scene5 | 活字遊戯 ~BL/黄昏シリーズ~

scene5

 篠塚は、しばらく寝そべったまま瞬を見ていたが何を思ったか、いきなり瞬の腕をつかむと勢いよく引きよせた。
「え?」
 瞬が篠塚の胸に飛びこむと同時に背後で何かが叩きつけられるような音がした。篠塚の一喝がとんだ。
「いま掛かりの稽古だろう! 誰だ投げ打ってるのは!」
 瞬は篠塚に寄り添ったままの状態で首だけ背後にまわした。ハイリと呼ばれる大男のドイツ人が受身をとった体勢で苦笑しつつ頭を掻いている。
「トニー、技(わざ)、効かしすぎ。あれじゃ受身とらないとケガするね」
 どうやら篠塚は瞬を庇(かば)ってくれたらしい。ハイリの下敷きになった自分を想像して瞬は生唾を呑んだ。向こうでハイリを投げたらしいアメリカ人が、腰を折るようにして頭をさげてきた。
「………」
 篠塚は瞬の背中にまわした腕をゆるめると、「おまえも少しは周囲をみろ」と、叱責(しっせき)するような口調で言った。
「……すみません」
「さっきの技、俺が掛けてみるから。ちゃんとおぼえろよ」
「……はい」
 どうして、こうなるんだ……。
 話が飛んでしまった。この篠塚の強引さは、これまで瞬が会った誰よりも容赦のないものだったが、どこか逆らえないものを持っていた。生まれ育った環境のせいだろうか、篠塚という男は相手の気持ちを逆撫(さかな)でしてもなお、それを無条件に納得させてしまう容姿と威風辺りを払う感があった。
 篠塚が、先刻、瞬が掛けたものと同じ技をかけてくる。瞬は篠塚の腕が自分の首に触れると同時に篠塚のわき腹のあたりを手のひらで二度叩いた。「参った」の合図である。
 篠塚が訝(いぶか)しげな表情で瞬の顔をのぞきこんできた。
「まだ技を効かせてないぞ」
「でも、怪我をしちゃいけないから早めに参ったするようにって先生が」
「なるほど、そう言うことか」
「は?」
「どうりで受身ばかり上達するわけだ」
 言いながら篠塚が元の体勢にもどり腕に力をいれてきた。頚動脈(けいどうみゃく)のあたりに腕がくいこむ。呼吸がさえぎられた。
 落とされる……!
 瞬は力まかせに篠塚のわき腹あたりを二度叩いた。篠塚がとたんに腕の力をゆるめる。瞬は首に手を当て大きく息を吐きだした。
「どこに効かすかわかったろう」
「………」
「おまえみたいに技が掛かる前に参ったしていると技自体を習得するのは無理だ。とりあえず一度はちゃんと技を見きわめろ。でなきゃ、十年通ってこようが二十年通ってこようが、ひとつとして技は身につかないぞ」
 この人、ちゃんと師範なんだ……。




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