乙一「失はれる物語」
交通事故により、全身麻痺になり、音も視覚も五感の全てを失った男。
残ったのは右腕の皮膚感覚のみ。
妻は、そこに触れ、文字を書いて意思を伝える。
ピアニストである妻は、その腕を鍵盤代わりに演奏をして、想いを伝えるようになる。
…表題作「失はれる物語」。
携帯電話を持っていない少女が、空想の電話で、時空を越えて誰かとつながる「Calling You」。
人の傷を自分の体に引き受けたり、それをさらに他の人に移したりすることのできる少年との友情を描いた「傷」。
泥棒に入ろうと壁に穴を開けたところ、穴の向こう側から腕を捕まれた「手を握る泥棒の物語」。
など、8作の短編が収められています。
失くしたもの、ありはしないものを求めたり、
ありはしないものの存在を感じたり、その存在に心を支えられたり。
あり得ない感覚の中から、新たな真実や絆が生まれたり。
もの悲しく、寂しく、その中にかすかな光もある。
どれも不思議な世界に引き込まれ、イメージが広がる物語でした。