彼女はAI整形を受けて来た。3Dプリンターで作る例のあれだ。

 でもそれをしているのは彼女だけではなかった。今の時代、誰だってやっていた。だから僕は思ったのだ。AIではない人間と付き合おうと。それはやがて思いから強い意志へと変わっていった。僕にそうさせる出来事が起こってからは、その傾向は以前よりも強くなっていった。

 街を歩けば、すれ違う女はみんな同じ顔をしている。AIと3Dプリンターで合成された【好ましい】とされる顔だ。しかし全く同じというわけではなかった。AからZまで豊富に種類があるようで、AタイプやDタイプといった、それぞれの【好ましい】型から自由に選択することが出来た。勿論顔だけではない。容姿を含めた見た目上すべてだ。胸を大きくしたり、オッパイはほどほどでも、お尻を大きくプリプリした動きに造ることや、脚をキリンのように細く長くすることも出来た。【好ましい】とされる範疇から逸脱していなければ、個人の好きなように、顔や頭の形、胸やお尻や脚の形、肌の色や瞳の色、髪の色艶から手や爪の形や光沢具合まで、それぞれのパーツに割り振られたタイプを選択することで自由に組み合わせることが出来た。彼女たちはその行為をコーディネートと呼んでいた。

 それは昔、遥か昔の時代に、パーソナルコンピューターの電子の海から産声を上げて誕生したAIが、時を経て、現代の生身の人間たちに簡単な施工を施すことによって、生成された理想のAI像を具現化することに成功した技術革新のひとつとして数えられた。3Dプリンターの技術革新もAIと並んで顕著な代表格だった。一見分野の異なる技術開発同士が繋がることで、産業と人類の進歩は加速し、更に便利で理想的な文明を構築していったのだ。

 だが、僕はまだAI3Dプリンター美女に対して、素直に悦べなかった。やはり整形だからか?僕は自分に問い掛けた。しかも究極の整形ではないか。これ以上は無いというくらいの、現代科学の粋を結集させて作られた技術だ。しかもその施工は簡単に終わる、らしい。保険も使えるから、無償だ。保険とは、勿論マイナンバーカードのことだ。このカードひとつあれば、生きていく上で基本的な支払いはすべて出来るのだから、昔の時代と比較し、これも技術革新の一つなのだろう。社会構造を根本的に変えたのだ。家賃や光熱費、食費、医療、学費、交通費、宿泊費などがすべて無料なのだ。このマイナンバーカードがあるだけで、人間らしく生きていけるのだ。そしてこのカードは、地球上のほぼすべての人間が持っている。国によって呼び方が異なるが、中身は殆ど同じだ。生まれた時から、渡されるのだ。勿論理性が身に付くまで、保護者が管理しているが、それはただ単に紛失を避ける為という小さな理由に依るものだ。僕はこのカードで当たり前のように学校へ通い、歯科医へ行き、タクシーに乗り、彼女に会い、共に夕食を食べた。勿論彼女もカードを持っているから、どちらが支払いをしても、割り勘でも、全く意味なんてなかったけれど、その時の軽い状況の流れで適当に支払いを済ませ、ホテルへ行き、彼女とセックスをした。彼女と別れ、家へ帰る途中、スーパーでこのカードを使って買い物をし、月末だったから、翌月分の家賃をこのカードを使ってスマートフォンから支払った。ついでに月の光熱費も支払っておいた。

 ほぼ全ての国民は、マイナンバーカードによって一生涯の生活は保障され、女たちは自分が追い求めていた理想の自分の見た目を何の代償もなく手に入れていた。AからZまでカテゴライズされたパーツとはいえ、彼女たちの殆ど全てはそれに満足していた。昔は戦争という極めて野蛮な犯罪が当り前のようにあったと、歴史の授業で習ったことがあったが、そんなもの、昔は兎も角、勿論今の時代になんて無かった。少なくとも、この地球上ではなかった。歴史の授業で知った遠い過去の時代に比べたら、人類はやはり進歩する種族だというのが理解出来た。

