男の世界
真剣師 小池重明
団鬼六(幻冬舎 アウトロー文庫)
真剣師とは、賭け将棋のプロのこと。将棋師としては、アマチュアだ。
小池重明は、92年に亡くなった実在の人物。作者の団鬼六さんは、晩年の小池さんの面倒を見ていたことから、彼の半生を綴るこの本を書かれた。
小池重明その人の生き方も死に様もおもしろいし、小池さんを取り巻く人々が、将棋以外はからっきしダメな小池さんの魅力に取り付かれて金銭をだましとられたり女房を寝取られたりといった顛末もまたおもしろい。何より、団鬼六さんの、将棋の真剣勝負(賭け将棋)の様子を武士と武士の果し合いになぞらえてレポートする文がまた、おもしろい。団さんの文章にすっかりほれてしまったのだけれど、まさかこの人の他の作品を芋づる読みするわけにもいかないので、こればかりは・・・残念。
以前、大阪新世界に友人を連れて行ったとき、将棋サロンに集う男たちの数に驚いたものだが、なるほど、あそこで小池さんは勝負を行っていたのかと、得心がいった。あの街の雰囲気に、この本の登場人物たちはしっくりくる。街は当時から変わってしまっているかもしれないけれど、彼らの勝負に賭けた思い(金銭は賭けてはいるけれど、本当にほしいのはきっとお金だけじゃなかったはず)は、今もあの場所に息づいていると思った。
情けない一面もあって、そこが女性にとっては魅力だったのかもしれない。
何度も何度も世話になった人のお金や車を持って好きな女性(しかも人妻)と駆け落ちをしてしまう小池さん。こういう人って、治らないんだろうな・・・そして、こういう人を好きになってしまう女の人も、やっぱり治らないんだろうな。もちろん、当人同士が幸せならそれでいいけど、もし、身内にこういう(男女どちらでも)癖のある人がいたら・・・。余計なお世話を考えてしまう、かもしれない。
いずれにしても、これは失われつつある(?)「男の世界」。
この「世界」が失われるのではなくて、こういう世界を形成する「男」が、徐々に失われつつある・・・という意味。
注目の若手論壇人。
奪われる日本
関岡英之(講談社現代新書)
デザイナーのウーさんには、よくお酒を飲みにつれていってもらったものですが、いつもだいたい遅い時間までどっぷりと飲むことが多く、その理由は、「国を憂う会」のような話題になるから(笑)
最近、私が読んでいる本のほとんどは、このウーさんからお借りしたり、借りて読んでみて気に入って同じ作家さんの本を買って読んだりしているもので、この「奪われる日本」もそんな一冊。
ウーさんの政治論には一貫性があって、お酒をご一緒するようになった5年ほど前から今も変わらない筋が通っています。新自由主義勢力が強かった(国民の大半が支持していた)当時から、そうした潮流には批判的で、やがて(今のような)貧富の格差とか雇用不安とかの問題が大きくなる時代が来るって、ずっと言ってました。
この本は、主に小泉さんが総理だった時代に行った、「官から民へ」の号令の元に行われた数々の規制緩和や構造改革が、実際はどういった目的(誰の利益)のために行われ、それが国民生活にどういった不利益をもたらしてしまったか、という点を、客観的な資料に基づき論じています。注目すべきは、関岡さんが引いている「客観資料」というのは、ほとんどは一般に公開されている情報で、その気になれば、誰でも閲覧できる場所にあるということです。政治家手動で行われた国民の不利益につながる規制緩和を、「政治家が悪い」と言っていれば済むことではなく、私たち国民だって、その気になれば知ることが出来る情報だし、国民ひとりひとりが、それらの情報をいちいち取得しにいかなくとも、「批判」したり「批評」したりするのが商売の人たちは、自ら情報を取りに行き、それを国民に明らかにしなかったことは職務の怠慢ではないか、という点です。その商売の人とは、新聞やテレビなどのマスコミや、政治家を批判することによって食べている評論家の人たちですね。
関岡さんの本は、他にも2冊借りているので引き続き読むつもりですが、この人の文章は、実はとっても特徴があり、それも私の好みに合っています。政治経済の評論本ですが、ところどころ、文学的な表現が出て来て、おもしろいのです。
まだとってもお若い方のようなので、これから論壇でどのように活躍するか、楽しみですね。
狭い狭いスキマに答えがある。
ハゲタカ
監督 : 大友啓史
脚本 : 林宏
原作 : 真山仁
出演 : 大森南朋、玉山鉄二、栗山千明、高良健吾、遠藤憲一、松田龍平、中尾彬、柴田恭兵
2年ほど前のNHKの土曜ドラマで、好きで観ていた「ハゲタカ」の続編が映画になった。あまり情報収集せずに観に行ったため、あとから知って驚いたことがいくつかあったのだけれど、昨秋のリーマンショックにより当初予定していた脚本や設定がまったく時代と合わないものとなり、製作陣は、設定を現代より少し前ということにして当初の脚本どおりに作り終えるか、脚本を変えて現代に合うものにするかの選択を迫られたとのこと。で、脚本から設定からすべてを変更して、公開日も後ろに倒すことを選んだのだそうだ。たしか、ドラマのときにも、重要な役柄を担う柴田恭平さんが病気で撮影ができなくなったことで、代役を立てるのではなく、回復を待って撮影を再会し、放映日も後ろにずれ込んだりしていたはず。さらに、ドラマの映画版というと、どうしても何かしら「花」を添えてお客さんを呼び込もうと、元々は男性だった役柄を女性にしてしまったり、不必要な恋愛話や派手な演出を加えてしまったりする者だけれど、この映画はそういうこと、ほとんどしてなくて、ドラマで描いた世界観を忠実に描いている感じだった。
つまり、ドラマのファンだった私もウチの人も、本当にドラマの続きを観ているような安心感で楽しむことができた。でも、一方で、「これなら『スペシャル版』って感じでテレビで観てもよかったかな」という感想も。映画として楽しむために、どんな要素がプラス必要だったのかは、具体的にはわからないけど、何かもうひとつ欲しかったな~と思う。
