『4minutes』は、最後まで観終わったらもう一度、第1話から丁寧に見返す必要を仕組まれた作品である。
私は毎週1話ずつ観ているドラマでもそれを視聴中に何度か前の回を振り返ることが多い。全12話の場合、転換点である第6話が終わり、第7話を観る前に第1話から全部見返して7話を待つ。そして第10話ぐらいには8話9話を見返して、その流れで10話を観る、みたいな感じだ。
ところが全8話の『4minutes』、どこで見返すか少し迷った。
通常なら中盤の4話終了後、なのだが、4話が終わってもまったくこの作品の全貌が見えてこなかった。
5話が終わって、もう一度1話から見返した。
6話が始まって3分もしないうちに、私たちがこれまで観ていた5話までの物語が一体何だったのか、そしてこの物語がどういう構成の作品なのかという大まかなところが見えてきたようだった。
しかし最終話を観て、6話終了でこういうことだろうと思っていたことの幾つかは大きく違っていたことを知った。
途中までだって十分そう思っていたけれど、この最終話を経て、この作品の脚本がどんなに素晴らしいか、構成の巧さ、物語世界の悲しさや苦しさやそれでもその先にある希望のようなもの、俳優たち全員の渾身の演技・・・などなどに改めて気付かされる。
すべてにスタンディングオベーションをしたくなる。
心に強く残る作品がまたひとつ生まれたのを感じた。
そして。
『4minutes』はどうしたって最終話後、再び1話から見返さないといけない作品なのである。
秀逸だったアヴァン
『4minutes』の前半において作品世界をあえて掴みにくしていた原因のひとつは、毎話冒頭1分ぐらい入るアヴァンだった。
川縁で発見されたのが一体誰の死体なのか、別軸で連続殺人が起こっているのか、それがこの作品にどう繋がるのかが簡単にはわからないように描かれていた。
しかし5話の後半、タームがおばあさんに会いに行ったときの水色のポロシャツを観た瞬間、「これは第1話のアヴァンで撃たれたタームが来ていたのと同じシャツだ!」と気付いた。この辺りからアヴァンで描かれていることと本編での物語の絡みかたが少しずつ見えてくる。
とは言え6話までは死体はすっぽりとビニールに覆われて誰のものかわからないし、4話のアヴァンで初めて登場する「アヌワット・ワリンデート」という名前がトンクラーの名前であることは最終話まで出てこないのだ。
最終話まで見終わり、1話から見返してようやく、このアヴァンが描いている時間軸と、何が起こっていたのかがわかるように出来ていた。
1話から5話までの本筋が現実が混じってはいるが殆どがグレートの脳が見ている光景だったが、アヴァンだけは実際に起こっている「現実」だったことにも気付く。
アヴァンに何が描かれていたのかを以下にまとめておく。
●第1話
傷を負って逃げているが撃たれるタームと、病院で治療を受けているが、瀕死状態から心肺停止したグレート。
●第2話
フードを被ったトンクラーが石でタイトゥンを殴り殺している。
●第3話
タイトゥンの遺体が発見される
●第4話
ウィン警部はタイトゥン殺害の証拠の石から検出された指紋がトンクラーのものだと知る。
●第5話
飲み物に薬を混入されて意識を失ったタイトゥンを引き取るトンクラー
●第6話
容疑者確保としてトンクラーの家に向かったウィン警部たち
●第7話
大学1年生のトンクラー。酒浸りの父親が暴れて飼っていた猫を殺す。その後、トンクラーは父親を階段から突き落として殺す。
●第8話(最終話)
瀕死のタームが見ている脳内光景。患者に優しく接しているターム。
トンクラーの絶望とコーンの焦燥
『4minutes』の制作発表時は、あの『KinnPorsche』を作ったBe On Cloudの作品ということで期待をしていたし、何より当初はあのVegasPeteを演じたBibleとBuild主演作品ということでその期待は熱望とも言えるものだった。Buildの降板は本当に残念だったがそれでもこの作品への期待は揺るがなかった。
