第8航空団司令 兼 築城基地司令 佐藤信知 空将補と
午前の曇り空も、ブルーインパルスの登場で青空に!

神風特別攻撃隊菊水銀河隊を顕彰する碑

昨日、12月8日、折しも開戦記念日に行われた「築城基地航空祭」にて「1日基地司令」を務めました。制服の重みをひしと感じながら、ひとりでも多くの隊員の皆さんに感謝の気持ちを伝えたいと思いながら基地内を歩きました。

 

 

安全や騒音の問題などもあり、こうした戦闘機部隊配置の基地トップは、ひとかたならぬご苦労をされているのだろうと改めて実感し、やはり、心身ともに鍛え上げられた人でないとできないだろうという感想を持ちました。

 

 

今回のお話しを頂いた時、必ずしたいことがありました。それは「神風特別攻撃隊菊水銀河隊慰霊碑の参拝です。これを実現できたことは、私にとって大きなことでした。併せて「殉国勇士の碑」にも参りました。こちらは正門の外にあり、来場する皆さんの波に逆行して前進しなければならず、辿り着けるのだろうかと案じましたが、私が先導しますと素早く出て来てくれた隊員さんに助けられ、ありがたかったです。それにしても、まさか制服姿で手を合わせることになるとは・・・まことに感無量でした。

 

 

築城基地から特攻機が飛び立ったことは、あまり知られていません。慰霊は鹿屋でひとまとまりに行われているようです。私はたまたま、佐藤守 元空将からこのお話を、もう10年以上も前に伺っていたのです。慰霊碑が完成するまでの詳しくは佐藤守 元空将の著書『ジェットパイロットが体験した超科学現象』をぜひご覧下さい。

 

 

昭和53年に築城基地司令宛に手紙が届き、そこには、親族が築城から出撃したものの詳しいことが分からないとあったそうです。そこで調査をしてみると、15人の方が築城基地から特攻を敢行したことが分かり、その慰霊碑を建立するに至ったといいます。これは、空自隊員有志が声を上げ、基金により実現したそうです。

 

 

「彼らが最後に地面を離れた滑走路が見える場所に作って欲しい」というご遺族の意向を受け、管制塔の下に建てられたのだそうです。

 

 

昭和54年3月17日に除幕式が行われます。前夜は初めてご遺族たちが対面した夕食会でしたが、雨がしと降る中だったと言いますが、当日は嘘のように晴れたそうです。

 

 

F-86F戦闘機5機の編隊飛行を密かに計画していた佐藤さんは安堵したといいます。そして、除幕式の終了直前に、5機の戦闘機が離陸することが分かると、ご遺族のひとりが「お兄さーん」と編隊に向かって呼びかけたのです。すると、それをきっかけに次々に皆さんが息子さんやご主人の名前を呼んで大空に飛び上がる機体に向かい手を振ったのだそうです。

 

 

「まるで34年前の特攻銀河隊の出撃のシーンにタイムスリップしたようでしたから、式典に参加した隊員ももらい泣きしていました」と佐藤さんの著書には記されています。

 

 

このエピソードを直接、伺ってから十数年たった先日、とてもお久しぶりに佐藤閣下とメールでやりとりをすることがあり、たまたま築城基地での出来事を思い出させてもらったのです。ああ、あの時聞いたお話しのあの基地からほど近い場所に私は今住んでいるんだと、はっと気づきました。

 

さらに不思議なことには、そのメールを頂いた日の午後に、築城基地から「1日基地司令」の依頼を頂いたのです。あまりのタイミングに本当に驚きました。

 

 

今年の航空祭のクライマックスは、訪れた人々が胸躍らせた「ブルーインパルス」の飛行でした。

 

 

青空を見上げる人々は皆、笑顔でした。ハートや、クリスマスツリーを描くと拍手や歓声が上がりました。喜ぶ子どもたちの顔を思い浮かべ、数々の演出を考えているに違いありません。特攻隊で散華した15人のパイロットたちも見守ってくれていたのではないでしょうか。

 

 

先人が遺してくれた平和をとことん味わい過ごしている私たちは、かつてこの滑走路を最後の地とした人たちのこと、それを涙で曇った目で見上げなければならなかった人たちがいたことも、必ず記憶にとどめなければならないと感じた1日でした。

 

 

隊員の皆さん、本当にお疲れ様でした。また、ご理解とご協力で支えて下さる近隣の皆さま、ありがとうございました。これからも、子供たちに夢と勇気を与えて下さい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おしらせです!