 それでも、僕にはAI3Dプリンターで制作された彼女を愛することは出来なかった。何故だろうか?僕は自分自身に問い掛けていた。僕は欠陥人間なんだろうかと、自分という人間性に疑問を投げ掛けたこともあった。彼女とのセックスは最高だった。何しろ、AI3Dプリンターの高度に洗練された技術によって素晴らしい容姿をしているのだから、最高でないわけがなかった。女性が自らに求める見た目と、男が女に求める見た目とは、余り一致しないものなのは、いつの時代、どこの土地でも変わるものは無いが、それでも、彼女が自らの身体に施した、女性である彼女から見た、見た目上【好ましい】とされる容姿でさえ、純粋に、そして性的にも文句の無い素晴らしい肉体をしていた。僕が変身する前の彼女を知らないから、純粋に、そして矛盾するようだが動物的に、彼女を好きになり、求めたのかも知れない。彼女と出会った時には、既に彼女はAI3Dプリンターのレーザー照射を元の身体に貫通させた後の、スーパーガールになっていたのだ。それで僕はある日彼女から彼女がスーパーガールになる前の画像を保存から見せてもらったことがあった。画像はかつての彼女の姿を何の偽りもなく映していた。僕はそれを見て不思議に思った。そこには美しいひとりの女がいたからだ。勿論僕も野暮な男ではなかった。だから照射前の彼女の美しい姿を見ても、何でもない風を装い、当然のように、だがわざとらしくならないように気を付けながら、AI3Dプリンターのコーディネートをしなくても君は美しいし、きれいだけど、AI3Dプリンターでコーディネートをしたことで、より一層きれいになったと述べたのだ。

 しかし当分の間、僕は誰にも悟られないように注意しつつも、自分自身に向かって葛藤することになった。最初は否定していたが、やがて認めるようになった。やはりコーディネートする前の彼女の方が、AI3Dプリンターの無慈悲なレーザー照射が通過した後の彼女に比べて美しいし、きれいだと。そして魅力的だった。その魅力性は、最先端の装置では作れない種類のものだと。

