現在実写BLにおいて、量は勿論のこと、質やテーマ性などで群を抜いているのはタイBLだと思っています。

プロダクションの多さや製作に対する様々な本気度においても。

韓国BLはその点、BL市場への参加に対しては少し遅れたと思いますし、台湾やタイのようにBL作品から同性婚を含めたLGBTQ+の現状と未来について考えていく作品もまだまだ少ないように感じています。

しかし、元々ドラマ作りがうまい韓国ですから、この1~2年でBL作品数も増えてきて、更に時折良作を輩出しています。

今回観た『僕の指先に君の温度が触れるとき』は、なかなかの良作だと思いますし、そしてこれは韓国ならではの作品だととても感じました。

 

「韓国ならでは」。

「タイならでは」とか「韓国ならでは」という違いって、あると思いますか?

そんなものはないと思いますか?

私は、あると思っています。

何が違いを出すか。

宗教観やそれぞれの国のジェンダーに対する考え方、家族の在り方、国の政治や兵役の有無も関係するかもしれません。

しかし、もっとも大きいのは「気候」だと私は思っています。

四季のある国、寒さのある国、暑さばかりの国、曇天が多い国や白夜のある国、そういった気候環境がそこに住む人の性格に大きく影響するし、考え方や生き方を決定していくと思うのです。

だから、韓国で作られたBLには、「韓国ならでは」のものが含まれているのです。

 

暑い国に比べて寒さのある国の人々は「我慢」が得意です。

開放的であるよりも耐えることを得意とします。

水が豊富で植物が育ちやすい暑い国はそれほど食べることには困らない。しかし寒さのある国では過去には食物を得ることが難しく、計画を立て、蓄えておくことを学んだし、冬の時期その寒さに耐え忍ぶことを常としているからです。

そのような「寒さ」を知って生きている人たちは、触れたときの手のあたたかさ、着込んでいるにも関わらずハグをしたときに分厚いコートの下からでも感じられる相手の熱に敏感になることができるのです。

『僕の指先に君の温度が触れるとき』では、登場人物たちは殆ど気持ちを外に出しません。冬の曇天の中に薄日が射すように、かすかに表情に表すぐらいです。

しかし、その感情の表出は「かすか」であるけれど、「無い」とは大きく違う。

それをこの作品のカメラは、演出は、丁寧に映し出し、10代男子の複雑な気持ち(性欲も含めて)を切なく描写しています。

こういった表現は、南国の作品とは違うテイストを感じます。

言えずに飲み込んでばかりの想い。

目の中に熾火のように残り続ける感情。

少し暗くてさみしい場所でひとり溢す涙。

触れたときの自分と相手の手の大きさの違い。

相手の厚いコートにそっと頭を預けるだけで感じる暖かさ。

風にのって頬を打つ粉雪。

海の匂い。

『僕の指先に君の温度が触れるとき』はその時々の温度の違いにつれ、匂いや肌が感じる感覚の違いなど様々なものが丁寧に伝わってきて、観ているだけでいつしか涙してしまう佳作です。

 

この作品は『俺は恋愛なんて求めていない!』のスピンオフ作品です。

『俺は恋愛なんて求めていない!』のほうは、大企業に勤めるウォニョンが上司の不正に関与した疑惑で会社から解雇され、気分転換に海辺の町に旅に出たところ、そこで名を伏せて暮らす天才陶芸家テジュンに出会い・・・という物語です。

この作品の主人公テジュンが、スパダリではあるが割と一方的に感情を表出するという、私が苦手とする設定に感じられました。なんとか最後まで観たけれどそれほどいいとは思えない作品でした。(とはいえ、中盤から結構前のめりで視聴しましたが)

また、このタイトルはインパクトがあってキャッチーだと思いますが、観ていくほどにちょっと疑問が残るタイトルでした。

英題は「Unintentional Love Story」。直訳すると「予期せぬラブストーリー」です。これだとまさに主人公のセリフに通じるタイトルですが、『俺は・・・』の「俺」も、『求めていない!』という感情も、作品とはズレている気がするのですよねえ・・・。

 

しかし『僕の指先に君の温度が触れるとき』には最初からとてもハマってしまいました。この作品は『俺は恋愛なんか求めていない!』に登場するサブCP、ホテとドンヒの高校時代の物語です。

英題が「The Time of Fever」。10代の頃の感情の「熱」を表しています。『僕の指先に君の温度が触れるとき』という邦題の付け方もとても良いのではないかと思います。

 

ちなみにどちらも脚本は、シン・ジアン

ファン・ダスル監督『君の視線が止まる先に』を書き、その後にこの『俺は恋愛なんか求めていない!』『僕の指先に君の温度が触れるとき』と続いています。

監督は、『俺は・・・』は、他に『Peach of Time』を監督したチャン・ウィスン。

『僕の指先に君の温度が触れるとき』はヤン・ギョンヒ監督

『The Tasty Florida』『君の唇を噛みたい』『変人上司に振り回されてます』『ラブ・トラクター』などのBL作品をずっと監督していますが、今回の作品はこれまでの中では最高傑作ではないでしょうか。

そして高校生~20代前半までのホテを演じている俳優は現在31歳になるウォン・テミン。

彼は『You Make Me Dance~紅縁』で取り立て屋を演じています。でも今回ではハイティーンを演じきっています。

 

私のおススメとしては、まずは勿論、『俺は恋愛なんか求めていない!』を観ることですよね。

そして『僕の指先に君の温度が触れるとき』を観ます。

そうするとなんとなーくまた『俺は恋愛なんか求めていない!』を観たくなってしまうんですよねえ。今度はサブCPを中心に。

ぜひ、楽しんでくださいね。

『4minutes』は、最後まで観終わったらもう一度、第1話から丁寧に見返す必要を仕組まれた作品である。

 

私は毎週1話ずつ観ているドラマでもそれを視聴中に何度か前の回を振り返ることが多い。全12話の場合、転換点である第6話が終わり、第7話を観る前に第1話から全部見返して7話を待つ。そして第10話ぐらいには8話9話を見返して、その流れで10話を観る、みたいな感じだ。

ところが全8話の『4minutes』、どこで見返すか少し迷った。

通常なら中盤の4話終了後、なのだが、4話が終わってもまったくこの作品の全貌が見えてこなかった。

5話が終わって、もう一度1話から見返した。

6話が始まって3分もしないうちに、私たちがこれまで観ていた5話までの物語が一体何だったのか、そしてこの物語がどういう構成の作品なのかという大まかなところが見えてきたようだった。

しかし最終話を観て、6話終了でこういうことだろうと思っていたことの幾つかは大きく違っていたことを知った。

途中までだって十分そう思っていたけれど、この最終話を経て、この作品の脚本がどんなに素晴らしいか、構成の巧さ、物語世界の悲しさや苦しさやそれでもその先にある希望のようなもの、俳優たち全員の渾身の演技・・・などなどに改めて気付かされる。

すべてにスタンディングオベーションをしたくなる。

心に強く残る作品がまたひとつ生まれたのを感じた。

そして。

 

『4minutes』はどうしたって最終話後、再び1話から見返さないといけない作品なのである。

 

秀逸だったアヴァン

『4minutes』の前半において作品世界をあえて掴みにくしていた原因のひとつは、毎話冒頭1分ぐらい入るアヴァンだった。

川縁で発見されたのが一体誰の死体なのか、別軸で連続殺人が起こっているのか、それがこの作品にどう繋がるのかが簡単にはわからないように描かれていた。

しかし5話の後半、タームがおばあさんに会いに行ったときの水色のポロシャツを観た瞬間、「これは第1話のアヴァンで撃たれたタームが来ていたのと同じシャツだ!」と気付いた。この辺りからアヴァンで描かれていることと本編での物語の絡みかたが少しずつ見えてくる。

とは言え6話までは死体はすっぽりとビニールに覆われて誰のものかわからないし、4話のアヴァンで初めて登場する「アヌワット・ワリンデート」という名前がトンクラーの名前であることは最終話まで出てこないのだ。

最終話まで見終わり、1話から見返してようやく、このアヴァンが描いている時間軸と、何が起こっていたのかがわかるように出来ていた。

1話から5話までの本筋が現実が混じってはいるが殆どがグレートの脳が見ている光景だったが、アヴァンだけは実際に起こっている「現実」だったことにも気付く。

アヴァンに何が描かれていたのかを以下にまとめておく。

 