12月8日(日)航空自衛隊築城基地で開催される航空祭にて、なんと「1日基地司令」を拝命しました。



安全保障に関わっているとよく「平和を祈るだけではダメ」という言葉を聞くことがあります。当然、軍備充実は平和のためにも重要と考えています。では「祈ること」は無意味なのかと言えば、そうではありません。

 

私は、祈ることもまた大切だと思っています。「祈り」の効果があるとかないとか、それは誰にも証明できないからです。

 

 

いよいよローマ教皇来日の日が近づき、「核廃絶」のメッセージが大きく取り上げられています。

 

 

「現在の安倍政権の政策に矛盾することを発言される可能性が高く、外務省がかなり警戒しているという話も聞く」との予測コメントを目にすることがありました。そうでしょうか?

 

 

原発や死刑廃止についての問題に言及される場合は、その可能性もあるかもしれませんが、核兵器については、必ずしも矛盾するわけではないと思います。私自身も、いつかは人類が核廃絶を実現できればいいと思っていますし、政府も国連で核廃絶案を提出し採択されています。

 

 

ただ、それまでの方法については考え方が様々です。

 

 

現実的な取り組みから段階的に進めることが実効性を高めるのは言うまでもありません。

 

 

軍拡が軍縮に繋がった

一方で、ロシアと米国による中距離核戦力(INF)全廃条約が失効し、グアムや日本へのミサイル配備の必要性が高まっています。エスパー米国防長官は、将来はアジア地域にミサイルを配備する可能性があると述べています。

 

 

1970年代にソ連が中距離弾道ミサイル「SS20」を東ヨーロッパに配備して欧州全域を射程に収めたたことが思い出される流れです。

 

 

ソ連によるNATOのデカップリング(切り離し)戦略で、米国による対欧州拡大抑止の信頼性が崩壊したのです。

 

 

具体的には、ソ連が西ドイツに核ミサイルを撃ち込めば、米国は反撃するはずでしたが、そうなればソ連は第二撃でワシントンを同じように攻撃することになる。米国民はボンを守るためにワシントンやNYを犠牲にできるのかという懸念が生じました。

 

 

そこで米国は、新型巡航ミサイルであるパーシングⅡの欧州配備を開始。このことで、ソ連の攻撃を受けても欧州から第二撃が可能となり、結果的にワシントンは生き残るということになったのです。

 

 

ゴルバチョフ書記長はINF撤廃締結を決心。これにより冷戦が終わりました。

 

 

「軍拡が軍縮に帰結する」という事例でした。また、軍拡競争は経済的にも国を追い詰め疲弊させるため、限界点があることが分かりました。

 

 

こうした歴史的事実から考察すると、軍拡は決して怖いものではありません。「軍拡」=「悪」という固定概念が、むしろ平和を遠ざける図式さえ成り立ちます。

 

 

オバマ政権時代に軍縮をしたことが中国の増長を誘ったのであり、皮肉的にもINF条約で地上発射型中距離核戦力を米ロが削減した隙に、中国のミサイル開発は増大しました。INF条約撤廃は中国のミサイル能力向上が最大の原因であることは言うまでもありません。結果的に「軍縮」こそが「平和を乱すもの」になってしまったのです。

 

 

軍拡によって戦争は起こらない、そう考えると、軍拡をしても「真の平和を求めたい」と私は思っています。

 

 

INF条約のような成果に繋がる可能性を鑑みれば、もし仮に現政権として、核保有まではしないまでも、その持ち込みは認める(米艦船が燃料補給等で寄港することを見据えた)「非核三原則」の見直しに着手したとしても、それはアプローチが違うだけで、未来の「核廃絶」のためにするのだ、という意志表明をする必要性が出てくるのではないでしょうか。

 

 

触らぬ神に祟りなしで、この話題に触れないのではなく、政府や外務省は今以上に積極的な発信をしなくてはなりません。

 

 

