
少し立ち直ってきたのに、体調を週末に崩して発熱ずっと寝ていました…そしたらまた頭の中でぐるぐるぐるぐる…もやもや、後悔の闇の中まさに深海…
ダメなママです

少し立ち直ってきたのに、体調を週末に崩して発熱ずっと寝ていました…そしたらまた頭の中でぐるぐるぐるぐる…もやもや、後悔の闇の中まさに深海…
ダメなママです
はこちゃんの膿胸について
みなさんのお役に少しでもたちますように記録します。
菌培養の結果→嫌気菌であるバクテロイデス菌が胸腔内で増殖していたことがわかりました。
どの薬が有効なのかも調べてもらいました。
使用していたオールマイティーにきく抗生剤のうちはじめに使っていた1つは効いおらず、後で追加した1つは効いていたとのこと。
菌培養には1週間かかる…長すぎる即座に結果がでる世の中なら効果的な薬がすぐ使用できたのに…筋肉もほぼなく2キロしかないはこちゃんの体力はそこまで持たなかったね
【はこちゃんの症状】
○食欲不振(まったく食べないわけではない)
○寝てばかりいる
○抱っこを嫌がる鳴く
○呼吸数が早い←体勢によっても左右される。明らかに呼吸がおかしく早くなったのは亡くなる2日前の夕方、朝受診した日の夕方でした。
○ゴロゴロ言う→甘えて言っているのと判別が難しい
○病院での血液検査は、白血球が高い以外そこまで異常な数値は無し。
肺の音心臓の音クリア
膿胸には、咳、発熱、鈍い音が聞こえる。とありますが、はこちゃんは無かったんです。
夜間に行った時でさえ、肺の音心臓の音はクリアでした。熱咳もなし。
元気がないな…食欲落ちたな…何かおかしい
白血球が高い…一度膿胸も疑って先生に相談してみてください。
早期発見が助かる道です。
私は膿胸の知識がなく知りませんでした💦
知っていたら…と強く強く思います!!
元気がないな…薬効いてください!!と願いながら悪化する前日までよかれと飲ませていた免疫抑制剤
膿胸には逆効果
最低だ私…
原因はさだかではないですが、はこちゃんは免疫抑制剤を使用し続けてきた結果猫ちゃんが本来持っている菌が何らかの理由で悪さをしたのでは…との見解でした。
膿胸はお外の猫ちゃんや複数飼いの猫ちゃん(ケンカの傷から)、免疫抑制している猫ちゃんに多い病気だそうです。
また、膿胸は治療経験豊富な病院では、全身麻酔しなくてもドレーンが入れられる海外性の細いチューブを使用できる病院もあるようです。これを取り入れてる病院なら、状態が悪く弱っていたり基礎疾患があり麻酔のリスクが高い子でも負担少なく効果的なドレーンチューブで治療でき治癒がのぞめるようです
私の宝物はこちゃん
好きすぎて困ってしまうぐらい大大大大大好きなはーちゃん
娘に息子&兄にゃん二匹の末っ子だからか…何しても可愛くて可愛くて、こんなに可愛いこいるの~ってぐらいびっくりするぐらい可愛くて
一度も、も~ダメとかちょっと~とかも一切言ったことありません。言わせないそんな不思議な可愛さを持っていたかわいこちゃん
お世話できることが幸せで
うんちが落ちていようがおしっこで汚れようが、「わぁうんち出たんだねよかったよかったね~汚れちゃったねごめんね気付くの遅れて」
私の枕の横がご飯を食べる場所!
夜中何回もご飯欲しがって起こしてきても、10分前にあげたのに、ん?また?なんてことしょっちゅうで、それでも「たくさん食べてかしこいね」…ウトウト…ウトウト…お皿に手をかけながら寝てしまう私…クチャクチャ…ん?兄にゃんに食べられてた~ごめん
なんてことは日常茶飯事でした~ごめんねはこちゃん!
