三國屋物語 第19話
「瞬ちゃん」
瞬を「ちゃん」づけで呼んでくるのも、この多賀美(たがみ)屋だけだ。
「……これはこれは、多賀美屋さん。いらっしゃいませ」
「あいかわらず玉の肌だねえ」
多賀美屋が手をとり腕をさすってきた。おぞましさに身の毛がよだつ。瞬は愛想笑いをかえすと、さりげなく手を引っこめた。
「そうそう。新しい柄がはいっております。江戸でもいま流行(はやり)の柄でざいまして」
などと、さっそく売りにかかると、どういうわけか多賀美屋が無言で瞬の背後をみあげている。なんだろうと振り返ると、篠塚が怪訝(けげん)な面持ちで多賀美屋をみおろしていた。
「こちらのお武家さまは」
多賀美屋がどういうわけか恥じらすように問いかけてきた。頬まで紅く染めているではないか。多賀美屋はてっきり若い優男(やさおとこ)が好みかとおもっていたのだが、ひょっとして篠塚のような男が好みなのだろうか。
何度もくりかえした「水戸の郷士の」という言葉を口に出そうとすると、篠塚が
「用心棒だ」
と、ぶっきらぼうに答えた。
瞬は驚いてしまった。用心棒の件を引き受けてくれるのだろうか。
多賀美屋が善望の眼差しで瞬をみてきた。
「どこで探してきたんだい。こんな、いなせな用心棒」
瞬はただ愛想を返しただけで、昨日、助けてもらったとは説明しなかった。多賀美屋と長く話したくなかったこともあるが、なにより、多賀美屋が篠塚に色目を使うのが許せなかった。
篠塚は、そこで憮然(ぶぜん)として奥に引っ込んでしまった。
「瞬ちゃんといい、用心棒といい、愛想がないねえ」
「そのようなことは」
「いいよ。瞬ちゃんの代わりをみつけたから」
「わたくしの代わり……でございますか」
多賀美屋が袖を引いいてきた。おっかなびっくり耳をよせる。
「じつはね、隠れ布袋(ほてい)屋に瞬ちゃんにそっくりな影郎(かげろう)がいてね」
「影郎というと、あれでございますか」
「そう。男のあれだよ」
「天保の改革でなくなったと聞いておりますが」
「だから、隠れ、といっているじゃないか」
天保の改革(てんぽうのかいかく)とは、天保年間、十年以上にわたって行われた幕政や諸藩の改革のことである。逼迫(ひっぱく)した幕府の財政を復興させる事が目的であったが、そのなかには倹約令もしかれており、江戸を中心に庶民の娯楽にも多くの制限がくわえられた。この時おこなわれた風俗取締りで陰間(かげま)茶屋はおろか、芝居小屋、寄席(よせ)にまで規制はおよび、ことに歌舞伎への弾圧は熾烈(しれつ)であったという。ちなみに瞬は天保年間の生まれである。
多賀美屋が周囲をぐるりと見て、いっそう声をひそめた。
「これがまた世にも美しい影郎(かげろう)で」
「客筋はやはり、お坊さまでございますか」
「まあね。あとは、どこぞのお屋敷の奥女中なんかも、ちらほら」
「ちなみに、布袋(ほてい)と、いいますのは」
「その筋の屋号だよ」
影郎(かげろう)とは春を売る男、いわゆる男娼(だんしょう)である。
美童を愛でる風習は、もとは僧侶が稚児(ちご)を菩薩(ぼさつ)とあがめ愛でたことが始まりであったという。やがてこの風習は武士社会において小姓(こしょう)制度に姿をかえ大いに流行った。戦国から元禄(げんろく)にかけての衆道(しゅうどう)、あるいは義兄弟(ぎきょうだい)の契(ちぎ)りと呼ばれるものが、それである。
「さようでございますか」
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