ドラマで人気を得て、それをドラマ化という手法はどんどん増えているので、これからもこういう映画がどんどん作られるのだと思うけれど、テレビドラマと映画では、消費者は求めるものは違うと思う。単純に、お金を払っているかどうかも違うし(NHKの受信料は別として)。すごいわがままなリクエストかもしれないけれど、映画だからって派手にしたり、爆発したり、海外ロケになったり、というのは、なんか知恵をしぼってない気がする。「映画っぽく、派手にしとく?」みたいなイージーな感覚で作っているような気がしてしまう。かといって、「ハゲタカ」みたく、ドラマの世界観にとらわれ過ぎてしまうと、「せっかくの映画なのに」という、ちょっと物足りなさも感じてしまう。やりすぎはいやだけど、何もなしもいや、という、なんというわがまま。すごい狭い狭いスキマにある答えを見つけて私たちに見せて、というわがままな希望。ドラマの出来がいいからこそ出てくる、贅沢なリクエストなんだと思いますけどね。それが何なのか?を見つける作業を丁寧にして映画をつくると、日本映画って、もっともっと、すごく力がつく感じがします。
コテコテコース。
今日は友人夫妻の関西旅行3日目。
昨日の宝塚歌劇、阪神競馬場に続き、大阪コテコテコースを用意しました。
まず、梅田新食堂街の『松葉』で串カツを立ち食い。有名な、「ソースの二度付け禁止」を体験してもらいました。串カツといえば新世界ですが、休日は行列ができてしまうのと、新世界には別のお目当てがあるので、朝食としてさらっと立ち食いしてもらいました(朝食に串カツは非情に重いけど)。「朝から~!?」と言いながら、生ビールおかわりの勢い(笑)。でも、串カツ屋さんとしては、阪神梅田駅横のお店の方が活気があるかな、狭い分。
ミナミへ移動。次のお目当ては、なんばグランド花月で「吉本新喜劇」を観賞です。発売初日に予約したので席は真ん中の前から3番目という特等席でした。2人ともお笑いはダイスキだそうで、Wクンは外国人なのでしゃべくり系よりもアクション系が好きと言ってました。やっぱり、「しゃべり」で笑わせるのは、外国人にとっては難しいですよね。
前半の漫才では、トップがキングコングでした。彼らはしゃべりもあるけれど、アクションで笑わす方なので、これはぴったりだったかもしれません。テレビで観たことあるようなネタですけど、やっぱり生の舞台はおもしろいです。他には、メッセンジャー、コメディNo.1、今いくよくるよ、桂小枝、桂文珍。特に文珍さんはおもしろかったです。この舞台では、落語家さんでも古典落語はやりません。せいぜい、漫談をちょっと落語風に話すぐらいですが、小枝と文珍さんの力量の差が、ものっすごく出ていて、なにやら物悲しさを感じました・・・。漫談なら小枝の方がテレビで場数踏んでいるはずなのに、やっぱり「地の力」っていうのは、舞台ではよく出るもんですね。
後半は新喜劇。今日の座長は茂本さんで、人気の茂三じいさん扮する警察官がむちゃくちゃをするというストーリー。漫才のビッキーズの「すち」さんが、茂三の弟子っぽい感じで婦警さん役をやっていて、この2人のアドリブがめちゃめちゃおもしろかったです。こちらも2人には好評でした。よかったよかった。
続いて、新世界へ移動します。元々、「どっか行きたいとこある?」と聞いたときに、「ビリケンさんのいる下町っぽいところに行ってみたい」というリクエストだったので、午後は新世界界隈を散策して過ごしました。登と、「もう終わりかい!」と突っ込みたくなる通天閣や、「なんでこんなにいっぱい、将棋好きのおっさんが集まってんの?」と不思議な将棋道場。電子音が一切しない、静かな(?)遊技場であるスマートボール、ピンク映画の看板や、超レトロな喫茶店やうどん屋さん。私が関西へ来た15年ぐらい前には、ここは部外者が歩けるようなところではなかったそうですが、テレビドラマの舞台になったり、商店街が観光客を呼び込む努力をしたりして、こうして楽しく街歩きもできるようになりました。でも、どこかに「ここの筋は曲がってはいけない」みたいな風情の小道があって、ちょっとゾクゾクします。そんなスリルもこの街の魅力なのかも。
晩ゴハンは、「ホルモン焼き」。焼肉のように網で焼くのではなく、タレに漬け込んだ肉(内臓系)を鉄板で炒めたもの。ハツ、ミノ、センマイ、ハート、ツラミなどなどをお腹いっぱい食べました。いつもはビールとホルモンですが、今日の私はゴハンとホルモン焼きです。タレのホルモン焼きとゴハンは合いますね~。ビールで食べるときよりも食べ過ぎてしまいそう(笑)
最後はキタへ戻って、うちの人が大学生時代にアルバイトしていたショットバー「ANDRE 」へ。よく通ったお店なので懐かしい。ここでは、ノンアルコールで「ピニャコラーダ」を作ってもらいました。ココナッツミルクにはまりそうです。友人たちは、ティオペペやノイリープラット、シングルモルトやギネスビールを。まだ店内は静かだったので、今回の旅行を振り返ったり、今度は私たちが遊びに行くからヨロシクネ、なんて話を。特に、Wクンの故郷の韓国には、私もウチの人も行ったことがないので、是非にも、という話で盛り上がりました。
新幹線の最終までしっかり遊んで、大阪駅で2人をお見送り。見えなくなるまで手を振っていたら、なんだかうれしくって泣けてきちゃいました。16歳~18歳の無謀で自己中心的で口が悪くて、友達よりも敵の方が多かった私たち(私と友人の2人のことです。だんなさんたちはそんなことありません)が、よくまぁ、けっこうまともな大人になったもんだと。いや、まともかどうかは別として、彼女も私もなんだかこうして楽しく過ごしているし。そう思うと、しみじみとうれしくなってくるのでした。
昨日の宝塚歌劇、阪神競馬場に続き、大阪コテコテコースを用意しました。
まず、梅田新食堂街の『松葉』で串カツを立ち食い。有名な、「ソースの二度付け禁止」を体験してもらいました。串カツといえば新世界ですが、休日は行列ができてしまうのと、新世界には別のお目当てがあるので、朝食としてさらっと立ち食いしてもらいました(朝食に串カツは非情に重いけど)。「朝から~!?」と言いながら、生ビールおかわりの勢い(笑)。でも、串カツ屋さんとしては、阪神梅田駅横のお店の方が活気があるかな、狭い分。
ミナミへ移動。次のお目当ては、なんばグランド花月で「吉本新喜劇」を観賞です。発売初日に予約したので席は真ん中の前から3番目という特等席でした。2人ともお笑いはダイスキだそうで、Wクンは外国人なのでしゃべくり系よりもアクション系が好きと言ってました。やっぱり、「しゃべり」で笑わせるのは、外国人にとっては難しいですよね。
