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一日一思想

考えることは生きること

昨日は次男の幼稚園の遠足。
暑い中水族館に行き、海でたっぷり遊んできたみたい。
幼稚園に迎えに行き、家に帰ったら長男が行き倒れていた。
ベッドの上で下着姿でうつぶせの昼寝、まさに行き倒れ。

今までも何度かグッと身長が伸びる時期があったがけど
最近は私(168cmあるけど)の身長はとうに越して
この数か月で私を見下ろすようになってきた。

体つきもがっしりしてきたし手足も長く細身の体にしっかり筋肉もついている。
制服を着て電車に乗っていると本当にいっちょまえに見える。

そんな時私は不安になる。
立派になった長男を見て、誇らしく、嬉しくなるのと同時に怖くなる。
体が大きくなって、できることも増えてきて、行動範囲も広がって。
私の知らない場所で私の知らない人に出会って、今も生きている。これからも。

大きな体の長男の中にある少年のような明るさと誠実さを
これからも守っていけるような、否定されないような
日々そんな出会いに巡り合っていけますように。
そう祈らずにはいられない。


先日、高校の懇談会に行き、初めて担任の先生の顔を見た。
若いけどしっかりしていそうな女の先生。
新学期が始まってから2カ月ほど経つのに、先生と話さなくてもなんとかなるほど
長男は自分でいろいろと自分の生活を成り立たせていくことができるようになってきたんだ。
そう思うと涙が出るほどありがたい。
もちろん長男の成長だけでなく、それを促してくれる、そして成り立たせてくれる環境があり
自信をもって毎日を過ごすことのできる場が彼にもできたんだ。

担任の先生には「学級委員として頑張ってくれています!」とおほめの言葉。
そんなこと知らなかったけど、だ、大丈夫なんですか?

8月には17歳になる長男、今できること、今彼に必要なもの、大事なこと
黒子になって整えたら、外の世界に放り出すことが今の私達にみあった「支援」なのかもしれない。
ごめんなさいやありがとうを心をこめて言ってほしい
そんな当たり前だけどどう教えたらいいかわからないで困っていた時に
大型書店でこんな本に会いました。

こころのふしぎ なぜ?どうして? (楽しく学べるシリーズ)/高橋書店

¥918
Amazon.co.jp

気持ちを上手にことばにするにはどうしたらいいの?
という項目には「ごめんね」と「くやしい」という気持ちが入り混じっている時の
複雑な感情を当たり前に受け入れて表出することを
平易な文章で書いてありました。

この本には帯に「特別支援にも」という文言があったように、
かなりソーシャルスキルそのもののノウハウから
どうしてそうなっているのかをイラスト付きでわかりやすく書いてあります。
小学生くらいなら自分でも読めるし、
幼稚園の次男やイラストが気になってしまう高校生の長男にも
噛み砕いて少しずつ読み聞かせています。

宗教的でもなく、身近なシチュエーションで想像しやすかったり
知っておいたほうがいいバックグラウンドやアイデンティティ、倫理観も網羅していて
「こんな風に子どもに説明したらわかりやすそうだな」のアイデア満載でした。

この本には前回のエントリーにあったプレゼントのこともありました。
誕生日プレゼントの選び方やサプライズパーティーの裏側まで
こんなこと普通は隠しておくのが美徳だからこそ
物の裏側や流れが読みにくい障害のある子ども達はどんどんわからなくなってしまうのでしょう。
自分が当たり前に思っていることをどう説明すればいいのかの指針にもなるので
子どもとかかわることのある大人が読んで共有しているととてもいいと思います。

長男は淡々としている。

母の日にプレゼントをくれたことはない。
あっても幼稚園の母の日製作だったり。
誰かの誕生日を祝うこともない。
特別な日に特別な感謝をすることもない。

感謝の気持ちが薄いけれど、わからないわけではないと思う。
でもちまたで言う「お小遣いを貯めて花束を買ってくれた」とか
「肩たたき券をくれた」とか「朝ごはんを作ってくれた」とか
そういうところまで至らないのだと思う。

次男が幼稚園で作ってきた母の日製作のストラップ。
秘密で作って驚かせてあげようとか
自分の作ったものをつけて喜んでくれる場面を想像するとか。
次男にはある一般的な人との関わりを持つ気持ちが
長男からは感じにくいし表出されにくい。

いつもごはんを作ってくれてありがとうとか
お仕事をして給料をもらってるから家族が生活できるとか
そういう全体的なものをつかむ力も弱いのだろうなと思うけど、
逆にいえばそんな瑣末なことに気を取られない大物のようにもある意味思える。
そんなことを説明して感謝させるのも、こちらからしたら本当に滑稽でナンセンスなんだけど
せめて家族ではない人、無条件に愛情を注いでくれるわけではない人には
感謝の気持ちや愛着を表現できたほうがいいんだろうと思うから
一応少し説明してみた。
でもやっぱり通り一遍の反応しか返ってこなかった。
文字どおりの感謝の言葉。


長男は普段人のためになることが嫌いなわけではない。
むしろ大変な仕事をすすんで引き受けて感謝されることは多々あるけれど、
逆の立場には無頓着なのか、本当に器が大きいのか。
器が大きいとしたら、自分のせせこましい物質主義や形式主義が露呈してるみたいで
恥ずかしいなぁ。