オスカーのしっぽ -3ページ目

オスカーのしっぽ

日記・覚書・走り書き

私は他人の美容整形には容認派である。


本人が、そのほうが、気持ちよく生きていけるとか、職業上必要だとか、理由が何であれ、

別に、いいんじゃない? と思う。


じゃあ、自分は? っと聞かれれば、

私は美人ではないけれど、

自分の顔は好きなので、特に変更はしない。 という意見。 つまり自分の美容整形は反対。


アジアのK国出身の友達は、


「私ねー、目を二重にしたの。前は、まさに典型的って顔だったの。」

 と聞いてもいないのに教えてくれた。

別に本人も、告白っていう訳ではなくて、ただの会話の一部という感じだった。


私が不思議に思うのは、人の美容整形に反対する人がいるのは何故か?

他人のことなのに。 


理由を反対者の男女別に考えてみた。


反対女性の理由


1.自分の美女ぶりランキングに影響する。


生まれつき美人の人が、そうでもない他人が美容整形で美人になることが反対だとすれば、それは自分の優位性が減ってしまうから。 

もし、美人でない人が、他者の美容整形に反対だとすれば、やはり自分との格差が開いてしまうから。。


世間は、見かけで判断するし。 美人だと、性格もいいと 思われたり。


2.自分だって美容整形したいけど勇気がない。


これも、あるかも。 自分はやりたくてもできない。 だから反対!あなたも やっちゃ駄目。


うーん。これぐらいしか思いつかない。


「せっかく親からもらった顔を」 とか 「体によくない」 とか 

正論かもしれないけど、そんなことは他人がとやかく言うことではない。

「人間顔じゃない!」 っていうのも、他人の整形を反対する理由にはならない。


人間 自己中だから、自分が不利になったりしないことに、ムキになって反対したりしない。


反対するのは、相手の整形が自分に よくないことをもたらすから。


ってことは、私が整形に反対しないのは、誰かが整形して美人になっても、

自分に不利にならないって思っているのかぁ?



反対男性の理由


1.DNA情報の書き換え


男性がパートナーを選ぶときに、美人がいいって言う人は、他人に自慢できるという点が大きい。

だったら、整形美人でもいい。 

後は、自分の子供に、美人DNAが引き継がれる為もある。 

だから、整形は 顔のもっているDNA情報の書き換えである。 そんなことされたら、正確な情報が分からなくなっちゃうのである。


男性は以外と整形美人に寛容っぽい。

ということは、男性が美人がいい っていうのは、自慢したいっていう要素が主 ということかな。


以上をまとめて、美容整形反対者の勝手な ぷろふぁいる は


1.顔だけが自分の売り で 女は外見だと思っている 生まれつき美人


2.女は外見がすっごく重要だと思っている  整形はしたくない 美人ではない女性


3.女は外見だと思っている 美人ランキング重視の 整形美人


4.子供に美人遺伝子を残したい男性


人間顔じゃない、こころだよって本気で思っている人、外見以外に何か自信がある人は他人の美容整形に反対などしないんじゃない? 


というのが今回の結論です。

義妹が二人目の子供を出産した。


めでたい。 めでたい。


まだ、会えないけど。 早く会いたい。

 

1人目の子とは5つ違い。


「お二人目はまだですか?」 って 聞かれるって義妹がこぼしていたな そういえば。


どうして? そんなの個人の自由ではないの? なんで気になるの? 

えっ。会話のとっかかり? だったら、天気とかでいいんじゃない?



「3人目はまだですか」 って この少子化の時代に、聞く人もいないだろうから


これで、義妹 が

この手の話題で、嫌な思いをすることはなくなった。


めでたい。 めでたい。

訳あってヨーロッパのB国に滞在している。


まだ、日本にいた時、B国の出身の人が、


「B国はヨーロッパにあって、ヨーロッパではない。」 と言った。


ふーん。 当時はピンとこなかった。


来て見て 「なるほどねぇ。」 2年ぐらい過ぎたころ実感した。


日本もちょっと似てるかな。 お互い島国だから。




ヨーロッパで通貨統合の議論をしていた時、

B国の人に、「なんでユーロ参加しないの?」って聞いたら、


「ユーロに参加するぐらいだったら、ドルにFIXするよ.。」 

たしかに、大陸ヨーロッパよりも、大国のA国との関係のほうが大事そうだねぇ。


でも 「えっ。それって途上国みたい。」 と、思わず言ってしまった。


さらに、

「D国がユーロに参加するのは、政治的な理由。 F国 と I 国 は経済的理由。 B国が参加しないのは、心理的な理由」 と付け加えてしまった。


相手の反応はなかった。 


ちょっと意地悪だったかな?

