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一日一思想

考えることは生きること

昨日は最高の天気になり、各地で運動会・体育祭が行われた。

長男の中学校も、素晴らしい天気の中、

三年生である彼にとって中学校生活最後の体育祭が行われた。


中学校の体育祭の練習方式として最近では多く見られるようだが、

土曜日の体育祭開催に向けて、その週は月曜日から金曜日まで

一時間目から六時間目まで、いや朝練から放課後まで

体育祭準備期間としてみっちり過ごす、という生活をしている。

他の授業は全くなしで、ジャージで登下校。

学年種目や個人種目、ブロックごとの応援練習を重ねに重ねて

盛り上がってきたところで間髪をいれず、満を持しての「本番」の日を迎える。


もちろん炎天下で一日中過ごすことになることも多いし、

一年生で入学したての時は、大丈夫なの?!と驚いた。

しかしそれまで全く練習も始めていなかったけれど、

メリハリがついて集中して取り組むことも悪くないのかもしれない。


ただ支援が必要な子でこのことが明らかにデメリットに働く生徒はいるだろう。

体温調節、集中力の持続、低緊張・過緊張による運動能力の不備、

そもそも団体行動を長時間とりつづけることが苦痛に感じる子もいるだろう。

その子に必要な配慮もとられるだろうが、普通の子でも

過呼吸、熱中症、ねんざ等、本番までにもいろいろとトラブルが起こることがある。


しかしやはりそれを乗り越えてやりきる「絆」というものも確実にあるだろう。

今時の子どもたちを珍しく熱くたぎらせて、優勝という共通のゴールに向けて

一丸となる経験、しかもこの人数的にもかなり多いので

各クラスで行う体育の授業の中でのように、

「誰のせいで負けた」みたいな話にもなりにくい傾向もあるようだ。


そんな中、長男は毎日一生懸命頑張り、

組体操、綱引き、そして陸上部が担当している結審係。

朝は七時半には学校に着き、放課後も係の打ち合わせも含めて遅くまで残っていた。

そんな生活が五日間続き、金曜日の夕方帰ってくると

なんだか顔がぶつぶつしている。

ニキビかな?と思うくらいだが、ところどころ破れている。

普段と変わらない様子だが熱を測ると7度5分。

そういえば昨晩少し咳をしていた。


体にも少し発疹があるのでとりあえず万全を期すために

かかりつけの医者へ行った。

そこで言われたのが「どうみても水ぼうそうの発疹」。

予防接種も受けたのに。

就学前にも何度か「あ、この発疹は水ぼうそうだね。

でも予防接種を受けたから軽く済んだね」と言われ

その次にも「あ、これが水ぼうそうだね。前回のは水ぼうそうじゃなかったのかもしれないね、

今となってはよくわからないけど」とか言われて、

結局水ぼうそうの免疫があるのかないのかよくわからない長男。

そういう発疹が出やすい体質なのか、ただの帯状疱疹なのかわからないけど

疲れが出てなっているのであろうことは明確。


しかし法定伝染病「かもしれない」ということで出席停止に。

頑張って練習に参加してきた体育祭も欠席。

本人は「はぁ、そうですか」みたいな顔をしていたが

私が何とも納得できないというかやりきれないというか・・・。


あんなに本番の、明日のために練習してきたのに。

でももし水ぼうそうでみんなにばらまいたりしたら(もうばらまいてしまったかもしれないが)