●第1話

傷を負って逃げているが撃たれるタームと、病院で治療を受けているが、瀕死状態から心肺停止したグレート。

●第2話

フードを被ったトンクラーが石でタイトゥンを殴り殺している。

●第3話

タイトゥンの遺体が発見される

●第4話

ウィン警部はタイトゥン殺害の証拠の石から検出された指紋がトンクラーのものだと知る。

●第5話

飲み物に薬を混入されて意識を失ったタイトゥンを引き取るトンクラー

●第6話

容疑者確保としてトンクラーの家に向かったウィン警部たち

●第7話

大学1年生のトンクラー。酒浸りの父親が暴れて飼っていた猫を殺す。その後、トンクラーは父親を階段から突き落として殺す。

●第8話(最終話)

瀕死のタームが見ている脳内光景。患者に優しく接しているターム。

 

トンクラーの絶望とコーンの焦燥

『4minutes』の制作発表時は、あの『KinnPorsche』を作ったBe On Cloudの作品ということで期待をしていたし、何より当初はあのVegasPeteを演じたBibleとBuild主演作品ということでその期待は熱望とも言えるものだった。Buildの降板は本当に残念だったがそれでもこの作品への期待は揺るがなかった。

観る前は、そして第1話を観た時も、Bible演じるグレートとJes演じるタームのふたりが主軸であると思って観ていた。オープニング映像もふたりしか出てこない。しかしその割には第1話ではグレートの兄コーンと、その愛人らしきトンクラーのセックスシーンが長尺だなあと感じていた。

ところがトンクラーこそが、この物語のキーとなる人物だった。

 

最終回ではようやく得たグレートとタームの幸福なシーンが描かれている。

しかし、あまりにもこの作品は多くの人間が亡くなっていった。

グレートが轢いてしまった女性、トンクラーの弟ドーム、タームと共にグレート親子の会社の不正証拠を集めていたネーン、タイトゥン、そしてトンクラーとコーン。

主要な登場人物の殆どが死んでしまうという物語もタイBL作品としてはかなり珍しいのではないか。

そしてこのトンクラーが背負ってきた人生の痛ましさに私はずっと引きずられている。

彼が唯一大切にしてきて愛していたのが弟のドーム。その弟と一緒だったからこそ、家の貧しさや父親の暴力に耐えてきたのだろう。その頃から彼ら兄弟を守ってくれなかった警察に絶望をし、だから自らの手で父親を殺すしか彼の未来は築けなかった。

トンクラーは絶望の中でたゆとう方法と、そして自らの手で復讐する方法をこの頃に形成したのだろう。

大学の先輩で、資産家の息子であり優秀なコーンからの愛情と庇護はトンクラーをどこまで幸せにしたのだろうか。

コーンは、愛情の証としてトンクラーに快適な家と潤沢なお金を与えた。だから彼がそんなに働く必要はないと思っていた。コーンの愛はいつしか、トンクラーを都合が良くて退屈な愛人に貶めてはいなかったか。

コーンと激しく愛し合うトンクラーの目にはすでに絶望の暗さが宿っていたように感じた。

 

コーンはきっと輝かしい学生時代を送ったのだろう。

資産家の息子。ストイックに鍛え込んだ肉体を持ち、きっと成績も優秀。性格は温厚にして優しい声を持つ。

まるで非の打ちどころはないようで、しかし彼の実母は幼いころにいなくなり、後妻と支配的な父親がいる。

そんなコーンが求めていたのは、自分よりも弱くて庇護を必要とする相手に愛情を与えることだったのではないか。それはまるで自分がそうされたかったかのように。

支配者である父親を越え、トンクラーを愛していることを堂々と宣言してふたりで生きていく。それを夢見ている時が彼にとってもっとも輝かしく美しい時代だったのだと思う。

しかし父親から家業のもっとも稼ぎどころであり、もっとも危険で汚い仕事を押し付けられた。

彼が見ていた夢の輪郭はどんどんとぼやけていくようだった。

その焦燥の中で、彼の輝かしかった青年時代がいきなり欲望にまみれた汚泥や血で汚されていった。鍛え上げられた美しい肉体は、同じような汚れ仕事を請け負う資産家ワリットの娘の欲望に消費されていく。

 

最終回でのトンクラーとコーンとウィン警部。

トンクラーを愛してしまったウィン警部に対してトンクラーは、例えばその快楽によってでも絶望をほんの一瞬でも紛らわせてほしかったのではないか。しかし幼いころから抱いていた警察に対する絶望は払拭できなかった。

そしてコーンに対しても絶望を感じていた。自分の立場は誰にも言えない関係であり、いつでも父親の命令が何より優先で、もっとも側にいてほしい時にも連絡すら取れないのだ。さらに弟ドームの殺害にコーンの弟が加担したことを知り、トンクラーはもうこの世の中に居場所を見つけることが出来なくなってしまったのだと思う。

この3人の、あまりに絶望的なこの3人の最後のシーンは何度見ても辛くて悲しい。観た翌日に悪夢を見てしまうほどだった。

(トンクラーを演じたまだ18歳のFuaizくんに、そして『KinnPorsche』では和み役であり見ていてほっとさせてくれてたのとは真逆の芝居でコーンを演じたBasくんにマジでスタンディングオベーションです! や、ホントBas凄かったよ!)

 

トンクラーと黒い猫の亡霊

黒猫を父親に殺されたトンクラーは時折その黒猫を幻視する。

トンクラーの家にコーンが来て、コーンとセックスし、それでもまだコーンと肌を重ねていたいと欲望したとき、コーンの父親から電話が入るシーン。コーンはとっさに「ファーサイと一緒にいる」と噓をつき、父親の元にすぐ戻ると答えた。去っていくコーンを見送った後にトンクラーは黒猫を幻視する。

あの黒猫はトンクラーにとって暴力に支配されるものの象徴ではないか。

そしてあそこでトンクラーは、彼にとって完璧であるべき恋人コーンも父親に支配されていることを見て取っているのではないかと思う。そのコーンを自分と同じと哀れに思うのか。彼を助けたいと思うのか。

いや、私は、そんなコーンが自分と同じ泥水をすすっている存在であることに絶望しているように感じた。

そしてあの黒猫は、暴力を受けるいたいけな存在であると同時に、小さな体で痛みへの怒りを叫び、鋭い爪と牙で瞬時に相手にとどめを刺す、そのような象徴のごとき存在であるように思う。

 

グレートの4分、タームの4分

グレートは「4分後の未来を見る」と言っているが、視聴者にとっては「グレートが4分前に戻って何かをやり直している」と思うような構成だった。中盤までは。

ところが第6話で知ることになるのは、実際の世界は大きく違っていたということだった。

5話までの殆どが、彼が経験したことの中での後悔と、その後悔ポイントで別の選択をしたらという演算を脳が高速で行った試算だった。

もしかしたらグレートが轢き逃げをした女性が最後に寺に行って占いをするシーンなどは、その女性の死の間際の4分なのか。タクシーで家に帰ったドームの映像も、ドームの最後の脳内映像なのか。

 

グレートの脳内が過去の後悔をもとに4分の間に試算した彼の行動の行き先は。

①車で減速するも轢いてしまった女性に対し自ら通報する。

②両親は被害者心証をよくするために花をもって見舞いに行けという。

③病院内でぶつかったタームに謝罪し、タームが落とした書類を拾う。

④タームはその花に送られた名札を見てグレートを知った。

⑤同級生ドームが殺されそうになるのをとどめ、病院に送る。

⑥タイトゥンから受けた傷をタームが縫う。

⑦タイトゥンの反撃からタームに助けられる。

⑧タームはどうやらグレートに惚れたらしい。デートをする。

⑨ネーンのことを知りタームを助けようとする。ネーンが殺されそうなところを救い、病院に搬送する。

⑩タームと逃避行。一時の幸福なセックス。

⑪母親を狙う何者かから母親を庇い、撃たれる。死を顧みずその自分を抱きしめてくれている母親も撃たれ、その血しぶきを浴びながら息絶えようとしている。

 

しかし、6話で明かされたグレートの現実はこうだった。

①グレートは轢き逃げをした。

②タイトゥンの犯行を止められずに同級生ドームの遺体遺棄に手を貸した。

③それらの罪の意識による体調不良で病院を訪れる。

④両親の死の元凶となった違法カジノを経営するシーワットソムバット家に復讐を考えていたタームは、診察に来たグレートの名字で彼がその一家の息子であることに気付き接近し、関係を持ち、一家を貶める手段としてその性交動画をアップする。

⑤タームに惹かれているグレートはタームを手助けしようとするがネーンが殺される現場で何も出来なかった。そのことでタームに詰られる。

⑥彼の住む住居のエレベーターでトンクラーに撃たれる。

 

