活字遊戯 ~BL/黄昏シリーズ~ -42ページ目

三國屋物語 第25話

「ところで」
「はい」
「塀の外にいたのは土方と沖田に違いないのだな」
「間違いございません」
「きいてみるか」
「は?」
「藤木だ。当人にきくのが一番手っとりばやい。話によっては、おまえ、虎の尾をふむことになるやも知れんぞ」
「………」



 篠塚の部屋にいき声をかける。「しばらく」という声がして、藤木が自分から襖をあけてきた。床にはいった形跡がある。横になってはみたものの寝付けなかったといったところか。
 篠塚が少し訊きたいことがあるというと、藤木は別段、嫌がるようすもなく事の成りゆきを説明しだした。
 藤木は人を探しており、京にくるまえは江戸にいたという。篠塚が「どうして京へ」と訊ねると、たまたま江戸で再会した同郷の者が探している男を京で見かけたというので、藁にもすがるおもいで京に上ってきたのだといった。
「相手は女か」
「いや、男だ」
 篠塚がちらと瞬をみて形容しがたい表情をつくった。瞬が頬のあたりを膨らませる。篠塚はあわてて「で」といって、先をうながした。
「京にはいったのは夕刻になってからだった」
 藤木は床の間に活けられた山茶花(さざんか)を眺めながら、ぽつりぽつりと話しだした。
 京ははじめてで右も左もわからない。仕方なく神社の祠(ほこら)にいて仮眠をとっていると夜になって甲高い女の悲鳴がきこえてきた。声につられ境内(けいだい)に出てみると二つの影がみえた。月はちょうど雲にかくれ、あたりは暗闇だ。夜目になれてきて目をこらすと武家風の男と若い娘のようだった。悲鳴をきいていなかったら単なる男女の逢引とおもっただろう。女は両膝つき頭をふかく垂れており男は背後から女を抱いているように見えた。
 雲が流れ月がのぞいた。女の左胸に白刃がきらめくのをみて藤木は息をのんだ。
 女が枯れ木をおもわせる不自然な動きで地面につっぷす。男は女の口に手をかざし息を確かめると、胸に突き立った短刀の柄に女の両手をあてがった。その時、一陣の風が吹き楓の葉が藤木の肩に舞い落ちてきた。
「誰だ」
 叫ぶより早く男が抜刀した。藤木は自分も抜刀すると、じりじりと後ずさった。京へは人を探しにきたのだ。ここで事を起こしては捜索を断念しなくてはならなくなる。
 男が大上段から刀を振り下ろしてきた。荒い剣だ。酔っているのかも知れない。身をかわしただけで男はよろよろと体勢をくずした。それを機に、すばやく踵(きびす)をかえす。その時、腕にひやりとした痛みがはしった。男が遮二無二(しゃにむに)斬りあげた切先(きっさき)が運悪く腕をかすったようだ。幸い傷は浅い。振りむきざま男の腹に蹴(け)りをいれる。男が腹をおさえ、その場にうずくまった。
 敵が増えていることに気がついたのは、その場を離れて半時ほどたってからだった。先刻の男が仲間に知らせたのだろう。単なる男女の痴情のもつれではない。しかも追ってくる男たちの殺気から、かなり腕のたつ連中であると悟った。不慣れな土地で、そのうち追い詰められるだろう事は想像に難くない。予想はすぐに的中した。通りを前後から挟まれ立ち往生しているところで、たまたま目にはいったのが三國屋の裏木戸だった。塀によじのぼり息をひそめる。そこへ瞬が姿をあらわしたのだ。
「庭にひそみ朝になったら立ち退くつもりだった。だが、そこもとがあまりに……」
「駿介さまに似ていた」
 瞬がいうと、藤木が自嘲の笑みをこぼした。




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「三國屋物語」主な登場人物

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