高野山桃山公園 前原古墳 その2 となります。
前原古墳
我孫子市
高野山桃山公園にて
2024.1.25(木)撮影
前原古墳
おおよそ3世紀中ごろから8世紀初めまでを古墳時代といい,各地に権力者の墓として古墳が数多く作られました.手賀沼沿岸では柏市戸張の戸張一番割遺跡の前方後方墳と柏市片山(手賀の丘公園)にある北ノ作1·2号墳が3世紀中ごろと最も古い古墳であることが分かっています.我孫子市内では高野山にある水神山古墳が最も古い古墳(4世紀末)と考えられていました.水神山古墳は全長69mの前方後円墳で,千葉県北西部地区最大の前方後円墳として知られています.前方後円墳は大和政権とのつながりが深いと考えられることから,この時期に大和政権が我孫子付近に進出して影響を及ぼしたと考えられています.
平成21年2月に行った,高野山桃山公園の整備に伴う発掘調査では,一辺約15mの方墳が2基,手賀沼を見下ろすように並んでいる様子が確認されました(前原古墳,西に1号墳.東に2号墳).
古墳は残念ながら棺を埋めた主体部が既に失われ,副葬品の有無は不明ですが,古墳周囲の周溝から出土した土器は,3世紀後葉に属するものであり,水神山古墳をおよそ100年さかのぼり,現状では我孫子市最古の古墳であることが確認できました.
この付近は前期古墳が集まっていますが,これは古墳に葬られた権力者が沼への眺望を意識し,彼らが沼を支配していたことをうかがわせます.なお,前原古墳は,2基とも地下に埋め戻し,保存しています.
平成22年1月 我孫子市教育委員会
前原古墳は地味な形状です。
やはり前方後円墳がいいです…。
![真顔](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/622.png)
水神山古墳の画像は、ウィキペディアに掲載されていますので、リンク🔗のみ掲載して置きます。
水神山古墳
Wikipedia ウェブサイトより
今回はここまでです。