これがグレートの現実だった。

トンクラーに撃たれた後で心肺停止したグレートの脳が邂逅している4分の彼の人生が、5話までの物語だったのだ。

あの轢き逃げのときから、彼の心はずっと彼の臆病さが引き起こしたことに対する後悔で占められていたのだろう。

5話で母親をかばって何者かに撃たれたというシーンでさえ、彼の脳内映像だったのだ。

「4分の未来」。この秘密も最後に明かされる。グレートと、そしてルークワー。二人は偶然に心肺停止した後の酸素が無い状態での脳が見る4分間、というテーマのインスタレーションを過去に見ている。

「その4分で何が起こるか。心の安定のため、4分後の未来が見える能力を差し上げましょう」

そのインスタレーションでは最後にこのナレーションが流れ、それが彼らふたりの脳内に自然にインプットされたのではないか。そして実際に心肺停止したときの脳内でこの言葉がまるでひとつの呪いのように(または希望のように)立ち上がったのだと考えられる。

 

8話ではタームが死に至る前の脳内での4分の映像で始まる。

患者の名前を覚えず、クールな医師だったタームだが、彼の脳内ではとても優しく患者に接し、病院からも教授職に望まれる。胃痛のために受診したグレートに出会い、彼に誘われるまま仕事の後に会い、祖母とグレート、3人で穏やかな時を過ごし、そこには恨みも復讐もなく、ただ愛し合う満ち足りた時間。タームの4分間は彼が望んだ幸福な夢だけを編み込んだ美しいものだった。現実にタームを蘇生するデン医師の声で目覚めるまでは。

 

音楽について私が思うこと

最終回第8話でJeffの「Why don't you stay」が使用されるまで、私はこのタームの夢の優しさ愛おしさを切ない気持ちで見ていた。しかしギターによるアレンジでJesが歌う「Why don't you stay」が流れた途端、正直いろんな気持ちがノイズとなって流れてきた。

何故ならこれは『KinnPorsche』ではBarcode演じるポーシェが作ったフレーズをJeff演じるキムがアレンジして完成させたという設定であり、そして作中の愛情に満ちたシーンで何度も使われ、私にとっては聴くだけで涙するほど『KinnPorsche』とは切っても切れない曲だったからだ。

2024年4月に行われたJeffのワールドソロコンサートでもJeffはこの曲を歌っていた。しかしその時も、曲の権利を持っているのはBOCなんだろうなあとは思っていた。この曲を使うにあたって、そういう権利の問題とかってどうなってるのかなあ、なんてことをまず考えてしまう。せっかくのタームとグレートの美しいシーンなのに。

 

そして、すでにJeffが抜けたBOCでの新作にこの曲を再び使用することが、なんだかBOCがこの名曲の権利を主張しているように感じられ、『KinnPorsche』、そしてJeff Saturに対するリスペクトが感じられないではないか、と思ってしまったのだ。

勿論これはその逆で、『KinnPorsche』とJeffへのリスペクトの形なのかもしれない。

散見したところ「X」でのこれに対する評判は決して悪くはなかったので、ちょっとアンケートを取ってみた。回答率はそれほど多くはないのでこれが見た人の多くの意見かどうかはわからないが、「すごく良かった」が28.6%「これはこれでアリかと思う」42.9%。肯定は併せて71.5%だ。

反対に「KinnPorscheだけにしてほしい」7.1%。「微妙にモヤッた」は21.4%。

この選曲が多くの人に好意的に捉えられたのであれば、それはある意味良かったなと思う。

私はと言えば「微妙にモヤった」だった。

なにしろ初見ではこの大切なシーンにこの選曲はノイズとなってしまったからだ。

ただ、最終話エンドロールを確認したら、ちゃんと使用曲として「Why don't you stay」とあり、STUDIOとしてBe On Cloud、そして作詞作曲にJeffの名が。当たり前のことだけど、曲に対するリスペクトがないということはないのだ。

 

 

比べて第5話のグレート脳内映像だが、ここでタームが弾き語りをしているシーンとその曲はとても良かったなあ。

imnuttというミュージシャンで私の好きな女性グループLANDKMAIをフューチャーした「Timeless」という曲だ。

この曲を最後にもう一度使ってもよかったのになあと私は思うんだが・・・。

 

 

スタッフ

『4minutes』

●エグゼクティブ・プロデューサー兼インティマシー・ディレクター

Pond Krisda Witthayakhajornde

●監督

Ning Bhanbhassa Dhubthien

(『KinnPorsche』脚本、『Man Suang』監督・脚本)

●脚本

Sammon

 

最後に蛇足ですが。

最終回を終えてもう一度見ることを仕組まれているドラマの現在のところのベスト3は。

3位 ミッドナイト・ミュージアム

2位 playboyy

1位 4minutus

ですわー。

夏休みの終わり

やり残した宿題を友達何人かで集まって完成させた。そんな経験はありましたか?

ふと、そんなことを思い出したんです。

そして、そんなことをやろうかなって思ったんです。テーマはBLで。

2024年8月25日(日)

「夏休みのBL自由研究」

そんなタイトルのイベントに上は60代半ば、下は大学3年生の人までが集まってくれました。

BLにまつわる様々なことをできる限りいろんな人と密に話したい。

これをきっかけにいろんな人と知り合うことができたら。

そんな思いで企画しました。

時間は13時~18時までが第1部。そして18時以降に第2部を設けました。

 

テーブルを3つに分け、皆さんは時間ごとにそれぞれ好きなテーブルに着いていただき、約30分間のトークを楽しんでいただく形で行いました。40分あるといいなあとは思ったのですが、40分だとどうしてもダレるし、「ちょっと物足りないな」と思うぐらいの30分にしました。

テーマは参加者皆さんの事前アンケートにより決めたものです。

まずは皆さんに好きな俳優や作品、そしてBLにハマったきっかけなどを含めた自己紹介をしていただきました。

その後は

【トーク①】

●テーブル1  恋愛リアリティショー

●テーブル2  日本BLドラマ

●テーブル3  タイBLドラマ

 

【トーク②】

●テーブル1  タイ旅行について

●テーブル2  BLの魅力について

●テーブル3  BL小説及びBLマンガについて

 

【トーク③】

●テーブル1  推し活や沼の楽しみ方

●テーブル2  これから楽しみなドラマ

●テーブル3  舞台とBL

 

さらにトークの合間にプレゼンを3つ挟みました。

美尾りりこ 「『My Stand-in』の作られ方」

デビクロさん「特撮バディの沼」

わけぎさん 「Necocapの付け方&『Knock,Knock,Boys』」

 

 

 

さらに第2部では、2部参加の全員で1つのテーブルを囲み、「ここにいる私たちの共通点は?」「なぜBLが好きなのか」「CP営業について」「おすすめNCシーンについて」などをお話したのでした。

 

次回の課題としては、それぞれのテーブルでお話したことを全員に向かって簡潔にまとめて発表する、みたいな時間を設けたいですね。まさに「グループでの自由研究発表」!

 

有意義な話はできたと思います。

でも、まだまだ話し足りないですよね?

もっと深く掘り下げたい。もっといろんな人と話したい。

そんな気持ちがまだまだあります。

きっと来年には2回目を行いたいと思いおますので、今回参加できなかった方もぜひご参加くださいね。

  

ついつい私は何かを考える時に「すごく偶然にその近くにあったもの」と比較しながら考えを進める。自分の中でそれを勝手に「横スライド思考」と呼んでいます。
今日は、昨日 、INAXミュージアムのタイル博物館で見たクレイペグという装飾様式。
そして今日観た映画『ルックバック』。
見終わって、「『ルックバック』はタイル博物館だったわー」と言っても誰にも通じない。
『ルックバック』。
友達からリンクが送られてきた、ジャンプ+での無料配信。
別の友達がくれた単行本。
そして今回の映画。
3つの媒体でこの作品を鑑賞したけれど、私には今回の映画が一番沁みたのだった。
PCで読んだ無料配信でも、単行本でも、絵の巧さと藤野のキャラと京本を襲った衝撃的な事件と物語の見せ方、それぞれがとても強くて、私はそのそれぞれに引っ張られたままグラグラしてしまい、わたしの中でこの物語をちゃんと着地させることができなかったのだ。
今回の映画でようやく、この作品を着地させることができた。
これは「業(ゴウ)」の物語ではないかと。
藤野も、京本も、幼いころから業を背負っている。
藤野はマンガという手段で物語を紡ぐという業を。京本は絵を描くという業を。
彼女たちがもしも小学六年の時に出会ってなくて、藤野が一旦マンガをやめようが、京本が中学になっても引きこもりのままでいようが、彼女たちが辿りつく場所は一緒だったのではないか。それこそが業である。
京本を襲った「斧のようなものを持った通り魔」、彼ももしかしたら最初の初期衝動とか辿って来た道は藤野や京本と似たようなものだったのかもしれない。彼もまたある種の業を背負って生まれてきたのだ。しかしそれを全うすることが出来ずに歪んでしまった人ではないか。その意味で、藤野・京本・通り魔が辿る未来はまったく違う方向に行ったものの、共通するものを背負って生まれてきたのではないか、と思ったのだ。
 
