「英検6級と7級は必要ですか?」
あなたもお気づきかもしれませんが、英検6級と7級の新設を進めようとしてきた日本英語検定協会は、その導入時期を延期する判断をしました。その内容が、英検のホームページにありますので、ご覧になってください。
詳しくは、こちらです。
あなたは、この英検6級と7級の導入と、その後の延期について、どんな感想をお持ちですか?私は、この記事の内容を拝見して、すぐに思ったことがあります。
「英検6級と7級って、本当に必要なのですか?」
英検には、お子様用の「英検Jr.」があります。それなのに、敢えて6級と7級を新設する必要があるのでしょうか?いまでは、英検2級や準1級合格者に小学生や中学生が含まれていること自体が、珍しくないです。それだけ、英語教育に関して、家庭での早期開始の是非が話題になっています。
私がずっと感じているのは、「英検の位置付け」ということです。私が昭和の時代に生まれ育ち、中学生になってから英検と言う英語の試験があることに気づきました。その頃の英検の位置付けと、現在のそれとは、大きな違いがあります。その違いは、想像できますか?
私が中学1年生であったのは、1968年です。つまり、今から58年前のことです。あなたがまだ生まれていない頃ですね。その当時の英検の位置づけは、どのようだったかを想像してみてください。
「昭和の時代は、英検は『腕試し』という位置付けだった。」
いつも学校で英語の授業をしてきて、どのくらい英語の実力が上がっているかを知るために、英検を受けたのです。それは、英検が文科省の検定教科書に準拠していて、「復習」の意味で、重宝がられていました。
それが、英語教育への関心の強さから、次第に英検受験者数が増加していきました。そして、文科省の検定教科書も、企業の海外進出に伴う英語力のニーズの高まりに応じて、内容が徐々に難しくなりました。それに伴い、英検の試験内容も難しくなっていったのです。そして、その傾向が平成になってから、さらに顕著になりました。そして、いまでは検定教科書の指導レベルを超えて問題の難化が話題になっています。それは、どうしてでしょうか?
「英検のライバルが存在しない中で、英検が英語力判定の物差しになっていったからです。」
そして、
「英検に合格するために、検定教科書の理解を深めるという逆転現象が起きてきたからです。」
このことが、令和の時代にも受け継がれている事実です。日本国内では、英検なしには英語教育を語ることができない状態になっています。それが正しいかどうかを言う前に、切り離せないくらいに身近な存在になっているのは、お感じになっていると思います。そして、これまでの経緯を見た感じでは、英検がすでに英語力判定の物差しという立場を超えている感じを受けます。
「英検は、あくまで文科省の検定教科書に準じた英語検定という立場をわきまえていただきたい。」
その意味でも、英検6級や7級の新設そのものは不要に感じます。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
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