観る前は、そして第1話を観た時も、Bible演じるグレートとJes演じるタームのふたりが主軸であると思って観ていた。オープニング映像もふたりしか出てこない。しかしその割には第1話ではグレートの兄コーンと、その愛人らしきトンクラーのセックスシーンが長尺だなあと感じていた。
ところがトンクラーこそが、この物語のキーとなる人物だった。
最終回ではようやく得たグレートとタームの幸福なシーンが描かれている。
しかし、あまりにもこの作品は多くの人間が亡くなっていった。
グレートが轢いてしまった女性、トンクラーの弟ドーム、タームと共にグレート親子の会社の不正証拠を集めていたネーン、タイトゥン、そしてトンクラーとコーン。
主要な登場人物の殆どが死んでしまうという物語もタイBL作品としてはかなり珍しいのではないか。
そしてこのトンクラーが背負ってきた人生の痛ましさに私はずっと引きずられている。
彼が唯一大切にしてきて愛していたのが弟のドーム。その弟と一緒だったからこそ、家の貧しさや父親の暴力に耐えてきたのだろう。その頃から彼ら兄弟を守ってくれなかった警察に絶望をし、だから自らの手で父親を殺すしか彼の未来は築けなかった。
トンクラーは絶望の中でたゆとう方法と、そして自らの手で復讐する方法をこの頃に形成したのだろう。
大学の先輩で、資産家の息子であり優秀なコーンからの愛情と庇護はトンクラーをどこまで幸せにしたのだろうか。
コーンは、愛情の証としてトンクラーに快適な家と潤沢なお金を与えた。だから彼がそんなに働く必要はないと思っていた。コーンの愛はいつしか、トンクラーを都合が良くて退屈な愛人に貶めてはいなかったか。
コーンと激しく愛し合うトンクラーの目にはすでに絶望の暗さが宿っていたように感じた。
コーンはきっと輝かしい学生時代を送ったのだろう。
資産家の息子。ストイックに鍛え込んだ肉体を持ち、きっと成績も優秀。性格は温厚にして優しい声を持つ。
まるで非の打ちどころはないようで、しかし彼の実母は幼いころにいなくなり、後妻と支配的な父親がいる。
そんなコーンが求めていたのは、自分よりも弱くて庇護を必要とする相手に愛情を与えることだったのではないか。それはまるで自分がそうされたかったかのように。
支配者である父親を越え、トンクラーを愛していることを堂々と宣言してふたりで生きていく。それを夢見ている時が彼にとってもっとも輝かしく美しい時代だったのだと思う。
しかし父親から家業のもっとも稼ぎどころであり、もっとも危険で汚い仕事を押し付けられた。
彼が見ていた夢の輪郭はどんどんとぼやけていくようだった。
その焦燥の中で、彼の輝かしかった青年時代がいきなり欲望にまみれた汚泥や血で汚されていった。鍛え上げられた美しい肉体は、同じような汚れ仕事を請け負う資産家ワリットの娘の欲望に消費されていく。
最終回でのトンクラーとコーンとウィン警部。
トンクラーを愛してしまったウィン警部に対してトンクラーは、例えばその快楽によってでも絶望をほんの一瞬でも紛らわせてほしかったのではないか。しかし幼いころから抱いていた警察に対する絶望は払拭できなかった。
そしてコーンに対しても絶望を感じていた。自分の立場は誰にも言えない関係であり、いつでも父親の命令が何より優先で、もっとも側にいてほしい時にも連絡すら取れないのだ。さらに弟ドームの殺害にコーンの弟が加担したことを知り、トンクラーはもうこの世の中に居場所を見つけることが出来なくなってしまったのだと思う。
この3人の、あまりに絶望的なこの3人の最後のシーンは何度見ても辛くて悲しい。観た翌日に悪夢を見てしまうほどだった。
(トンクラーを演じたまだ18歳のFuaizくんに、そして『KinnPorsche』では和み役であり見ていてほっとさせてくれてたのとは真逆の芝居でコーンを演じたBasくんにマジでスタンディングオベーションです! や、ホントBas凄かったよ!)
