AJ16期では、
Sちゃんが旦那さんとの
関係改善を目指して頑張っている。
私がAJ5期に通った目的が
『夫との関係改善』だったので、
Sちゃんにしろ、
AJ14期 Rちゃん、Aちゃんにしろ
同じ目的で受講している子には
感情移入しがちだ。
Sちゃんの場合は、
旦那さんもこじらせているため
なかなか厄介で笑
コンサルでは
「そうきたかー💦」
などと私が悶える場面もあるけれど
旦那さんはSちゃんが大好きで、
Sちゃんも旦那さんが大好きで、
『だから諦めたくない』と言う
Sちゃんをかわいいな、と思う。
ただし、そのために共依存になっているので
こじらせってほんと大変なのである笑
NN10期生でもあったSちゃんは
先日AJ16期の同期に、
自分がNN時代にやった課題について
話してくれた。
『裏側の私を見せていくこと』
のタイトルで書かれた
小学校時代からのSちゃんの
(Sちゃん的な)黒歴史だ。
友達とトラブルから
大人から掛けられた強い言葉など
Sちゃんが傷付きつつ、
自分を加害者と設定して
『私は懺悔して生きなければいけない』
と思うに至った出来事が並ぶ。
似た出来事を経験した人も
恐らく多い内容だろうから、
みんなも共感できると思う。
ただし。
たった今書いたように、
似た経験をした人も多い。
ある種、「あるよね」感がある。
傷付いてきた事実はあるし、
一般化する必要はないけれど、
みんなそれなりに通ってきていて、
みんなそれを経て成長して
他者との関係を学んで、
大人になっていく。
そこに大した意味付けをせず、
学びを得て乗り越えると
こじらせずに成長する。
逆に大きな意味付けをすると
こじらせる。
大きな意味付けをするから、
こじらせるのだ。
講師なりたてだった私は、
こういう話を聞くたび同情し、
心を痛めていたけれど、
今の私は少し変わった。
とはいえ2年目だけど
だって、分かったんだもん。
30代、40代になっても
幼少期の悲しい話をする人は
浸っているのだ。
その頃のかわいそうな自分に。
(もちろん、虐待・加害などは除く)
かわいそうな自分が好きなのだ。
それを好きなうちは、
その話をやめないし
その話にしがみつく。
それをやってるうちは、
変われない。
かわいそうな自分が
同情されることを望んでいるから、
いつまでもかわいそうな自分に
無意識にとどまってしまう。
愛され女子は、
自分をかわいそうとか思ってないし
決して同情を求めないので、
そこに辿り着かないのは必然だ。
Sちゃんはそれをもう
NN10期時代に超えて来てるので
あえて投げかけてみた。
こういう話って、結局最後は
『いつまでそれに浸ってたいの?』
に行き着くんだよね。
するとSちゃんは
「そうなんですよ!!」
と爆笑して、
『懺悔して生きる』
とかただのドMな変態行為
そういうのが好きだった
悲劇のヒロインでも
やってるつもりになってた
と、
パワーワードの数々が散りばめられた、
更に笑っちゃう名言を
残してくれてくれたのでした😂
『小さい頃のゴタゴタシェア』を
したくなった時は
『かわいそうな私の湯』という
ぬるま湯に浸ってないか、
確認してみ?
それ、こじらせの元だよ。