「はあい、みなさん、とってもいい子ですねえ!それではみなさんに訊いちゃおうかな!み・な・さ・ん・は、大きくなったら、なにになりたいですかあ?」
「きんぎょ!」
一人の女の子が威勢よく答えた。
「でもねえリサちゃん。女の子は金魚には成れないのよお?もう女の子として生まれてきたからには、女の子として生きていこおって、決まってしまったことになっているからねええ」
リサちゃんはまだ20代だと思われる、女の先生に訪ねた。
「それじゃあぁ、男の子に生まれてきたら、きんぎょになれるのぉ?」
先生は笑顔のまま答える。
「ううん。男の子も、金魚にはなれないのよお。もう人間として、生まれてきたからねっ」
リサちゃんは考え込んだ。そして、この話しはもう終わったかと思っていた先生に向かって再び訊いた。
「ろっかくどうの神様にお願いしたら、きんぎょに生まれ変わらせてくれるよねっ」
それを聞いた若い女の先生の顔から笑顔が消えた。え、何?ろ、ろっかくどう?何それ。だがすぐに察した。きっと絵本かテレビアニメに出て来る話しなのだろう。それで思い直して再び笑顔をつくると、答えを待って大人しく下から顔を上げて先生を見つめているリサちゃんに話しかけた。
「そうね。きっとろっかくどうの神様がきんぎょにさせてくれるかもね。神様だから何でも出来ると思うし」
リサちゃんはそれで納得したようだった。だが最後にリサちゃんは言った。
「やっぱりおとうさんとおかあさんのはなしはほんとうだったのね。なのにしんせきのひとはみんなへんな目でみるのよ。なんで?」
それを聞いて先生は思った。きっと、多分、もしかしたら、リサちゃんの両親は変な宗教にでも嵌っているのだろうと。リサちゃんに害が及ばなければ良いが、こればかりは家庭内の事なので、事件性が発覚しない限り干渉は出来ない。一応宗教の自由は、日本国憲法で認められているのだし、こちらが下手に出ると、却って面倒な事にも成り兼ねない。それに彼女の両親は兎も角、親戚は一応まともそうだったので、それで一先ずは安心することにした。先生は他の園児たちにも訊いてみた。
「さいとう君は、大きくなったらなにになりたいのかな?」
まだ20代の若い女の先生から最初に指名された園児のさいとう君は、園児たちの中でも先生が特に気に入っている男の子だ。頭が良くて優しく、子供はみな特に可愛いものだが、この子はその中でも特に可愛い顔立ちをしている。きっと大きくなったら異性からモテることだろう。
さいとう君は先生からの指名を受けると、ちょっと緊張した様子で答えた。
「ホームレスになりたい」
「ほ?え、何、さいとう君」
思わず先生が訊き返した。さいとう君とはいえ、やはりまだ幼稚園児だ。何かの言葉と間違えているのだろう。
「ヒッピーです。先生。またはルンペン」
逃げ道を塞がれた若い女の先生は、不思議そうな顔でさいとう君を見た。そして5歳の子供に本気で訪ねていた。
「どうして、さいとう君はルンペンなんかに成りたいの?」
さいとう君は迷わずに答えた。
「だって、お父さんも、ヒッピーだったから」
そうか。そういうことか。先生はひとりで納得しながら、親子で勘違いがあるようだから、さいとう君のお父さんに一度この今回のことを報告してあげた方が良いと思った。それにしても、60年代や70年代じゃあるまいし、ヒッピーとは。しかもこの日本でか?するとそんな先生の懐疑を他所に、他の園児たちが先生に答えていった。
「わたしはボランティアをしたい」
「まあ、素敵ね。立派な旦那さんのお嫁さんになってね」
「ううん。わたしはけっこんなんてしないよ先生。ボランティアしながらひとりで生きていくの」
先生は笑顔を絶やさなかったが、内心は項垂れていた。
「ぼくは、アル中になりたい」
やれやれ。若い女の先生は嘆息した。ヒッピーの次はアル中か。昨今、この国の幼い子供を持つ親の家庭環境は一体どうなっているのだろうか。時代がまた新たに退化して来ているのか。先生は笑顔を絶やさなかったものの、心は半ば凍り付いていた。
「くどう君。どうしてアル中なんかになりたいの?」
「おとうさんがアル中だから」
先生はくどう君の家族の事を思い出そうとした。確か母子家庭だったような。
「おとうさんは今どこにいるの。おうちに一緒にいるの?」
「けいむしょってところにいる」
先生は複雑な想いでくどう君を見つめた。そして言った。
「くどう君、どうしてお父さんが刑務所にいると知っているの?」
「このまえ、おかあさんがスマホではなしていたから」
「そう」
先生は言った。
「でもね。アル中って、とても良くないことなのよ」
「そうなの?」
先生は胸を撫で下ろした。やはり何も知らないらしいということが分かったからだ。
「うん。そうなの。アル中っていうのはね。人を―――」
くどう君が先生を遮り、言った。
「知ってるよ。シャブ中と同じで、人をはいじんにするんでしょ。ぼく、それカッコいいとおもうよ。だからうちのおとうさんもカッコいんだ。だからぼくは、シャブ中とりょうほう、なりたいんだ」
先生は説明するのを止めた。何れわかる時が来る。彼はまだ幼稚園児だ。
「ぼくは役人になる」
そう言ったのは、普段あまり目立たない、幼稚園児にして既に影の薄さを漂わせていると、若い女の先生が思っていた男の子だった。だがその反面、どこか攻撃的で、打算的な挙動さえ見せていた。先生は正直あまりこの園児を好きにはなれなかったが、幼稚園児のくせに碌でも無い絶望的な答えばかりしか出ていなかった後だけに、公務員と聞いて顔がぱっと明るくなった。
「どうして公務員になりたいの?」
先生は期待して訊いた。だがその男の子は何故かぶつぶつと独り言をはじめた。
「え、何て言ったの?」
先生が作り物でない、自然に形作られた笑顔を保ったままで問うと、男の子はボソッとした声で答えた。
「こうむいんじゃない。やくにん」
「あ、ごめんね。どうして役人になりたいのかな?」
「よわい国民をいたぶって、それがくるしむのをたのしみたいから」
若い女の先生は言う言葉を失くした。するとその男の子は先を続けた。
「この世の中は、しはいするものとしはいされるものしかいない。国民はこまで、やくにんはつよい」
「さかきばらさん!将来なりたいものは何かある?」
先生はその男の子の言葉を遮り、別の園児に話しを振ってみた。すると、さかきばらさんという女の子は答えた。如何にも純粋そうで、いつもドキドキしているような女の子だ。そしてよく泣く。
「あたしは、わからないけど、魔法使いになりたいの」
先生はやや安堵した。なんて可愛らしい。やっぱり幼稚園児とはいえ、女の子ね。特にあなたは。
「まあ、いいわね魔法使い。どんな魔法を使うのかしら?」
「うんとね。やなやつを、ひとりのこらずころしていくの」
「そうね」
一呼吸置いた後に、先生は頷いていた。