この映画を観る前日に訪れたINAXミュージアムのタイル博物館。
そこで一番感銘を受けたのは、タイルの前身となった、メソポタミア時代に生まれた「クレイペグ」というものだった。
土で全く同じ大きさの円錐形のものを何百万本と作る。その円錐形の底辺にあたる部分に緑、または赤などの顔料で彩色する。そしてその土の円錐形のものを使って赤と緑と無彩色のもので幾何学文様を作る装飾だ。
想像だけど・・・。
権力を持った人が、その権力をわかりやすく可視化するために、自分の住んでいるところなどを装飾したいと考えた。それに対してクレイペグというものを考えた人がいて、そして幾何学文様でデザインすることを思いついた人がいる。そういうのってほんとうにすごいといつも思うのだ。その頃、文字はまだクサビ形文字。紀元前3500年当時。しかしどんな昔であろうと、そういった欲があり、その欲に応えてデザインが生まれる、ということに感動を覚えるのだ。
そしてその人も、なにかを作り出さずにはいられないという業を背負って生まれてきたのだろうなあと思う。
 
みんなそれぞれ、なんらかの業を背負って生まれてきている。多くの人はそれはそれほど大きなものではないのだろうけれど。
『ルックバック』を観たあとにわたしもわたしなりに背負っている業について見つめていた。

EP10の1時間2分。これまでのエピソード中、もっともアップダウンが激しかった回ではないでしょうか。そういう意味ではジェットコースターでした。

EP9のラストで縋るMingに対して完全なる別離を言い渡したJoe。

Joeの遺体発見に始まり、Mingが気持ちのすべてを明かしても、「もう何もかも遅い」と言い放ち、観ている者を悲しみのドン底に陥れたEP9でしたが・・・。

 

あらあら。

でもEP10では、JoeはMingと共にかつてのJoeの家に戻るのね。Mingに「契約」を持ち出されたからなのでしょう。

Mingはかつての傲慢なふるまいとは打って変わり、Mingにひたすら尽くそうとしています。Joeに冷たくあしらわれてもまったくこたえていません。

・・・・

実を言えば配信された金曜日にこのEP10を最後まで観て、そしてEP11の予告を観たら、眠れなくなってしまいました。その日私は仕事でとても疲れていたにもかかわらず。

それで休日であるこの水曜日、再度EP1からEP4まで見返したのです。つまりはJoeがJoeだったとき、Mingはどのようであり、そして彼らはどのように過ごしたかを振り返るために。

EP10の後半にMingの母が登場しましたが、母親はEP2でも登場しています。そしてEP2で描かれた母親を観て、Mingのマインドが理解できた気がしました。

Mingはとにかく、自分自身の恋(または愛)という感情でしか動いていないし、そこでしか物事を見ていません。EP4でJoeを監禁し、Joeの仕事を奪っても彼は「僕がすべてを与えるから」と言っていました。

Joeが築き上げてきた仕事でのコネクションよりも金と地位でMingはJoeの望むものを与えることが出来ると思っていた(そしてきっとそれは業界的に真実なのだろう)。Joeの気持ちとはまったく関係なく。

この感受性は、Mingの母親から来ているものだと感じた回でした。

Mingの母親の顔。

めっちゃ怖いんですが・・・、

しかしEP2などで登場している時、Mingはこの母親を軽んじていることがうかがわれます。

封建的なこの家では富豪の長の妻である母親は、ひたすら夫と男児に尽くす女性であったのではと思われます。さらにはその家が持つ財の意味も知っています。Mingのマインドや愛情のかけ方、さらには傲慢さはすべてこの母親譲りではないかと想像してしまいました。

Joeに冷たくあしらわれようともへこたれないMingは、実家における母親の姿を映しているのではないか、と思った次第です。
 
オーナメントオーナメント
さてそんなへこたれないMingの策略により、早々にこんなことになってしまうし!

Joe!

キミのチョロさが世界を救うよ!!

 

ところでこのシーンの前のNCシーンについて考えてみたいと思います。

まず男性のボーカルだけの曲が流れて・・・その声でSINだと気付きます。

Yewの曲も非常に効果的に使ってましたが、この幸せなシーンでSIN。選曲が素晴らしい。しかも最初はボーカルだけで、それはまだMingの愛情だけが勝っている行為のように見えます。

しかし一旦音も明かりもフェイドアウトしてこのシーンが終わるのかと思いきや。

曲がギターとリズムの入ったサビ部分になり、そしてここでMingがコンドームを取り出すんですよね。小さなテーブルに無造作に置かれたスマホの下から!つまりそれ、無造作じゃない。仕込みじゃんッ!! 

そしてこの曲のせいでなんだかもう幸福感がガーッと上がるんですよねッ!!

 

で、初めての、ちゃんとJoeと向かい合ったセックス、というシーンですが、その前に、えと、コンドーム!

コンドームのシーンについて言及していいっすか!

 

や、だってもう、これには悲鳴上げたよね?

わたしたちのUpくんがッッッ!!

 

そしてその時間を待つPoomくんのこの表情ですよ!

 

私はこのシーンで、「ああ、これがPepzi監督の演出なんだ、そしてあの『KinnPorsche』でも!」と痛感しました。

ここで『KinnPorsche』のVegasPeteのシーンを思い出しましたよね?あの口でコンドームの封を切って装着してるVegasとそれを待っているPeteのシーンを。

 

ちょっとここでコンドームが登場する他作品との比較をしたいと思います。

幾つかの作品でコンドームが登場するのは、それを「買う」「貰う」というシーン。または「買ったコンドームが相手に見つかってしまう」というシーン。

「買う」のは『Until We Meet Again』や最近だと『Wandee Goodday』。

「友人から貰う」のは『2gether』や『Love by Chance』。

「見つかる」のが『Why R U?』。

コンドーム登場シーンは、それを実際に使う側がそれを買う、または貰うという行為を抽出しているものが多いと思うのです。

しかし現実にそれを使用しようとするシーンはざっと思い出しただけですが『KinnPorsche』と『My Stand-in』しか思い浮かばないのです。(勿論、他にもあるでしょうが)

思うにですね、現実問題として男性にとってコンドームをつける瞬間って、ある意味そこはショートカットしたい、わざわざ記憶にとどめるまでもない空白の時間、なんならちょっとカッコ悪い間、なのではないでしょうか。

しかしそれを待つ側、つまり女性またはゲイのネコ側にとっては、その「待っている」僅かな時間にも物語は流れているのだと思います。Pepzi監督はそこを掬い取ってこのシーンを演出したのではないかと思うのです。

最高じゃないっすかッ!!

 

 

オーナメントオーナメント

もうここまでで十分私たちはジェットコースター的感覚を味わっているのですが、物語はまだEP10の半分も終わってません。この先のもうほんとにしんどい展開ったら・・・。さらに予告で大ダメージですよ・・・。

EP11を見終わった私は一体1週間をどうやって過ごしたらいいのか。今からそんな心配をしています。

 

ところでさ・・・。

天涯孤独のJoe(Poom)でしたがMingもSolもWutも彼のことを待っていました。

しかしJoe(Winner)のことは彼の母親しか待っていなかったのか・・・?

