三國屋物語 第45話
長い夜が明けた。
松吉は篠塚のいうとおり、あばら骨にひびが入っていたが、半月もすれば治ると治療にあたった医師の良庵がいっていた。
瞬は松吉に部屋を用意して、そこに寝かせた。しばらくの間は食事も部屋に運ばせ、瞬と篠塚と松吉、三人で食べることにした。
朝になって目をさましてきた誠衛門は昨夜の騒動をきかされ震えあがっていた。瞬は勿怪(もっけ)の幸いと、篠塚の手当てを引きあげにかかった。篠塚がいなければ賊の手が我が身にも降りかかったに違いない。そう考えた誠衛門が、もっともだと首を縦にしてきたのはいうまでもない。
賊の行方は杳(よう)として知れなかった。黒頭巾の男たちは忽然(こつぜん)と闇に消えたのだ。
「どうだ、痛むか」
今朝も、まかないに加わり水汲みを手伝った篠塚は、その足で松吉の部屋に顔をだした。
「もう平気でございます」
「だが今日明日ぐらいは大人しくしていろ。でないと、かえって治りが遅くなるぞ」
起きあがろうとする松吉を手で制し、布団の脇に胡坐(あぐら)をかく。松吉が黒目がちな瞳で見あげてきた。
「度胸があるのだな」
褒(ほ)められることに慣れていないのだろう、松吉が眉をあげ、さっと顔を赤らめた。
「昨夜あれから、若旦那が、おまえを自分の世話係にするのだと張り切っていたぞ」
「若旦さんが……?」
松吉が目を丸くし、やがて小づくりな顔に満面の笑みをうかべた。
「若旦那は好きか」
「若旦さんは、とても立派な方です」
「ほう……」
意外だった。奉公人たちが瞬をどのように見ているのか篠塚は知らない。
「どんなところが立派なのだ」
「手前ども丁稚(でっち)の、おかずを増やしてくださいました」
「おかず?」
「いつも、お腹が空いておりましたので」
「なるほど。いまは腹は空かないか」
松吉はしばらく考えると、
「少しだけ」
と、つぶやいた。
生真面目(きまじめ)な表情に自然と口元がほころんでしまう。不思議な魅力をもった少年だった。
「休みの日をつくって下さったのも若旦さんです」
「それまで休みがなかったのか」
「へえ」
篠塚が感心してうなずく。
ひとりで時間を持て余しているのだろう。松吉は、まるで身内の自慢(じまん)話でもするかのように熱心に語った。
「三月に一度、良庵先生の診療をうけられるよう計らって下さったのも若旦さんです。……それから、お出かけになると、みやげだと仰(おっしゃ)って手前どもに甘いお菓子をふるまって下さいます」
「そうか」
菓子の味を思いだしたのか、松吉が小さく喉(のど)を鳴らした。
瞬が事あるごとに甘いものが食べたいといっているのは、これかと合点(がてん)がいく。
いかにも瞬らしい……。
情のある細やかな配慮だ。
一見、頼りなげにみえる瞬だが、篠塚が考えている以上に奉公人たちに気を遣っているのだと知った。豪商(ごうしょう)の家に生まれ奉公人たちに囲まれて育つうち自然と身についた優しさであり素養なのだろう。上に立つ者として器量を問われるのは、なにも公家や武家の世界に限ったことではない。
「もうすぐ朝飯がくる。それまで大人しく寝ているのだぞ」
いうと、松吉が布団のなかで行儀よく脇に手を添え天井(てんじょう)をにらんだ。余裕のない素直さが微笑みをさそう。瞬がこの松吉に、なにかと目をかける気持ちがわかる気がした。
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