scene4
「だって……」
これまで稽古してきたが問題なく相手は受身をとっていた。技が効かないことなど無かったのだ。
「わあ! 篠塚先生!」
「やだ、日本に帰ってきてたの?」
「ねえ、私に教えてよ」
突然、奇声にもにた声が同時にあがった。見ると若い女性が三人、いきなり駆け寄ってきて篠塚を取り囲んだ。篠塚の腕をつかむ者もいれば両手で頬を挟む者もいる。あまりの慣れなれしさに瞬は唖然とした。
道場に通ってきている評判の女子大生トリオだった。美人ぞろいで、しかも強い。ここの道場の師範が彼女たちの大学にある合気道部の顧問をしており、なにかと噂の的になる三人だった。
篠塚は苦笑すると、「後でな」と言って、瞬に視線を投げた。
「あの、僕は他の人と組みますから……」
「俺と組むのが、そんなに嫌か」
嫌だと口に出したかったが、さすがに面とむかっては言いにくい。
「おまえたちも、とっとと稽古を始めろ。遅れてきて邪魔するな」
言われると、女子大生トリオは瞬を軽く見て口をとがらせた。
なんだよ……。
篠塚は瞬にむきなおると道着をなおしながら、「おまえ、決め技を掛けてみろ」と言ってきた。
「決め技……」
瞬は決め技が苦手だった。特に篠塚のような体格の良い相手だと決めているのか決められているのか分からなくなってしまうのだ。いつも見よう見真似でこなしてはいるが実際のところ、どこをどう決めればいいのか理解できていなかった。
だが、また怒鳴られるのも癪(しゃく)にさわる。瞬は篠塚の首に腕をひっかけると、そのまま勢いよく倒れこんだ。篠塚が受身をとりながら同じタイミングで倒れこむ。瞬は首の頚動脈(けいどうみゃく)に狙いをさだめると、そのまま絞技(しめわざ)に持ちこんだ。うっすらと汗がでてきた。まだ五月だったが今日は朝から夏日のような蒸し暑さがあった。
ムスク……?
香水だろうか、篠塚から、ほのかに甘い香りがただよっていた。
「決めていいぞ」
「あれ……?」
いつもなら、とうに決まっているはずなのだ。篠塚が口をへの字にして溜息をついた。
「おまえ、一年間なにしてたんだ」
瞬は表情を強張(こわば)らせると腕をほどいて篠塚をにらんだ。
「だから辞めたいんです! わかったでしょう? 僕には合わないんです!」
横から女子大生トリオの笑い声が聞こえてきたが、もう、どうでも良かった。
たかが習い事で、なんで、ここまで言われなきゃならないんだよ……。