そして彼の魂はもう完全に潰えてしまったのか。

そう考えるとJoeの母親が不憫ですね・・・。

 

ああEP11が怖い。

でもあと2話で終わってしまうのが寂しすぎる・・・。

配信当日の金曜夜に観たのですが、休日である今日、水曜日もまた観ました。

どちらの日もあたしゃ泣きっぱなしです・・・。

 

「深い悲しみの表現」

それは様々なドラマの中に出てきます。

この『My Stand-in』EP9で描かれたMingの悲しみについて。演出面でも演じたUpくんの表現も、これは歴史に残る一幕だったのでは、と思っています。

約60分間あるEP9の中で、Mingは最初の30分間、全く言葉を発していません。

例えばMingはなんのアクションも起こさないことで秘書のJimに希望を察してもらってます。

状況は刻々と変わっていきます。

Joeのものと思われる遺体があった。

それを確認する。

DNA判定をしてもらう。

結果を聞く。

New Joeが現れる。

葬式を執り行う。

火葬されるのを見送る。

そして煙が空に立ち上っていくのを見上げている・・・。

それを描く30分の間、言葉を一言も発せず、しかしその中で少しずつ変わっていく心情を、心に思い起こす記憶を、すごく静かな演技で伝えています。

 

 

Joeを演じているPoomのさらに複雑な心境、この表現も見事です。

もう決して元の体に戻ることのない絶望感と同時に、「なんてことない」という顔でWutやSolに伝えてみたけれど、いきなり涙が溢れ出してしまったり、Mingに対して感情を爆発させたりと、揺れ動く感情の表現が最高です。

さらにはWutさんの演技ですね。

特にこのEP9でのWutさんは、JoeとSol、そしてMingの3人の間を個人的な愛情と社会的視点で調整する役割を持っていましたが、その端々に見える細かい演技に「よッ!ベスト・バイプレイヤー!!」「芝居上手だねッ!」と心の中で声を上げていたのですが・・・。

Wutさん演じるParadon Vasuraiさんは、俳優として2018年から脇役として出演しているようですが、驚いたことに本業は「Foolhouse Production」という会社で編集の仕事をしているそうなのです。もうびっくりですよ!

その会社が関わった作品は『I Told Sunset About You』や『Manner of Death』などお馴染みの作品も。

これはその会社のFacebookに2021年に投稿した、10年間のその会社が関わった作品の映像です。興味ある方は是非みてください。

https://fb.watch/sXi1R9KNSa/

 

・・・話が逸れました。

とにかく前半は圧巻の30分。最初に書いたように泣きっぱなしです。

挿入されるYEWの「Flaw」はここではアコースティックバージョンで。「Just」も使われています。こういう楽曲の使い方の巧さは『KinnPorsche』を思い出させます。『KinnPorsche』でもJeff Saturの「Why Don't You Stay」と Seasin Five 「ย้อนแย้ง」が最高のシーンで使われましたね。

 

そして後半30分の急展開がこれまた!

Mingは8話でOld JoeとNew Joeの関係性に確信を持ったんではなかったの?それともあの火葬場で確信にとどめを刺したのか。ちょっとここはもう一度8話と9話を繋げて観たいですね。

そしてここでMingはやっと最後に、自分の恋が始まった場所は映画の中のTongの背中ではなく、Joeが演じたその背中だったことを告げ、この3年間、ずっとJoeを愛していたというのですが、Joeの返事は、

「Ming、もう遅いよ」

 

・・・・・・・・!

 

ギャーーーーーーッ!!

私が最も泣く台詞、それは「もう遅いよ」なんですーーーーー!!

時計の針は進むばかりで、私たちは何があっても戻ることは出来なくて、そして失われてしまったものは取り返しはつかず、覆水は盆に返らずこぼれたミルクは嘆いても仕方がなく、すべてがIt's too Lateなのです。

私はこの言葉の悲しさを小学校6年の時にテレビで観た『風と共に去りぬ』で刻印されましたよ・・・。

 

でも大人になるとですね、こぼれた水はまた何度でも注いでみればいいし、ミルクはこぼしたけど今度はコーヒーいれたらいっか、みたいな、どこか「なんとかなる」的思考のほうが勝ってきています。だいたいタイには「マイペンライ」という魔法の言葉がありますしね。

 

孤独に育ったOld Joeのかつての夢は「家に帰ったら明かりが灯っていて、料理のいい匂いがしていて、誰かがおかえりと言ってくれる」ことでした。その夢を叶えてくれたのはMingでした。

でも、New Joeには今、彼を無条件に受け入れてくれる暖かい「ママ」がいて、彼の夢を実現してくれています。

だからこそ、私はまたJoeに新たな夢が生まれてほしい。そしてそれが叶いますようにと10話を待ちます。

 

金曜夜、8話を見て、そして休日の今日は再び7話と8話を視聴しました。

どちらの話にも、過去の---8話からは「Old Joe」という呼び方をされているJoeとMingとの幸せな刹那が挿入されている。

特にそれはMingの回想で・・・。

しかしそれは本当に「幸せ」だったのか。

その時のMingが最も愛していたのはTongだった。

何も知らないJoeが無邪気にMingにプレゼントをしたり、食事を作ってくれたりしたあの日の笑顔を思い出すが、しかしあの時のJoeの存在はTongの身代わりだったし、Mingが最優先していたのはTongだったのだ。

Tongを思いながら愛したJoeの背中。

その「背中」について7話と8話がふんだんに描いている。Mingが愛した背中。その背中に何を見ていたのか。その背中を観ながら何を感じていたのか。

 

あれほどNew Joeを求めたMingだったが、そのNew Joeと性交したのはようやくの8話後半。かつての、Old Joeの家にやってきて最初に出会ったときのようにMingから激しいキスを受けたNew Joeは自らシャツを脱ぎ、ジーンズを脱ぎ捨てる。

しかし。その次にした行為が私にはとても痛々しく思えた。

同様に履いていたスラックスを脱ごうとしているMingを見上げながら、Joeは静かに四つん這いになるのだ。

 

 

 

それは・・・愛の行為でも欲情でもなく、性奴隷としてのふるまいだよね・・・。そしてまだ完全なる確信を得ていないMingも、性奴隷が用意した体に自分の性器を挿入するわけじゃん。

原作や脚本に描かれていることだとしても、Pepzi監督はその屈辱感(それはJoeだけでなくMingでさえも)を見事に映像化してると思ったわ。

けれどもJoeとMingが行為に没頭する中で、もうそれは単なる快感に至る行為であることを越え、もっと深いオーガズムに至る快感に昇華していったんだよね。Joeにくしゃみを起こさせるほどの。そしてここでもうMingは、理屈としては納得できないけれどもOld JoeはNew Joeの中で生きているということを認めざるをえなくなる。

だからこそ前戯もなしに始まった行為だったけれど、終わった後にお互いの肌からいつまでも離れがたく感じているような時間が生まれている。

 

 

 

そして英訳でもAI自動翻訳でもここでは「Joe」と表記されてますが、ここで初めてMingはNew Joeに対して「P’Joe」って呼んでいるところも大事なポイント。

とは言え、Mingにとってどうしても完全には拭い去れない違和感がきっとあるよね。

それをこの映像で表現していると思う。似ていても違うNew Joeという外見で・・・。

ほんと、7話の感想でも書いたけど、New Joeを演じる俳優は実際はとてもイケメンなのだけど、あえてこの「New Joe」の姿を見ると「なんだかとても足りていない」という気持ちにさせられる。ほんと、間違っても「まあこっちもイケメンなんだしいっか!」みたいないい加減な気持ちにはとてもなれない感じ。そういうところもとてもよく演出されていると思う。

 

今回はこの人物の正体が明らかにされました。

 

なんとMingの弟、Mikeという設定です!

ちなみに演じてるのはIntouchくん。『My Engineer』のBossMekのBossですよ!えー雰囲気全然違うーーー!!

Mingは両親と対立しているようだし家業とも距離を置いているのだろう。もしかしたらMikeが家業の後継者のポジションにいるのかもですね。

この辺り、多分財産を狙っているのではと思われるTongと、MingそしてMikeの物語が終盤に描かれるのではと想像しています。

 

ジム。頼むよ・・・。

非力ではあるけれど、君はMingの一番の理解者だよね多分。

 

8話では、New Joeの真実についてWutとSolが最初に気付いてしまいました。

このことをMingが知ったらまた嫉妬するよねー。

New JoeがMingの愛人になったと本人から聞いたときのWutの絶望。そしてOld JoeがNew Joeの中で生きていると知って喜ぶWut。胸熱なシーンでした。

 

Joeが赴いた墓地。ここは『KinnPorsche』でPorscheがKinnを連れてきた墓地と同じ場所だとPepziさんの演出メモに。

 

全く話が逸れるけれどBehind The Scene大好物の私は勿論『KinnPorsche』BTSも観てました。で、なぜかこのBTSで中盤からPepzi監督やKorn監督が殆ど映ってないんですよね。そしてエグゼクティブプロデューサー兼監督でありBe on CloudのCEOのPondさんの露出が増えていってた。最後のエンドクレジットも確か途中からPondさんの名前がめっちゃでっかく出てくるのよね。

でもBTSをよく観てるとアクションやカットの声はPepziさんの声なんですよ。この墓地の場所の選定もPepzi監督だそうです。

まるでPondさんの背中に隠されたような『KinnPorsche』でのPepzi監督・・・なんてことをふと思ってしまいました。

 

話が逸れついでに、8話のバスルームの映像。

なんとこれが泡とかお風呂のセットがCGだそうです!

