介護の記事100分の46 物語再び。何がきっかけ?介護職。 ②
からの続きです。

もともと、所謂良妻賢母とは真逆、仕事を言い訳に家事は雑で清潔保持も怪しい人でしたがやはり認知症は病気なのですね。かかりつけの医師から受診を勧められても信じたくない気持ちで先延ばしにするのは認知症介護あるあるで。


短期記憶の衰えと、そこに伴う心理行動症状(妄想・作話(つき合う方は詐欺話、さぎわと言いたいレベル)が酷くて救急車騒ぎを起こすこと一度ならず。
要介護認定に地域包括支援センターに出向く
判断能力の衰えからの契約を整理、解約。
抗認知症薬を処方してもらうための通院。

物とられ妄想で訪問介護のヘルパーさんを困らせては携帯電話に連絡を寄越してきたり
短期記憶の衰えで配食や服薬のイレギュラーに対応できずまた携帯電話が鳴る。

ショートステイに預けたら預けたで、ショートステイ先から50㎞以上離れた主介護者の姉の家まで電車に乗っていく始末。

隣の県のサービス付き高齢者向け住宅に入居が決まった際の引き払い作業

平日はわたし一人、学校が休みの日は中学生と小学生だった子どもたちを連れて
母の居場所に出向いて介護の真似事をする日々。認知症であるというだけで、寝たきりではなかったもののそれなりに負担でしたが
今思えば楽しんでました。

入居してからは、日用品、飲料の補充。

とことん遊びの延長でした。




幼い頃のお出かけだった大宮駅の商業施設や、幼稚園バスなどない時代の登園のために通った道。今は見る影もなく。




幼い頃父と自転車で脚を伸ばした河辺の光景と重なります。

新幹線がゆっくりと通り抜けて行きます。











前者後者


 

 



〜おススメ前者後者論blog〜

笑い無しには読めない!





見えない世界を見せてくれる!





笑って泣いて腑に落とそう❤️

ユニバ参加お疲れ様。これからも応援しとります。



ぜひ東京で講師になってください。



皆様の、そして誰よりいつかのわたしの心と身体の輔となりますように