預かりボラ時代の2020年12月に、我が家にきてくれたはこちゃん
箱の中にいるところ保護されたのではこちゃんって名前つけてもらっていたね
出会った時キラキラな大きな瞳で見つめてきたよね…はこちゃんって声をかけるとペロペロ手を舐めてくれて、これでもか~ってぐらいみんなの手を舐めて舐めて
いつもうさぎみたいにピョンピョンしてて
初挨拶兄にゃんにシャーって言われても聞こえてないのかな?ってぐらい動じなくて我が道を進んで、そのまま兄にゃんの真ん中に入りこんで、私の居場所はここよって3匹で寝ていたよね。
あの時は、この子は強いな~すごいな~ってびっくりしたよ!兄にゃんたちも「にゃんだこの可愛い子は」ってなってたはず
この時ぐらい生後4ヶ月ぐらいから、食べているのに痩せはじめてきて、みんなより運動神経があきらかに悪いなと思い始めて、肝臓の数値が高いアンモニアが高いと言われて門脈シャント疑いになり、療法食で経過観察しながら定期的に通院。セカンドオピニオンにもいったよね。
結果慢性胆管炎と言われ、体重をキープしそのまま経過観察するしかない。食べなくなれば受診となりました。
でも、少しずつ少しずつできることが減っていき、食べてるのに痩せてるし、何かがおかしい何かがおかしいって…相談しても個性かな…となったよね。歩けているから…
病弱なはこちゃんは一度も里親会にでれなかったよね。だから見送るばかりで、預かりっこだから里親さんをさがさないとそう思って、そうしないとって言い聞かせて、病気のことをのせて里親サイトに載せたこともありました。1度声がかかったことも、里子にでると緊張します、なので初日は食べないなんてこともある。でも1回食べない1日食べないことがはこちゃんにはリスクが大きくて、不安で喜べない自分がいて…
いろいろ家族みんなで考えました
「我が子にしよう」「もう家族やん」
赤い糸は繋がっていました~改めて我が家へようこそ
我が子になってから、いろいろ調べて何件も病院をまわったよね。
ん~FIPかな?検査してみよう
ん~心臓かな?心電図…
ん~脳かな?でもしっかりしてるし
歩けているんですよね?運動神経悪いこもいるしね。血液検査的にも大丈夫。
なかなか気付いてもらえなくて…
急に倒れて起き上がれなくなり…
やっと筋肉の難病だと気付いてもらえた時には、
病は進行していました…
免疫介在多発性ニューロパチーミオパチーは治らない病気です。進行していずれは寝たきりにそして死に至る病気。病気そのものより誤嚥性肺炎等の合併症で急に亡くなったりすることが多い病気。寿命は短い。
治癒できる方法は病が発覚してもなくて、免疫抑制をしながら少しでも進行を遅らせるリハビリをする。それしかなくて。
人間やわんちゃんと違って猫のリハビリは難しくて、なかなか思うようにできないのも事実で…
数値にでないので薬も効いているのかきいていないのかわからなくて…
この病気の猫ちゃんはほとんどいない…だから病院の先生たちが、この病気かも?って疑えなくても仕方ない、そう大きな病院の神経専門の先生は言っていました。難病→診断までにも時間がかかり、治癒も難しい病気そんな病気を難病と言うんだよと説明を受けました。
この病気の合併症…腸閉塞腸絞扼性イレウスにもなり緊急手術、その時に口がみんなの半分以下しかあかないこと。体が伸びないこと開きにくいこと…いろんなことがわかり、閉塞部分も初めてみるような状態だったらしく…先生も今まで経験したことのない見たことのない状態で、うちでは無理かもって高度医療施設専門の先生ならと諦めかけたようです、でもなんとかって命がけの手術を成功させてくれました。
そこから経鼻栄養をカテーテルを頑張って回復したよね
はこちゃんすごくすごくがんばったよね!
朝晩の抗癌剤注射にも通いました
定期的な検査もがんばりました
たくさんたくさんがんばりました
そして免疫抑制しているとおこる合併症でもある膿胸に…
こんなにも色々乗り越えてきたはこちゃんだから、今回もきっと帰ってきてくれる!!そう思っていました…悔しいなやっぱり悔しいな
4年半の闘病生活
最後の半月ぐらいは、足もひきずりながら歩き、2センチぐらいの段差がやっとで…寝転ぶと自分では起き上がれなくて…水を飲むとむせる…ご飯を食べるとむせる…
毎日がしんどかったかな…
幸せだったかな…
はこちゃん…はーちゃん
幸せであったと願いたいです…
ママは、はこちゃんのママになれて最高に幸せでした
最近元気がないな筋力が更に弱ってきたかな…酷暑だしエアコンつけっぱなし難しい…でもご飯は食べているし…ん?でもご飯の食べる量が少し減ったな…
11日~12日の朝方にかけてご飯を食べ、トイレに行きたくてもきっとしんどくて行けなくて朝方トイレの前で倒れていたはこちゃん。鳴いていたのに気付いて起こしてトイレに連れていって支えてあげると、粘液混じりのうんちがでた。粘液が多めだけどよかったよかったうんちがでたね!と喜び、寝床に運んであげました。トイレの中や前で倒れていることは何度もあったので、うんちがでたことの喜びの方に気持ちがいっちゃいました…。
12日の日中~チュールしか口にしない…いつも寝ていることが多いけど、それにしても何より寝てばかりおかしい何かがおかしい。夜食べない…胸騒ぎがした明日朝一で病院にいこう
13日朝一で病院に、胸騒ぎがして受け付けで何かおかしくてぐったりしてると泣いてしまう私。あんなにぐったりしていたのに、診察台にちゃんと座るし、大きな声でなくし、抵抗もする。顔もなぜかキリっとはっきりしていた。看護師さんが出してくれたチュールやご飯をすごい勢いよくパクパク食べた。
あれ?やっぱり夏バテ?気圧?ちょっと調子が悪かっただけ?