前半の漫才では、トップがキングコングでした。彼らはしゃべりもあるけれど、アクションで笑わす方なので、これはぴったりだったかもしれません。テレビで観たことあるようなネタですけど、やっぱり生の舞台はおもしろいです。他には、メッセンジャー、コメディNo.1、今いくよくるよ、桂小枝、桂文珍。特に文珍さんはおもしろかったです。この舞台では、落語家さんでも古典落語はやりません。せいぜい、漫談をちょっと落語風に話すぐらいですが、小枝と文珍さんの力量の差が、ものっすごく出ていて、なにやら物悲しさを感じました・・・。漫談なら小枝の方がテレビで場数踏んでいるはずなのに、やっぱり「地の力」っていうのは、舞台ではよく出るもんですね。
後半は新喜劇。今日の座長は茂本さんで、人気の茂三じいさん扮する警察官がむちゃくちゃをするというストーリー。漫才のビッキーズの「すち」さんが、茂三の弟子っぽい感じで婦警さん役をやっていて、この2人のアドリブがめちゃめちゃおもしろかったです。こちらも2人には好評でした。よかったよかった。
続いて、新世界へ移動します。元々、「どっか行きたいとこある?」と聞いたときに、「ビリケンさんのいる下町っぽいところに行ってみたい」というリクエストだったので、午後は新世界界隈を散策して過ごしました。登と、「もう終わりかい!」と突っ込みたくなる通天閣や、「なんでこんなにいっぱい、将棋好きのおっさんが集まってんの?」と不思議な将棋道場。電子音が一切しない、静かな(?)遊技場であるスマートボール、ピンク映画の看板や、超レトロな喫茶店やうどん屋さん。私が関西へ来た15年ぐらい前には、ここは部外者が歩けるようなところではなかったそうですが、テレビドラマの舞台になったり、商店街が観光客を呼び込む努力をしたりして、こうして楽しく街歩きもできるようになりました。でも、どこかに「ここの筋は曲がってはいけない」みたいな風情の小道があって、ちょっとゾクゾクします。そんなスリルもこの街の魅力なのかも。
晩ゴハンは、「ホルモン焼き」。焼肉のように網で焼くのではなく、タレに漬け込んだ肉(内臓系)を鉄板で炒めたもの。ハツ、ミノ、センマイ、ハート、ツラミなどなどをお腹いっぱい食べました。いつもはビールとホルモンですが、今日の私はゴハンとホルモン焼きです。タレのホルモン焼きとゴハンは合いますね~。ビールで食べるときよりも食べ過ぎてしまいそう(笑)
最後はキタへ戻って、うちの人が大学生時代にアルバイトしていたショットバー「ANDRE 」へ。よく通ったお店なので懐かしい。ここでは、ノンアルコールで「ピニャコラーダ」を作ってもらいました。ココナッツミルクにはまりそうです。友人たちは、ティオペペやノイリープラット、シングルモルトやギネスビールを。まだ店内は静かだったので、今回の旅行を振り返ったり、今度は私たちが遊びに行くからヨロシクネ、なんて話を。特に、Wクンの故郷の韓国には、私もウチの人も行ったことがないので、是非にも、という話で盛り上がりました。
新幹線の最終までしっかり遊んで、大阪駅で2人をお見送り。見えなくなるまで手を振っていたら、なんだかうれしくって泣けてきちゃいました。16歳~18歳の無謀で自己中心的で口が悪くて、友達よりも敵の方が多かった私たち(私と友人の2人のことです。だんなさんたちはそんなことありません)が、よくまぁ、けっこうまともな大人になったもんだと。いや、まともかどうかは別として、彼女も私もなんだかこうして楽しく過ごしているし。そう思うと、しみじみとうれしくなってくるのでした。
パジョンと炭火焼
さて、今夜も家メシ。
競馬場帰りに3人で近所のスーパーへ買い物。私は、今晩の囲炉裏で炭火焼をする材料、焼き鳥と魚を買い込みます。友人夫妻は、Wクンが地元から粉持参で来てくれていて、本場の「ヂヂミ」を作ってくれるということで、その材料を吟味。Wクンの買い物の様子を見ていると、ただただ、いい材料を選ぶのではなく、「この料理に入れる海老は、一番安いむき海老で充分だから、こんな大きな高いものはいらない」など、普段から料理をしている人の買い方です。
私の家族もウチの人も、お酒が好きでおいしいものがダイスキな性質で、食べること、飲むことにお金を使うのに、あまり躊躇しません。けれど、もっともガッカリするのは、外食したお店の料理がイマイチなときで、美味しくないものでお酒を飲まなきゃならないこととか、それでもお金を払わなきゃならないこととかを、最も嫌います。払う価値のないものに払うのは、100円だってもったいない、という考えなんですね。
一方、みんな料理も好きな方で、面倒な下ごしらえこそ料理の醍醐味とばかり、ひと手間、ふた手間をかけることもまったく苦に感じないタイプ。自然と自分たちで作った料理を、家で食べることが多くなるわけで、前述のWクン同様、買い物では、素材の味が決め手の場合は多少高くともいいものを買い、そうではないものは手ごろな安いものを買うなど手馴れています。買い物ひとつから、普段料理をしているかどうかも見えてくるんですね。
買い物を終えて、家に帰ってさっそく調理開始。例によって囲炉裏料理は、「調理」というより下ごしらえだけでオシマイなので、鶏や野菜を切って串に指し、盛り付ければそれで完了。あとはウチの人が帰ってから、材料によって塩をしたり胡椒を振ったりして焼くだけ。
一方Wクンは、3種類の料理を開始。私たちが「チヂミ」と呼んでいるものは、もともとは「ジョン」と呼ばれる調理法で作った料理の南部地方での呼び方で、日本では「ジョン=チヂミ」でなじんでしまったものということです。で、その「ジョン」というのは、「卵と小麦粉を混ぜたものをくぐらせて焼くいたもの」という意味を持つ「料理」というより調理法なのだとか。日本で言う、「煮物」とか「焼き物」とかといった類でしょうか。Wクンがつくってくれたのは、3種類の「ジョン」。ねぎの入ったもので、ねぎは韓国で「パ」なので、「パジョン」。「白身魚のジョン」(呼び方忘れちゃいました)と、海老やホタテの入った「海鮮ジョン」(これも失念)。
写真は「パジョン」。ねぎを細かく刻んだりせずに、長いまま使う(半分に切りました)のが特徴的ですね。ポイントは焼き方のようで、外をカリカリに、中をトロッと仕上げるために、油の温度や焼き加減、ひっくり返すタイミングなどが難しいとか。韓国では、各家庭に「ジョン」を焼くための特大のフライパンのようなものがあり、ねぎをまったく切らずに焼くこともあるとか。これの倍ぐらいの大きさですねー。パジョンも魚のジョンも海鮮ジョンも、どれもとってもおいしかった!よく我が家でもチヂミを作ることがありますが、お好み焼きのタネで代用して作るからか、どうもベチャっとしておいしく作れませんでしたが、Wクンの調理方法を見ていると、お好み焼きとはぜんぜん違いますね、なっとくです。粉も小麦粉だけではなく、モチ粉、ウルチ粉が配合されているらしく、これがモチッと感を作り出しているのかも。納得です。