 それ以降、僕はAI3Dプリンターを当てた女たちと、AI3Dプリンターについても懐疑的な視線で見るようななっていった。それでもはじめは、まだ自問自答していた。悩んでいた。自分自身を疑った。俺は壊れている。そう思った。この完璧な時代に、否定性は何の進歩や幸福も生み出さないと思っていたからだ。お前は一体何者だ?よく人類が永い時間を掛け、何世代も世代交代を終えて漸く平和な時代を手にし、やっと造り上げて来た、人々を幸福にし、人類を進化させる最先端の装置や社会システムを構築したというのに、お前はそれを否定するのか?何度も戦争をし、飢饉で死に、極めて理不尽過ぎる理由で人間がゴミのように殺されてきた。世界は古く、不条理に満ちている。人々は十分過ぎる以上に苦しんで来た。人類は結果的に不幸な歴史を歩んできた。しかし今の時代は違う。今の時代だって完璧さとは程遠いかも知れない。だけどな小僧、昔に比べたらずっとマシな時代になったんだぞ。それは今の恵まれた時代に至るまでに、多くの先人たちが苦しみ、もがき、血を流してきたからだ。ここに至るまでに、沢山の罪のない人々が刀で刻まれ、鉄砲で撃たれ、死んでいった。今この時代があるのは、それらの人々のお蔭だということを忘れたのか?この完璧に近い現代の装置や社会システムを馬鹿にする彼奴らは、過去の不幸に死んでいった人々や努力しても報われずに死んでいった者たちを馬鹿にし、侮辱する行為と一緒だということを知らないのか?学校の歴史の授業であれほど教えられたにも関わらず、お前は何を言っているんだ?恵まれ過ぎて、平和ボケでもしたか?お前は戦争がどんなものか、本当には知らない。それどころか、女がどういう生き物かということさえ、お前は何もわかってはいない。よくも変身前の彼女の方が美しいと、言えたものだな。よくもAI3Dプリンターを馬鹿に出来たものだな。お前もそのマイナンバーカードを使って生きているのだろう?このカードをお前から取り上げたら、お前に一体何が残る?お前も知っているように、このカードを失うことは、同時にこの文明社会を失うのと同じだ。支払いはどうする?毎月の家賃や光熱費はどうする?みんなカネが掛かっているんだぞ。当たり前のようにカードを使う生活に慣れ過ぎて、そんなことも忘れていたか?タダのものなどこの世に無いということが。お前の愛する女だって、お前に愛されていたい、よく見られたいと、それが為に、マイナンバーカードのシステム上はタダだが、実際は多額な金額が掛かっている、AI3Dプリンターによる施工手術を受けたのだぞ!軽い気持ちで整形手術を受けたと思っているだろ?彼女たちが軽薄な気持ちで整形手術をしたと思っているだろ?自分の為にしたのは当たり前の話しで、付加価値として、お前ら男たちの為にするものでもあるのだ。自分の為に、お前の為に成ることをしようとしているのだ。お前はわかっているのか?人はみな弱い生き物だ。その証拠に、殆どすべての人間は、他者を見た目で判断する。仲良くなりたければ、相手に通じるコミュニケーション能力が必要だ。だが第一印象、見た目で良しとされた者は、そのハードルが低くなる。手間暇も無くなる。相手によっては、見た目だけで懇意になれる場合さえある。彼女たちはお前よりもそのことを理解している。愛にもお金が要る、ということだ。AI3Dプリンター整形は、マイナンバーカードを持っているほぼ全ての国民、人類にとっては無料だ。しかし実際には莫大な金額が掛かっている。しかし彼女たちはそれを支払う必要がない。何故かわかるか?現代のこの、人類の文明の粋を結集させて誕生したグローバリズムで洗練された平和な時代が到来したからだ。そうなるようなシステムを構築したからだ。何故構築したと思う?理不尽に人が遭遇しない為だ。人の本性に応えてやる為だ。そうすることで、人はストレスを軽減される。さっきも言ったように、人は弱い生物だ。人は見た目で他者を判断する。人の生理的な弱さを直すことは極めて難しい。だからAI3D整形技術が生まれた。この何不自由のない、マイナンバーカードシステムによる安泰な社会システムもそうだ。この二つに依る、人類の技術革新は今までのどのような時代の技術革新よりも超越したものがある。政治や体制などに関係なく、ようやっと、人が人として、何不自由なく、平和に一生涯生きていけるシステムが構築されたのだから。これほど尊い時代も、今までに無かったのではないか。愚かな政治家もいなくなった。お前も知っているように、政治家は全てはアルゴリズムだ。何名かのアルゴリズムの代表が出て来て、最終的には国民ひとりひとりがどのアルゴリズムが良いか投票していく。そのようにして今のこの、過去に例のない最先端で且つ平和で安泰な時代が出来上がったのだ。お前は恐れ多くも、そのような社会全体、そのような過去に類を見ない恵まれた時代に唾を吐き掛けているのだぞ!いいか、小僧。もう一度だけ言ってやる。すべて金がかかってんだ。彼女たちが幸福や愛を求めるのにも、みんなすべて金がかかっている。幸福になるには金が必要だ。愛を得たければ金が必要だ。一生涯人間らしく生きたければ金が必要だ。マイナンバーカードの裏で、多額の金が動いていることを忘れるな。神のカードだと思って。使え。今月も家賃や光熱費を、カードのお蔭で支払えたことに対して、カードに感謝しろ。感謝の念をしっかり持っていれば、AI3Dプリンターが如何に素晴らしい装置かも理解出来るし、そうなれば、彼女のAI3D通過前の無知な姿よりも、照射後の生まれ変わった姿の方を無条件に好きになれる筈だ。いいや、絶対にそうなる。

 僕は今日はもう疲れたので、それ以上葛藤するのを止めた。そして寝ることにした。最近、毎日のようにこのような自問自答を繰り返していた。カネが無ければ生きて行けない筈なのに、マイナンバーカードが与えられているだけで、幸せに暮らし、生きて行ける。カネが掛かっている筈なのに、与えられたカードだけで無尽蔵に支払いが可能だった。当たり前に思っていたけれど、人間がその一生を生きていく上で、足りないものがあっただろうか?遠い昔の恵まれない時代ならあったのだろう。寧ろ足りていない方が圧倒的に多かったようだ。しかし今は違う。このカードのお蔭で、僕は生きている。彼女が無知だった頃の方が美しかったことについては、誰にも言わず、心の奥に留めておこう。それにこれは極めて個人的な話しでしかない事なのだ。今度彼女に会ったら言おう。【かわいいね】と。何しろ彼女は、この過去に類を見ない、理想的な現代社会において、その象徴的な装置である、あのAI3Dプリンターを果敢に通過して来た女の子なのだから。