実際はこんな感じで撮影されたそうです。

 

 

考えたらこんなデカい男二人が入れる浴槽なんてなかなかないかも・・・!

 

さて毎回楽しみな『My Stand-in』。

New Joeにとって8話までは「いちばん大切な人」はJoeにとって血の繋がらない、そしてまだ出会ったばかりの「母親」です。

そのJoeの気持ちはMingに対してどう変わっていくのかも非常に大きなポイントです。

また次の金曜日が楽しみです。

毎回のことですが、大抵7話ぐらいになるともうどうしてもどうしても何か書きたくなってくるのです。なにしろ多くが7話あたりが転換点になるからなのです。

とは言え、『My Stand-in』は転換点が非常に多い。これは同じ脚本家による『Bad Buddy』にも通じるところがあるなあ。

『Bad Buddy』で言えば、5話の屋上キス。7話からは彼らは2年生になり「先に恋に落ちたほうが負け」ゲームの開始でした。

 

7話の前に、最初の転換点である5話のことを。

『My Stand-in』5話では、同じ時刻に事故のために昏睡状態になっていた別の「Joe」の体に主人公「Joe」の魂が入り、新たな人生を始めたのだが・・・という大きな転換回でした。新たな人生の筈だけれど、生活のために結局は現在の母親と縁のあった映画制作会社のWutと出会い、彼を頼ってまた同じ映画制作の現場で仕事をすることになるのですが・・・。

ところで「入れ替わりもの」ドラマは幾つもあります。

ここでちょっとGMMTVのJimmySea初主演となった『ViceVersa』に話が飛びます。

Jimmy演じる俳優とSea演じる映画のカラリストを目指す青年が、ふたりともここと似ている別次元の世界に飛び、そこで生きるシナリオライターを目指す青年と映画制作会社の息子の体にとそれぞれが入れ替わってしまう物語でした。

私はこのドラマが好きでしたし、いいところをいっぱい挙げることができる。

ただひとつ。めちゃくちゃ残念なのは「入れ替わり」についての演出は、これで本当に良かったのか?と思う点です。

JimmyとSeaが別次元で入れ替わったのは、Nanon演じる青年とOhm演じる青年でした。それは演出としてちょいちょい「鏡に映った自分ではない男の姿」として挿入されるのは『My Stand-in』と一緒です。これがなぜNanonとOhmが演じているのかと言えば、多分、『Bad Buddy』終わってまもなく始まったのがこの『ViceVersa』だったのですが、『Bad Buddy』からのおむなの人気を引っ張る形での起用だったのでは、と思うのですよ。でも私はそれが全体のバランスとしてあまりよくなかったのでは・・・?とずっと思っているのです。どう頑張ったって新人で初主演のJimmySeaに比べて、ベテランで『Bad Buddy』の大きな余韻を引きずるOhmNanonの存在感はデカすぎたのです。

 

『My Stand-in』では、Joeの魂が入ったかつてモデルをしていたJoeを演じるのは Winner Tanatat Kunaneksinという、多分まだそれほどは知名度のない俳優のようです。 それがこの作品で重要な効果を出していると思います。

イケメンなんですよこの人も。でもPoomとはまったく違う感じなのね。濃い眉、くっきりな目に厚めの唇にがっしりとした歯を見せて笑う、全体に濃いかんじのPoom演じるJoeに比べて、Winner演じるJoeの顔はおっとりとしてどこかおとなしめで薄い感じの造形に作っている。

このJoe(Winner)の顔が本当にいいタイミングでJoe(Poom)と差し替えられて、いくらセリフの中で登場人物たちが「何故かJoeを思い出す」と言っても、その姿はJoe(Winner)であり決してJoe(Poom)ではない、ということを自然に思い起こさせる。そして視聴者に対して、Joe(Winner)から受ける印象がJoe(Poom)よりも少し劣っているように感じさせる仕掛けになってるのでは、と思うのです。

これは入れ替わりものではとても大事なポイントだと思う。特にそれが回が進んでくれば来るほどそう感じるのではないかと思う。

 

 

その複雑さが現れたのが、この7話!(やっと7話の話に!)

5話以降、「My Stand-in」というタイトルの秀逸さにジワることになっています。

何故なら、Joeはスタントマンであり有名俳優Tongの代役を演じていました。

Mingは最初、片思いするTongの後ろ姿をJoeに重ねて、Joeを求めます。

Mingの心はTongに揺れながらもJoeへの想いも募らせた矢先、Joeを失ってしまいます。

そしてJoe(Winner)の中にJoe(Poom)の面影を見出したMingは、Joe(Poom)の代役としてJoe(Winner)を求めるのです。

新しい姿かたちで生まれ変わったJoeは、今度は自分自身の代役を演じなければならない。仕事として作品の代役を演じることはできても、誰かの愛する人の代役だけはもう絶対にやりたくない、と思っているのに。このあたりのJoeの苦悩は、「外側の姿がJoe(Winner)」というのがいかにうまく演出されているかで伝わるものが変わってくると思うのです。

そこが人選と演出含め、すごいなーと思うわけですよ。

 

 

 

さて第7話は、エンドクレジットに載っていたYEWの「Flaw」がかかりました!

めっちゃ好きな曲です。

これがかかるシーンがまたどえらいいいシーンでしたよね。私はYEWのギターが流れた瞬間から既に涙腺決壊しましたけれど。

Joeはかつて恋した相手であり人生を破壊したひとでもあるMingに、今は「金で買われた」状態です。

そして今、かつてJoeの後ろ姿にTongへの渇望を重ねてJoeを抱いたMingに、今度はJoeを求めるMingに外側がJoe(Winner)のJoeは後ろから抱かれようとしている。

しかし途中でMingは、それが寂しさを埋める手段でも欲望を埋める手段でもないと気付いてしまうのです。

 

 

そこにこの曲のアレンジバージョンがバーンッ!ですよ!

作中ではサビ部分がまるっと使われてましたね。

みんなー、泣きながら一緒に聴きましょう!


「この2年間、生きながらにして殺されているように感じている」とMingは占い師のところで告白しています。その苦しさがこの7話のこのシーンで表現されていると思います。

 

それでもMingは、まだ出会ったばかりであり姿かたちはJoe(Winner)なのに、富豪の長男であり現在は芸能界でキャリアを積んでいるMingに対してなにひとつ物怖じもせず、そしてふとしたことに思いやりや優しさを見せるこの男の中に、何度も何度もJoe(Poom)を見つけてしまうのです。

 

Mingはずっと愛にしか生きていない人です。

Tongの気持ちがMingの妹にあることを知り、その現実から逃げるように海外へ留学し、今は芸能界に身を置きながら消えたJoeの帰りを待っています。7話中盤以降では、彼の周囲の人々が(Joeは勿論、多分Tongでさえも)映画制作のために集中して動いていようとも、彼だけは自分の愛によって感情が生まれ、それを優先してすべての行動を選んでいます。

Joeは、Joe(Winner)の母親のため、共に映画を作るチームのため、そしてプロのスタントマンとして生きている人ですが、将来、このMingと共に生きていけるのだろうか・・・と感じずにはいられないシーンがこの7話にはいくつも出てきます。そのたびにMingの痛さについて私まで胸が痛くなるわ。

 

ちなみにMingが激しい嫉妬でJoeに迫り、そんなMingに振り回されて怒るJoeのシーン。

 

ここでもYEWが流れます。「Just」という曲です。

さあ、みんなー。この曲を聞いてまた一緒に泣きませう。

そしてMingとTongのシーンに映っていくのですが、ここのふたりの会話で、Joeが消えたことをきっかけにMingの心はTongから離れたのではないかと思わされます。

その前に「MingさんはTongさんの映画に出演するときだけ笑顔を見せる」というセリフがスタッフから語られ、それを聞いたJoeはうんざりした気分になるというシーンがありましたが、実はMingの気持ちはもうTongから離れつつあったのではないでしょうか。

そしてそれが決定的になるのが7話ラストのシーン。

Mingはもう、これまで以上に自分の立場や社会的地位、映画制作にかける人々の気持ちなどからまったく剥離していて、ただ自分の愛しか見つめていません。そして彼はその自らの愛の起源に気が付いてしまったのです。

