日本はまだまだなのか? | 中国に侵略されている日本を護り抜け

中国に侵略されている日本を護り抜け

~この日本には、もう国を護とうろする男はいないのだろうか。武力衝突だけが戦争ではない。すでに中国共産党による情報の戦争、そして侵略は始まっている。眠っている男たちよ目を覚ませ。大和魂よ、蘇れ!そしてこの美し国を護り抜け!~

今日、東北の震災によって亡くなった人は、

27000人を超えたそうだ。

しかし、しかしだ。

日本では、

一年間に30000人を越す人が自殺している。

そんな時代が、すでに12年は続いている。

だから、ここ数十年のあいだに、

日本人が40万人は自殺したんだ。


震災で亡くなった人は、

もっと、もっと、生きたかっただろう。


しかし、自殺した人だって同じだ。


今日、命を自ら絶った人でも、

もっと生きたかった。


しかしもっと生きたかったけれども、

生きることが苦しくて、辛くて、耐えられなくて、

仕方なしに生きたくなくなって、

自ら命を絶った人が、

確かに私たちの身の回りにいる。



それは、もう、なかなか会うことのない、

小学校や、中学校の、同級生であったのかもしれない。



ただたしかしに、

今日も、このわずか24時間のあいだに、

100人近い人が、自ら命を絶った、ということだ。



はっきり言おう。



この震災を機に立ち上がった、心優しき人々よ、

日本は、今日、昨日、はじめて津波が起こったのではない。



30000人を越す被害者を出す、

目に見えぬ津波は、

この日本では、

毎年、毎年、起こっているのだ。



私たちは、その常に起こっている津波にも、

目を向けるべきではないだろうか。


そして、

世界では、

一時間に一度は、目に見えぬ津波が起きている。



紛争、貧困、差別という目に見えぬ津波が・・・



この東北の津波を機会に、

日本は一つにまとまりつつあるが、

それでも、

日本は、まだまだ、

「自我」が働いて、

一つにまとまりきれないのだろう。


その証拠に、


アフリカの貧困、

タヒチの災害のために歌った、

「We are the World」

を見ると、そのことが、よくわかる。



ああした日本のアーティストたちの、

無がなる愛による集まりを、

私たち日本人は、

いつになったら、

見ることができるのだろう。

いつか、

日本のアーティストが勢ぞろいて、

無がなる愛によって、

歌を歌う日がみたい。