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一日一思想

考えることは生きること

連休は中学時代と違って部活もなく、さりとて特に予定もなく。
気ままに天気や体調に合わせて近所のイベントや公園にでかけようと。

久しぶりにがっつり長男と過ごしていると、
かなり彼のコミュニケーションの苦手な部分がぶちまけられる。
思春期だから親の言うことなんか聞くのもいやだ、というだけならいいんだけど、
これは無視?これは自分の意思に反しているから謝らない?と言った
カチンとくるような言動が続々見えてきた。

これが彼の認知の偏りからきているのもわかっている。
情報の処理の微妙なタイムラグが、返事をしないで無視しているようにみえてしまう。
3つの要素が入った文のうちの2つしか理解できていなくて、
人の話が聞けないでいつも早とちりしているようにみえてしまう。
人の話を聞けないって、相手を尊重してないように思えるし。
次男のように口答えも、要望も、感想も積極的に言わないから、楽しませがいが全然ない。


年頃の男の子が「うちの親いちいちうるさいんっすよ」と言うのもよく経験しているので
よそで、同年齢の子や先生たちときちんとコミュニケーションをとれているのならいいんです。
確かに、うちの中でも次男にはましにやりとりしているようにも思えるし。
親に言われることが気に食わない、正論だからこそ腹が立つ
そう思ってくれているんだったら全然いいんだ。
むしろその通過点まで成長してくれたことに感動です。

でもやっぱりこの二つ両方ともあるような気がするんです。
今までずーーっと受動的に頑張ってきて、努力をすれば結果がでると信じてきた長男。
確かにそういうことが多いんだけど、彼の場合特に、当てはまらないことも多々あるし。
努力の量が他の人に比べて半端ないこともあるかもしれないし、
クラスの子達が「努力なんてかったりー」って言いたい年頃なのかもしれないし。

豊かな青年期になるべく制限を受けずに様々な経験をすることで
障害があってもなくても誇れる感受性を身につけてほしいと思って過ごさせている高校生活。
これもきたるべき副作用だっdたのかもしれないけれど、
正直、すぐそこに迫った次の進路決定に向かって彼の持っている生きる力や感じる力ってどのくらいなのか
見定める時間も日々少ない中で、私としてはきついんだよね。

図書館で借りていた
「行為障害と非行のことがわかる本」講談社
非行や行為障害ではないけれど、思春期の対応に参考になりました。
もちろん他の行為障害についてもよくわかったし。

弱音を吐きたくなるような少し苦しい連休でしたが、
おでかけは楽しかったんですよ。
大抵の中高では四月に全校生徒で体力測定というのがあります。
その中に反復横とびや垂直飛び、握力と交じってシャトルランや1500m走があります。

長男は陸上部の大会にでるとほぼ毎回1500mと800mには出場しているので
そこでの自己ベストが記録としてあります。
中学入りたてのころは涙なしでは見れない周回遅れが、今ではずいぶんペースをつかんで
全力を出せるようになってきました。

で、
毎回陸上の競技会に出る時は自己ベストをたたき出す長男。
学校の体力測定とは雲泥の差の記録になっています。
当然ですが、競技会は彼にとって他校の陸上部員に引っ張ってもらって新しい限界を見つけられる機会になっています。
そして現在の体力測定はどちらかというと普段運動とは縁のないクラスメイト達と走り、ほぼ一位になっていますが自己ベストを大幅に下回る結果になっています。

ここで本人の実力が環境によって左右されているようにどうしても見えてしまいます。
少し強引かもしれませんが、普通級の中で周りをみて頑張り、結果的に伸びる力と
支援級の中でのんびりと過ごして頑張り方がわからなくなってしまうことのような。


私自身は走ることはとても苦手で長距離は苦痛ですらなかった人間なんで
たぶんこの例えがすごくしっくりくるのです。
  「走るのが苦手な人が毎日俊足の人に交じって走るトレーニングをさせられていたら」

…うん、いやですね。辛そうですね。
そして長男もたぶん最初は辛かったと思います。
でも苦手な子もいるし、短距離の子は「長距離の子、すごい!」と思っています。
トレーニングがとってもハードだから。

普通級に入った時に自分の能力ではとても追いついていけないことを求め続けられて
それが何年間も毎日続いて…うん、自己肯定感、下がりそうですね…。

それでもなおかつ、努力することが尊いということも教えるべき子もいるんじゃないかなと思うのです。
長男は「全力で一生懸命走る」ことの意味がよくわかってなかったように思います。
もちろん身体能力や基礎体力も、他の子に比べて低く、そして経験を与える場も全体的に少なかったでしょう。
地道な努力が武器の長男がかなりの頻度で部活外に自主練をしていたことで
身に付けた実力もその集団に入っていたからこそ頑張り続けたことかもしれません。

