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一日一思想

考えることは生きること

長男の協調運動のへこみというものは相当なもので
脳症の罹患直後は全身の協調、両手の協調はもちろん手と目の協調に圧倒的にダメージを受け
コップを取ろうとしても手の甲にコップが触れるくらいわけのわからないものでした。
いったいどこから手をつけていいのやら、本人が目で見たものも自分の体さえも全く理解、活用できなくなってしまっていました。

とにかく歩くことも左右の協調運動だ、ということでたくさん歩かせて
アスレチックがたくさんある幼稚園に通わせ
3歳からスイミングスクールに入りました。
とにかくよさそうなことで本人のできそうなことは片っ端から試してみました。
でもやっぱり微細運動、というか折り紙だったりはさみだったり
特に目と手を協調させる動きがいつまでたってもうまくならず、
それは継続させることも難しくそのままになっていました。
療育のセオリーでもまず粗大運動から、ということでいつまでも粗大運動に力を入れていました。
結局今でも図形や道具の扱いに非常に苦労していますが、
一度学習してしまえば手が覚えるので本人の得意な「根気よく」に頼ってしまっています。

そして小学校一年から始めた和太鼓。
はじめは全くたたけません。
というか右手と左手を順番にたたくということができませんでした。
大きな音でがむしゃらに、というのならできたのかもしれませんが、
おもいっきりたたくのにも全身の力を入れること、抜くこと、今も修行中です。
それでももう和太鼓を初めて触ってから10年。
覚えて一応最後までたたけるようになった曲は増えていき
本人も自信を持ってみんなの中でたたいていけるようになりました。

一緒に私も仲間としてたたいていく中で、
 どうしてもうまくばちさばきができないこと
 どうしても手が伸び切らないこと、
 リズムを合わせられないこと
 姿勢が整わないこと、
特性上しょうがないのかなと思いつつも本人のやる気があればできるんじゃないのと思ったり。
結局長い目で見たら自分で少しずつ調整していったり、
自分はちゃんとやっているつもりでもできてない細かいアドバイスを聞き入れることもできるようになってきました。

他の子が3年で覚えることを10年でやっと覚えた感じ。
でもその10年間、本人とっても充実して過ごしていました。

太鼓だけではなくて仲間との関わりも太鼓を介してだととても自然だったり
仲間としての意識がお互い持ちやすかったり。
最近では太鼓運搬の力仕事も積極的に手伝って頼られるようにもなりました。

高校では和太鼓同好会にも入り、一応経験者として積極的に参加していました。
文化祭ではいつも隣で同じ曲をたたいていたはずの長男が
学校の同年代の仲間と「私の知らない曲を」堂々と演奏していました。

月一回の障害児太鼓チームに久しぶりに行くと、
身長が伸びて力も強くなった長男を見てみんな驚いていました。
なによりも本人が楽しそうに自信を持ってたたいている姿に、
私自身が以前、「観客として」和太鼓を鑑賞していた時にもらった勇気を
長男が振りまいているように感じました。


こうやってゆっくり人生を通して成長していくのかな。
できないことにこだわらなくてもいいのかな。
そんな風に思わされました。

最近は5歳の次男と同レベルのタングラムに取り組んでいますが、
そんな苦手なことにも取り組んでいける長男を尊敬してしまいます。
で、結局後になって思うのは「普通」にこだわり過ぎていた自分。
集団の中でなんとかそれなりにやっていくということが第一目標。

それでも小さいうちはそれでよかったんです。
子ども同士で学ぶことがあまりにも大きい小学校低学年のうちは。
ただそれを続けていると高学年以降で、「あれ?」と思う。
私が目指していたのはどんな子どもなんだっけ?

そこに学校の支援だったり普通級の担任だったりが
「このお母さんが目指していることはその場にいられればいいだけ?
 それとも学年相当の学習を集団の中でしてほしい?」
というなかなか聞けない疑問が生まれることで齟齬ができてしまうのではないかしら。

「この子は障害があるので他の子と同じように学習出来ていません。
 この子のペースにあった学習を支援級でゆっくりしてあげるのがこの子にとっての
 教育なんじゃないでしょうか?」
そう思ってるけど面と向かって言えない先生、もしかしたら多いんじゃないかな?
このお母さんは自分の子どもの障害を認めたくない、エゴイスティックなお母さん。
そうまでは思わなくても、いつかは普通になれると夢を見るお母さん。

だーかーらーそういうことじゃなくて!
って面と向かって言われたら言うと思います、私なら。

でも問題行動もなくて学習が遅れている。
教室にいても邪魔になる訳じゃないからいてもいいけど
決してこの子が理解しているような授業だとは思わない。
そんな視点で見ていたら、
「ま、お母さんが望んでいるんだからいさせてはあげますよ」
と支援も配慮もなしで「いる」だけで終わることはあるのでしょう。