トンクラーと黒い猫の亡霊
黒猫を父親に殺されたトンクラーは時折その黒猫を幻視する。
トンクラーの家にコーンが来て、コーンとセックスし、それでもまだコーンと肌を重ねていたいと欲望したとき、コーンの父親から電話が入るシーン。コーンはとっさに「ファーサイと一緒にいる」と噓をつき、父親の元にすぐ戻ると答えた。去っていくコーンを見送った後にトンクラーは黒猫を幻視する。
あの黒猫はトンクラーにとって暴力に支配されるものの象徴ではないか。
そしてあそこでトンクラーは、彼にとって完璧であるべき恋人コーンも父親に支配されていることを見て取っているのではないかと思う。そのコーンを自分と同じと哀れに思うのか。彼を助けたいと思うのか。
いや、私は、そんなコーンが自分と同じ泥水をすすっている存在であることに絶望しているように感じた。
そしてあの黒猫は、暴力を受けるいたいけな存在であると同時に、小さな体で痛みへの怒りを叫び、鋭い爪と牙で瞬時に相手にとどめを刺す、そのような象徴のごとき存在であるように思う。
グレートの4分、タームの4分
グレートは「4分後の未来を見る」と言っているが、視聴者にとっては「グレートが4分前に戻って何かをやり直している」と思うような構成だった。中盤までは。
ところが第6話で知ることになるのは、実際の世界は大きく違っていたということだった。
5話までの殆どが、彼が経験したことの中での後悔と、その後悔ポイントで別の選択をしたらという演算を脳が高速で行った試算だった。
もしかしたらグレートが轢き逃げをした女性が最後に寺に行って占いをするシーンなどは、その女性の死の間際の4分なのか。タクシーで家に帰ったドームの映像も、ドームの最後の脳内映像なのか。
グレートの脳内が過去の後悔をもとに4分の間に試算した彼の行動の行き先は。
①車で減速するも轢いてしまった女性に対し自ら通報する。
②両親は被害者心証をよくするために花をもって見舞いに行けという。
③病院内でぶつかったタームに謝罪し、タームが落とした書類を拾う。
④タームはその花に送られた名札を見てグレートを知った。
⑤同級生ドームが殺されそうになるのをとどめ、病院に送る。
⑥タイトゥンから受けた傷をタームが縫う。
⑦タイトゥンの反撃からタームに助けられる。
⑧タームはどうやらグレートに惚れたらしい。デートをする。
⑨ネーンのことを知りタームを助けようとする。ネーンが殺されそうなところを救い、病院に搬送する。
⑩タームと逃避行。一時の幸福なセックス。
⑪母親を狙う何者かから母親を庇い、撃たれる。死を顧みずその自分を抱きしめてくれている母親も撃たれ、その血しぶきを浴びながら息絶えようとしている。
しかし、6話で明かされたグレートの現実はこうだった。
①グレートは轢き逃げをした。
②タイトゥンの犯行を止められずに同級生ドームの遺体遺棄に手を貸した。
③それらの罪の意識による体調不良で病院を訪れる。
④両親の死の元凶となった違法カジノを経営するシーワットソムバット家に復讐を考えていたタームは、診察に来たグレートの名字で彼がその一家の息子であることに気付き接近し、関係を持ち、一家を貶める手段としてその性交動画をアップする。
⑤タームに惹かれているグレートはタームを手助けしようとするがネーンが殺される現場で何も出来なかった。そのことでタームに詰られる。
⑥彼の住む住居のエレベーターでトンクラーに撃たれる。
これがグレートの現実だった。
トンクラーに撃たれた後で心肺停止したグレートの脳が邂逅している4分の彼の人生が、5話までの物語だったのだ。
あの轢き逃げのときから、彼の心はずっと彼の臆病さが引き起こしたことに対する後悔で占められていたのだろう。
5話で母親をかばって何者かに撃たれたというシーンでさえ、彼の脳内映像だったのだ。
「4分の未来」。この秘密も最後に明かされる。グレートと、そしてルークワー。二人は偶然に心肺停止した後の酸素が無い状態での脳が見る4分間、というテーマのインスタレーションを過去に見ている。
「その4分で何が起こるか。心の安定のため、4分後の未来が見える能力を差し上げましょう」