ペースの作り方どころか全力で走ることすら知らなかった長男が練習を重ねていけたこと。
もともと脳症の後遺症で体の動かし方どころかボディイメージに著しいハンデを負いつつも、
持久力や瞬発力を少しずつ上げて体のコーディネーションのハンデを羽のけたこと。

実力以上のものを求めない生活をずっと続けていたらそこまで頑張る必要性も頑張らせる必要性も感じなかったかもしれません。
でもやっぱり頑張ることって障害があってもなくても貴重な経験ですよね。
障害があるから悔しい思いをしないように避けて生きるのではなくて
障害があっても頑張る経験にアクセスできる権利があると思うのです。

だから、
いかに自己肯定感を下げずに集団生活のなかで自分なりに頑張ることを持続できるか、と
いかに自分の実力に合った小集団の中で、自分の頑張る体験を求め続けていくことができるか
という二者も実は同じことなのかも。

ようやく長い春休みも終わり、今日から新年度。
正式には月曜日に登校しましたが、昨日は入学式のため自宅学習日となって
今日からの本格的な新学年になります。

最近になって傘をよく壊してくるなと思っていた長男。
傘立てにいれる時に乱雑にいれているのか、はたまた振り回してどこかにひっかけているのかと思うほどよく壊して帰ってきます。

「またか」と思いながらも顔に出ないように気をつけて新しい傘を出していました。
そして先日雨の日に一緒に出かけた時気づいたのですが、最近、すごく風が強い日が増えたんですよね。
急激な気圧の変化だったりで、突風を伴うことが多い最近の雨、そして体格と共にもちろん傘のサイズも大きくなり、風をうまく受け止めたり受け流したりが本人うまくできていなかったんです。
また、小さい時と違い、結構な雨でも予定は中止にならずに出かけて行くことが多くなったこともありますし。
でも突然の向かい風や追い風に傘を対応させるのをマスターするの、難しそうだな…

そんな手先が不器用で道具の扱いが難しい長男に文房具を揃えることは常に難しいです。
最近はいろいろと便利な文房具が発売されていますが、うかつにとびつくと全然使いこなせなかったりと。

小学生の時は入学当初使っていたがっちりとしたいわゆる筆箱を六年間使いました。
一本ずつ鉛筆も入るところが決まっていたり、つぶれたりしなかったので重宝しました。
ノリはアラビックヤマトがいいということで学校で推薦されましたが、時々ガバッと出てしまっているような形跡もありました。
お道具箱があったので文房具を入れる必要もありませんし、大きさもいたって普通。

中学になってからはいかにもな筆箱だとあんまりだったので、一応スポーツブランドの
エナメルの筆箱にしました。
同じように鉛筆を入れるホルダーが付いていたので、なくしたということもなかったようです。
周りの子はみんなシャーペンを使いだしていましたが、とても操作と管理(芯など)、
そして筆圧の調節に手間がかかりそうだったので、そこは鉛筆でと本人にも折れてもらいました。

お道具箱がなくなるので、何でもかんでも筆箱に入れなくてはいけないので
ノリも口紅タイプの小さいノリに変えました。
でも時々使ってからくるくると戻すのを適当にしているようではみ出していたり、
逆にすごく入っちゃっていたりと、苦労の跡が見えました。
塗ると色がつくタイプが使いやすいのかなと思って選びました。

高校に入学して一年、今のところこんな感じで落ち着いています。
とりあえずシャーペンで普通に書けるようになりましたが、
マークシートのテストで必ず鉛筆が必要なので、シャーペンが使えない時の予備としても入っています。
(あると安心)

photo:01



ノリは前述の色がつく口紅タイプのノリ。
プリントをノートに貼ることが格段に増えたのであっという間に消費してしまいますが。
修正テープのようなノリも試しましたが、長男には力の調節が難しかったようです。
定規は端がぴったり0になっているタイプ。
これが10年前に発売されていれば…!

photo:02



ガバッとトレーのように開くタイプの筆箱、閉めると下のようにコンパクトな四角になります。

photo:03



シンプルで味気もないですが、使いやすさを追求、アップデートしてきた結果です。
使いにくくてもあんまり積極的に文句を言ってくれない長男なので時々チェックが必要です。