他の料理は、囲炉裏の炭火焼。今日は、季節でもあるので鮎を焼きました。そら豆を皮ごとこげるほどに焼いてから、蒸し焼き状態になった中の豆を食べるのも、ここ最近のお気に入りです。今日のお酒は「亀泉」の純米吟醸生原酒。以前、こじゃんと さんでいただいてから、ウチの人がすっかり気に入ってしまった土佐のお酒です。甘口ながら飲み口がすっきりとしているのが気に入ったとか。これを3人ともグイグイいきます。今はまったくお酒がいらない私は、以前の自分を棚に上げ「よく飲みますわね~」とあきれています(笑)
この日の話題は、韓国と日本との文化や風習の違い。友人Mは昔かkら口が悪いので(笑)、韓国で見聞きしたものごとでおかしいと思ったことや驚いたことを、たぶん少々デフォルメして話してくれ、けっこうおもしろいんですが、Wクンとしては、やっぱりおもしろくないようで、「それは言いすぎだ」とか、「それはお前の言い方がおかしいんだ」と反論します。そのやりとりがまた、おかしい(笑)
文化や風習や考え方の違いって、国が違えば当然あるわけで、でも、それを遠慮して何も指摘しあわなければ、衝突もないけれど、深く理解しあうこともない。この2人のように、笑いあい、口論しあいながら、互いの違いを埋めていくことこそが、本当の理解につながるのだろうな、と笑い涙を流しながら思いました。
さて、いよいよ明日は「大阪コテコテ」プランです。
喜んでもらえるといいな!
競馬場帰りに3人で近所のスーパーへ買い物。私は、今晩の囲炉裏で炭火焼をする材料、焼き鳥と魚を買い込みます。友人夫妻は、Wクンが地元から粉持参で来てくれていて、本場の「ヂヂミ」を作ってくれるということで、その材料を吟味。Wクンの買い物の様子を見ていると、ただただ、いい材料を選ぶのではなく、「この料理に入れる海老は、一番安いむき海老で充分だから、こんな大きな高いものはいらない」など、普段から料理をしている人の買い方です。
私の家族もウチの人も、お酒が好きでおいしいものがダイスキな性質で、食べること、飲むことにお金を使うのに、あまり躊躇しません。けれど、もっともガッカリするのは、外食したお店の料理がイマイチなときで、美味しくないものでお酒を飲まなきゃならないこととか、それでもお金を払わなきゃならないこととかを、最も嫌います。払う価値のないものに払うのは、100円だってもったいない、という考えなんですね。
一方、みんな料理も好きな方で、面倒な下ごしらえこそ料理の醍醐味とばかり、ひと手間、ふた手間をかけることもまったく苦に感じないタイプ。自然と自分たちで作った料理を、家で食べることが多くなるわけで、前述のWクン同様、買い物では、素材の味が決め手の場合は多少高くともいいものを買い、そうではないものは手ごろな安いものを買うなど手馴れています。買い物ひとつから、普段料理をしているかどうかも見えてくるんですね。
買い物を終えて、家に帰ってさっそく調理開始。例によって囲炉裏料理は、「調理」というより下ごしらえだけでオシマイなので、鶏や野菜を切って串に指し、盛り付ければそれで完了。あとはウチの人が帰ってから、材料によって塩をしたり胡椒を振ったりして焼くだけ。
一方Wクンは、3種類の料理を開始。私たちが「チヂミ」と呼んでいるものは、もともとは「ジョン」と呼ばれる調理法で作った料理の南部地方での呼び方で、日本では「ジョン=チヂミ」でなじんでしまったものということです。で、その「ジョン」というのは、「卵と小麦粉を混ぜたものをくぐらせて焼くいたもの」という意味を持つ「料理」というより調理法なのだとか。日本で言う、「煮物」とか「焼き物」とかといった類でしょうか。Wクンがつくってくれたのは、3種類の「ジョン」。ねぎの入ったもので、ねぎは韓国で「パ」なので、「パジョン」。「白身魚のジョン」(呼び方忘れちゃいました)と、海老やホタテの入った「海鮮ジョン」(これも失念)。
写真は「パジョン」。ねぎを細かく刻んだりせずに、長いまま使う(半分に切りました)のが特徴的ですね。ポイントは焼き方のようで、外をカリカリに、中をトロッと仕上げるために、油の温度や焼き加減、ひっくり返すタイミングなどが難しいとか。韓国では、各家庭に「ジョン」を焼くための特大のフライパンのようなものがあり、ねぎをまったく切らずに焼くこともあるとか。これの倍ぐらいの大きさですねー。パジョンも魚のジョンも海鮮ジョンも、どれもとってもおいしかった!よく我が家でもチヂミを作ることがありますが、お好み焼きのタネで代用して作るからか、どうもベチャっとしておいしく作れませんでしたが、Wクンの調理方法を見ていると、お好み焼きとはぜんぜん違いますね、なっとくです。粉も小麦粉だけではなく、モチ粉、ウルチ粉が配合されているらしく、これがモチッと感を作り出しているのかも。納得です。
他の料理は、囲炉裏の炭火焼。今日は、季節でもあるので鮎を焼きました。そら豆を皮ごとこげるほどに焼いてから、蒸し焼き状態になった中の豆を食べるのも、ここ最近のお気に入りです。今日のお酒は「亀泉」の純米吟醸生原酒。以前、こじゃんと さんでいただいてから、ウチの人がすっかり気に入ってしまった土佐のお酒です。甘口ながら飲み口がすっきりとしているのが気に入ったとか。これを3人ともグイグイいきます。今はまったくお酒がいらない私は、以前の自分を棚に上げ「よく飲みますわね~」とあきれています(笑)
この日の話題は、韓国と日本との文化や風習の違い。友人Mは昔かkら口が悪いので(笑)、韓国で見聞きしたものごとでおかしいと思ったことや驚いたことを、たぶん少々デフォルメして話してくれ、けっこうおもしろいんですが、Wクンとしては、やっぱりおもしろくないようで、「それは言いすぎだ」とか、「それはお前の言い方がおかしいんだ」と反論します。そのやりとりがまた、おかしい(笑)
文化や風習や考え方の違いって、国が違えば当然あるわけで、でも、それを遠慮して何も指摘しあわなければ、衝突もないけれど、深く理解しあうこともない。この2人のように、笑いあい、口論しあいながら、互いの違いを埋めていくことこそが、本当の理解につながるのだろうな、と笑い涙を流しながら思いました。
さて、いよいよ明日は「大阪コテコテ」プランです。
喜んでもらえるといいな!
