのほんとの娘さんではないですけどね。

 

 なんて思ってましたら、しれっと

 

↑ジル・ホイットロー出てました。

 

 わたし忘れてましたから、新鮮に驚けましたよ。拙ブログでは「クリープス」で紹介しております。

 

↑左のこの方も特筆ですかね、アイアンマンのロバート・ダウニー・Jr.。

 

 本作ではロバート・ダウニー名で出演してますけどね。この姿もけっこう貴重だと思います。お父さんも俳優で、8歳のころからそのお父さんから与えられたマリファナに染まっていたそうですから、本作当時ももうボロボロだったんでしょうね、きっと。それがキッパリ断ってアイアンマンになるわけですから、やっていたことはアカンですけど、その努力は認められてもいいのかなと思ったりもします。

 

↑ケリー・ルブロックがイラン・ミッチェル=スミスを諭してます。

 

 そこでの彼女のセリフ、「抑圧的で干渉的で変わり者、それが普通の親よ」っていう言葉を、若干35歳のジョン・ヒューズが考えつくってのがスゴイですよね。35歳ですよ。自身はもうすっかりおっちゃんじゃないですか。それでもこうして若者の心をしっかり代弁できている。どういう生い立ちだったのかはしらないですけど、そら若者ウケするわさ、と再認識しました。二人のティーンエイジャーが、自分たちが遊びたいと創り出した女性から手ほどきを受けて大人に成長する、そんな発想ができる人はもう二度と現れないのでしょうね。

 

 コメディもまだまだ続きます。これぞジョン・ヒューズってのは、

 

↑ここのシーンですかね。

 

 ケリー・ルブロックはアンソニー・マイケル・ホールとイラン・ミッチェル=スミスという生みの親(!)の二人のためにパーティーを企画するんですけどね、それをアンソニーの両親に報告に行くんですよ。抑圧的で干渉的な大人がそれを理解できるはずも、容認できるはずもなく大騒動、というところですね。

 

↑しまいにはこれですわ。

 

 けっきょく銃にものを言わせて強制的にオッケーさせたんですけど、外へ出るとケリー・ルブロックが「彼らは何も覚えていないの」というんですね。そのあとがもうわたし、おかしくっておかしくって。もうほんとこの世界観、サイコーなのです。これ文章で書いてもなんもおもんないですから、ぜひ観ていただいて味わってもらいたいと思うものです。

 

↑ここが大爆笑のオチです。乞うご期待、なわけです。たまりませんよ。

 

↑で、パーティーです。

 

 息もつかせません。まったくムダなシーンがないです。

 

↑お、おばあちゃん……。祖父母にも容赦ないわけです。

 

↑ヴァーノン・ウェルズも楽しそうですね。

 

 「コマンドー」の出演、本作と同じ年ですよ。役者人生を心底楽しんでおられますね。こちらも笑顔になります。

 

 いやあこれ、こんなドタバタコメディは、ジョン・ヒューズの後の作品群を考えると珍しいですね。本作の成功で、これならやっていけるって確信して、本来撮りたかった映画へ路線変更した、ていうことなんでしょうか。

 

 思えばトム・ハンクスって最初はドタバタコメディアンだったのに、いまじゃすっかり性格俳優ですよね。役者って、コメディできる人ってのは名優だし、名優はコメディもできるじゃないですか。監督もそれに当てはまるんかもしれんなあ、て思いました。そういうことなのかもです。最近はそう大したコメディ映画がありませんから、つくづくもったいないと思います。一説によるとジョン・ヒューズ、90年代に一線から退いちゃったんですけど、ずっと一緒にやっていた盟友のジョン・キャンディが亡くなって落ち込んでいたから、って言われてましてね、志村けんとダチョウの竜ちゃんを思い出してしまいました。悲しくて仕方ないです。人の命はどうのしようもないですけど、若くして伝説になってしまってはいかんのですよ。必要とされているのなら、それに応えてほしかったと、コメディ映画なのに涙が止まらなくなってしまいました。

 

 特筆すべきは、二人のティーンエイジャーがさまざまな事件を乗り越えてちょっとだけ大人になって、学校で見てていいなと思っていた女の子たちと仲良くなるところですね。ここはジョン・ヒューズの細部にまで行き届いたこだわりを感じられて、すごさを再認識させられます。

 

 最初は女の子たち、

 

↑ヒリー役のジュディ・アロンソンと

 

↑デビー役のスザンヌ・シュナイダーはこんなだったんですけどね、

 

 それが同じ事件を乗り越えると

 

↑ヒリーも

 

↑デビーもこんなにかわいく変貌を遂げるんですよ。

 

 せいぜい背伸びしてかぶっていた大人の殻を脱いだら、素朴な、でもそれこそが本当にかわいいティーンエイジャーになった、ということですね。ジョン・ヒューズの真骨頂だと、わたしは思いますよ。

 

 そして、忘れちゃいけないコメディも

 

↑ビル・パクストンの部屋の中で雪が降っていることで笑わせてくれます。

 

 わたし、今日イチで笑いました。

 

↑そしてビル・パクストン、はいさようなら、でありました。

 

 ラストは、出生証明も社会保障番号もないケリー・ルブロックがどうなるのか、っていうことなのですけれどもね、まあなんでも望むことがかなうんですから、そんなこと考えることはささいなことなのでしょうね。

 

 最後の最後までエンターテインメントでした。ただ、これから先のジョン・ヒューズは明らかにすごくなっていくので、その前段階としてはひとつ減らしています。ここで満額つけちゃうと次につけるがなくなっちゃいますので。ご了承ください。

 

 ジョン・ヒューズばんざい! です。

 

 ちなみに、DVDの字幕は最悪です。Blu-rayはどうか知りませんけど、DVDで観られるときは覚悟してください。

 

 最後に。

 

↑高校の体育の授業に現れたケリー・ルブロックを見て驚くティーンエイジャーがいるんですけどね、

 

 

今日の一言

「えと、高校生……、ですか?」

 

 

レビューさくいん

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