申し訳ない、だけでなく取り返しがつかない、中間テストを控えた中三。

社会人としては当然なんだけど、そんな当たり前の大人な選択をするのさえ躊躇してしまった・・・


それが私にとっての

「中学校生活最後の思い出に残るであろう大イベント、体育祭に参加すること」。


この先進路がどうなるかわからないとはいえ

小規模な支援学校分教室や、多様な障害のある子のいる支援学校では

もうないかもしれない、お祭り騒ぎのような体育会系イベント。

青春ぽく、情熱を傾けてみんなの気持ちを一つにさせることに

長男が共感して実際その渦中で体験できる数少ないイベント。


やっぱり経験させてあげたかった。

三年生としての体育祭はやっぱり今までとは違うと思うし。

でもそれは勝手な私の親としての押し付けだったのかもしれない。

一般的にはそうかもしれないけれど、長男は飄々と休むことを受け入れている。

目に見えないことはなかったことになるのか、わかりにくいのか。

自分が家にいて、ゆっくりしている間に学校で

今まさにみんなで準備してきた本番の体育祭がやっているんだよ、と想像しにくいのか。

一体今までの1週間はこの子にとってなんだったんだろう。

そしてそんな子だからこそ、ちゃんと体験することで

みんなと頑張った共通経験を締めくくる実感を味わってほしかった。


結果も長男が出るはずだった綱引きは一位。

黄色ブロックも総合優勝をして、みんなで肩を抱き合わんばかりの大盛り上がり。

みんなが協力して得た総合優勝、先生たち見守ってくれてありがとう、

そんな言葉が応援団の子たちからも自然と出て、団結感は最高潮。

ああ、重ねがさね、この体験をさせてあげたかった。


私が偵察から家に戻っても本人は顔色もよく何事もなかったように、

しかもいつもよりゆったり過ごしている。

撮ってきた動画を見せると熱心に見ていたが、特に感想も飛び出さない。

「黄色ブロック、優勝だってさ」と私が言うと、そうなんだ、と特に反応もなし。


やっぱりそうなのか~、私とは感覚が違うな~と別の意味で打ちひしがれていると


その晩の日記に一言こう書いてあった。

「昨日までの練習の成果を出したかった、体育祭に出られなくて残念だった」


そうだった。

表出が苦手なんだった。

わからないんじゃなくてうまく表現できないんだ。

わかってるはずなのに、またわかってあげられていなかった私。

悔しい気持ちを一緒にわかちあって、次に向かうことができるのなら

それはそれでいい、「体育祭の一日」だったのかな。

この経験が未来の何かのために役に立つ日が来るのかもしれない。






ここ数年で急速に見直されているゆとり教育。

多様な経験をすること、考える力や発信する力を培うこと、

そんな意義をこめて、家庭や地域での教育力も伴って

今までの受験一辺倒、点数・偏差値主義の悪しき部分を改める目的だったと思う。


長男はまさに、幼稚園入園前後に完全週休二日が定着して

今、中三の義務教育終了を迎える直前に

脱ゆとりの改訂カリキュラムで大幅に学習内容が増えた。

この十年間の文科省の方針にもろに振り回されたというわけだ。


幸か不幸か、彼にとっては基礎学力の定着の部分にそれほど重きを置かず、

担任の力量によって大きく左右される(クラスの子みんながよく理解できる授業か

クラスの子みんながよくわからず適当にやっても大差がない)総合学習で

集団の中では大したハンデも目立たずにやってこられたのかもしれない。

しかし基礎学力を低学力の子にも、発達障害の子にも定着させるような(はずの)