乙女ワールドから男の世界へ(笑)
友人夫妻を「関西ならでは」のおもてなしをする第三弾・・・タコパ、宝塚歌劇に続いての企画は、家から歩いて10分程度の「阪神競馬場」です。宝塚歌劇の余韻にひたりつつ、阪急電車で仁川駅へ向かう3人ですが、私はウチの人に付いて1度行ったことがあるものの、馬券購入はお任せだったので買い方もルールも知りません。友人夫妻も競馬場も競馬そのものも初めて!という初心者3人での、ほぼ「初体験」です。
さて、最寄の仁川駅で電車を降り、競馬場へ向かう専用ロードを歩いていると、
「おっさんしかいない」
ことに気付きました。
この日阪神競馬場ではレースは開催されないため、ビッグビジョンで各地のレースの様子を見ながら競馬を楽しむ「場外馬券場」と化しており、いわゆるデート目的のカップルなんぞ皆無。回りは、ウマを愛し、数字を愛する(笑)男たちであふれかえっているわけです。
「さっきの駅と全然ちがう!!3つか4つ、駅を隔てただけなのに!」
確かに(笑)
大劇場のあった宝塚駅が、9割女子だったのに比べ、こちらは9割(以上)が男子。なんだか匂いもちがう気がする(笑)
競馬場に入ると、まずはウチの人オススメの「からあげ」を求めて売店をウロウロ。これがなかなか見つからなくて、仕事中の彼に電話して場所を確認してやっとゲット。3階の「楓林」という中華料理のファーストフード店。若鶏のから揚げ510円が、カップに大盛り(5つか6つぐらい入ってました)。天気のいい日は競馬場で馬券買いつつ、このから揚げとビールで過ごすのが至福のウチの人がオススメするだけあって、男子好みの味付けでおいしかったです。
私は家から持って来た麦茶、友人2人はビールでから揚げを食べながら3階席に陣取り、入り口の売店で買った「競馬エイト」を広げてみるものの、う~ん、さっぱりわからない(笑)。時刻は15:00過ぎ。なんとなく、「もうそろそろ終わりなのでは・・・」という予感もして、あわててインフォメーションの女性に「競馬の買い方教えてください」と頼み込んでみると、とっても丁寧に教えてくれます。そりゃそうですね、素人が何も知らずに買い求めた馬券代は、確実に彼女らの属するJRAの収入になります(笑)
「馬券の買い方」なるマニュアル本と新聞を見ながら、イチバンカンタンそうな買い方を各自選び、マークシート方式の投票権に書き込んでいきます。10センチ×4センチほどの用紙裏表に、その日に行われる各地10箇所ほどのレースのすべてを網羅する書き込み欄が網羅されている、かなり研ぎ澄まされた機能美の様相・・・つまり、素人にはまったくわからないのですが、「マニュアル」が懇切丁寧なのでなんとか書き込みました。
そして馬券購入の自動販売機へ。
ここもまた、研ぎ澄まされた様式美でさっぱりわかりません(笑)オタオタしていると、1分前の放送。わわわ・・・間に合わない、買えないかも・・・すると、券売機の横のトビラがバッと空いて、おばさんが顔を出しました。
「これでいいのね? ここ書いてないから。そうそう。ここ押して、ここ、早く早く」
と、さささっとエラー回避してくれました。
押すボタンがわからなくて尚もまごついていると、上半身を乗り出して、自分でボタンを押そうとするおばさん。いやん、もう、強制的やん(笑) おばさんの強引な指南もあってなんとか馬券購入をクリア。席に戻るとさっそくレースが始まります。自分の買った馬が何番なのか、など新聞を確認してみるものの、「枠連」という買い方をしてしまったので、馬番号と枠番号がごっちゃになって、何という名前の馬を応援していいのか、よくわからないまま、なんとなくレース終了。もう一度マニュアルを見直して、自分の買った馬券と新聞を見比べてみて、やっとわかったところ、私の買った馬券が200円分、当たってました。こういうのをビギナーズラックというんでしょうねー。
その後、2レースほど楽しんで終了。新聞代、から揚げ代、馬券購入代、ビール代・・・と加算していくと、200ぽっち勝った分ではぜんぜん足りない結果でしたが、初心者3人でオタオタしながらも、最終目的は達することができたので、プチ達成感も味わいつつ、考えようによっては、Wクンがビギナーズラックの大当たりなんぞ出した日には、その後彼が競馬にはまってしまうなんてことも考えられたわけで、2000円ちょっとの散財で終わって、よかったのかもしれません(笑)
観ちゃった。
宝塚歌劇 「薔薇に降る雨」
ロマンチックレビュー 「Amourそれは・・・」
宙組公演
ついに、観に行ってしまいました、乙女ワールド、タカラヅカ。
ゴールデンウィーク後の週末だからか、それともこれが日常?会場は、大入満員。観光バスで乗り付けている団体さんもあり。男女比は・・・やっぱり9:1ぐらい? ここはやっぱり乙女の世界です。
宝塚大劇場は、とても豪奢なつくり。ヨーロッパのお城みたいな大きな階段。この雰囲気すべてがみんな、ダイスキなんだろうなぁ・・・。記念品や特別な写真集が売られているショップは、年齢は別として、乙女が目を輝かせて群がっています。幸せそう。
作品ですが、お芝居として語るのは野暮ってもんでしょう、でも、企画としてコレはやっぱりスゴイです。よく言われるのは、女性が演じる「男役」は、まさに女性の理想の男性を知り尽くした女性が演じるからこそ、そんじょそこらの二枚目男優よりも、よっぽどカッコイイ、ということですが、なるほど、それはわかります。「好み」」を横に置いて考えると、二枚目で、正義感が強くて、優しくて、女性にモテるけど、でも、決して軟派でなくて、一途な面も持っていて、同性にも異性にも変わらぬ態度で接して・・・というのは、確かに「理想」かも。現実には存在しないばかりか、普通の芝居の中においても、人間らしさを追及すれば、女性にモテる人は同時に女性にだらしがない面も出てくるし、正義感が強い人は厳しくておっかない面も併せ持っているだろうし。優しい人は、優柔不断っていう見方もできるしね・・・。
