自分が嫌いなんです その3 意味なんてない | らくふわに生きるlab 自発幸のすすめ(心と意識のお話し)

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全てのことに意味なんてなかった

前回、前々回と

 

ある時から

 

自分が自分のことを嫌いで

 

どうやって

 

少しずつ自分との関係を修復してきたかについて

 

書いてみたんだけれども

 

今はまた全然違う感じで思っています。

 

 

 

結局は自分のことも

 

自分を取り囲む環境のことも

 

全てに意味なんかなくて

 

だから、

 

「あなたは〇〇はできないかもしれないけれど

 

〇〇だったり〇〇だったり、とても良いところもあるよ。

 

みんな凸凹でいいんだよ。

 

そんな自分を愛しましょう」

 

 

 

 

・・・・・ とかそう言うんじゃなくて

 

巷で良いとされることも

 

悪いとされることも

 

本当にそうなのかな?

 

その基準を決めているのって誰なんだろう

 

自分がその

 

巷で言われる

 

良いこととか悪いこととかって

 

区別される何らかの状態であることによって

 

それによって自分のことを好きになったり

 

嫌いになったり。

 

それって得体の知れないミスターXに

 

めちゃくちゃ振り回されてない?

 

 

 

誰が言い始めたのかもわからない 

 

何を基準にしているかもわからない

 

そんな巷に溢れている 「勝手な意味」によって

 

大事な自分のことを

 

嫌いになったり

 

基準を満たしているからって好きになってあげたり

 

なんかおかしくないかなーって凝視凝視凝視

 

すごく思ってきたのです。

 

「はあ?誰基準?何基準?」って。

 

全ての存在しているものや

 

出来事に意味なんて元々ないんです。

 

そこにそれはいいねとか、それはひどいねとか

 

意味を持たせているのは それぞれの自我で

 

その証拠に、一つの物事に対して

 

本当に様々な見解や見方があるわけです。

 

 

 

 

その人の内側で感じることが

 

その人の真実なのだから

 

人の数だけ真実はあるのです。

 

そう思うと 確固たる真実なんてないんです。

 

 

だから自分の真実は自分で作っていいんです!!!

 

世の中で言う意味なんて無視していいんです!

 

 

 

 

 

なので、自分のことを好きになりたければ勝手に好きになっていいし

 

嫌いでいることも自由です。

(嫌いでいることも結局自分がしたくてしているのです)

 


 

意味なんてないことを知っていながら

 

でも、暇だから

 

その世界観に浸ってみようかな?

 

ぐらいの感じで生きていけると

 

 

周りの出来事や人との関係に

 

自分の心がざわざわしにくくなるので

 

オススメの考え方です✨

 

 

なので最近はあまり自分のことを好きとか嫌いとかって

 

考えることがなくなりました。

 

 

でも、

 

まあまあお気に入りの自分でいることは確かです。ニコニコ

 

 

今日も読んでくださり

ありがとうございました。