電通の問題以来、残業時間の上限を短縮する方向で、議論が続いています。
上場企業などコンプライアンス規定を順守できる環境ならそれでいいのですが、中小・零細企業ではもっと別の問題が残ります。
それはサービス残業問題。
電通の鬼10則を手本として、壁張りしている企業などたくさん見ますが、あれは従業員に経営者的感覚を持たせようとする、呪文です。
あれは、搾取側の理屈でのみ構成されており、いまだにあれを良しとする社風がまかり通る会社は辞めたほうがいいです。
あなたの、務めている会社は拘束時間に対して正しい対価を払っていますか?
通勤時間に関しては、個人差が大きく(一部例外を除いて)拘束時間に入らないのは仕方ないです。
それ以外の、拘束時間(接待交際費を使う時間を含めて)については、その賃金を支払う裁量はどうしても企業側にあります。
私が、総務の管理職時代、この問題を解決するため、タイムカードを廃止し、自分管理の出勤簿方式に戻しました。
つまり、各部署の所属長裁量で残業時間(超過時間手当)を決めれるようにしたかったんです。
ただ、期待した結果にはなりません。
所属長は、自分の評価を気にして、生産性を上げるため部下の勤務時間は短くするほうにベクトルが向く。
それに対して、所属長に評価されたい部下は、残業してもそれを申請しない。
結局、社員を搾取する方向に向かい、失敗。
自分が勤めていた中小企業は、給料明細で基本給が少なく、職能手当や管理職手当などで給料を上げていくスタイルだった。
課長以上になると、残業手当が他の手当と相殺され、手取りが上がらないスタイル。
このシステムは労基署で、36協定がなされていれば違法とはならない。
また、最近はやっているパターンとして、地域協力(掃除や植林などのエコロジー活動など)。
パチンコ業界のCMに、地域活動をしているのを売りにしている企業があるが、その拘束時間い時間外手当をつけているのか?
たぶん、企業側が被雇用側をパワハラで従わせているのだろう。
雇用側からの視点と被雇用側のそれとは、次元が違う。
丁稚制度から発展した日本的経済風土が、いまだに抜けていない。
移民が少ないわが国で、「天は人の上に人を作らず」という考えは機能しやすいはずなのに、既得権を得た人間は結局、それを手放さない。
また、意味不明になってきたが、何が言いたいかというと、中華思想と同じぐらい、この国にも「M的自国至上主義」がはびこっていて、資本家が勝ち組で、格差は広がっていくということ。
明治維新で改善されたと思われる、「努力したものが報われる」という幻想を持たせた資本主義社会は、もう一度やり変えないといけない。