三國屋物語 第44話
騒ぎが遠のくと、瞬は誠衛門(せいえもん)の部屋へとむかった。障子をひき中をうかがう。誠衛門も母の加奈も安らかな寝息をたてていた。
「剛(ごう)の者だな」
篠塚が失笑する。
「父も母も床につくのが早うございますから」
恥ずかしげにいうと、篠塚が指先で瞬の唇をさらりと撫でてきた。
「この血は」
「ご心配にはおよびません」
「……遅くなってすまなかった」
首を横にしながら篠塚の胸にしがみつく。今になって足に震えがきた。
温かい……。
広い胸に顔をうずめ安堵(あんど)の息をもらす。恐怖が瞬く間にひいていく。
「瞬」
「はい」
「店(たな)の者たちは無事なのか」
「あ」
篠塚の言葉に、弾かれたように母屋へとむかう。
丁稚(でっち)部屋にいくと部屋の隅に人だかりができていた。
「どうしたんだい」
「若旦さん。松吉どんが」
「松吉?」
ひやりとした不安が胸中に広がる。押しわけるようにしていくと松吉が蒼白な面持ちで横たわっていた。
なんてむごい……。
口から血を流し、頬や顎にも殴られたようなあとがあった。脇腹に手をあて呼吸するのも辛そうだ。おびただしい汗が寝間着を濡らしていた。
松吉の脇に両膝つき小さく名を呼ぶ。松吉がうっすらと目をあけ弱々しげに微笑んだ。
「若旦さん……お怪我(けが)は」
「わたしは大丈夫だよ」
袖のたもとで額の汗を拭ってやる。松吉の頬を涙が伝った。
瞬は誰にでもなく、
「良庵(りょうあん)先生は呼んだのかい」
と急くように問いかけた。
すぐと、桂三(けいぞう)が向かっているとの答えがかえってきた。
血にぬれた松吉の手にふれ顔を近づける。
「すぐに先生が来てくださるからね。それまで気を確かにもつんだよ」
お米(よね)が大粒の涙をこぼし鼻をすすりあげた。
「松吉どん、奥にいこうとする賊にしがみついたんです。奥にはいかせないって、それはもう何度も何度も……」
この小さな体で……。
瞬は嗚咽(おえつ)がこぼれでそうになるのを必死にこらえた。
大きな手が肩にかかってきた。
涙ぐみ肩越しに振りかえる。
篠塚だった。
「いいか」
そういうと篠塚は膝をつき、松吉の脇腹(わきばら)をそっと手でさすった。
「頭は打たなかったか」
「へえ」
「指は動くか」
松吉が指を動かせてみせる。
篠塚はうなずくと、松吉の目の前に人差し指をたてた。
「これは何本だ」
松吉が一本だと答えると、手をそえ松吉の両脚、両腕をかるく動かし表情を和(やわ)らげた。
「あばらに、ひびがはいっているようだが、おそらく手も足も打身(うちみ)だけだろう」
息を殺し周囲をとりまいていた奉公人たちが、いっせいに喜びの声をあげた。
それから同心がやってきて奉公人ひとりひとりに、いろいろと訊いていたが、手がかりになる情報はなにも出てこなかった。
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