脱ゆとり「新学習指導要領」がどこまで個々のニーズや認知にも対応する

特別支援仕様になるのかは、わからない。


ここ十年で療育や通常の学級での特別支援の意識、

特に社会の中での発達障害の認知は目を見張るものである。

名ばかりの特別支援学級と今までやってきたことを踏襲したがる現場の先生たち

(特に支援級の教員達)が「支援」してきた黎明期とはやはり格段の差がある。


これからますますのびのびと「自分らしく学ぶ」子どもたちが過ごせる通常級が

学校現場に増えてくることで、障害を正しく支援され正しく理解されながら

同じ社会環境でインクルージョン体制が整った教育ができる日がそう遠くないかもしれない。

長男には間に合わなかったが、それでもそんな「後輩」達が多く世に出て

そして「支援が必要な人がいるのが当たり前の社会」と考える「健常の」社会人たちも輩出され

発達障害を抱える「ちょっと困った人たち」とされていた人たちが

同じ権利を謳歌することができるようになる、そんな理想郷が現実になってもおかしくはない。


実際、現代の子どもたちの世界の中では、私たちが子どもの頃と比較すると格段に

そして年齢が上がり、中学に入るころには

「ランドセルを放り出してサッカーに行くのが正しい男子」などという

窮屈なステレオタイプだけが正解ではないことが理解されてきた。

「おれはアニオタだから」とか「あいつは鉄だからな」というのが

肯定的に、それこそ個性として認められるようになってきたことは

長男の生活を大きく楽なものに変えたと思う。


現在の理解も資源も限りある支援の中で長男は

「彼の段階にあった学びのスタイル」を犠牲にして

「大勢の中で学生生活を経験すること」を優先している。

基礎学力がついてない子も少なからずいる普通級で

目立つことなく社会で暮らしていくうえで大事なことを学んでいるだろう。

本当は彼の「勉強」の部分は特別支援としてもっともっと大事にされてもいいはず。


妥協なんかしなくてもしっかりと「総合的な」学習や基礎学力、

集団生活や社会スキルを当たり前に学べる場がもっと増えてしかるべきなのはもちろんだが

文科省の方針に振り回されたり、障害者雇用枠や年金制度に左右されずに

人間として何が大事なのかをはぐくむのが本来、子どもがいるべき教育の場であるはず。


去年の震災で多くの被害が出て、

障害者を雇用する企業が障害者から解雇せざるを得ない現状や

福祉作業所などでも急な変化に対応できない障害を持つ方々は

特に大変な思いをされたと思う。


学歴や偏差値にこだわることで、景気の動向や災害時、

政府の方針転換で大きなあおりを受けることよりも

うたれ強く、他人に優しく、いろんな経験を積んだ上でのしっかりした芯をもった

大きな人間に育ってほしい。

障害があってもなくても、忘れてしまいがちなことだけれど

大きなビジョンを見渡して、目の前の小さな問題を一つ一つ解決すること。

そんなこともきちんとできないのかと、長男に教えてもらっているような気がする。


強い人間を育てる、そんな強い人間になりたい。

そう自分に言い聞かせる。


前回の投稿の続きです。



「そんなにたくさんやらなくていいです。

国語や算数はのんびりやればいいです。

それよりもゆったりとした時間の中で、生活単元をしていきます。」


そんなふうに支援級の先生たちは言う。


同学年の交流学級の子たちはどんどん忙しくなるけど、努力をしてついていく。

膨大な犠牲を払って、学習だけについていき、小学校時代を「学習だけ」で過ごしたい。

そんな人はいないだろう。今しかできないいろんな経験をさせてあげたい。

どんな親でも思うだろう。



しかし国語や算数を学ぶことには明らかに意味がある、とやはり思う。

理科や社会を学ぶことだってやっぱり意味がある。

テストで点をとって、いい学校に入るため、受験で成功するための勉強ではなくて

やっぱり小学校の学習って、人間が「学ぶ」生き物である限り、

いろんなことの基礎になっている、と長男を見ていても3歳の次男を見ていても思う。



障害ゆえにどうしてもわからないところ、わかりにくいところ、

概念が理解できなかったり、複雑な操作を見落としてしまったり、

小手先だけで計算問題や漢字を暗記しようとしてもできるようになったとは確かに言えないだろう。

そして、10歳の壁をクリアできるかで、その後の人生の中で得られる体験は

少なからず変わってくると思う。


読解力に大変難有りの長男だが、

漢字の読み書きを漢検の受験対策に沿って学習しているうちに

漢字のもっている意味や読み方、四字熟語などを大変うまく使いこなす。

こんなに読解力がなくても漢字の意味で飛ばし読みするだけで

大まかな意味は把握できるのではないかと言うくらいだ。

しかし「読解」には結びつかない。

それでも表示や説明文、興味のある分野の本の内容を理解するには十分なところが多い。


今できないこと、まだわからない困難なことを

障害児はやらなくてもいいと、問題をすり替えてしまわれることはよくある。

優先順位として、漢字が書けるようになるよりも

他者とうまくコミュニケーションがとれるようになる方が大事だろうというのも

わからないではないが、それに極端な得手不得手があるのが発達障害児。

漢字の意味を理解して使いこなすようになるのが簡単な子も

(決して長男がそうだったわけではない。彼は通常の子どもの何十倍も努力をしただろう。

しかし特有の間違いはあるものの漢字の「概念」は獲得したと言っていいだろう)

相手の気持ちを考えたり、固まらずにすぐにごめんなさいと言うことが難しい子もいる。

順番としてコミュニケーションができるようになってから・・・ではなくて

並行して得意なことで自信をつけたり、応用することで新たな世界を広げていくことが

よっぽどしっくりくることが発達障害を持つ子どもには往々にあるだろう。


人よりゆっくり成長をしていく、ゆっくり概念を獲得していくこんな子たちだからこそ、

より長い期間「学ぶ」機会を与えることで、

より聡明な人間ができあがっていくのではないだろうか。

「この子は障害があるのだから勉強させるのはかわいそう

それよりも生きる力で、社会に役立つ力をつけさせてあげましょう」

もっともな意見ではあるが、それが即、勉強はしなくていいとは決してならない。


読む喜び、情報を得る喜び、自分を表現する権利、自分で決定する権利

そんなものを簡単に奪い去ってしまうのは、まさに人として認められていないのかなとも思ってしまう。

それが小学生であっても、中学生であっても、高校生であっても

学年相応の学習のスピードについていけなくなった「だけで」

勉強自体を無意味に感じる必要は全くない。 

勉強ってそんな適当なものではない。


学年相応の学習にいつまでも固執することではなく、

本人なりの学びを人として、親としていつまでも寄り添いつつ

豊かな人間として社会に送り出せるように、応援することこそが

私自身の親としての社会的役割なのではないかと改めて思った。

そしてその努力や、学ぶ意欲に対して何より尊いと感じることができるのも

本当に豊かな人間だけができることではないだろうか。

点数の付くもので判断せず、絶対的な努力や意欲に価値を感じられるような

そんな人間に育ってほしいと考えるのは障害児の親だからというわけではないだろう。

しかし障害児の親だから、見えにくい障害を抱える子の親だからこそ

気付かせてもらえたのかもしれない。

もう少しまとめたいので続きます。