オトナ女子のためのソーシャルサロンテーブルコーディネーターのMIRIです![]()
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少しずつ、私は私なんだって自我が出てきた思春期。
僕〜が僕〜であるために〜〜〜by 尾崎豊 を口ずさみ、
自分は女版の尾崎豊だと思っていた思春期。笑)![]()
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そして、自由を履き違えていたのかもしれない思春期。
甘酸っぱくほろ苦いのが思春期ですね・・・![]()
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前回のblogはこちらです↓
さて、、、、
少し、お話を現在に戻して、、
結婚して、子供を2人産んで、
結構、主人との喧嘩が絶えなかった時期・・・に
普段、温和な主人が私にバシッと言ったことがありました。
「美里は人をジャッジ(判断)しすぎる。」
とーーーーってもショックでした〜〜![]()
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だって、1番なりたくなかった、なってはいけないと思っていた人が
「人を自分の物差しでジャッジする」人だったから。
それで、、、
よく自分の人生を振り返ると、
やっぱり出てきたのが、父親。。。。
父と母が喧嘩をする理由の1つに、
「お父さんが、嫌いだと思うタイプの人を、お母さんが好き、もしくはいいと言ったから」
というものがありました。
例えば、父は
「お金をバリバリ稼いで中身のない人が嫌い」だったり
「職人気質な人は好き(貧乏でも)、口で稼ぐ超高給取りの営業マンが大嫌い」
とにかく、人をバカとかアホとか、テレビを見て、判断することが多かったのです。
そして、そういう人をお母さんが
「いいじゃない、とにかく稼いでいるんだから、尊敬できるところはあるはずよ」
と言ったもんなら。。。。。
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「なんだ〜俺が稼いでないから、バカにしているのか!!!!」
と始まるわけです。
というわけで、
私たちも「お父さんの好きな感じの人を、いいと思う」
という、思考になっていくわけです・・・
思いたくもないど、、
私は主人にそれを押し付けていたのかもしれない・・・・・
でも、そういうルーツを考えてそれを受け入れることが
まずは第一歩だと思うんですよね・・・・
そして、理由がわかると。。人ってとっても気持ちがラクになると思います・・
少しこんな父のことを書きたいと思います。
父はたたき上げの心臓外科医、お医者さんです。
思春期になって
いつの間にか、父親の存在が遠いものになっていました。
というのは、父が単身赴任を始めたのです。
自分の後についてくればある大学の教授になれるという約束でついて行った先生が失脚してしまったため、
その大学病院を離れなければならなくなった父は、そのまま、大阪に帰る場所もなく、
地方の病院で働き始め、その何年か後に、地方で自分で開業をして
循環器内科の病院を作りました。
父は大工さんとか漁師とかなぜか全く自分の職と関係ない職人が好きでした。
父の父が、木彫り職人だったからでしょうか。
その大工さんたちに建てていただいた、随分と立派な建物の病院でした。
父のことを色々書いていましが、、
医師としては母も私もとても尊敬していて
父くらい心臓のことを分かっている医者はいない、というのが私たち共通の意見。
それに、やはり医師という職業の素晴らしさを間近で見ることもできました。
ある年、、
下田に私たちが父に会いに遊びに行ったとき、
ある居酒屋で、お客さんの一人が倒れてしまったのです。
店のオーナーも他のお客さんもパニックでしたが、父が命をその場で助けて、
私の中でヒーローな父!!!!を始めて見たかもしれません。
どんなに、母が父と揉めていても最後の最後に離婚しないのは
やはりどこかに、尊敬の意があるからだと母も言っていました。
なんだか、父の名誉を保つために書きましたが、
その点では、自慢の父だったんですよね!!
読んでいただきありがとうございました。
続く↓
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