また、非核三原則見直しをすべきと考える人が、核廃絶を訴える人を批判することは避けるべきだと思います。妨害するような行為は困りますが、核廃絶が叫ばれることにより、核は怖い物だと広く認知され、それが抑止力になるからです。これは富澤暉 元陸上幕僚長が述べています。同時に、仮に核がなくなっても通常兵器があるので平和は訪れないという現実も指摘されています。

 

 

「軍縮」の取り組みはなにかホンワカしたものとイメージされるようですが、軍備管理は国家間の非常に厳しい目と疑心暗鬼の中で行われ、良好な関係を築くとは限らないことも知っておかねばなりません。

 

 

祈ることの尊さも

天皇陛下の御即位に伴う様々な行事を通じ、今「祈り」の尊さを改めて感じています。実は私自身、ある「祈り」のイベントに最近、参加してきました。世界の全ての国193か国と地域(という言い方は大変残念ですが)の平和を祈ると言う非常にシンプルな集いでした。

 

 

自分のことを差し置いて、世界や、見知らぬ他人のためにだけ祈る。それは、容易にできることではないと実感しました。

 

 

しかし、それを毎日毎日、実行しておられる「祭祀王」としての天皇陛下を戴く私たちは本当に幸せだと痛感しています。また、異国の地において世界中の平和を祈り続けるあらゆる祭祀にも敬意を表します。

 

 

ですから「平和を祈るだけではダメ」とよく言われますが、祈ることそのものはとても尊く、実行せずに批判してはいけないなとも感じているものです。安全保障に関わる者としては、祈りも強化する必要を感じます。

 

 

さらに、過去に自国を守るために生命を懸けた先人たちへの感謝を絶対に忘れてはならないことも当然のことです。

 

 

共感できないのは「反省」と称して過去の人々を責めることや、軍備充実(秩序形成につながる)に対する反対運動をしたり、国家行事に政教分離を持ち出して訴えたりする行為です。Protesterではなくprayerでありたいものです。

 

 

宇宙戦争の先にあるものは

石原莞爾は『世界最終戦論』で、将来の戦いは霊界・幽霊の世界になる、つまり戦争発達の極限に達すると書いているようですが、今や「宇宙を制するものが世界を制する」などと言われる時代になってしまいました。

 

 

この宇宙分野への進出について、元米国防総省外国語学校日本語学部部長で元米陸軍大尉の加藤喬さんが今年2月のメルマガ(まぐまぐ「軍事情報」)で書かれていたことが印象的です。

 

 

(前略)

「軌道からは国境など見えない」。国籍にかかわらず宇宙飛行士たちは皆そう詠嘆します。月を周回するアポロ宇宙船から見た青い地球の姿に、世界はひとつだと実感した読者も多いことだと思います。

 

 

国際宇宙ステーション司令を含め4回の宇宙ミッションを達成した若田光一氏は、サインを求められると「地球人の世紀へ」と書くそうです。宇宙滞在が通算350日にもなる氏ならではの実感であり、また、偽らざる希望でしょう。



地上に目を戻すや、国境のみならず宗教、政治体制、イデオロギーで分断された世界の姿が待ち受けています。それどころか、米ロ中はいわゆる宇宙軍新設に突き進んでいる有様。陸海空に続き、遠からず天空も戦場と化すのかと暗澹たる気持ちになります・・。

 

同時に、複数の米英民間ベンチャー企業が弾道飛行ツアーを今年中に開始するとのニュースがあります。これまで厳選されたエリートしか行けなかった宇宙が、一般人にも開け放たれるのは朗報です。

 

 

かつて高嶺の花だった飛行機旅行が日常茶飯事になったように、宇宙への旅も意外に早く「手が届く贅沢」になるかも知れません。大多数の人々が「国境なき青い星」を目(ま)の当たりにする時代、ことによると若田氏が夢見る「地球人の世紀」が始まる・・・そんな期待が、わたしは捨てきれません。

(メルマガ「まぐまぐ軍事情報」より)

 

 

宇宙・サイバー・電磁・・・という新たな領域も加わり、エスカレートするばかりに感じる軍事分野ですが、その天井を抜けると見えてくるのは、青く輝いた「国境なき地球」なのかもしれません。

 

 

兵器も含めた文明の進化をいたずらに恐れるのではなく、受け入れつつ進み、希望を持つことが、人間に求められているのではないでしょうか。

 

最後まで読んで頂きありがとうございました!