そのインスタレーションでは最後にこのナレーションが流れ、それが彼らふたりの脳内に自然にインプットされたのではないか。そして実際に心肺停止したときの脳内でこの言葉がまるでひとつの呪いのように(または希望のように)立ち上がったのだと考えられる。
8話ではタームが死に至る前の脳内での4分の映像で始まる。
患者の名前を覚えず、クールな医師だったタームだが、彼の脳内ではとても優しく患者に接し、病院からも教授職に望まれる。胃痛のために受診したグレートに出会い、彼に誘われるまま仕事の後に会い、祖母とグレート、3人で穏やかな時を過ごし、そこには恨みも復讐もなく、ただ愛し合う満ち足りた時間。タームの4分間は彼が望んだ幸福な夢だけを編み込んだ美しいものだった。現実にタームを蘇生するデン医師の声で目覚めるまでは。
音楽について私が思うこと
最終回第8話でJeffの「Why don't you stay」が使用されるまで、私はこのタームの夢の優しさ愛おしさを切ない気持ちで見ていた。しかしギターによるアレンジでJesが歌う「Why don't you stay」が流れた途端、正直いろんな気持ちがノイズとなって流れてきた。
何故ならこれは『KinnPorsche』ではBarcode演じるポーシェが作ったフレーズをJeff演じるキムがアレンジして完成させたという設定であり、そして作中の愛情に満ちたシーンで何度も使われ、私にとっては聴くだけで涙するほど『KinnPorsche』とは切っても切れない曲だったからだ。
2024年4月に行われたJeffのワールドソロコンサートでもJeffはこの曲を歌っていた。しかしその時も、曲の権利を持っているのはBOCなんだろうなあとは思っていた。この曲を使うにあたって、そういう権利の問題とかってどうなってるのかなあ、なんてことをまず考えてしまう。せっかくのタームとグレートの美しいシーンなのに。
そして、すでにJeffが抜けたBOCでの新作にこの曲を再び使用することが、なんだかBOCがこの名曲の権利を主張しているように感じられ、『KinnPorsche』、そしてJeff Saturに対するリスペクトが感じられないではないか、と思ってしまったのだ。
勿論これはその逆で、『KinnPorsche』とJeffへのリスペクトの形なのかもしれない。
散見したところ「X」でのこれに対する評判は決して悪くはなかったので、ちょっとアンケートを取ってみた。回答率はそれほど多くはないのでこれが見た人の多くの意見かどうかはわからないが、「すごく良かった」が28.6%「これはこれでアリかと思う」42.9%。肯定は併せて71.5%だ。
反対に「KinnPorscheだけにしてほしい」7.1%。「微妙にモヤッた」は21.4%。
この選曲が多くの人に好意的に捉えられたのであれば、それはある意味良かったなと思う。
私はと言えば「微妙にモヤった」だった。
なにしろ初見ではこの大切なシーンにこの選曲はノイズとなってしまったからだ。
ただ、最終話エンドロールを確認したら、ちゃんと使用曲として「Why don't you stay」とあり、STUDIOとしてBe On Cloud、そして作詞作曲にJeffの名が。当たり前のことだけど、曲に対するリスペクトがないということはないのだ。
比べて第5話のグレート脳内映像だが、ここでタームが弾き語りをしているシーンとその曲はとても良かったなあ。
imnuttというミュージシャンで私の好きな女性グループLANDKMAIをフューチャーした「Timeless」という曲だ。
この曲を最後にもう一度使ってもよかったのになあと私は思うんだが・・・。
VIDEO
スタッフ
『4minutes』
●エグゼクティブ・プロデューサー兼インティマシー・ディレクター
Pond Krisda Witthayakhajornde
●監督
Ning Bhanbhassa Dhubthien
(『KinnPorsche』脚本、『Man Suang』監督・脚本)
●脚本
Sammon
最後に蛇足ですが。
最終回を終えてもう一度見ることを仕組まれているドラマの現在のところのベスト3は。
3位 ミッドナイト・ミュージアム
2位 playboyy
1位 4minutus
ですわー。