一瞬で魅入られたあの背中。

Tongのものではなく、最初からJoeのものだったのだと。

Tongの代役だと自ら罵った、Joeのものだったと。

 

 

ここで流れるのがエンディング曲でもあるNineくんが歌う曲です。

切ない・・・。

 

 

ここからMingは真実を知っていくのか。

それよりもTongが何を考えているのか怖い。

Tongはもともと、俳優としてこれから生きていくよりも富豪の娘の婿として、ゆくゆくはその家を牛耳っていくことを目指しているのじゃないかしら。そのために邪魔なMingを排除しようとしていきそう・・・。

Mingにとってはまさに大きな転換点となった7話。

物語の枝はあちこちに張られていき、どうなっていくのが本当に楽しみです。

2024年春夏。

今現在、いっっっちばんハマっているドラマと言えば『My Stand-in』です。

週の4日間は早く金曜の夜が来ないかとソワソワしています。

そしてあとの2日間は先回の分やアップされたSpecial Clipを見返してますね。

そして金曜日は仕事をしながらも、早くうちに帰って見たいっ!と心の中でずっと思っていますよ(笑)

現在、iQIYIで配信中です。VIPに入らずとも無料で、VPN接続なしで観ることができます。一応、観てみてください。

しかし。FreeではCMが物語の流れと関係のないタイミングであまりにも無情に入ってきます。そこを我慢できても、本編よりも10分近くカットされているということにもう耐えらません!Freeで見たあとにオリジナル版見たら「ちょ、ちょ、ちょ、あそこのあんなセリフカットしちゃったのってマジか!」の連続でしたよ。

今でしたら、VIPに1ヵ月はいるだけで最後まで観られるんじゃないですか?しかし私はもう待てなくて最低でも2ヶ月入る予定で先日、VIP入りしました。

満足よ・・・・! Behind The SceneでもあるSpecial Clipは観られるし。AI翻訳による字幕もFreeよりはオリジナル版のほうがちゃんとした日本語になっています。

 

さて、ここでは作品のネタバレはせずに、スタッフとキャストについていろいろ書いてみます。

『My Stand-in』

監督  Pepzi Banchorn Vorasataree

撮影  Joy Maneerat Srinakarin

脚本  Bee Pongsate Lucksameepon

プロデューサー Yuan Wan Thabkrajang

原作  水千丞职业替身

主演  Poom Phuripan Sapsangsawat 

    Up Poompat Iamsamang  

2024年4月25日~

全12話

スタッフ

 

監督はPepzi Banchorn Vorasataree。

 

Special clipには撮影の合間にちょっとみんなで遊んでいるこんなシーンもありました。

Pepzi監督はアカウント「pepzilism」(@pepzilism1986)でSNSでも撮影裏話や彼女の感じたことなどをアップしてくれています。

Pepzi監督は過去には『Great Men Academy』や『Bad Buddy』などではADで参加し(『Bad Buddy EP1 Behind the scene』で私はPepziさんの姿を初めて認識しました)、『KinnPorsche』では監督のひとりとして参加しています。

 

撮影 Joy Maneerat Srinakarin

『Great Men Academy』『I Told Suset About You』『KinnPorsche』など多くの作品にカメラマンとして関わってます。

Special ClipにJoyさんの映像があって驚きました。

これは第5話のアクションシーンです。(面白いのが、本編は「アクションシーンを撮っている」というシーンですが、このSpecial Clipでは「アクションシーンを撮っている裏側を撮っている」なのです)

帽子をかぶっている小柄な女性がJoyさんです。

 

まず、スタンバっている主演Poomくんの接写から始まり、

 

カメラを後ろに引いていくのと同時に激しいアクションシーンが!

 

椅子に座ったまま周りの人たちを蹴るシーンで再び接写!

 

カメラマンはアクションをこなす俳優の全部の動きを把握し、そのアクションに沿って縦横無尽に動いてるってことがわかるシーンで、それをこの小柄な女性が、と思うと思わず感嘆しました。かっこいい!

 

脚本はよく名前を見るBeeさんです。

『2gether』『1000星』『Bad Buddy』や『Last Twilight』他、GMMTVでの名作ドラマシリーズや『Love Mechanics』『KinnPorsche』などの大ヒット作まで手掛ける脚本家です。

 

そしてプロデューサーは、Yuan Wan Thabkrajangという女性です。職業がエグゼクティブプロデューサー兼YYDS創設者、とあり驚きました。

最初にプロデューサーとして参加した作品がGMMTVでNew監督作の『My Gear And Your Gown』です。『Manner of Death』も彼女のプロデュース作でした。そしてYYDSを創設して最初に世に出した作品が『愛の香り I Feel You Linger in The Air』です。このYYDSをまだ若い女性が設立したってことが私の今日一番の驚きでした。

 

この作品は、プロデューサー・監督・カメラマンがそれぞれキャリアある女性。

会社を舞台にしたタイドラマの中では、女性の社長や上司がよく登場しますが、実際のタイ社会の中ではどうなんでしょう。どうしたって女性は体力的には男性に負ける。Pepzi監督は子供も持っている。それでもこのハードな現場に生き残り、自らの名前をそれぞれの分野に冠する作品を作り続けるプロの女性たち。むっちゃ胸熱だわ!

 

追記ですが、エンディングを歌うのが2moons2に出演し、その後「創造営」で勝ち残り中国のアイドルグループINTO1として活躍していたNineくんです。

この作品は原作は中国の小説です。そしてエンディングに現在も中国で人気を得たNineくんを起用です。

 

キャスト

この作品の主人公は、Poomくんです。

スタントマンを職業とする「Joe」を演じています。Joeは優秀なスタントマンであり、人柄の良さで誰からも愛される魅力的なひとです。

そのJoeの人生に関わっていく男、Mingを演じているのが、Upくんです。

Poomも、そして俳優Tongを演じるMekさんも、その他魅力的な脇の俳優も本当に素敵なのですが、ここではとにかくUpくんについて語ります。

 

いい俳優・・・。

うまい俳優、個性的な俳優、魅力的な俳優・・・などなどいい俳優は本当にたくさんいます。でもその人が本当にいい作品に巡り合える機会は、そんなにも多くはないと思います。

プロデューサーに監督に脚本にスタッフ、そして共演者たち、それらが最高の状態で全部合わさって環境も整って、アンラッキーを覆すラッキーもあって、その中でようやく生まれる幾つかの名作ドラマ。人気はあってもまだそういう大きな作品に恵まれていないという俳優はいっぱいいる中、Upくんはこの数年で『Lovely Writer』と『My Stand-in』という語り継がれるべき作品二本に主演として関わることが出来ているんだもの。改めて本当にすごいことなんじゃない?!と思います。

今回の役は本当に難しい役だと思うのよ。

富豪の長男。誰にも言えない片思い。Joeに見せるやつあたりのような傲慢さ。恋に傾く脆さ。プライドは高いし、それなのにしょっちゅうそのプライドを削られるような目に合うし。愛情の中にとどまっている時間はとても柔らかくけなげだし。

そしてなんたって切ないし。

切ねぇんですよ!

そんな振り幅の大きい役を、多くないセリフで、主に顔の表情でUpくんは演じています。

 

なんにも言わないのにずっと目で追ってるくせに、視線だけで命令したり答えたりするMing。

 

さあここでもクズなことを言ってますよ!愛ゆえに!!

 

 

あとですね、撮影現場を見せてくれるSpecial Clipはほんと楽しみなんですが、こんなクリップがありました。Joeが自分の家でMingと一緒にインスタントラーメンを食べるシーンです。

Joeは一本の麺をふたりで啜る、というのをやりたいのですが富豪の息子のMingはそんなことをしたくない。でも無理やりさせられ、その勢いでキスされて。

そのシーンの最後でMingは「ちょっと素のUpくん」みたいな照れたような笑い声と笑顔を見せるのです。Mingの蓋が外れてそこからUpくんがちょっと覗いたような。

視聴者ってそういうの、好きでしょう?UpくんとPoomくんが実際に仲がいいとか、撮影現場が楽しそうとか、そんな想像しちゃうじゃない?

ところがSpecial Clip観ると、そのシーンは何回も撮影され、最後にUpくんはいつも「思わぬハプニングにMingではなくUpくんがちょっと照れて笑ってしまったかのような笑い声と笑顔」を見せるんです!

