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一日一思想

考えることは生きること

校長にわざわざ職員室で待機するように指示されたコーディネーターの先生。


支援級の主任でもあり、肢体不自由児の担任なので直接は関係ないことになるが


何回か面談でも同席してもらっている先生だ。




今までの印象も、他の保護者からの口コミでもつかみどころのない先生。


ネガティブな、使えないという声が多かったが、自分の目で見た


他の生徒への対応を見ていると、発達障害のポイントを理解しているなとは思っていた。




自分で対応して支援級の中で配慮のある授業をしていくのと


交流の各教科担任に、生徒の特性を理解してもらい配慮を促すのでは


難易度が全く違うので、完ぺきにやってほしいとは思っていない。


せめて私が行っている配慮が、うちの長男に必要であるということを


理解してももらえただけでも前進かなとは思っている。




支援級の四人の先生のうち、担任として連絡帳のやりとりを含めて


密にかかわってもらっていた先生二人が今回離任になった。


常に支援級内で学級運営をしているという理由で

ほとんど交流級内での本人の様子を把握しようと努めることもなかった。
それどころか、同じ校内いるはずの教科担任達に連絡をとって

本人の困り感や障害特性を伝えたり、相談されたりということもなく

本当に教科の先生の感性や好意のみの支援のようだった。


知的障害学級の担任、情緒学級の担任という職務上、

支援級の中でのこと(のみ)を運営していくことが最優先ということなら

同じように在籍しているが、交流級で学習しているのでそのニーズが違うということで、

支援が得られないというのはやはり私自身は納得がいかない。

では普通級に在籍している子が支援してもらっているように、

コーディネーターの先生がその連絡を束ねる役をもっと買って出るべきではないのかと。


結局、今現在、より時間を過ごしているのは学年の先生たちなので

今更、「この生徒にはこんな配慮をしてください」なんて言われても

うまくまわらないだろうなぁというのは重々承知の上、

やっぱりなんとなく各教科の先生の力量で支援するのではなく

組織的に校内全体で連携をもって、支援にあたってくれれば

支援するほうもされるほうも、よっぽどうまく回ると思うのだが・・・。

昨日は朝から予定が詰まって体力が続かず

長男が夕方洗濯物をとりこんでくれたり、次男を風呂に入れてくれて助かった。


朝は五時半起きで久しぶりのお弁当づくり。

陸上競技の中学生の記録会なので

自分の出場する競技の合間に個人で判断して食べるもの。

朝は六時頃食事して出ていき、長男の出る中長距離は

だいたいいつも正午前後。

そして競技の二時間前からは何も食べないのが望ましいといわれている。

同じ競技に出る人はいないので10時頃、誰も食べていないのに、

自分だけ判断してさっと食べられるのか。

できるだけ負担の少ないものを、簡単に食べられる物をというと

おにぎりに簡単なおかず程度になるのだが、

夕方帰宅するまでにまたおなかが空いてしまうんじゃないか、とか

普通は適当にすませることに特に心配になる。


七時前には長男を送り出し、九時から離任してしまう校長との面談の予定。

テストの時間延長の件が延びに延びてしまいギリギリになってしまったが、

根本的な学校全体での支援級在籍だけど普通級で生活する生徒に対する

フォローというのが、曖昧に思えたので、意見や要望も兼ねて時間を割いてもらった。


結論からいうと、この校長先生、やっぱり特別支援感はかなり薄い。

本格稼働して六年が経つのに、中学校は意識が薄いとはよく言われるが

特別支援というのは「困った生徒」と「障害なんて認めない無関心の親」のための

免罪符のようなもので、決してこの間まで「障害児学級」と呼ばれていた

中学校付属教室のように隔離されている場で別カリキュラムをこなす

支援級在籍のかわいい子どもたちのものとはまた別、ととらえているのかなと

言葉の端々で感じた。

個々のニーズに合った支援を、というのは考えつきもしないといったような。

マンモス校の中学校で最優先は生徒の安全、

集団の中で生活したいのであれば、「それ相応のスキルがあるからこそ」

集団の中で生活させてあげているのであって、そこで配慮を求めるのはできない。

むしろ、0(普通級で過ごすこと)か100(支援級で過ごすこと)

しか選択肢はないと言い切っていたし。

よくこの理念の下での環境下で長男、今まで二年間頑張ってきたと思う。


とりあえず全ての教科でなくてもいいので、別室受験をして時間延長(1.3~1.5倍)を

してほしいという要望を出していたのだが、

やはり時間延長というのは厚い壁で…。

拡大したテスト用紙や読み上げとはまた別モノの許可のとりにくさらしい。


校長の提案は通常級と同じように試験を受けたうえで(45分間なら45分間で)

特定の教科(おもに得意なもの、問題を読み取るために時間がかかるので

ひっかかってると思われるもの)に関しては、

その日のうちに延長した時間で(60分など)もう一度同じ問題を解かせる。

どちらにしても公式のスコアになるわけではないが、

本人の時間に対する意識付けの訓練的な意味合いにもなるのではないかと。


急に全てを別室受験でやってもなかなかうまくいかないかもしれないだろうから、

いいかもしれないなと思った。

その間、どういう状態で試験を受けているのか(一生懸命やっても読みとるのに

時間がかかっているのか、ただ単にぼーっとしてしまう時間が多いのか)も

支援級の先生に把握してもらえるというメリットもあるし。

とりあえずそのような方向で行きましょうということでタイムアップ。


そのあとでまた別にコーディネーターの先生と話をした。


その2につづく





最近次男三歳と近所の小さな公園によく行く。
だいたい貸切状態か、多くてもふた組くらいの親子がいるだけだ。
こじんまりとしている割には遊具も充実しているので、

最近の定番になりつつある。

たまに同じくらいの年頃の子に会うと、次男は声をあげて喜んで近づいて行く。
一緒に猛スピードで滑り台を滑ったり、石を拾うのを見て自分も拾ったり。

お互い間合いをとりながら、あっという間に友達のようになって行く。


駅前のにぎわっている公園で不特定多数と遊ぶ場合は

あまりこうはならない。

割と自分の興味の赴くままに滑り台、ブランコと行きつ戻りつして、

他の子に関心を払う度合いが明らかに違っている。


長男のこのくらいの時はどうだったかというと

急性期直後で意思表示も難しく、自分の興味に閉じこもりがちだったが

「今日は○○くんと遊ぶよ」という名前の付いたお友達だと

とても上手に遊べていたと思う。


しかしこの駅前の公園は苦手だった。

いろんな子が無秩序にいるのがダメだったのか、

理由もなしに叩かれたり「ダメ!」と言われたりするのがダメだったのか、

同じくらいの「知らない」子どもを警戒するようになっていた。


言葉でやりとりをするようになる年齢になるころにはそれが一番激しかったか。

幼児がなぜそのような行動に出るのかわからない、という感じだった。


二年保育で幼稚園に入園する頃には随分なじめるようになってきたが

今も割と損な性格だなぁと思うことがある。

次男みたいに世間を渡っていけば、同じことでも楽しくできるのに、と。


そんな私の一般的な幸福論を押しつけるでもなしに、

本人は飄々とやっているのか、終業式の日は同じ方向で帰る

同学年の女の子と並んで話しながら帰ってくるところを見かけた。

部活もない、ちょっといつもと違う帰り道、

普段はあわない、違う部活の違うクラスの子とも

話をするなんてこともあるのか・・・と違う一面を見たようで一安心。

これからもいろんな人と関わりながら信頼や裏切りを学んでいくのだろう。

もちろん次男も。