だからこそ、乙女たちはこれに夢中になるんだろうなぁ、なにせ90年越す歴史のある舞台なんどえ、徐々に出来上がっていっで完成したエンターテイメントだと思うけど、これを考え出した人はスゴイです。
私同様、こういうのは趣味じゃない友人Mも、男性かつ外国人のWクンも、すっかり宝塚ワールドを堪能してくれたようなので良かったです。特にWクンなんて、宝塚歌劇の仕組み(星・月・花・雪・宙と5つの組がわかれていて、それぞれにトップが居るとか)を知り、他の組のトップスターの男役と、今回の公演の宙組トップの大和悠河(やまとゆうが)さんを見比べて、「彼の方が男前だ」と満足そう(笑) 男性の目から見ても大和さんはカッコイイらしく、「スタイルもいいし顔もいいし、立ち居振る舞いもカッコイイ」とベタボメでした。
もちろん私も、夢の世界にどっぷり浸かった3時間半(チケットは高額だけど、お芝居とレビューの2本立ててこの長さなら、ちっとも高くないですね)を大いに楽しむことができたのだけれど、それに加えて、ある意味閉鎖的な宝塚歌劇の舞台で生きる人たちの「役者人生」みたいなものを観た気がして、感慨深かったです。
というのも、今回の公演がラストで歌劇を卒業する人が、トップの2人を含め10人いらっしゃるということと、お芝居の前に95期生(新人さんたち)が、初舞台を踏む決意表明の前口上があったのだけれど、これがスタートラインなんだな、ということが重なり合っての感情だったのかもしれません。
中卒か高卒ぐらいで音楽学校に入学して、勉強して、たぶん、厳しい寮生活のようなものを経験して、学校を卒業してから入団。そして、今日のようなラインダンスを構成する1人からスタートして、みんながトップを目指してがんばっていくんだな~って。レビューでは、新人さんから登場して、徐々に大御所が登場してくる演出が多いのだけれど、だんだんと1回に登場する人数が少なくなっていったり、だんだんと衣装が派手になっていったり、歌が長くなったり、ダンスの見せ場が派手になっていったり、序列がはっきりと演出に現れています。もちろん、最後に登場するのはトップの大和さん。全員がズラッと並んだ中央奥の大階段のいちばん上から、スポットライトを浴びて登場。衣装もいちばん派手。背中につけてる羽も超特大(身長の倍ぐらいある?)。歌も踊りも見せ場がいっぱい。トップに立つってすごいことなんだろうな~・・・。でも、この大和さんも、何年か前の初舞台の日はラインダンスの構成員の1人で、トップを引き立てるその他大勢の1人だったわけです。
そんな「頂点に立つ夢」を目指してひたむきに頑張る少女たちの姿が舞台の向こう側に透けて見えるのも、宝塚歌劇がいつまでも愛される理由かもしれません。
乙女ワールド宝塚は、男女かかわらず、「1度」は必ず観るべき「夢の世界」でしょう。芝居そのものだけでなく、この世界をつくりあげている要素ひとつひとつに、その価値があると思います。
たこぱ。
今日から、高校時代の同級生が夫婦で岐阜から遊びに来ています。
去年の夏に出張帰りに名古屋に立ち寄ったときに、ゴハン代から飲み代からホテル代までおんぶにだっこでごちそうになってしまった ので、そのお礼と、彼女からは、「1年も経っちゃってからでごめんねー」と新築祝いの意味もあって。
友人Mは、関西エリアでゆっくり遊ぶのはほぼ初めてだし(前に神戸に訪ねて来てくれたときは結局朝まで飲んだだけ)だんな様Wクンはニュージーランドで仕事をしている時に見つけた韓国の子なので、せっかくなら、「いかにも関西!」というおもてなしをしたいな~と、ちょっと前から計画していたのだ。
その第一弾が今夜で、今日はど平日だけど、二人とも仕事を早めに切り上げて向こうを17:00過ぎには出発してくれたので、待ち合わせの西宮北口についたのは、なんと19:00。早い!名古屋→大阪って、思った以上に近いのね。で、私もロクピタで仕事を終えて待ち合わせ場所へ向かい、友人とは正月に開いた同級会以来の再会、だんな様とは二人が結婚報告に実家を訪ねてくれた時以来、5年ぶりの再会。
初めて会った当時、当然ながらWクンは日本語がまったくしゃべれなかったので、私の家族との夕食の席では、英語と日本語(英語の通訳はもちろん友人M)での会話で、あまりコミュニケーションをとれなかったのだけれど、5年で日本語はぐんぐん上達して、日本語での会話にまったく支障なし。すげー。以前のもどかしい感じがすっきり取れて意思疎通もばっちり。うれしかった。
で、今夜は家メシ。
「関西人の家には一家に一台かならずたこ焼き機がある」
とよく言われるけど、たぶん、これは真実だと思う。我が家にももちろんある。しかも、ウチの人がかなり好きなので、いっぺんに30個ぐらいが焼ける大型のもの。レシピも、いろいろ改善を積み重ね、「外見はカリっと、中身はトロッと」にこだわって作ってくれる。具の刻み方にもコダワリがあるので、たこ焼きの日は私はなーんにもしないでいいので超ラクチン(笑) 2人に関西風情を味わってもらうにはうってつけだろうということで、この日の夕食は「たこ焼きパーティ」略して「タコパ」。
1回目の焼きは、お手本とばかりにウチの人がメインでやって、竹串(家庭用たこ焼き機はだいたいフッ素加工がしてあるので、プロが使う「キリ」を使うと、加工がはがれてしまう、ので、竹串)をつかってくるくるっと回すパフォーマンスも、
「おぉ~、さっすが!! うまい!!」
と、予想以上に大ウケ(笑) 味もなかなか好評で、薄味好みのMはそのままで、ソース好きのWクンはソースをからめて、熱々をハクハク言いながら食べていく。
2回目からは、タネを流すところから焼き上がりまで、メインをWクンにお任せ。はじめのうちは失敗もして、Mに「全然できてなーい!!」とダメ出しされてたけど、負けず嫌いで凝り性な性格はウチの人に似ているらしく、だんだん上達していった。最後の方なんて、ちゃーんとできてたからスゴイ!