そこで保護者の気持ちとしては、当然ニーズのある子なんだから
集団学習の中でプラスアルファの支援をしてもらわないとついていけないというのはわかっているしそれを希望しているつもり、主張しているつもり。

この部分のかみ合わなさと言うのがどんなに連絡帳をやりとりしていても
面談を重ねたとしても伝わりにくい、というか平行線のままなんじゃないかなと思う。
少なくとも私はそうだった。

学習もそうだけど子どもって学校という社会の中でいろんなやり取りをして日々学んでいる。
そんなの先生が一番よくわかってるだろう、と当然親は思う。
でももしかしたら忙しい忙しいといわれている日々の雑務で
子どもの一人ひとりのニーズや支援には手が回らなくても当然なんじゃないかとも思う。

学級を集団というひと固まりで動かすのではなく
一人ひとりの個性や特性が集まってこその集団を先生はどのようにかかわっていくのか。
そんな大前提を確認しなければいけないのって、絶対に親の仕事じゃない。
親の仕事であっていいはずがない。
でも実際そういうことは多いし、その平行線をとりはらわなければ解決しないことって案外多いんだろうな。


そこで、学校にこだわり過ぎてもしょうがないということに遅まきながら気づきました。
学校で普通のふりをしてうまくついていく、なんてそこが目標みたいになっちゃうけど
よく考えたら本当にちっぽけなことで。
長ーい将来を考えたらそんなのあってもなくてもどっちでもいい。
苦しい思いをしてまでもみんなにあわせなくても全然いいしそんな先生に迎合しなくてもいい。

それよりももっともっと大事なのはきちんと「自分」があること
「自分」という個があること。
みんなと同じ自分、ではなくてみんなと違う自分であることに価値を感じられること。
それこそが本当に自分の子どもに教えたかったことなんだと感じました。

集団の中にいられることでいいこともたくさんあったかもしれない。
特にうちの長男みたいに論理的思考力や決断力、協調性になんありだからこそ
集団の中にいるからこその「それなりの」やり方を学んできて
社会生活のマナーを身につけ選択肢を増やすことができたのは確実に「いいこと」なんでしょう。

でもみんなと違う自分、っていうかそもそも「みんな」は同じじゃない
っていうあたりまえなことが分かりにくくなってしまう「特別支援」という言葉に
きちんと違和感をもって、他人という「みんな」を尊重できる、そんなことを学んでほしい。
それはこの9年間で私が学んだもっとも大切なことだったんだけど。
書くべきことは山のようにあるけれど、何から書けばいいかわからないくらいには
お正月ボケならぬブログさぼりボケをしているようです。


先日ネットで知り合った障害のある子を育てているお母さんとお会いして話していたら
なんとなく自分にとっての義務教育の間の親としてのスタンスがまとまったような気がします。
それが正解かどうかということはまた別の話なのですが。


障害のある子どもが普通級で生活する・学習するということは
大多数の方にとってもそうだと思いますが、とっても心配なことばかりでした。
 
 勉強にはついていけるのか(いや、ついていけてないんだけどどのくらい「やれて」いるか)
 
 クラスメイトとはうまくかかわれているか(ポジティブに)
 
 クラスメイトからは集団になっていじめられていないか(ネガティブに、でも考えなくてはいけない道)
 
 その他の身辺自立や生活面で本人なりの発達段階に合わせた成長があるか


そして「集団の中に入れるにはその集団にいるなりの力をもっていなければならない」
「迷惑をかけないようにできなければいけない」ということに一生懸命になっていたように思います。
今思い返せばそんなにまでしなくてもよかったのにと思うほど、「親が」頑張っていました。


でも上に書いてあることってよく考えたら普通のお子さん、特に第一子で男の子ならなおさらありがちな親の心配なんじゃないかしらって、年の離れた次男を見ていて思うのです。


義務教育の九年間、三年ずつに区切っても三ターム。
それぞれ違う形だったにせよ、学校との連携をかなり意識していたと思います。

最初の三年間は集団生活にどれだけなじめるか
次の三年間は「十歳の壁」からの抽象概念をとりこめないなりにどう生活していくか
最後の三年間はそれまで培っていた力を「個」として集団の中でどう活かしていくか

そしてそれなりに親の思いがあって学校と連携していこうという時に、
学校なりの教育の場としてのスタンスだったり
担任なりの「子ども集団の中にいる子を見ている」立場からということで
齟齬、というかうまく通じないな~と思うことが何度も起こりました。

(長くなりそうなのでいったんアップします。続きは近日中に!)