わああ、ここまで演技なのかーーー!!と驚いた次第。

やっぱり役者ってすごいよ。

カップル営業とか、リアルカップルじゃないかとか、「でもここの顔はほんとに嬉しそうだった」とか、もうね、ほんとにね、彼ら俳優たちは視聴者が望むものをちゃんとプロとして演技で提供してるんですよ。そのことがものすごーくよくわかるSpecial Clipでした。

ファンは、その俳優たちの、そして俳優の後ろにあって作品を支えるスタッフたちの仕事を、自分の愛の思い込みだけで邪魔することがあってはならないよなあーなんてことがふと頭をよぎった瞬間でした。

 

オーナメントオーナメントオーナメント

JoeとMingが経験する苦悩と愛情と数奇な運命!!

なーんて安っぽい惹句ですが、マジですから!!!

『My Stand-in』、絶対に日本で配信されますよね?! 

されなきゃおかしいでしょ?ってぐらいの傑作です。どこに配信されてもそこに入るし、それが購入だったら買うわ!

毎週情緒を揺さぶられて七転八倒するのは『KinnPorsche』以来です。

観てない人はぜひーー!!

2024年4月、wabi-sabiに所属していたSantaがGMMに移籍っていうニュースには本当に驚かされたました。

だってSantaと言えば「SantaEarth」。

日本ではEarth姐さんと呼ばれてるwabi-sabiのキュートな小悪魔。『Until We Meet Again』で涙を誘った悲劇のInを演じたEarth。

『Love by Chance』ではTitleと、そして『UWMA』ではKaoとのCPを経て、いよいよSantaとの固定CP誕生。投稿されるTikTok動画にリアルCPじゃないかと噂されもしたSantaEarthだったのが、SantaがGMMに移籍とは・・・!

CP推しをしない私でもなんだか心がざわつきました。

そんなタイミングで2022年作『My Only 12%』を観てみました。

 

『My Only 12%』

監督       New Siwaj Sawatmaneekul

原作       Afterday

キャスト Earth/Santa/Prem/Afterday/Peak/Benz

約40分×全14話

2022年8月12日-11月11日放映

おやおや。なんとなんと。

この作品の原作は「Afterday」とありますが、作中の「ホム姉さん」を演じたエキゾチック美人、この方がAfterdayらしいです。

しかも彼女は『Bad Buddy』、そしてTee監督の新作『 I Saw You in My Dream 』の原作者でもあるそうです。

 

そのような原作のあるドラマですが、この作品はNew監督にとっての自叙伝的な作品でもあるのではないかと思いました。New監督はこの作品では監督だけでなくエグゼクティブ・プロデューサーでもあるため、その色合いは濃厚ではないかと思います。

そしてこの『12%』を世に送った2022年は、長年構想したまま止まっていたUWMAスピンオフ『Between Us』をもやっと世に出した年でもあり、彼の作品の総決算の年だったのではないかと思いを馳せるのです。

 

もしかしたらNew監督が『My Only 12%』についてインタビューに答えているものがあるかもしれません。しかし私には探せなかったのでここから先は勝手な憶測で書いていきたいと思います。

 

EP4でホム姉さんが「友達から借りてきたDVD、観る?」と言ってイウと一緒に観ますが、イウは途中でそこで描かれている男の子同士のキスシーンを観て怖れの入り混じった表情を浮かべます。イウが何かの衝撃を受けていることにホムは気付き、DVDを止めました。

その後EP5でイウは一人でそのDVDを観て、彼らの愛が親から理解を受けないということに酷く傷つきます。

この作品はがなにかといえば言うまでもなく2007年作のタイ映画『ミウの歌~Love of Siam』です。

これについては過去にブログで書きました。

 

 

ここで私は、

そしてね、『ミウの歌』の終わりが切ないの。現在のタイドラマを作る監督たちは『ミウの歌』を最後にめちゃくちゃ切ない気持ちで観終わったその後、今は最高にハッピーなエンディングの作品にしようとドラマを作り続けているんじゃないの?と思ってしまいました。や、もうほんと、ずっと後々まで引きずってしまいそうな切なさ。

と書いたのですが、『My Only12%』を観てその思いを強くしました。

何故なら『ミウの歌』に影響を受けて作られた2016年作のドラマ『Love Sick』にNew監督は編集として参加しているのです。

『My Only12%』作中で『ミウの歌』を観てショックを受けるイウは中学生である15歳。

現実のNew監督は18歳の頃です。

もしかしたらNew監督も学生時代から演劇部などに携わっていたのでしょうか。そしてこの『ミウの歌』に感銘と、そして悲恋で終わるという衝撃を受けたのかもしれません。

イウは卒業後に小説家になるのですがNew監督は映画制作に携わり、『Love Sick』を皮切りに『Make It Right』などに参加したあと、2018年に脚本・監督両方を担当した『Love by Chance』で一気に有名になっていきました。

 

また『12%』の中で特徴的なのが、「タバコの害」に関する啓蒙的なシーンと、家族に関する描写です。

時折、New監督作品にはなにかしらの啓蒙思想を感じることが多いです。ひとつはセイフティセックスについて。コンドームの必要や性病の検査、そして性行為の双方の同意について、幾つかの作品の中で時間をかけて描くところに特徴があります。

この作品でもタバコの害についての描写がかなりしっかりとされています。

自身の作品を視聴する若い人たち・・・特にゲイの子たちの健康や心身について、日ごろからとても真摯に考え、発信しているような気がします。

 

それから家族に関するシーンで感じたことがあります。

『UWMA』や『My Only 12%』で家族は需要なテーマになっています。

しかし、結構な頻度でIG投稿するNew監督ですが、記念日などによく「パパやママの写真」を投稿する人が多いけれどNew監督からあまり家族の写真が出ていない気がします(私が見落としてるだけかもしれませんが)。でも一緒に作品を作っている俳優たちとはとても「家族」的な雰囲気を感じられます。特にSammyやEarthやYachtなどwabi-sabiのメンバーたちとは一緒に旅行に行ったり遊びに行ったり。でもGMMで撮っている時もBehind The Sceneを見ているといつでも俳優たちの近くにいて寄り添っている姿が見受けられます。New監督の中での「仕事仲間たち」はとても「家族的なもの」なんじゃないかなあって思います。

New監督は大抵、自分でざっくりと演じてみせて、俳優たちのポジション決めも自分で決めているようです。そして俳優の強い感情からの泣きのシーンが終わるとすぐさまその感情のフォローをしているようです。

 

※『Love by Chance』でSaintとPerthのロッカーシーン演出

 

 

 

※同じく『Love by Chance』の夜のサッカー場シーン

 

※『 My Gear and Your Gown 』でPawinをフォローするNew監督

 

『12%』でもきっと、いつも俳優の近くにいたんだろうなあ、New監督は。

 

New監督にとって彼の作品の登場人物はそれぞれが分身でもあり、血を分けた大切なキャラクターなんだろうなと思えます。

特にこの『12%』のイウの姿にそんな感じを受けました。

 

オーナメントオーナメントオーナメント

 

さてこの『12%』は幼馴染みのイウとケーキが中学生から大学生になるまでの物語です。

常々、みんな高校生を演じるのだってキツいのになあと思っているのに、撮影当時はEarthは25歳で中学生を演じています。しかし大人になれていない赤ちゃん顔で、どこかいじめられ顔で、自意識過剰で不安定、そんな中学生をEarthが完璧に演じています。現在爆イケのSantaも2年前の18歳頃にやんちゃな中学生を演じきっています。

それが大学生パートになり、イウの中でゲイだというアイデンティティが確立され、演劇部の中で存在感を高め、誰かの被写体になることにも自信をもって受けることになったその顔は、中学生のイウではなく、現在のEarth姐さんの片鱗を表し、本当にその差は別人のようです。

そしてずっと幼馴染として共に小さなベッドで抱き合っていたイウとケーキが、大学生になり、お互いに対する気持ちがはっきりしたあと、今度は今までとは違う意味で抱き合うことになるのです。しかしあまりにもうイウが可愛いキャラだし、イウとケーキは「幼馴染」から「恋人」に移行できるのかなと思いながら観てました。しかしそれに対する「スイッチの入れ方」みたいなところの描き方が非常に自然でした。こういうところ、New監督は信頼できるなあ。

 

残念ながらSantaEarthというCPは『7Ploject』と『My Only 12%』で終わりみたいですね。

でもSantaもEarth姐さんも、まだまだタイ芸能界で羽ばたいていってほしいと思います。

そして大きくメンバーが変わったstudio wabi-sabiも、頑張っていってほしいなと思っています。