私も、きっと先生も看護師さんもみんなそう思ってしまった…
血液検査の白血球が高いそれ以外はほぼ正常。
肺の音も綺麗、咳もしていない…。
何かの感染症かな?抗生物質と点滴で様子みよう。
帰り際キャリーをのぞいてくれた時一瞬先生が呼吸が少し早い?緊張してるだけかなっとつぶやいた。病院では呼吸がみんな早くなるから少しだと、ストレスかな緊張かなとなってしまう…
私もそう思ってそう処理してしまった…
帰るとキャリーから出たくて動いていた。あれ元気でたのかな?チュールで薬も飲んでくれた。
そこから夜まで寝続けていた…感染症にかかってるからやっぱりしんどいんだよね!トイレに連れていってあげると、たくさんおしっこをした。薬が効いたら大丈夫…撫でると目が合うし大丈夫と思ってしまった。
夜の薬飲まない、ご飯たべない、反応が鈍い、呼吸があきらかに早い気がする。おかしいやっぱりおかしい。とにかく食べれるものをさがしに薬局にいき、にゃんスプーンのちゅーるをさしだすと、ペロペロ舐めてくれた。途中吐きそうになってたべなくなった。
少し食べた。大丈夫!
調子が悪ければ朝一できてエコーとレントゲンと言われていた。どうしてもしんどそうなら夜間にいってねと。
薬は諦めて明日朝一で病院にいこう!エコーとレントゲン撮ってもらおう!
症状がわかりやすいように呼吸動画とっておこう先生に見せよう。
そんなことしているうちにどんどんどんどんしんどそうに…大丈夫?不安すぎる…朝までが長い…
寝室に移動しようと抱き上げた瞬間、口呼吸がはじまり、えっ何何何がおきているのかパニックに、あっ死んじゃうよ…はやく病院に、電話…夜間の病院いそがないと…呼吸状態が悪い子を動かすリスク…でもこのままだと死んじゃうよ…動かして死んじゃうかもより…なんとかなんとかしてほしい一心で病院へ…
処置してもらい帰宅…帰宅してすぐえっ処置する前よりしんどそう…どうなってるの?死んじゃうよ…嫌だよ…
もう一度夜間の病気に電話をする。再度病院へ
酸素室をレンタルしてそこで過ごすことになる…。
8割は膿は抜けた、その後増えていない。だから後は抗生物質が聞けば回復する。
そう夜間の先生もかかりつけの先生も言っていた。
だからまさか死ぬなんて思わなかった…治って帰れると思っていた…。
14日朝とお昼二回面会に行く。しんどそう見ているのが辛い…でも帰りたくなくて1時間以上いた…夜も行きたいけどがまん…
亡くなった日の15日も朝とお昼に面会にいく、前日よりあきらかに呼吸がしんどそうで何度も失禁し顔をあげる力もなくなっていくはこちゃんをみていたら、駄目なのかもしれないとも思った。
治るんですか?ときいた、抗生物質さえ効いてくれたらところっと回復したりすると…
先生は諦めていない…決して私にもう無理かもしれないとは言わない。
最期の最期まで治療してくれた、なおそうと検査もしてくれた。全身の血管が炎症を起こして崩れていたのか、皮膚が真っ赤かでもう血もなかなかとれない体になっていたけど、それでもなんとかって…。
その日の夕方に電話があり、明日カテーテルをいれてそこから栄養をとれるようにしようと。明日の朝処置します。と、先生はまだ諦めていない。
大丈夫。明日栄養をカテーテルからいれたら、体力ついて回復する!