「ヨシ!Wクン、免許皆伝や!」
なんて言い合ったりして、超楽しかった。
たこ焼きはビールにも超合うので、お酒も大いにすすんであっという間に時間が過ぎて、ウチの人は土曜は普通に仕事なので、この日は早め(といっても24時近かったけど)にお開き。
さて、明日は念願(?)のタカラヅカ歌劇を観に行きます。
およそタカラヅカなんて趣味じゃない私とMに加え、男性で外国人のWクンの3人で、いざ、乙女ワールドへ・・・。
果たして、どうなることでしょう・・・。
去年の夏に出張帰りに名古屋に立ち寄ったときに、ゴハン代から飲み代からホテル代までおんぶにだっこでごちそうになってしまった ので、そのお礼と、彼女からは、「1年も経っちゃってからでごめんねー」と新築祝いの意味もあって。
友人Mは、関西エリアでゆっくり遊ぶのはほぼ初めてだし(前に神戸に訪ねて来てくれたときは結局朝まで飲んだだけ)だんな様Wクンはニュージーランドで仕事をしている時に見つけた韓国の子なので、せっかくなら、「いかにも関西!」というおもてなしをしたいな~と、ちょっと前から計画していたのだ。
その第一弾が今夜で、今日はど平日だけど、二人とも仕事を早めに切り上げて向こうを17:00過ぎには出発してくれたので、待ち合わせの西宮北口についたのは、なんと19:00。早い!名古屋→大阪って、思った以上に近いのね。で、私もロクピタで仕事を終えて待ち合わせ場所へ向かい、友人とは正月に開いた同級会以来の再会、だんな様とは二人が結婚報告に実家を訪ねてくれた時以来、5年ぶりの再会。
初めて会った当時、当然ながらWクンは日本語がまったくしゃべれなかったので、私の家族との夕食の席では、英語と日本語(英語の通訳はもちろん友人M)での会話で、あまりコミュニケーションをとれなかったのだけれど、5年で日本語はぐんぐん上達して、日本語での会話にまったく支障なし。すげー。以前のもどかしい感じがすっきり取れて意思疎通もばっちり。うれしかった。
で、今夜は家メシ。
「関西人の家には一家に一台かならずたこ焼き機がある」
とよく言われるけど、たぶん、これは真実だと思う。我が家にももちろんある。しかも、ウチの人がかなり好きなので、いっぺんに30個ぐらいが焼ける大型のもの。レシピも、いろいろ改善を積み重ね、「外見はカリっと、中身はトロッと」にこだわって作ってくれる。具の刻み方にもコダワリがあるので、たこ焼きの日は私はなーんにもしないでいいので超ラクチン(笑) 2人に関西風情を味わってもらうにはうってつけだろうということで、この日の夕食は「たこ焼きパーティ」略して「タコパ」。
1回目の焼きは、お手本とばかりにウチの人がメインでやって、竹串(家庭用たこ焼き機はだいたいフッ素加工がしてあるので、プロが使う「キリ」を使うと、加工がはがれてしまう、ので、竹串)をつかってくるくるっと回すパフォーマンスも、
「おぉ~、さっすが!! うまい!!」
と、予想以上に大ウケ(笑) 味もなかなか好評で、薄味好みのMはそのままで、ソース好きのWクンはソースをからめて、熱々をハクハク言いながら食べていく。
2回目からは、タネを流すところから焼き上がりまで、メインをWクンにお任せ。はじめのうちは失敗もして、Mに「全然できてなーい!!」とダメ出しされてたけど、負けず嫌いで凝り性な性格はウチの人に似ているらしく、だんだん上達していった。最後の方なんて、ちゃーんとできてたからスゴイ!
