活字遊戯 ~BL/黄昏シリーズ~ -1022ページ目

scene6

 稽古が終って次のクラスの門弟が集まりはじめた。瞬(しゅん)は借りた道着を丁寧(ていねい)にたたむと、受付横の返却ボックスに戻しにいった。
「こら、洗って返すんだぞ」
「え?」
 篠塚(しのづか)だった。
「横の注意書き、ちゃんと読めよ」
 見ると確かに貼り紙はしてあったがメインで書かれているのは英語と中国語と、その他わけのわからない言語で、一番下にもうしわけ程度に日本語で「洗って返却して下さい」と、小さく書かれてあった。貸し出しの多くは外国人なのだろう。瞬は道着を抱えると、「失礼します」と、誰にともなく頭をさげた。すると篠塚が「やめるのか?」と言って、探るような視線を送ってきた。
「はい」
「一ヶ月待てよ」
「一ヶ月?」
「俺は一ヶ月したら赴任先のニューヨークに戻る。しばらく休暇をとっているんだ」
 だから何なんだ……。
 かなり自己中心的な考えだ。だいたい門弟と師範という関係だからといって今日が初対面である。慣れなれしいを通りこして、しごく無礼な物言いに聞こえた。
「でも、それと僕と、どう関係があるんですか?」
「おまえ、筋がいいんだ」
「僕が……?」
「最初に腰技で受身をとらせたろう。三段クラスの実力があると思った。だから技もかけさせたんだが……、哀しいかな白帯の女子高生以下だった」
 言って、篠塚が苦笑した。瞬は軽くにらむと、「やめます」と、背をむけ靴箱へとむかった。
「明日、この時間に道着を返しにこいよ」
「会社がありますので、わかりません」
「俺は毎日ここにつめてるから」
 瞬はドアのノブに手をかけ、「お先に失礼します」と言って、深々と頭をさげた。


 道場から家まで歩いて十分ほどの距離だった。瞬は家につくと貸し道着を洗濯機に放りこみ、すぐさまシャワーを浴びた。母親の佳奈子は買い物にでも行っているのだろう。シャワーのあと冷蔵庫から冷えたミネラル・ウォーターをとりだす。その場で勢いよくひとくち飲むと、二階の自分の部屋へといき、ごろりとベッドに寝転んだ。ふと見ると、机の上の携帯電話が点滅している。着信を見ると会社の同僚の佐々木からだった。三度の履歴だ。
「なんだろう……」
 瞬が電話をかけると、佐々木が、いくぶん興奮した声で、「おい、聞いたか?」と言ってきた。瞬は、わけがわからず、「なにを?」と、間の抜けた声をだした。
「合併だ! キエネコーポレーションに吸収合併されるかもしれない!」
 キエネといえば、ポラソニックのライバル会社ではないか。瞬の勤めている会社はポラソニックの直営の子会社だった。
「だって……、業績、そんなに悪くなかったんじゃ」
「わかんないけどさ、俺、朝、人事部のやつに聞いたんだ。役員報酬カットしても間に合わなくて社員の時短に踏み切るけど、それも長くは持たないだろうって。明日にでも正式に発表されるんじゃないかな」
「そんな……」



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