活字遊戯 ~BL/黄昏シリーズ~ -6ページ目

三國屋物語 第54話

 おぼろげな記憶をたどる。形のよい眉をした勝気そうな面差しが脳裏を過ぎった。たしかに美人ではあるが言葉を交わしたこともない。どうして貴が自分を選んだのか、その理由が思い当たらない。
 水揚げには、その村により決まったしきたりや作法がある。たんに男女が一夜をともにするのとはわけが違う。しかも篠塚は十七歳だ。とても貴の人生相談の相手になれる年齢ではない。なにより篠塚は貴のことをよく知らなかった。
 見ると重之助が探るように篠塚を見ていた。
「雅人」
「はい」
「怒らぬから正直に申せ」
「なにをでございまするか」
「お貴に名指しされるような事をしたであろう」
 重之助が上目遣(うわめづか)いに睨(にら)んでくる。篠塚が貴を口説いたとでも勘ぐっているのだろう。篠塚は口をへの字にすると、ぷいと横を向いた。
「お貴とは口をきいたこともござりませぬ」
「一度もか」
「相手の顔を見忘れるような、ふしだらな交際はいたしておりませぬ」
「その言葉、信じてよいのだな」
「はい」
 重之助との会話は、それで終わった。だがどうも引っかかる。どうして貴は自分の名前をだしてきたのだろう。篠塚は自室にもどると、これまで情を交わした相手を、ひとりひとり思いだしてみた。親の手前、あたかも清い交際をしてきたかのように語りはしたが、実際のところ名前どころか顔さえ思いだせない手合いが山ほどいる。結局、貴ほどの美人であれば忘れるはずがないという結論に達した。
 数日後、ふたたび仙太郎が重之助をたずねてきた。篠塚は土間でさめざめと泣いている仙太郎の姿をみて心底憐(あわ)れになった。水揚げというのは私的な行事ではなく村の風習であり公事だ。どこの娘が誰に水揚げしてもらったという事は村の誰もが知っている。つまり、貴の水揚げ如何(いかん)によっては村八分にされても文句はいえないのだ。村八分の残りの二分とは火事と葬儀を意味する。この二分のみは関わるが、そのほか一切(いっさい)の交流を断ち切られてしまう。ようするに村人として認めてもらえなくなるわけだ。これは仙太郎のみならず仙太郎の一族にとっても生き残れるかどうかの瀬戸際である。貴がどうしてそこまで自分に執着するのかわからないが男冥利(おとこみょうり)につきるともいえた。篠塚とて若い男だ。貴ほどの美人に求められ嫌な気分であるはずがなかった。そんなこともあり篠塚は仙太郎が帰った後、重之助に承諾する旨をつたえた。重之助は大そう驚いたようだった。
「ほんとうに良いのか」
「かまいませぬ」
「これは遊びではないのだぞ」
「もとより承知」
「しかしの……」
 重之助が腕組して押し黙った。
 貴は十六歳、篠塚は十七歳。これほど年齢の近い水揚げは例をみない。しかも篠塚は三男とはいえ武家の子だ。情がうつり篠塚が貴に恋慕してしまっては厄介なことになる。親としての重之助の心配はそこだろう。
 篠塚がいった。
「ひとつ、お願いがございまする」
「申してみよ」
「水揚げは灯りをとらずに、しとうございます」
「相手の顔を見ぬと申すか」
「はい」
「……相わかった」



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「三國屋物語」主な登場人物

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