「ヨシ!Wクン、免許皆伝や!」
なんて言い合ったりして、超楽しかった。
たこ焼きはビールにも超合うので、お酒も大いにすすんであっという間に時間が過ぎて、ウチの人は土曜は普通に仕事なので、この日は早め(といっても24時近かったけど)にお開き。
さて、明日は念願(?)のタカラヅカ歌劇を観に行きます。
およそタカラヅカなんて趣味じゃない私とMに加え、男性で外国人のWクンの3人で、いざ、乙女ワールドへ・・・。
果たして、どうなることでしょう・・・。
アホやな~。
ダチョウ力
-愛する鳥を「救世主」に変えた博士の愉快な研究生活
塚本康浩(朝日新聞出版)
新聞の書評欄で見つけてタイトル、装丁、紹介文、すべてで一目ぼれしてしまって購入。しかも期待以上のおもしろさで、これは是非是非、多くの人に読んでもらいたい!と思ってしまった。小説をのぞく分野では、早くもコレが今年のナンバーワンかも。とにかく、おもしろい。
アホな人です、塚本先生(褒めてます)。
著者の塚本先生は、獣医学博士。主にニワトリを研究していたそうだが、ニワトリは研究対象として歴史が古く、すでにやりきった感のあるんだそうで、先生は、ニワトリ以外の研究対象を求める必要があったのだそう。そのときに、子どもの頃から好きだった「ダチョウ」を眺めて暮らすアルバイト(?)にありつく。「オーストリッチ神戸」などというダチョウ牧場の専属医師として、脳みそが小さいので頭があまりよくないダチョウが、あっちへ落ちたりこっちへぶつかったりしてできた傷を治すなどして過ごしながら、ある日、ダチョウの「アホ」みたいに強い免疫力、繁殖力、治癒力に目をつける。
これを、「毎日ダチョウを見て過ごすうちに、ダチョウの類まれな能力に着眼し、これこそ人類を救う研究だ!とダチョウ研究に邁進・・・」と書けば、研究者として素晴らしい着眼点と実際に実行する意志力、行動力!となるのだけれど、ご謙遜して書いてらっしゃるかもしれないが、「毎日ダチョウを見て暮らしながら、このままダイスキなダチョウと過ごす方法はないものか?と考えたときに、ダチョウを研究対象にして大学に申請し、認められれば大学で飼うこともできるかも!」とひらめき(笑)、それがうまいこといった、なんて「ひょうたんからこま」みたいな書き方をしているので、笑ってしまう。
研究員の足立クン、アホです(褒めてますよ)。
そうやって大学の予算も確保して、願いどおり大学内にダチョウ舎なるスペースも確保し、愛するダチョウを研究する毎日がスタートするのだが、大変なのは「えさやり」で、「えさやり要員」として、卒業論文のテーマにふさわしいものがないというのが悩みの足立クンを、塚本先生、まんまと確保してしまう(足立クンは、ちょっと変わったテーマに取り組みたいと考えていて、ダチョウに飛びついてしまったらしい 嗚呼)。
この、足立クンが、なんだかとてもおもしろい。ダチョウの主食は「もやし」(世界的にそうではないが、いろいろあってオーストリッチ神戸と塚本先生の所のダチョウの主食はもやしなのだ)なので、足立クンは毎日大量のもやしを仕入れて三頭のダチョウにやり続ける。女子生徒の「ダチョウのステーキ、食べてみたい!」なんて戯言に付き合い、かわいがっているダチョウを絞めて(もちろん研究用の抗体を採取するのが主目的で、食肉は副産物)、ホットプレートで焼いてみるものの、当の女子大生たちはお気に召さず一口食べておしまい。足立クンは、「(ダチョウの名前である)右1号~・・・」となきながら、残りの大量のダチョウ肉を食べるのである・・・。
「アホみたい」なことを「アホになって」マジメにやる。
書評にあったのは、こんな誰も考え付かないような対象をアホみたいに研究して、それが人類を救うような大発見につながってしまうようなことは、東京人にはできまい、という一文だった。最初にゴールを設定し、最短距離のプロセスを組み立てる。仮説を立て、常に答えを出していくことで、効率よく、高い成功率で目標を達成する。なんてスマート!これが世の中のスタンダードなのかもしれない。でも、そんなやり方っておもしろいの?と書評は言っていた。そんなやり方で、この、塚本先生みたいなアホな(褒め言葉です!)発見はできないでしょ、みんなが東京(のやり方)を目指すから、世の中おもしろくなくなっているんじゃないの?ってね。
いろんな人が、いろんなことを考えながら、全然違うことをやっていて、それがいつの間にか、スゴイことにつながっているという「無目的・無目標」なプロセスを、全否定しちゃいけないな~と思う。もちろん、自分がどっちを選ぶかは自由。決めたとおりに無駄なくすすみたい人だっているだろうし。でも、違うプロセスを選ぶ人を否定したり、バカにしたりするのはよくないな、と思う。「いつまで、そんな闇雲なやり方やってるの?」って、バカにしたような言い方する人って、いるもんね。
でも、塚本先生みたいな、「アホみたいに」(褒めてますからね!!)おもしろいことは、そういう人にはきっとできないだろうと思うのである。
マンボウ懐かしや。
マンボウ最後の大バクチ
北杜夫(新潮社)
何年ぶりだろう?
マンボウ先生の本を買うなんて!
先日、アルバイト学生さんの勉強会で一緒にランチをとったとき、「今読んでいる本」の話になり、彼女が「どくとるマンボウ航海記」を図書館で借りて読もうとしているところ、と聞き、あまりの懐かしさに卒倒しそうになり、同時に、あの独特の(とつとつとした)語り口に触れたくなり、アマゾン検索!すると新刊を出してらっしゃるじゃないですか!もう82歳ですよ。なのに「大バクチ」とは・・・。
帯のコピーがふるっている。
(以下、引用)
「まさか」の「老年躁病」が突然発症! 杖にすがっての珍道中が始まった!?
二十一世紀を目前に突如始まった「ギャンブル行脚」は、競馬、競艇、カジノに及び、世界を股に、一喜一憂の日々が続く。しかしそれもつかの間の狂乱バブル。再び腰痛と鬱の後期高齢者に逆戻り、清く正しく美しい毎日へ。ところがところが、オバマ大統領誕生が引き金になったか、人生最後の躁病が勃発――。Yes We Can!!
そう、北先生といえば、躁鬱病を繰り返し、鬱のときには激しく落ち込み、躁のときには後からどうするんだろう?と心配になるほどはしゃぎまくる人。で、その顛末記がすこぶる面白い「マンボウ」シリーズ。小学校4年生のときには、星新一、遠藤周作、北杜夫は私の愛読書だったのだ。
「さびしい王様」とかの小説も読んでいるはずだけど、そのへんはあまり記憶になくて(笑)、特に記憶に残っているのは、どの本にまとめられているかは覚えていないけど、阪神タイガースにまつわるお話だ。北先生は大の阪神ファンだが、当時は万年ビリの弱小チームで、テレビ観戦しながら一喜一憂する北先生に涙が出るほど笑った覚えがある。あー、もう一回読みたい、なんだったかな。。。
もちろん、今回の新刊もはちゃめちゃにおもしろい。
帯にあるように、人生最後(だろうなぁ)の躁を発症し、娘さんや編集者さんを伴って国内外の賭場へギャンブルに出かける珍道中をまとめたもの。見栄を張りつつ、でも、張っているうちにその理由を忘れて訳のわからない行動をしてしまい、それを本で臆面もなくさらしてしまう北先生。昔からそうだけど、八十路を迎えてなおいっそう「怖いものナシ!」だ(笑)
北さん、星さん、遠藤さんの3人は、ともに作家としても交流があり、この本にも2人との思い出が出てきて懐かしい。さらに、この作家さんを教えてくれたのは、小学校4年のときの担任の先生で、ダイスキな先生だったのでこれまた懐かしく読めた。先生、ゲンキカナ。
北先生、最後までお元気で怖いもの知らずで走ってください。
そして何冊も何冊も、「マンボウ最後の・・・」シリーズ、刊行してください。