人は他人にあげたものは よく覚えていても、 他人からいただいたものは忘れがち。


人から 物であれ、手助けであれ、好意であれ、いただいた場合、


可能であれば、何か直接お返ししたい。 


もし、それが出来なくても、せめて、「ありがとう」って誠意だけは伝えたい。



最近、どうも


「見返りを期待してなにかするのはおかしい」 とか


「自分が犠牲になって何かしてあげたって思っていても、本当は犠牲になんてなっていなくて、自分だって何かもらっているんだ」 とか


「感謝されたいから 何かしてあげたの?」 とか


いう意見を多く耳にする。


とっても気に入らない。


「いや、そうじゃないよ」 っていうと


「だったら、傷ついたり、悲しんだりしなくてもいいんじゃない?」 って返されそう。


そうじゃあない。


友達とか、知人に、何か私が出来ることをしてあげるとか、お祝いをあげる場合、見返りなんてどうでもいい。 

自分があげたいから、してあげたいからしているだけ。


だから、見返りがどうであれ、私の選択には影響しない。


でも、受け取ったほうが、


「ありがとう」 のたった一言も言えなかったり


自分が いい気持ちだから くれたんでしょ って態度だったり


何か見返りを期待してるんでしょ って勘ぐったりしたら


やっぱり、悲しくなる。


見返りなんて、どうでもいいけど、そんなふうに思われるって分かっていたら、 初めから何もしないことを選択する。


私が相手に何かしてあげたこと から得る効用(満足度)を 理由に


受け取った側が、「ありがとう」 っていえなかった事ととか、


自分が相手に何かしてあげれなかったことを 正当化するのは、


人として さびしい行為だと思う。




ちょっと前、いろいろあって とっても大変だったとき、


「いつも、彼(友人)にいろいろしてあげてるんだから、助けてもらいなさいよ!」


って女友達に言われた。


私には、親しくしていた男友達がいた。  


(そうだねー。あなたはギブ&テイク 主義だもんねー。分かりやすくていいけど。。。) と思いながら


「でも、何かしてもらいたくてやったわけじゃないから。」 (偶然、私ができることが多かっただけで)

「彼には助けを求めないよ。」




友人は、私の状況を知っていた。 


そして、手を貸せることが分かっていながら、だんまりを決め込んだ。


彼が差し伸べることができたのは、お金でも、物でもなく、『時間』 だった。

おそらく、数時間の。


私は、簡単に人に助けを求めるタイプではない。 


相談だってめったにしない。


それに、見返りを催促できる ずうずうしさも 持ち合わせていない。


私が一言 言えば、


まるで、その時 気が付いたような演技をして、助けてくれたのかもしれない。


でも、そんな手助けは、私はいらない。


もしかして、『友人』 のふりをしていただけなの?

そのほうが都合がいいから。


それとも、私が貴方に気があって、彼女の座を狙っているから

いろいろしてくれるって思っていたの?


どう、思われていてもいいけれど。


そういえば「ありがとう」 って言われたことすら一度もない。。。


私が彼のことを 「ちょっと誠意のない人」 ってもし批難したら、


やっぱり、「見返り期待してたの?」 って本人からも、他人からも 返されそう。 (笑)


でもね、受け取った側や第三者がそれを言ってはいけないと思うよ。

数年前のクリスマス




東ヨーロッパのC国のP市に滞在した




美しい中世の町並み




クリスマスマーケット




丘にそびえる古城




そして、それらを覆う一面の雪 




寒い




フード付きの くるぶしまでとどくダウンコート




マフラーに手袋




靴用ホッカイロ




腰、ポケットにもホッカイロ




でも、寒い




ガイドのお姉さんは 毛並みの良い 毛皮のコートをきていた




こんな場所では、動物愛護団体が何と言おうと 鼻でフンって感じかな




もう、中から温めないと駄目




と、




目に付いたのがホットワイン 




夏場はソフトクリームを売っているらしきカウンターで売っている




赤ワインにシナモン、いくつかの香辛料を入れて、温めたものは




アルコールが少し抜けていて飲みやすい




気が付くと一日中飲んでいたような。。。




フラフラと夢心地 




町も、うっすら ぼやけて見える




なんだかとっても楽しい旅だった。