三國屋物語 第46話
瞬の部屋にいくと、今朝はまだ寝入っていた。さすがに昨夜は疲れたとみえる。賊に殴られた頬がすこし腫(は)れていた。つと手をのばし触れてみる。すこし熱を持っていた。
手が冷たかったのだろう。瞬が重そうに瞼(まぶた)をひらいた。
「篠塚さん……」
囁くようにいって、ふわりと笑みをこぼす。胸がとたんに騒ぎだした。
手首に透けてみえる青い血管。襟元(えりもと)にのぞく白い鎖骨。柔らかそうな唇。どうしてこれが男なのだ。
篠塚の惑乱(わくらん)をよそに、瞬が派手に布団(ふとん)を跳ねあげた。おもわず身を仰けぞらせ後手つく。
「おい……」
瞬が穴があくほど見つめてくる。篠塚が目のやり場に困っていると、ふたたび布団にくるまり、そのまま動かなくなった。
「忙しいやつだな」
「いつから、そこにいらしたのでございますか」
布団の中から、くぐもった声がもれてきた。
「今しがた、きたところだ」
「わたくし、腑抜(ふぬ)けた顔をしておりませんでしたか」
「物々しい顔で寝るやつがいるのか」
「………」
瞬は布団の中で、あれこれ思考をめぐらせた。きっとあられもない寝姿をさらしていたに違いない。いやまて、あられもないというのは女子(おなご)に対してつかう言葉であったろうか。いや、そのような事はどうでもいい。篠塚は瞬の阿呆面(あほうづら)を見て笑っていた。だから目を合わそうとしないのだ。
「ひとつききたいのだが」
返事のかわりに嘆息をもらす。
「おまえ、昨夜の賊に見覚えはなかったか」
瞬刻、土方の顔が脳裏(のうり)を過ぎった。
篠塚が、どうだと念を押してくる。
瞬はそろりと起きあがると膝をそろえ篠塚に向きなおった。
「あの時、わたくしを助けて下さったのは、土方さまでございます」
「やはりそうか」
篠塚が畳にうっすらと残る血痕に視線を投げた。
「どうして土方さまは、わたくしを」
「おまえは常々、土方は優しい男だといっていただろう」
瞬は深くうつむくと落ち着かないそぶりで膝のうえの指先を弄(もてあそ)んだ。
身がすくむほど冷酷な眼。あの時の土方は瞬の知っている土方ではなかった。
篠塚がいった。
「外から刀を突きいれる時、俺は一瞬ためらった」
「なにをでございますか」
「あのまま刀を突き通せば賊のひとりを確実に葬(ほうむ)ることができた」
「賊に情けをかけたのでございますか」
篠塚がかぶりをふり自嘲(じちょう)の笑みをもらした。
「恐かったのだ。人を殺(あや)めたくなかった。だが、土方は情けをかけられたと受けとったのかも知れぬ。だからおまえを」
「良うございました」
「ん?」
「篠塚さんが人を殺めなくて良うございました」
「瞬……」
「相手は賊にございます。篠塚さんが好んでお手を汚すことはございません。本当に良うございました」
「おまえは不思議なやつだ」
「は?」
篠塚が瞬の手をひいてきた。目をしばたかせ篠塚をみあげると、そのまま硬い胸に抱き寄せられた。
あ……。
胸が動悸(どうき)を打った。
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