夜布団に入り介護用ベッド呼吸らくにするベッドを調べる高いけど楽に過ごせるなら、どれにしようと選んでいたら画面がかわり夜10時すぎ電話がなる…。
ママ待って買わないで!ママもう十分色々してくれたよ!そんなタイミングでなった電話。
危ないです…
恐れていた電話
家族みんなで急いで病院へ
はやくはやくはやくしないともう会えなくなる
病院へつくと、少し持ち直したはこちゃんがいた。
生きてた
撫でると頑張って頭を持ちあげようとして鳴いていた
みんなきたよお兄ちゃんもお姉ちゃんも、パパもママも
はこちゃんきたよ
よくがんばったねはこちゃん
今までほんとによくがんばったねはこちゃん
もうできることはないですか?さいごに先生に聞いた。
諦めなかった先生が言った…もうできることはないですと
一番ききたくなかった言葉、一番受け入れないといけない言葉
連れて帰りますか?っときかれました。もしかしたらこのまま奇跡がおこるんでは?とすぐに、はいと言えなかった私…。
家族みんなにきいた。
連れて帰りたいとみんな泣きじゃくる。
受け入れないといけない現実
連れて帰ります。
少しでも苦しくないように借りていた酸素室を家にとりに戻って、そこにいれてあげて帰る決断をしました。
私は残って待ちました。その時にまた息が止まりそうになり危なくなりました。
酸素マスクをつけながら抱っこさせてもらいました。
でも家族がまたきてくれるのを頑張って待ってくれました。酸素室に入って連れて帰る道中、いつ呼吸が止まってもきっとおかしくなかったはずです。
でも家につくまで頑張ってくれました。
ついてすぐに酸素室で鳴くはこちゃん。
やっぱりだしてあげよういつものベッドに寝かしてあげよう。酸素マスクにかえてみんなで撫でて撫でて手を握り、もういいよもうがんばったよもういいんだよゆっくりねむっていいんだよ。ありがとうありがとう。ごめんね。ありがとうありがとう大好きだよ。と何度も声をかけました。
どんどん浅くなる呼吸…
さいご急に嘔吐し、ほんの少し手が震えたような気がした時1回…2回…3回…ゆっくり時が止まりました。
○病院につくと持ち直してくれていた
○家につくまで頑張ってくれた
○みんなが休みの日で家にいた日、時間を選んだくれた
きっとはこちゃんが起こしてくれた最期の奇跡だったんだなと
ありがとうはこちゃん
人って愚かなもので先生があの時こうしてくれていたら…と先生を責めてしまいそうになった自分がいて嫌になりました。でも文字にして打ったり、話を聞いてもらっていると、
違う違う…一生懸命夜間の先生もかかりつけの先生も治療してくださった。みんな助けたいと思って頑張ってくれたんだと。
元気がない食欲がない、なんで筋肉の難病のせいにしたんだろ…。
胸騒ぎがして病院に行ってそこで少し元気に見えたとしても、先生心配たがらエコーとレントゲン念のためすぐ撮ってください。って言わなかったんだろ。
呼吸がおかしいって気付いた時点で、動画撮って様子なんてみてる場合じゃなかった。ネットで呼吸も調べてみてたのに…なんですぐ病院いかなかったんだろ、
私が抱き上げたから急変したんでは…
私が夜間に連れてったからストレスもかかり悪化したんでは…朝までいつもの病院を待つべきだったのか…
どこでどうしたら助かっていたのだろ…どこでどうしたら…
どこでどうしても結果は一緒だったかもしれない…でもやっぱり
後悔だらけの暗闇の中に私はずっといます
きっと後悔はこの先永遠に消えることなく私の中に残るんだと思います。
でもそれはそれだけはこちゃんを愛していたから大好きだった証しでもある。だから後悔する。そうおもいたいと今は思っています。
ありがとうはこちゃん大好き
日曜日に家族に見守られ火葬を終えました
かなしくなるのでその時の写真はのせないでおきますね。かわりに大好きな兄にゃんのお腹枕で寝ているはこちゃんの写真。ほんとに兄にゃんが大好きだったな~
いつも通りに過ごそうと毎日仕事にいきました
でもやっぱりしんどくてしんどくて苦しくて苦しくて嫌で嫌で
涙が止まらない毎日です
自分でもびっくりするぐらいはこちゃんが大好きで好きすぎるぐらい好きで好きで好きだったんだなと
私だけが呼ぶ特別なあだ名「はーちゃん」