 

 

 

 

先日、私が暮らす福岡県にある陸上自衛隊部隊から、夜9時頃に災害派遣のトラックなどが次々に出て行きました。夜通し運転して長野県に向かったようです。

 

 

ちょうどワールドカップラグビーの日本戦をテレビで放送している時間でした。真っ暗な道路に出て行ってみると、ヘッドライトを輝かせた車列が!初めはただ立って見ていたり、写真を撮ったりしていましたが、闇の中で気づかれないのは承知で大きく手を振ってみたら、ひとりだけ振り返してくれました!

 

 

普段、自衛隊のために何ができるか、どうしたら隊員さんのためになるか、考えておりますが、こんな時できることは手を振ることだけでした。

 

 

今、多くの皆さんが自衛隊の処遇向上を叫ばれるようになりました。多くの方の発信によりモノがない、お金がないなどの実態が知られるようになりましたので、これはありがたいことなのですが、一方で気になるのは、その内容が誇張されてしまったり「自衛隊いじめ」と誤認されていることが含まれていることです。

 

 

あるいは、自衛隊の様々な不備不足の原因が憲法や予算不足にあり、これらを解消すれば全て解決するといった声も聞かれます。

 

 

本当にそうなのか?当然、大切なことであることは間違いないのですが、まずは自衛隊とはどういうものか、を知ってもらうことが大事ではないかと思います。

 

 

災害派遣などで食事もままならなかったり、トイレも行かれない実態を紹介してきましたが、これは「可哀想だ」と言ってもらいたかったわけでなく、これが軍隊の姿だと知ってもらいたい気持ちでした。

 

 

隊員たちが不衛生な環境でいいと言っているわけではありません。そうではなく、陸上自衛官たちは野戦の訓練を積み、サバイバル能力を身に付けているプロ集団だということです。

 

 

トイレは貸して頂ければぜひご協力をお願いしたいですが、自衛官の多くが躊躇するのは汚れた格好で入ることへの気遣いであり、食べ物をもらっても受け取れないのは、他に仲間がたくさんいるという事情もあります。これらは憲法や予算の問題とは関係ありません。

 


多くの方に知ってもらいたいのは、自衛隊にしか対処しきれない自然災害が多発しているということです。国防が第一義であることは言を俟ちませんが、高度な訓練を受けた軍事組織でしかできないことが起きているという現実です。

 

 

長野では災害廃棄物の処理を、道路が混むからということで、深夜に行っていたようです。この光景を見た人は「氷雨が降る深夜に、黙々と作業をする姿に、ただ感謝するしかなかった」といいます。

 

 

台風19号が日本を襲う直前まで演習をしていた部隊もありました。直接台風が通らない地方でも、演習を早く切り上げていつでも出動できるよう備えていたとも聞きます。前倒しで終わらせるために徹夜をしなければならない人たちもいたようです。

 

 

それでも誰一人として不平を言うことなく、そのまま被災地に赴くのです。これをなし得るのは強靭な自衛隊をおいて他にありません。

 

 

「災害派遣は別組織を作るべき」という意見もあります。確かに、それができるならいいですが、現実には非効率的ですし、これだけの能力を持つ組織を簡単には作れません。

 


戦後70年かけて作り上げられた実力組織である自衛隊と「同等レベル」のものでしか、昨今の災害には対応できません。それをもう一つ創設するために時間とコスト、そして何より人材育成を考えれば、その間は自衛隊が担務することになり、それならば、自衛隊の人員や施設、装備をそのまま使うこととして、さらに充実させるほうが合理的になるでしょう。

 

 

私たちが監視の目を光らせなければならないのは災害派遣への期待の高まりの一方で「国防機能を低下させない」ことであり、自衛隊にはすでに「ミサイル防衛」と「災害派遣」の従来の防衛力プラスαが要求されているという現実を見据えた上で、応援していくことではないかと、つくづく思います。

 

 

それなのに、世論調査では、日本の防衛力を「現状のままでいい」と答える人が最も多いそうです。この回答をした人たちの認識を直ちに変えてもらわなくてはいけないと思います。

 

 

また、これも多くの人が勘違いをしていることですが、自衛隊にとっては訓練が本来の仕事です。災害派遣を速やかに終わらせ、訓練・演習のスケジュールに戻ってもらうことが国民の安全のために不可欠であることを知っておかねばなりません。